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17 はかりごと

「挨拶の必要はないのではないかしら」


 今更挨拶などどういうつもりなのだろう、白けた思いでそう言ったリリエッタに構わずぐいぐいと距離を詰めると、エリカはリリエッタの右腕を強く握った。

 トラヴィスの隣にいたころのエリカはいつも控えめな微笑を浮かべていたが、先日小物屋でモーヴの供をしていた時は、別人かと思うほど、険しい表情をしていた。さらに今日は思いつめたような鬼気迫る面持ちになっていて、リリエッタは恐怖を感じるほどだった。


「なにをなさるの」

「お恨み申します、リリエッタ様」


 強く握られた腕に、エリカの爪が食い込んで痛みが走った。振り払おうとしたけれど、振り払えないどころか、腕を引かれて、リリエッタはテラスに引きずり出されてしまう。


「トラヴィス卿とご結婚なさるのでしょう。あなたの思い通りになったのだから、もうわたくしに関わる必要はないでしょう」

「あなたが黙って身を引いてくださらないから」

「ええ?」

「私、伯爵夫人になりたかったんです。それなのに、あなたがトラヴィスから嫡男の座を奪ってしまわれたから。伯爵夫人どころか、貴族籍を維持することすら難しい状況にしてしまうなんてひどいと思うんです。それなのに、ご自分はすぐに麗しい次期公爵様を捕まえてお幸せになるなんて。あまりにもずるいと思うんです」


 エリカはきつくリリエッタを睨みつけた。けれど、そうして口にする言葉はあまりにも自分勝手なもので、リリエッタは目の前にいるのが常識の通じない人間であることに不安を覚える。


「ひどいことをしたのはどちらなのかしら……」

「あなたです。トラヴィスを奪った私に嫉妬して、私たちが幸せになるのを許さないおつもりなのでしょう」

「そういう話ではないでしょう。サーキス伯爵家は我がレスター侯爵家の家門の一つ、それなのに、あなたがそのまま伯爵家に入れるわけはないでしょう」

「だから、あなたが美しく身を引いてくださればよかったのです。モーヴ様がおっしゃるように、本当に自分勝手でひどい方ですね」

「モーヴ様が?」

「ええ、そうおっしゃっていたわ。ご自分の出来の良さをひけらかすためにトラヴィスを利用して。トラヴィスがいなくなったら、今度は口八丁でモーヴ様の思い人を奪い取る。そんな自分勝手で卑怯な方だって」


 先日二人が一緒にいるのを見た時から嫌な予感はあった。それでも、エリカとの関係で言えば、被害者はリリエッタのほうで、モーヴとの関係にしてもモーヴの一方的な思い込みのようなものだったため、こんな奇妙な言い分を聞かされるとは思いもしなかった。


「トラヴィスとお付き合いするときもモーヴ様は応援してくださいました。今回も、モーヴ様のお願いをお聞きすれば私たちの貴族籍を守ってくださるとお約束してくださいました。モーヴ様はあなたと違ってお優しいから」


 そう言ってエリカは強く握ったリリエッタの腕をぐいと引き、そのままテラスの端に引きずり、さらに背中を押して庭園へと押し出した。


「ですから、こうするしかなかったの。私たちの幸せの為なので許してくださいね」

「うわっ、本当にリリエッタ嬢を連れてきやがった」


 押し出されて転びそうになったリリエッタを男の腕が受け止め、頭の上から笑いを含んだ軽薄そうな声がした。


 リリエッタを抱きとめた男と、もう一人別の男の腕がリリエッタの腕をつかんだ。


「レスター侯爵令嬢とこんな近くで触れ合えるなんて夢のようだ」

「三人で楽しい時間を過ごしましょう」

「いやです。離してください。お願い、どうぞ離して」

 

 馴れ馴れしい声がやけに親し気にリリエッタに話しかける。知らない男の腕の熱や強さを肌に直に感じてリリエッタの肌におぞけが走る。逃れるように身をよじって懇願すると、かえって男たちは楽しそうな笑い声をあげた。


「可愛らしい声だなあ、あなたにそうやってお願いされるのはぞくぞくするな」

「早く連れて行こうぜ」

「いやっ」


 腕をとられ、腰に手を回される。力をこめて振り払おうとしても、小柄なリリエッタの抵抗はかえって男たちを喜ばせるばかりだった。

 

「エリカ、そこにいるのかい?……リリエッタ……?」


 そのとき、耳慣れた小さな声がリリエッタの名を呼んだ。


「トラヴィス!!」


 はっとして声の方を見ると、テラスに顔を覗かせたのは、トラヴィスだった。驚いたような怯えたような顔でリリエッタたちを見ていた。


「トラヴィス。お願い、助けて……!」


 リリエッタは必死で叫んだ。


「トラヴィス、なんでもないわ。リリエッタ様は彼らと少し楽しみたいとおっしゃっていたの。ほうっておいたほうがいいわ。さあ、向こうへ行きましょう」


 エリカが笑顔になってトラヴィスの腕をとると、広間の中へ連れて行こうとする。


「でも、リリエッタがそんな……」

「……トラヴィス、助けて……!」


 トラヴィスが心配そうに振り返る。リリエッタは死に物狂いでトラヴィスの名を呼んだ。けれど。


「サーキス伯爵家を追い出された馬鹿か」

「痛い目にあいたくなかったらあっちに行け」

「トラヴィス、お願いよ……」


 男たちが、トラヴィスを威嚇する。でも、とためらうトラヴィスを男の一人が殴りつける真似をすると、トラヴィスは、申し訳なさそうに目をそらし、そのままエリカと共に大広間の中に逃げ込んでいってしまった。最後にエリカがリリエッタの姿を記憶に残そうとするように振り返った。その顔が愉悦に歪んでいた。


 そして、絶望だけが残された。



 

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