14 言いがかり
「あら、リリエッタ様、お久しぶりね」
モーヴ・ホールデンは獲物を見つけた獣のように目を光らせてリリエッタを見た。その後ろでは、エリカ・カルキンが目をとがらせてリリエッタを睨みつけていた。
幸せや温かさでいっぱいだったリリエッタの胸が鋭い針で突かれたように一気にしぼんでしまった。けれど、エリカの姿をみてももう以前のような辛さは感じられなかった。以前まとっていた可愛らしく優し気な雰囲気がとげとげしいものに変わっていることにただ驚いただけだった。カルキン子爵家はプライス侯爵家の家門ではなかったはずだけど、とリリエッタは記憶をたどった。
「お久しぶりですね、モーヴ様」
「今日は、こちらの私のお友達が最近辛い思いをなさって、それを慰めるために贈り物をしようと思ってきたのよ」
モーヴが、エリカを指し示しながら言った。
「相思相愛の恋人とようやく結婚できることになったのに、その恋人を慕っていたどなたかの嫌がらせでその恋人は爵位を継げなくなってしまったのですって。お可哀想でしょう。お気の毒だから、お父様にお願いして助けて差し上げたいと思っているの」
嫌味たっぷりな言い回しにリリエッタは二の句を継げなくなった。そんな風に考えて、エリカはリリエッタを睨んでいたのか、あまりに自己中心的な考え方だった。
「お客様、どうぞ今日はお引き取りくださいませ。改めてお約束をさせていただきたく存じます」
「リリエッタ様、せっかくお会いできたのだから、ご一緒させてくださらないかしら。お聞きしたいこともあるのよ」
店主の制止にも耳を貸さず、モーヴはリリエッタを挑むように見た。
「せっかくですが、わたくしはお先に失礼させていただくわ」
リリエッタはそう言って立ち上がると、店主に声をかけた。
「わたくしの時間はまだ残っている? その時間をこちらの方々に差し上げて。品物は屋敷に届けていただければいいわ」
「ですが……」
「とてもよい品物を見つけられて満足しています。ありがとう」
モーヴの話はきっとアルフレッドのことだろう。それだけでもうんざりなのに、エリカ・カルキンと同じ場にいることなど冗談ではない。
「ちょっと待ちなさい。ねえ、あなた、この前アルフレッド様の馬車に乗っていたわよね、あれはどういうことなの?」
行く手を遮ったモーヴがヒステリックに叫んだ。
プライス侯爵家はラトリッジ公爵家の親戚筋だけれど、婚約関係にあることを伝えていいものか、少し迷う。伝えたら、モーヴはもっと怒るだろう、それも面倒だった。
「お知りになりたかったら、ラトリッジ公爵家にお伺いになって」
「それはどういうこと? あなたまさかアルフレッド様と?」
「お名前でお呼びになるほど親しいのならば、直接アルフレッド様にお聞きになるといいわ」
今までのモーヴの態度やエリカの件で、リリエッタは少々好戦的な気持ちで言った。
「なんですって。婚約者に捨てられた女のくせに」
「……」
いつもは相手にしないリリエッタがまっすぐに視線を合わせて言い返したのに腹が立ったのか、間髪を入れずにモーヴが叫んだ。あまりの言いように息をのんだリリエッタに、追い打ちをかけるようにモーヴは言葉を重ねた。
「エリカにサーキン伯令息を奪われたくせに。そんな女がアルフレッド様にちょっかいを出すなんて、なんて図々しいのかしら」
「失礼なことを言うな」
言葉を失ったリリエッタに代わって、男の声がモーヴを咎めた。
丁度店に入ってきたのはアルフレッドだった。アルフレッドはリリエッタに近づくと肩を抱くようにして、モーヴの視線からリリエッタを隠してくれる。
「リリエッタ、大丈夫か」
「ええ、大丈夫です。でも、どうしてここへ? 今日は予定がつかないとおっしゃっていたのに」
「急いで終わらせてきた。あなたに会える機会を一回でも逃したくないから。それで、いいものは見つかった?」
