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15 かつてあなたが

 リリエッタが乗ってきた馬車には侍女だけが乗って、リリエッタはアルフレッドの馬車で送ってもらうことになった。二人きりの車内で、アルフレッドは向かいに座るリリエッタの両手をぎゅっと握り締めた。


「いやな思いをさせてごめん」

「アルフレッド様が謝ることではありません。むしろかばっていただいてありがとうございます」

「プライス侯爵家からの縁談は、はっきり断っているんだけどね。まさか、こんな形であなたに迷惑を掛けるなんて、本当にすまない」

「モーヴ様との間に何かありましたの?」


 握られていた手を取り返し、逆に自分から両手で大きな手を包みながら、リリエッタは尋ねた。


「あまりにも情けなさ過ぎて、あなたに嫌われてしまうかもしれない」


 うつむいて呟くアルフレッドの手を両手でゆらゆらと揺らした。


「絶対にそんなことはありません。もしおいやでなければ話していただけたらと思います。お辛いことがあったとしても、二人で分ちあえば少しは楽になると思うのです」

「あなたにそう言われたら、断ることはできないな」


 アルフレッドは、以前のボートの上で話してくれた過去の出来事を語りだした。



 アルフレッドの母であるラトリッジ公爵夫人は、前プライス侯爵の次女で、男子がいないため、長女が婿を取って家督を継いだのが、現在のプライス侯爵夫人だ。おっとりとした妹に対し、プライス侯爵夫人は自分の思い通りに物事を運びたい勝気な性格だった。


 アルフレッドが生まれた翌年にモーヴが誕生すると、プライス侯爵夫人はモーヴをアルフレッドに嫁がせようと心に決めたらしい。

 たびたび娘を連れて公爵家を訪れては、アルフレッドと遊ぶ機会を作ろうとした。そして、アルフレッドの気弱な気性を知ると、アルフレッドを自分の屋敷に呼び寄せるようになった。妹であるラトリッジ公爵夫人には、公爵家の人間の保護を離れて、モーヴとその兄と遊ばせることで、アルフレッドの心の強さを養ってあげる、などと言っていたらしい。

 実際には、プライス侯爵夫人はアルフレッドとモーヴの三人で多くの時を過ごし、その時は必ずモーヴを優先して、モーヴこそが価値ある存在のように扱い、アルフレッドはモーヴに従うことを強いられた。プライス侯爵夫人は、アルフレッドにそうした行動は彼を鍛えるためであり、両親から許可は取っている、もしアルフレッドがそれを両親に告げたら、両親を失望させるだろうなどと言い続けたことで、アルフレッドは両親を頼ることもできなかった。


 そうした日々が何年か続きアルフレッドが十一歳の春、ある伯爵家で子供たちを集めたガーデンパーティが開かれることになった。そのころにはモーヴは明らかにアルフレッドを格下とみなし、その華奢な体躯や少女めいた容貌を嘲笑っていた。その時も、プライス侯爵夫人にねだって、アルフレッドを供にしてそのパーティに参加したいと言いだしたのだ。

 その日、プライス侯爵家にアルフレッドのために準備されていたのは少女向けの華やかなパーティドレスだった。それを着てモーヴの取り巻きの一人としてパーティに参加しろというのだ。「あなたはわたくしのお人形さんなのよ」とモーヴが笑った。ひどく屈辱だったけれども、生来の気弱さから拒否の言葉を発することができなかった。そして、ガーデンパーティが始まり、自分の思い通りになったモーヴは機嫌よく女装したアルフレッドを連れまわしたのだった。


 顔色が悪いわ、大丈夫、と声をかけてくれた少女がいた。恥ずかしい自分の姿を誰にも見られたくなくて、うつむくだけのアルフレッドに何を感じたのか、少女はアルフレッドの具合が悪いようだから休ませた方がいい、とモーヴに言ってアルフレッドをその場から連れ出してくれたのだ。自分の邪魔をする少女にモーヴは厳しい言葉を投げつけたけれど、少女は一歩も引かず、けれど声を荒立てもせず、品位を保ったままで、モーヴをだまらせアルフレッドを救い出した。


 一人でモーヴとその取り巻きに立ち向かう少女がアルフレッドには眩しかった。淡い金髪に透き通った大きな青い瞳が特徴的な可愛らしい容姿も印象に残ったけれど、それよりもその凛と立つ姿の美しさが、そして、鈴を振るような澄んだ声がもつ強さと優しさが、アルフレッドの心に強く刻まれた。



「その時、助けてくれたのがあなただ」


 そう言われてリリエッタは記憶を辿った。


 アルフレッドが十一歳ということは、リリエッタは十歳。伯爵家のガーデンパーティ、日差しの下で青ざめた顔で涙をこらえていた華奢な少女。まさか公爵家の嫡男であるアルフレッドが女装させられるなどとは思いもよらず、だから先日は思い出せなかったのだ。


