13 二度目の婚約
「ああ、リリエッタ。本当に、本当に良かった……」
屋敷に戻ったリリエッタたちを侯爵夫人が出迎え、お母様、と呼んだ娘を言葉を詰まらせながら抱きしめた。リリエッタの胸にも改めて安心感がこみ上げてきて、親子はひとしきり抱き合って涙を流した。ややあって落ち着いた侯爵夫人は、涙をぬぐいながらアルフレッドに向き直り、深々と礼をした。
「伯爵が娘を支えてくださったおかげです。本当になんと申し上げたらよいのか、ただただお礼を申し上げるばかりでございます」
「いいえ、ご家族の支えがあればこそでしょう。私はただそばにいただけです」
互いに相手をいたわるようなしみじみとした挨拶だった。
リリエッタがアルフレッドの隣に並ぶと、自然にアルフレッドはその手をにぎり、二人は顔を見合わせて微笑んだ。それを見た侯爵夫人は今度は歓喜に顔をほころばせた。
「リリエッタ嬢に、結婚の申し出を受け入れていただきました」
「まあ、まあ、そうなの」
「お母様、長いことご心配をおかけしてごめんなさい。わたし、アルフレッド様と一緒に生きていきたいと思ったの」
「共に幸せになれるよう努力します。どうか結婚の許可をいただきたい」
「わたくしは大賛成よ。すぐに主人とエリオットに使いをだすわ。ああ、それから今日の晩餐はお祝いにしなければ。伯爵もどうぞご一緒してくださいませね」
リリエッタのくったくのない笑顔を見るのは、数か月ぶりだった。頬をそめ恥じらいながらも喜びが隠し切れない様子は、長いこと刺さったままだった棘が抜けたような安心感をもたらした。
求婚にきた日から、アルフレッドはリリエッタを急かしたりせず、誠実に向き合ってくれた。今度こそ無理せず結婚して幸せになってくれることを侯爵夫人は心から願った。
そのあとの話は至極順調に進んだ。
辺境の領地にいるラトリッジ公爵夫妻にはアルフレッドが早馬を出したところ、すぐに使者が送られてきて二人の婚約を歓迎する意を伝えてきた。特に、公爵夫人からは、リリエッタの気持ちを慮る一方で、アルフレッドとの婚約を受け入れてくれたことへの感謝を懇ろに綴った手紙が送られてきた。
あまりにも前向きに受け入れてくれることに疑問を持ったリリエッタが尋ねると、アルフレッドは照れ臭げな微笑を浮かべた。
「幼いころ、あなたに結婚の申し入れをしようとしたことがあると言ったろう。僕が女性の話をしたのはそれが最初で最後だ。今回、婚約の申し入れをするために両親に話をしたときから、かれらもあなたの返事を待ちわびていたんだよ」
「ええ、そんなに前からですの?」
「執念深い家族と怖がらないでほしいんだが。僕はもうあなたのことを離すことはできないから、それは覚悟してくれ」
「わたくしもですわ。安心なさって」
リリエッタがアルフレッドの気持ちを受け入れた日から、少しずつアルフレッドがリリエッタに触れることが多くなった。今も、隣り合って座ったリリエッタの手を自然にアルフレッドが握っていて、リリエッタの言葉に嬉しそうに笑うと、そっと手の甲に口づけをした。
二週間後に、今年の社交シーズンのフィナーレとなる王家主催の舞踏会が王宮で開かれる。成人している貴族は極力参加することが求められる大舞踏会だ。
隣国との関係が安定している近年は、辺境を守るラトリッジ公爵夫妻もその舞踏会だけは参加しており、今年もそれに合わせて王都に到着する予定になっている。夫妻の到着を待って婚約式を行い、それにあわせて届け出をして、正式な婚約者となるのだ。
今年の最初の舞踏会で婚約を披露したのに、最後の舞踏会で別の人との婚約を披露するなんて笑われないかしら、と声を取り戻したことと婚約のお祝いを兼ねて、夫婦でレスター侯爵家をおとずれてくれたマリアにこっそりと相談したところ、マリアはきっぱりと首を振った。
「いいえ、絶対に早くに披露したほうがよくてよ。断られてもリリエッタを諦めていない男が大勢いるのだから。かれらが諦めをつけるためにも、アルフレッドを安心させるためにもね」
婚約者を奪われた女という汚名を返上するためにも、そのほうがいいのだろうとリリエッタは思う。汚名なんて元からないわ、馬鹿な男に見切りをつけただけでしょ、とマリアはあっけらかんと笑うけれど。勇者を先祖に持つ公爵家同士ということもあって、かかわりを持つ機会も多く、マリアは以前からアルフレッドの気持ちを知っていたらしい。とはいえ、リリエッタが望む結婚が決まっていたため、リリエッタが幸せならば、と思っていたのだという。しかし、急転直下の出来事がおこり、アルフレッドが怒涛の寄せをみせて、リリエッタを落としたことが愉快でしたかないようだ。アルフレッド、よくがんばったわ、と何度も口にしては楽しそうに笑った。
