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 社交シーズンももう半ばを過ぎている。

 シーズンが終われば、所領を持つ貴族たちはそれぞれの領地に戻り、冬を越す準備を始める。互いを知る時間を持とうという言葉の通り、アルフレッドは頻繁にリリエッタの元を訪れた。必ず、小さな贈り物を持って。それは、例えば、リリエッタの好きな水色のリボンだったり、リリエッタの好む焼菓子を詰め合わせたバスケットだったりと、会話の中でリリエッタが口にしたものばかりで、その度に、自分の話を聞いてもらえる嬉しさをリリエッタにもたらした。

 代わりに、リリエッタも少しずつアルフレッドのことを知った。領地にいるときは父公爵の領地経営の手伝いをしていること、王都にいるときは近衛騎士団の参与として訓練に参加することが多いこと、その合間に読書をすることが好きなこと、舞踏会のような華やかな場はあまり得意ではないこと、などだ。


 でも、舞踏会でよくお姿を拝見しましたわ。


 いつのまにかそんな軽口を聞けるようになったリリエッタが、からかうような気持ちで書くと、アルフレッドは困ったように視線をそらし、覚悟を決めたようにリリエッタを見た。


「あなたがいらっしゃる舞踏会を、マリア嬢から教えてもらっていたのです」


 マリアとは公爵家の子女同士ということもあり、以前から交流があったそうだ。特にマリアの結婚相手であるロドリックとは、共に次期公爵ということもあり、一緒に近衛騎士団の訓練に参加するなど非常に親しくしているのだという。

 頷いてその話を聞きながら、リリエッタはその前のアルフレッドの言葉に気をとられたままだった。


 つまり、アルフレッドはリリエッタに会うために苦手な舞踏会に参加していたということだ。

 マリアはそんなこと一言も言ったことがなかった、そう伝えるとアルフレッドは真剣な顔で頷いた。


「決してあなたには話さないでほしいと伝えていました。私にはあなたに近づく権利すらありませんでしたから」


 デビューしたときにはすでに、リリエッタにはトラヴィス(婚約者)がいたからだ。けれど、なぜ、とリリエッタは思うのだ。アルフレッドはリリエッタへの思いを一生懸命に伝えようとしてくれるけれど、そのきっかけについては、いつも漠然としたことしか話さない。どうして、こんなにわたしに心を砕いてくださるのだろう、わたしに何を求めていらっしゃるのだろう。それがよくわからないことがリリエッタにとっては不安なのだった。


「だから、こうしてあなたの側にいられることが嬉しいのです」


 かすかにリリエッタの表情が曇ったのをトラヴィス(元婚約者)を思い出させるようなことを言ってしまったからだと思ったのか、ことさらに笑顔を見せて、アルフレッドが言った。


「リリエッタ嬢、次は少し出かけてみませんか?」


 そして、こんな誘いの言葉を投げた。

 王都の端に王立の植物園があって、一般にも公開されている。よく手入れされた庭園を散策することには癒しの効果があると言われている。アルフレッドはこうして、リリエッタの心の負担を取り除けないか、いつも考えてくれている。ぜひ、とリリエッタが笑うとアルフレッドもうれしそうに笑った。

 連れ立って散策することで関係を深める効果をもつ若い貴族の子女には人気の場所であることをリリエッタは聞き知っていたけれど、それは恥ずかしくて口には出せなかった。




 トラヴィスとの婚約が破棄されてから、二月(ふたつき)が過ぎる。

 はじめは何をしていても悲しくて、ただ泣くばかりだったけれど、今はもう涙は出なくなった。

 時間薬というのは本当なのね、とリリエッタは思う。アルフレッドの存在も大きな助けになっている。アルフレッドにあれこれと気遣ってもらうことは、選ばれなかったという心の傷をいやしてくれていると思う。それでも、まだ声はでない。

 まだトラヴィスを忘れられていないのかしら。わたしをいらないと言った人を。そんな自分に呆れて、その日リリエッタはある決断をした。


 初めてトラヴィスからもらった誕生日のプレゼントは小さな犬のぬいぐるみだった。次の年はリボンで作られた髪飾り、婚約してすぐの誕生日にもらったのが小さな色石のついたネックレス。少しずつ大人向けになっていくプレゼントが嬉しかった。そして、婚約の記念に二人で相談して作ったトラヴィスの瞳の色の琥珀とリリエッタの瞳の色のサファイヤを組み合わせた指輪。婚約指輪は返したけれど、まだそれはリリエッタの宝石箱のなかで小さく輝いていた。それらを机の上にまとめあげた。