「はい、こちらを選びましたの」
「青いアネモネの宝石箱、それに室内履きか。母が喜びそうだ」
「そうだといいのですけれど」
リリエッタは、アルフレッドの優しい瞳にほっとしていつものように笑うことができた。入ってくるなり、親し気に言葉を交わす二人をモーブが唖然として見つめた。
「ア、アルフレッド様、もしかしてその女と婚約を……?」
「ああ、そうだ。今度の舞踏会で正式に発表する。彼女が未来のラトリッジ公爵夫人だ。あなたもそれにあった対応をしてもらいたい」
「そんな、冗談ですわよね。だって、お母様は私がアルフレッド様の花嫁になるのだとおっしゃっていたもの」
「その話は何度もお断りしている」
「嘘よ、お母様がラトリッジ公爵夫人にそうするように言っているとおっしゃっていたわ。昔から、そういうお話だったのでしょう。私、ずっとアルフレッド様からのお申し出を待っていますのに」
胸の前で両手を握り締めるようにして、モーヴが言うのに、アルフレッドがため息をついた。
「私が一度でも自分からあなたに手紙を送ったり、舞踏会への同伴を願ったりしたことがあっただろうか」
「そ、れはございませんが、でも、もともとあなたは控えめな方でいらしたから、私に遠慮なさっていただけでしょう。あなたもご立派になられて、皆さまもお美しい、凛々しいとお噂をしていますもの。今はもう、ご自分が私にはふさわしくないなどと遠慮する必要はないのですよ」
まるで、アルフレッドがモーヴに身の丈に合わない恋をしているような言いように、リリエッタは耳を疑った。アルフレッドとモーヴが対面しているのを見かけるのも二度目だが、そんな様子はみじんも感じられなかったからだ。
アルフレッドは再びため息をつくと、周囲に目をやって、エリカをはじめとしたモーヴの連れの令嬢方や店主が顔をそらしているのを確認する。
「私は一度もあなたを思ったことはない。あなたとの結婚も一度たりとも考えたことはない」
冷酷なほどはっきりした言葉にモーヴの顔がひきつって固まった。
「これまでプライス侯爵家に配慮をしてきたのは、プライス侯爵家が母の実家だから母の顔を立てたまで。わが公爵家が侯爵家の人間に従ういわれはない。誤解のないようにしてもらいたい」
「そんな……」
「先ほどの失言を彼女に謝罪してくれたまえ。リリエッタ嬢は私が婚約者に選んだ女性だ」
リリエッタの腰を抱いて、アルフレッドが言う。いつもリリエッタに向ける甘い顔ではなく、無表情に近い厳しい顔だ。つくりが整っているだけに、ひどく冷たく見える。リリエッタがもしこんな顔を向けられたら、きっと泣いてしまうだろう。モーヴも、うつむいて口ごもった後で、絞り出すようにリリエッタに謝罪の言葉を述べた。
今まで敵視してきたリリエッタに謝罪するなんて、どんなにつらいことだろう。それも好きな人にそれを促されるなんて。けれど、今までのモーヴの言動を思い返すとかばい立てする気にはならなかった。また、アルフレッドの厳しい言葉は二人の間、あるいはラトリッジ公爵家とプライス侯爵家の間になにかの確執があることを思わせた。これ以上モーヴが自分たちに関わらないことを願いながら、リリエッタはただ頷いて謝罪を受け入れた。
モーヴに対しては何の表情も見せぬまま、アルフレッドはリリエッタにいつもの柔らかい顔を見せた。
「では、もう帰ろう。時間があるのならば、侯爵家でお茶をごちそうになってもいいだろうか」
「もちろんです」
結局品物は屋敷に届けてもらうことにして二人は寄り添って店を出た。アルフレッドが親し気に店主と挨拶をしているのを見て、リリエッタはアルフレッドもこの店を知っているのだと悟った。そして、気づく。以前贈られたあの美しいリボンはきっとこの店のものなのだ。




