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12 声を取り戻す

 王都の中心には教会があり、それを取り巻くようにして大小の庶民向けの店舗が軒を連ねた広場があった。その広場のすぐ東側に、大きな公園があった。大きな池はボート遊びができるようになっていて、その周囲には常緑樹が多く植えられ、夏の日差しを遮ってくれている。貴族がよく暑さしのぎに訪れる場所の一つだ。芝生が敷き詰められた場所では、自由に遊んだり、飲食が出来たりするので、そちらは気楽な庶民の娯楽の場として利用されている。

 


 その広い池を、アルフレッドが操るボートがゆっくりと進んでいく。

 日差しが水面に反射してきらきらと輝いた。リリエッタは白い日傘をさして、向かいに座ってゆっくりとオールを動かすアルフレッドに見惚れた。銀色の髪が風になびいている。まぶし気に目を細め、周囲を見回していたのが、視線に気づいたのか、リリエッタを見ると、蒼い瞳をとろけさせた。

 この公園には来たことがあるけれど、ボートに乗るのは初めてだ。以前トラヴィスに来てみたいと言ったときは、わかったよ、と言ってそのままになってしまったのだ。


「怖くはない?」


 優しい声が嬉しくて、リリエッタはにっこりと笑った。

 もうトラヴィスには囚われない。


 ボートはゆっくりと池を周り、木陰でアルフレッドはオールを休めた。

 二艘ほどのボートが少し離れたところをゆっくりと進み、時折女性の華やかな笑い声が湖面を渡ってくる。遠くからは庶民の子どものはしゃぐ声が聞こえてくる。けれど、二人の周りは静かで、小魚が跳ねるぱしゃりという音が響く。

 リリエッタは、アルフレッドを見た。その麗しい容貌だけでなく、リリエッタにかけてくれる優しさが、リリエッタの心を揺らしている。

 この人を好きになってしまった。すとんと心に落ちた。


「一昨日、エリオット卿と王宮で顔を会わせたんだ。あなたのことを心配して、怒りまくっていたよ。もっともそれは僕もだけれど。正直に言えば、レスター侯爵のなさりようは、まだ甘いと思っているよ」


 彼のことはもういいのです。それよりも、あなたのことを話してくださいませんか。


 まだ怒りをにじませるアルフレッドに、リリエッタはそう書いた手帳を差し出した。こんな美しい風景の中で、爽やかな空気の中で、トラヴィスのことを考えるのは嫌だった。それよりも、アルフレッドのことを知りたかった。もし、この先に二人の未来が待つのならば。

 

 あなたのことを。もし、教えてくださるのなら、どうして私を選んでくださったのかも。


 ただアルフレッドに守られるのではなく。ただリリエッタが守るのでもなく。互いに支えあって、けれど自分の足で立つことのできる夫婦になりたい。たとえ声が出なくても、ただ籠の中で大切にされるのではなく、アルフレッドの役に立つ方法を模索していきたかった。

 結局リリエッタは、互いに支えあう、そういう結婚生活を望むのだ。公爵家からの申し入れであるため、リリエッタはアルフレッドと結婚するだろう。それでも、リリエッタがそう考えていることをアルフレッドに理解してほしかった。いや、アルフレッドとは心を通じ合わせて同じ方向を向きたかった。


 リリエッタのメッセージを読んだアルフレッドは、深い蒼の瞳をまぶし気に細めてリリエッタを見た。そうして、何を話そうか考えるように視線を落としてしばらく押し黙った。

 風がそよぎ、岸辺の柳を躍らせる。動かなくなった二人のボートの側でまた小魚が小さく跳ねた。


「ラトリッジ公爵家は勇者レクタスの末裔だということは知っているだろう。同じく勇者の末裔であるティアニー公爵家と共に、辺境を守る務めがある。公爵位を継ぐまでは、近衛騎士団の参与として王都を守る務めもある。嫡男として生まれた時から、僕にはそうした未来が決まっていた。けれど、幼いころは気弱でね。身体も同年代の子どもたちと比べても小さかったしね。周りにこうしろ、ああしろと言われて嫌だということもできず従うだけの子どもだった」


 今の彼からは想像できない昔の姿に、リリエッタは目をしばたかせた。


「父からも、何度も貴族の責務について話をされたよ。それ自体は理解できたし、そうなれればどんなにいいかと思ったけれど、その荷の重さに押しつぶされそうだった。僕には兄弟はいないけれど、なんとかして逃れることはできないか、なんてよく考えていたな。けれど、そんなときにあなたに会ったんだ」


 アルフレッドの昔話に突然自分の姿が現れて、リリエッタは戸惑った。リリエッタにはまったくそんな記憶がなかったからだ。何歳のころですか、どこで会ったのでしょう、と慌てて手帳に書いた。


