19 ラストワルツ
ラトリッジ公爵が、今回の件で国王と密談する間、大広間ではダンスや会話に興じる時間が続いていた。
リリエッタはラトリッジ公爵夫人やマリアたち公爵家の人々とともに、王族席に最も近い位置で待機することとなった。
「まだ、手が冷たい」
アルフレッドがずっと離さなかったリリエッタの手を強く握って言った。
「一人にしてしまってすまなかった」
リリエッタが怖い思いをしたことをアルフレッドは自分の責任だと詫びた。
エリカ・カルキンはずっと隙を狙っていて、本当に一瞬の隙をついたのだ。アルフレッドに責任があるわけではないことは誰もが分かっていたけれど。
「アルフレッド様が悪いわけではありません。アルフレッド様はわたくしを助けてくださったではないですか」
「しかし、あなたを守れなかった。あなたに怖い思いをさせてしまった」
「守ってくださいましたわ。あなたが来てくださって、どんなに安心したことか。もう詫びたりなさらないで。悪いのは、あなたではなく、それを企んだ方なのですから」
リリエッタは、自分の手を握ったアルフレッドの手にもう一方の手を重ねた。
「ですから、アルフレッド様。あの方たちに見せつけてあげましょう。わたくしたちが今幸せなこと。あの方がなさったことがかえってわたくしたちを幸せにしてくれたことを。きっと、それがあの方にとって一番の罰になりますわ」
やがて、国王が大広間の壇上に姿を見せると、音楽はやみ、人々は国王の社交シーズンの終わりを告げる挨拶に耳を傾けた。そして、
「さて、もう皆もすでに知っていることと思うが、ラトリッジ公爵家の嫡男アルフレッドと、レスター侯爵家のリリエッタとの縁が結ばれた。ラトリッジ公爵家に引き継がれる勇者レクタスの血統が続くことは我が国にとっても実に喜ばしいことである。慣例により、今宵の最後のワルツはこの初々しい二人に飾ってもらうこととする。どうか皆も二人の今後を祝福して見守ってほしい」
最後に、二人の婚約を告げると、歓声と拍手が大広間に広がった。
人々の目が王族席の近くの公爵家の人々が集まる場所に向く。貴族たちのなかでもひときわ華やかで輝きに満ち溢れた人々、その中から、アルフレッドがリリエッタをエスコートしてあらわれた。何事もなかったように侍女たちの手で美しく仕上げられた二人が、寄り添って大広間の中央へ進むと、それだけで若い女性の華やかな歓声が上がった。
中央に立つと、アルフレッドはリリエッタの手を離し、片足を立てて跪いた。
「リリエッタ、あなたの勇気に僕は何度もあなたに恋をする。あなたを愛しています。どうぞこの手をとってください」
社交嫌い、女嫌いと言われていたアルフレッドがとろけそうな顔で右手を差し出すのに、また歓声が上がる。
「わたくしも愛しています。求婚してくださった日から、ずっとわたくしを支えてくださってどんなに心強かったことか。わたくしを選んでくださって、本当にありがとうございます」
「礼を言うのは僕の方だ。本当に夢のようだ」
リリエッタが手を差し出すと、その手にそっと口づけて、アルフレッドは立ち上がった。右手でリリエッタの背を抱いて合図をすると、弦楽器の美しい音色が響き始める。
「本当は、あなたのことだけを考えていたいのに」
ワルツの調べに乗って巧みにリリエッタをリードしながら、アルフレッドがぼやいた。その視線の先にはプライス侯爵家の人々の姿がある。
背はひょろりと高いものの線の細い気弱そうなプライス侯爵。隣には侯爵によく似た風貌の嫡男がいた。モーヴの兄である。嫡男とは反対側の隣にはプライス侯爵夫人、顎を上げた高飛車な表情や人を見下すようなまなざしが、アルフレッドの母とは全く面差しを異なるものにしていた。そして、その隣にモーヴがいた。唇をかみしめて食い入るように二人の姿を見つめている。
「わたくしもです。でも、ご自分のなさったことのむくいはきちんと受けていただきたいのです。…わたくし性格が悪いのでしょうか」
「いいや、まったく。むしろ、優しいくらいだ」
小さなささやきを交わすと、アルフレッドはリリエッタをリードしてプライス侯爵家の人々の近くへとステップを踏んだ。
リリエッタは指先まで注意を払って、美しいダンスを見せようと思った。アルフレッドがリリエッタを選んだことを誰もが認めてくれるように。アルフレッドの腕はしっかりとリリエッタを支えてくれるから、安心して身をゆだねることができる。息の合った二人のダンスに人々の間から嘆声がもれる。
「リリエッタ、こわくはない?」
「こわいことなどありません。あなたがいらっしゃるんですもの」
リリエッタの耳元でアルフレッドが囁いた。リリエッタも同じように耳元で囁きを返す。その親密な雰囲気に、モーヴの表情が険しさを増すのが分かった。
アルフレッドは、挑発するようにプライス侯爵夫人とモーヴに視線を送ると、その場でリリエッタの背をしっかりと支え、片足を大きく引いた。それに合わせてリリエッタも片足を引きながら背中を優雅にそらし、美しい姿を披露した。人々から思わず拍手と歓声がわく。
姿勢を戻しながら、リリエッタはモーヴに向けて微笑みを作った。
あなたのしたことは、わたくしにもアルフレッド様にも、些細な傷のひとつすら作ることはできないの。アルフレッド様から選ばれ、婚約者として多くの人から祝福される。今のわたくしの姿が自分のしたことの結果だということをよく見ておいて。言葉にできるならそう伝えたかった。
モーブの顔は怒りで歪み震えていた。プライス侯爵夫人も眉を顰め、もの言いたげな口元を扇で隠していた。
「大人になって、もう忘れたような気がしていたけれど、ああいう彼女たちの顔をみると、子供のころの自分が救われるような気がする。そう思う僕の性格も悪いのだろうか」
「いいえ、とんでもないことです。これまでよく我慢なさいましたわ。でも、不思議ですね、アルフレッド様の前だと自分を飾らずにいられる気がするのです」
目を合わせて二人は微笑んだ。
もうあとは、今の幸せを楽しもう。言葉にせずとも互いにそう思っていることが分かって、そのあとはただお互いを見つめて二人はゆっくりと二人きりのダンスを楽しんだ。
ふと見ると、プライス侯爵家の人々のところに近衛の制服を着た男性が三人ほど近寄って話しかけていた。戸惑う四人を有無をいわさずに連れ出していく。
断罪の時間がきたのだ、リリエッタは思った。アルフレッドを見上げると、アルフレッドもリリエッタを見ていた。自分のしたことの責任はとらなければならない。その時が来たことを理解したとき、ちょうど曲も終わりを告げた。
最後の音に合わせて止まると、アルフレッドはリリエッタの手を離し、彼女に向かってボウアンドスクレイプをする。それに合わせてリリエッタもカーテシーを返す。そのあと、アルフレッドがリリエッタの手を取ると、そろって国王陛下に対して改めて礼をして敬意を表した。
国王が満足そうに手を広げ、そのまま手を打つと、大広間に集まった貴族たちから一斉に拍手と祝福の声が上がった。
婚約を皆に認めてもらえたのだ、この騒ぎで忘れかけていた喜びがようやくリリエッタの心に届いた。
「幸せにする。約束する」
リリエッタの手を強く握って、感極まったようにアルフレッドが呟いた。
思いがこみ上げて何も言えず、ただリリエッタはアルフレッドの手を握り返した。