「……あれがあなたでしたの」


 同じ年の同じ侯爵家の娘、それでも取り巻きを引き連れて得意げに歩き回るモーヴとは友達にはなりたくなくて、リリエッタは近づかないようにしていた。けれど、その取り巻きの一番後ろを、悲壮な顔をした少女が連れまわされていてリリエッタは目が離せなくなったのだ。リリエッタよりも少し小さいくらいのか弱げな少女で、今にも泣きだしそうな青ざめた顔をしていた。


 本来すべきでないことは分かっていたし、震えるほどに怖かったけれど、声をかけずにはいられなかったのだ。


「あなたのように強くなりたいと思ったんだ」


 その日、勇気を振り絞ってプライス侯爵夫人とモーヴに逆らったのだという。思い切って両親にもこれまでのことを相談したところ、母は姉がそんなことを考えていたとは思いもしなかったようで、アルフレッドを抱きしめて、辛い思いをさせたこと、その辛さに長いこと気づくことができなかったことを涙ながらに謝罪してくれた。父も信頼して預けていた息子が傷つけられたことに激怒した。

 プライス侯爵夫妻を呼び出して仔細を問い詰めたところ、プライス侯爵夫人は、アルフレッドとモーヴをどうしても結婚させたいと思ったこと、そのためにアルフレッドを囲いこみたいと思ったこと、それが行き過ぎてしまったのだということを泣きながら謝罪した。侯爵夫人はもちろん、モーヴにも悪意はなく、ただアルフレッドを可愛がりたいという気持ちが悪い方に出てしまったのだと、反省した姿を見せた。何も知らなかったらしいプライス侯爵も妻をかばって共に謝罪した。

 プライス侯爵夫人とモーヴの長い期間にわたる行動は許せないものの、実家であるプライス侯爵家を守っている姉に対するラトリッジ公爵夫人の恩義はあるため、縁を切ることはないものの、距離を置いた付き合いをすることになったのだという。


 アルフレッドもプライス侯爵家の人々とかかわることはなくなった。しかし、プライス侯爵夫人は、執拗にアルフレッドとモーヴの婚約を申し入れてきていた。今更なぜ認められると思うのか、問いたくなるほどに。

 その後、以前リリエッタに話してくれたように、アルフレッドは成長期を迎え身体も大きくなり、鍛錬にも真剣に取り組んだことで、今のような身体を手に入れたのだという。そうしてアルフレッドが成長していく一方で、距離を置かれたにもかかわらず、プライス侯爵夫人にアルフレッドの花嫁はあなたよ、と言い続けられたモーヴは「アルフレッドはモーヴに釣り合わない自分を恥じ、遠慮しているのだ」という思いこみを持つようになったらしい。


「何年かして久しぶりに会ったら、私のために頑張ってくれたのだから、そろそろあなたを認めてあげるわ、と言われて言葉を失った」


 本当に途方に暮れたように言うアルフレッドに思わずリリエッタも同情した。

 アルフレッドに対する仕打ちはひどいにもほどがあるし、そのうえ自分が悪いことをしたと思ってもいないなんて。


「なんてひどいことを。それほど傷つけて、なお平気でそんなことをおっしゃるなんて」

「彼女もプライス侯爵夫人の被害者なのかもしれないと思うことはある。思い込みが激しいのはもともとの性格のように思うけれど。いずれにせよ、彼女と結婚することはありえないな」


 辛いことを過去のこと、として話すことができることに安心する。リリエッタは、ふと思いついたことがあって小首をかしげた。


「もしかしてモーヴ様がわたくしにきつく当たっていたのも、その時のことが原因なのかしら」

「きつく当たられていたの?」


 きゅっと眉根をよせたアルフレッドを宥めるようにリリエッタは微笑みかけた。


「いえ、トラヴィス卿のことをあてこする程度なので大したことはないのですけれど」

「多分そうだ。私のせいで申し訳ない。でも、きっとそれだけではないと思うけれど」

「ほかになにか理由がありますの?」

「あなたと彼女の境遇はよく似ているのに、あなたの評判ばかりが高いから」

「まさか、そんな」

「いや、本当だ。あなたに婚約者がいて、悔しい思いをした男はたくさんいると思う。私も含めて……先ほどモーヴ嬢と一緒にあの女がいたな」


 甘い声で囁きかけたアルフレッドが、何かを思い出したように声色を変えた。リリエッタも気になっていたことを思い出した。


「そうなのです。カルキン子爵家はプライス侯爵家の家門ではないから、不思議に思ったのだけれど。そもそもエリカ様があんなことをしたことで、わたくしたちは結婚をすることになったのに、あなたと結婚したいモーヴ様が彼女を庇うなんて、奇妙ですわね?」


 二人は、顔を見合わせた。



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