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  ひさしぶり

 というわけで、週末までに一応の調査の方針とある程度の情報集めも終わった。ちなみに、この情報を得るために茉莉を酷使した。対価は頭撫で、うん絶対に釣り合ってないね!

 ……、あとで膝枕でもしてあげようかな……。


 などと考えていると、目的の人物がやってくる。


 「入っていいよ、海凪様!」

 「えっと……、失礼します?」


 ちょっと困惑気味に部屋に入ってきた海凪様、可愛い。こっちの様子を窺うようにそっとドアを開けてたのもポイント高い。


 「おはよ、海凪様」


 私が声を掛けると、困惑したように海凪様がこっちを見てくる。


 「おはようございます、リラ様……、どうして寝間着姿なのですか?」


 やばい、後ろの人たちに呆れられたことが、見てないのにわかってしまった。いやまあ、こうなるだろうなとは薄々察してたけど。


 「着替えるのがめんどくさくて」

 「めんど、くさい……、はあ……」


 こっちは、呆れていると言うか、普通に頭の処理が追いついてない感じだ。普通の貴族令嬢とばっかり接してたら、まあそうなるよねっていう感じの。

 しゃーないじゃん、面倒くさいものは面倒くさい、以上!


 などと思っていると、海凪様の後ろに控えていた春琴義父上がじぃーとこっちを見てくる。

 あれ?信用ない?


 「沙羅殿、変なことをなさらないでくださいね」


 義父上、何を仰せになっているのですか、私が変なことをするわけ無いじゃないですかっ!


 「海凪殿、もしも沙羅殿になにかされそうになったら、大声で呼んでください。一応控えておきますので」

 「信用ないな私っ!」


 自分に対して逆ギレしながら、思いっきりドアを蹴飛ばして、戸を閉める。いやあ、なんとも態度の悪いこと。我ながら呆れて涙が出てくる。


 「あの……」

 「ああ、ごめんね海凪様」


 ソファーに腰掛ける。

 隣というわけにはいかないので、もちろん向かい側だ。

 ちなみに、精霊魔術の話はしない。それよりも重要なことができちゃったから。

 んまあ、後で精霊魔術のことは話さないようにって言っておくつもりだけど。


 「取り敢えず、お茶でも淹れましょうか?」

 「じゃあ、私が淹れるね。押しかけたのは私の方だし」


 ソファーの座り心地良かったなあ、と思いながら立ち上がり、ティーポッドの中にお湯をいれる。ついでにいうと、お湯は直ぐに用意できてしまう。なぜなら─


 「電磁式〈エレクトロンフィールド〉」


 ちょっと精霊術を応用するだけで、沸かせてしまうからだ。

 ちなみに、〈エレクトロンフィールド〉で電子レンジを再現している。こんなことに精霊術をつかう馬鹿(きてれつ)はこれまで一人もいなかったらしく、これをすると大体凄い目で見られる。

 ほら、案の定海凪様が、「はい!?」という顔をしている。


 「ほい、お湯湧いた。後は入れるだけ」

 「なんというか、そのような使い方、これまで思いつきませんでした」

 「精霊術っていったら、普通は戦争の道具だからね。それに、こんなことに精霊術を使うくらいなら、コンロで沸かしたほうが普通は楽だしね」


 カップを取り出して、お茶を注ぐ。

 私自身は紅茶よりも麦茶派なのだが、貴族の家においてあるのは大体紅茶、ブリテン貴族でも見習っているのだろうか?ここは日本だし、緑茶とか麦茶のほうが良くない?


 「? どうかなさいました?」

 「海凪様は、どうして貴族の家には紅茶しか置いてないんだと思う?」

 「さあ……、そういうものだと思っていましたが」

 「本来、紅茶を飲む習慣があったのはイギリス、つまり、歴史の授業とかでよく出てくる大英帝国の貴族なんだ。対して、日本では伝統的に緑茶が好まれた」


 カップに注いだ紅茶の匂いを嗅ぐ。

 まあ、これはこれでいい匂いなんだけどね。


 「日本において支配階級にあった武士は基本的に緑茶を飲んだし、そもそも昔の日本人は、お茶といえば緑茶、もしくは麦茶のことを指した。それが、今となっては紅茶文化。なんというか、不思議だよね」