リリエッタは、その日侍女を伴って、貴族街にある小物屋にやってきていた。
アルフレッドの母は、優しい手紙と共にリリエッタが喜びそうなものをさまざま詰め合わせた贈り物を届けてくれていた。精密なレースのショールや美しい花の刺繍が施された小さなバッグ、可憐な花の彫刻が施されたペン軸など、職人の技術の高さで有名な隣国で作られたもので、目を見張るような美しく繊細な物ばかりだった。アルフレッドが言うには、リリエッタに求婚にすることを告げた時から、公爵夫人が願を掛けるようにして、リリエッタを思って買いそろえていたのだという。
まもなく王都に到着する公爵夫人にリリエッタもなにか自分で選んだものを贈りたいと思って、その店を選んだのだった。その店はまだ若い店主が、自分の目で見て納得したものや、自分で考えて職人に製作してもらったものなど、店主のお眼鏡にかなった小物だけを扱う店で、その美意識の高さから、今貴族の女性たちの間にとても人気の高い店だった。実際、リリエッタも以前訪れた時に、店自体のたたずまいの美しさや、センス良く並べられた商品の、物の良さと美しさに時間を忘れて品定めをしてしまったことがあった。貴族の買い物は商人に屋敷に商品を持ってきてもらうことも多いが、一点物の多いこの店では、店に行って宝物を探すように自分のお気に入りの品を探すことが主流になっていた。
「では、義理のお母様への贈り物でございますね」
品のよい笑顔を浮かべた店主が、テーブルに紅茶を置きながら言った。
「ええ、どういったものが喜ばれるのかしら?」
「そうですね、ハンカチや扇などはいくつあってもよいでしょうし、たとえば寒い地方にお住まいの方であれば、手袋やひざ掛けなどもそろそろ準備させていただいております」
「……なぜ寒い地方だと?」
「単なる推測でございます。違っておられましたらご容赦を。どうぞごゆっくりお選びくださいませ。私は控えておりますが、何かございましたらいつでもお声がけください」
店主がそう言って、店の隅に姿を隠してしまうと、リリエッタは紅茶を一口飲んで立ち上がった。
リリエッタはラトリッジ公爵夫人とは面識がないため、本当はアルフレッドにも一緒に来てほしかったのだが、公爵夫妻を迎える準備などで同行する時間をとることが難しいらしい。代わりに聞き出した公爵夫人の情報を頭の中で思い出す。
色は濃い蒼がお好き、公爵閣下の目の色だから。読書や刺繍をなさることがお好き。派手なものよりも、控えめで繊細なものがお好き。好きなお花はアネモネで、領地のお屋敷のお庭にもたくさん植えられているという。
そうして、公爵夫人の好みを聞く中で、アルフレッドと家族とのかかわりや子供のころの思い出がぽろりと語られるのが、とても温かく感じられて、リリエッタは何度もアルフレッドに問いかけた。
アルフレッドは、そんなに気にすることはない、というけれど、アルフレッドの母だからこそ、喜んでもらえるものを贈りたかった。
リリエッタは店内をゆっくりと見て回る。あれはどうだろう、これは気に入ってもらえるだろうか。悩みに悩んで残ったのは、小さな宝石箱と室内履きだった。宝石箱は手の平にのるほどの大きさの円形で、表面に螺鈿細工でアネモネの花が描かれていた。螺鈿の青がアネモネとうまく合っていて、一目で気に入った。蓋を開けるとオルゴールが、きれいな音で子守唄を奏でた。室内履きは、とても細い糸を丹念に編んで作られたもので、細かい花の模様が浮きあがっており、耐寒性と美しさを兼ね備えたものだった。
「良いものをお選びいただけて、よろしゅうございました」
机の上に二つの品を置いて、その来歴や性能などを店主に聞き納得したリリエッタに、店主も嬉しそうに笑顔を向けた。
「お屋敷にお届けいたしましょうか、お待ちいただければお包みしてお持ち帰りいただくこともできますが」
「持って帰りたいわ。包んでくださるかしら」
リリエッタがそう言った時だった。
前触れもなく店の扉が開くと、賑やかな声と共に、少女たちが店に入ってきた。
「お客様、申し訳ございません。当店はお約束いただいてからお越しいただくことになっております」
「あら、そうなの。でも、もう来てしまったわ」
高飛車な物言いはどこかで耳にしたことがある。リリエッタがそっと目線をおくると、そこにいたのは先日見かけたばかりの、プライス侯爵のモーヴ・ホールデン嬢だった。困ったわ、とリリエッタが思ったのと同時に彼女もリリエッタを見つけたようで、細い眉をきりりと吊り上げた。
そして、リリエッタは気づいてしまった。モーヴ嬢が引き連れている三人の令嬢の中にエリカ・カルキンがいることに。