 それから、婚約式で着たリリエッタによく似合うと言われたカナリアイエローの華やかなドレス、それに合わせた靴、髪飾り。トラヴィスが似合うね、といってくれたピンクのドレスもクローゼットから引き出された。そして、勇気を出して社交界デビューをする日に着たドレスも取り出した。純白のドレスは、パフスリープで、胸元やウエストのラインにトラヴィスの瞳をモチーフにした薄い金茶色のレースで縁取りをした。それに合わせて、トラヴィスは同じ薄い金茶色のベストを着て、上着の胸ポケットにリリエッタの瞳の色のブルーのハンカチーフをさしたのだった。


 リリエッタの思い出はトラヴィスに通じるものが多すぎて、トラヴィスとの思い出を捨てることはリリエッタのこれまでを捨てるように思われて幾度も手が止まったけれど、リリエッタは思い切って侍女に処分をするように頼んだ。一生の思い出となるはずの社交界デビューのドレスを手放すと言ったリリエッタに侍女は悲しい顔をしたけれど、何も言わず持ち去ってくれた。きっと、侯爵夫人に相談してうまく処分をしてくれるだろう。

 新しい一歩を踏み出したいとリリエッタ自身も思っているのだ。





 その日、リリエッタは、鏡の前でそわそわと自分の姿を確認した。

 薄い水色のデイドレスは、ハイネックで首元と手首が白い生地に切り替えられている。ウエストは太めの濃い青のリボンが後ろでふわりと結ばれている。たっぷりギャザーをとったドレスは丈が少し短めで、足首までの白い革の短靴を履いている。今年王都に来てから誂えた初めて袖を通すデイドレスだ。金色の髪はハーフアップにして背に流し、アルフレッドにもらった水色のリボンで飾り付けた。繊細な刺繍が施され、小さい宝石が縫い留められたそれはとても美しいものだった。リリエッタ付きの侍女がとても嬉しそうに髪を結い、化粧を施してくれた。鏡の中にはよそ行きの顔をしたリリエッタが映っている。

 少し不安、でもとても楽しみ。そんな顔だ。

 先日の約束をうけて、その日は王立植物園に向かうことになっていた。

 アルフレッドは筆談をしなければいけないリリエッタとの会話にも嫌な顔をせず、つきあってくれる。また、声を出さずとも、表情や仕草で会話が続くこともある。会話の合間も顔を見合わせて、互いの気持ちを読み取ろうとすることで、知り合って間もないにもかかわらず、時折沈黙が訪れても気まずさをかんじるようなことはなかった。

 二人で乗る馬車では、どんな会話をするのだろう。植物園でどんな姿を見せてくださるのだろう。リリエッタは幾度もそんな想像をして今日を待っていた。


 アルフレッドから外出に誘われ即答したものの、自分の振舞いでアルフレッドに恥をかかせては申し訳ないから、行かないほうがいいのではないかと不安になったリリエッタは、母であるレスター侯爵夫人に相談した。

 もし、貴族の誰かにあってしまったらどうしたらよいのだろう。

 トラヴィスと婚約しているときは、そういうことはすべてリリエッタが考えなければならなかった。相手の家門や爵位、好みを把握してトラヴィスが円滑に社交ができるように手助けをしてきた。今のリリエッタにはそれができない。むしろ、アルフレッドの社交の妨げになるばかりだろう。

 

 すると、そんな娘を痛まし気に見つめたあとで、ぎゅっと抱きしめた。


「ずっとそんな思いでいたのね、デビューしたばかりのあなたがそんな風に考えて社交をしていたなんて。頑張り屋さんなのはあなたのよいところだけれど、あなたばかりががんばる必要はないのよ」

「困ったことがあったら、アルバーン伯爵を頼りなさい。助けてくださるはずよ。助けることが出来ない場合でも、二人で力を合わせて乗り越えることができるかもしれない」


「どちらもできない男なら、あなたと付き合う価値はないわ。なんとしてもこのお話はなかったことにするから、安心していってらっしゃい」


 最後の一言は、リリエッタの目をみつめて、いつものたおやかさをかなぐり捨てたように強い言葉だった。母がトラヴィスとの婚約をどれほど悔やんでいるのかが伝わるようだった。そう言われることでリリエッタは少し心が軽くなって、今日を迎えることができたのだった。

 


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