 「へえ……、あまりそういったことに興味がなかったので、勉強になります」

 「日常生活において普通だって思っていることほど、意外に歴史が会ったりするんだよ。っと、こんなことはどうでもいいんだった」


 紅茶を少し口に含む。

 そして、カップを机においた。


 「さて、本題に入ろうか」

 「本題、といいますと?」

 「先日婚約破棄された、乙坂アリサ子爵令嬢について」


 顔を(しか)めて、俯く海凪様。カップの中にある自分の顔をじっと見ているらしい。


 「……、すみません。あまり、自分の中で整理がついてなくて。アリサは平気そうなのに、私が辛そうにしてるのはおかしいと思って、必死に堪えてたんですが……」


 そうするしかない、といった感じの微笑みが見える。


 「……、アリサが婚約破棄されたことについては、私にも責任の一端があるのです」


 カップが置かれる。

 少しだけ飲まれた紅茶の液面が、波紋を描いて揺れる。


 「アリサが婚約破棄されたのは、実家の後ろ盾を失ってしまったからです。乙坂子爵家が事実上断絶してしまった今、アリサとの婚約に意味はなくなりましたから」

 「……、そういえば、乙坂子爵令嬢の婚約は政略結婚だもんね。意味もなくなったら、解消もするか」

 「……、アリサとその婚約者は、仲が良かったのです。本当に、すごく。だから、こう思ってしまうんです」


 少しだけ息を吐く海凪様。


 「私がもう少しはやく、北部戦線についていれば、乙坂子爵も子爵夫人も、お助けできたかもしれません、と。当の本人に言った所、

 『それについては仕方ないと、私は思ってるんだがな……。それに、それを言うなら北部戦線に行きさえしなかった私はどうなる? 自分を卑下して、いいことはないぞ?』

  と返されてしまいました。それは……、わかってはいるのですが……」


 海凪と初めて会った時を思い返す。あの時の悲しそうな表情、それに頭に血が上ったかのような戦闘。

 そっか。海凪はあの時、アリサの実家を助けに行こうとしてたんだ……。


 「それを言ったら、私にも責任の一端があるってことになるんだけど……」

 「えっ?」

 「だってあの時、私も北部戦線にいたでしょ? もう少し早くついていれば、乙坂子爵も子爵夫人も助けられたかもしれない」

 「そ、それは……、ですが、これは、アリサと親しくしている私の……」

 「それに!」


 海凪の言葉を遮る。


 「それを言ったら、北部戦線の崩壊を防げなかった大公会議、ひいては京香の責任にもなる。それでもいいの?」

 「そ、そんな意図で言ったわけじゃ……」

 「ねっ? だから、そんなふうには考えないで。何でもかんでも自分が背負い込むのは、海凪の悪い癖だよ。んまあ、公国貴族全般に言えるかもだけど」


 公国貴族って、基本的にはお人好しなんだよなあ……。そりゃ、権力闘争だってするし、貴族同士の反目があったりもする。だけど、いざとなれば一致団結して外敵(メビウス)に当たる。