「覚えていなくていいよ、情けない私の姿は覚えていないほうが助かる」


 そう笑って、アルフレッドは言葉を継いだ。


「子ども同士の集まりでね、私がいじめられるようなことがあったんだ。そこにあなたが来た。まだ子どもなのに、声を荒げたりすることなく冷静に私を助けてくれたんだ。でもね、そのあと二人になったとき、あなたの手がふるえていることにようやく気が付いて、それで、なんで助けてくれたのか聞いたんだ。そのとき、あなたは助けてあげたい人がいるから、その人のために強くなろうと思っているんです、って言ったんだ」


 一瞬、古い記憶が脳裏をかすめた。そんなことを言ったことがあった気がする。トラヴィスとの婚約が決まって、トラヴィスを助けてあげたい、と一心に思っていたころのことだ。それを言った相手がアルフレッドだったのだろうか。いくら幼いころでもアルフレッドのような少年と会っていれば覚えているように思うけれど、記憶の情景はぼんやりとけぶっている。


「誰かと群れようとする子どもたちのなかで、あなたは一人で立っていた。震えていても、逃げない姿がとても美しかった。それで、私もあなたのようになりたいと思ったんだ」

 

 

 自分を助けてくれた少女の素性を探し出し、求婚しようと思ったものの、すでに婚約者がいたのだと、アルフレッドは絶望した顔で言った。

 自分も逃げない人間になりたいと考え、公爵家の責務とも向き合うようになった。そして、心身の鍛錬に励むうちに身体的な成長期を迎え、剣も強くなり、公爵家嫡男としての役割も果たせるようになってきたのだという。


「社交界デヴューの舞踏会で、誰よりも美しく国王陛下に挨拶をするあなたを見て、やはりまだあなたが好きだと思ったんだ」


 好きだ、という言葉が自然にアルフレッドの美しい唇から零れ落ちた。胸がきゅんと苦しくなって、リリエッタは両手で必死に日傘の柄を握り締めた。


「だからね、彼のことをそれは恨んだよ。あなたがそんなに美しくなるほど努力をしたのに、彼はそれにまったく感謝するそぶりもない。あなたの側にいられなかった私が、一人で必死に努力をしたのに、彼はあなたに甘えまくっているのだから」

「私はこの機会を決して逃さないと決めたんだ。リリエッタ嬢、どうか結婚してほしい。あなたにずっとそばにいてほしいんだ」


 すぐに頷きたかった。けれど、ただ側にいて守られるだけでは嫌なのだと、伝えたかった。手帳にそれを書こうとして手を止めた。声が出なくなったのは、トラヴィスに出しゃばりだと咎められたからだ。でも、結局リリエッタは変わらない。リリエッタは愛する人を近くで助け、共に成長していきたいのだ、そういう相手を求めていて、きっとアルフレッドはそれを認めてくれる人だ。そう思ったら、どうしても自分の声でそれを伝えたくなった。


 手帳を膝の上に置いて、リリエッタはまっすぐにアルフレッドを見つめた。

 ゆっくりと口を開いて、アルフレッドに伝える言葉を紡ぎだそうとする。毎晩声を出す練習をしているけれど、かすれた空気の音がもれるばかりだった。しかし、どうしても今、自分の弱さを曝け出してくれたアルフレッドにリリエッタも自分の気持ちを伝えたかったのだ。


「……」

「リリエッタ嬢……」

「……ア、……」


 声が出た。かすれて消えそうな音だったけれど、確かにアルフレッドの名の初めの音を出すことができた。


「……ア、ルフレッド、様……」

「リリエッタ嬢、声が……」

「自分だ、けが、がんばるの、もう、いやです。……でも、わたし、守られる、だけ……も、いやなのです」

「うん、聞いている。ゆっくりでいいよ。ゆっくりでいい」

「わたし、もあなた、を守りたい。助け、合っていける夫婦、になりたいの、です」


 ふいにボートが揺れて、リリエッタの手から日傘が離れ、ふわりと飛んで湖面に落ちた。

 一瞬で距離をつめたアルフレッドが、ぎゅっとリリエッタをその腕の中に抱きしめていた。


「もちろんだ。僕が君がいると強くなれるように、あなたにもそうであってほしい。そして、ずっと二人でいよう」

「……は、い。アルフレッド、様」

「よく頑張ったね、リリエッタ嬢。あなたの声がまた聞けて嬉しい」

「……こんな、声、ですけれど」


 すこしずつ出やすくなっているものの、まだがさがさしたしゃがれた声はカナリアにたとえられた美しい声とはほど遠い。それでも、取り戻すことができた。喜びに胸が詰まる。


「あなたが好きです。大事にするから、僕と結婚してくれる?」

「喜んで。……わたくし、も。お慕いしています」


 もう迷うことは何もない。リリエッタは喜びの涙を浮かべて頷いた。



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