 それに対して要求するのは、外敵を守るのに必要な最低限の軍事力だけ。しかも国内に向けないように、わざわざ監察官を受け入れている人たちが殆どだ。


 意外と貴族のくせに貧乏ぐらししているところもあるのだとか。詳しいことは知らないけど。

 なんというか、貴族(ノーブレス)()精神(オブリージュ)そのままの生き方を美徳としてる気がする。


 この末期戦的戦況の中で、その精神が少なからず戦線の維持に影響しているのは、嬉しいことなのか、それとも悲しいことなのか。


 んまあ、どっちでもいいけどさ。


 「それで、それについてなんだけど」


 そう言って、私はソレを取り出す。


 「それは……」

 「知ってるでしょ? 昇月の杯の紋章─逆月章さかさつきのあかし

 「……、何かあったのですか?」


 怪訝そうな顔を、私に向けてくる。


 「そもそも、昇月の杯って何か知ってる?」

 「公国に対してテロ行為を試みる大規模な反逆組織ですよね? 確か、ついこの前も旧高高度用電波塔(スカイツリー)を占拠したのだとか」

 「そりゃ知ってるよね。その感じだと、昇月の杯と戦闘したことあるの?」


 こくり、と頷く海凪様。


 「スカイツリー奪還時に、冥夜様とちらっと。射殺許可は下りなかったので、捕らえただけですが」

 「じゃあ、その昇月の杯の紋章が、学府に落ちてたって言われたら?」

 「……、昇月の杯は、東部戦線を主に活動している組織ですし、まさか公都にまで侵入されるなんてことがあるとは思えませんが……」


 それが、常識的な判断だ。

 だからこそ、私が学府に出向くことになったのだから。


 「ところが、これが学府で見つかった。見つけたのは、よりにもよって乙坂アリサ子爵令嬢」

 「アリサが!?」

 「うん。婚約破棄を先日受けたっていう話だったよね?」

 「ええ、丁度二日前に。……、まさか、婚約破棄の日にそれが?」


 海凪様の問いかけに頷く。

 はっきり言って、色々と怪しいことが多すぎる。ちゃんと調べないと、それこそ公国を転覆させる陰謀が張り巡らされているのに気づかないで決定的なダメージを受ける羽目に、なんてことにもなりかねない。


 「婚約破棄の後、アリサ嬢は狙撃されたんだよね?」

 「狙われたのは私だということでしたが……、ええ、狙撃されました」

 「その狙撃現場に、これが落ちてたってわけ」


 きな臭い匂いしかしない。


 「……、アリサの婚約破棄は、ただの婚約破棄ではない、ということですか?」

 「あくまで、その可能性があるってだけ。細かいことはおいおい調べていかないといけない。

  ただ、私の見立てだと、ほぼ黒確定だと思う」


 そう言って、私はその資料を出す。


 「これは……」

 「銀城公爵家ってわかるよね?」

 「アリサの婚約先ですね」

 「そう。そしてこれは銀城公爵家の財務状況報告書なんだけど……」


 パッと見た感じ、違和感はない。

 そりゃそうだ、だって監察官の目が入っているのだから。でも、よくよく見てみるとおかしな点が一つだけある。


 「この『上野市公爵領復興義援金』というのは一体なんなのですか?」

 「上野市の復興支援金だね。ほらあそこって、深紅女王時代に破壊されたでしょ? その復興金として年数百万単位で送ってるんだけど、んまあこれ自体は特におかしなことじゃない」

 「他の市にも復興金を回していますからね」


 ただ、このデータだけはおかしい。


 「それで、こっちが上野復興基金の財務報告書なんだけど……」

 「……、あれ、桁数が一つ間違っていませんか?」

 「いや、これであってる。このデータを集めたのは茉莉なんだけど、それに気づいて、上野復興基金についてさらに調べてみた所、こんなデータが出てきた」


 ぴらっ、と他の紙を見せる。


 「……、この名前、確か先代大公派の……」

 「このデータは、本来消去された取引文書だよ。そして、取引は……」

 「武器取引、ですか」


 その言葉に、私はうなづく。


 「上野復興基金は銀城公爵家が入れたお金を元手に、先代大公派の一部がいる昇月の杯から武器を購入している。

  上野市は、かつての急進改革派の中心拠点。つまり─」

 「急進改革派による、クーデター計画というわけですか?」

 「ただ、それとアリサ嬢との婚約破棄の関係性は分からない。それに、狙撃事件の真相も。

  だから、暫くは銀城公爵家を泳がせておく。ところで、銀城公爵令息はどんな感じの人なの?」


 少しだけ嬉しそうに、でも悲しそうに海凪様が微笑む。


 「アリサと凄く仲が良い人でした。よく、銀城公爵家について文句を言っていたのだとか。物腰柔らかな方で、クーデター計画になんて関与していなさそうでした」

 「……、んまあ、そこら辺は実際にあってみないとわからないからなあ……」


 ううーっ、と背を伸ばす。


 「海凪様、お腹空かない?」

 「……、言われてみれば、少しだけ空きました。丁度お昼ですし、何か食べましょうか」


◇◇◇


 海凪様には先に座ってもらって、私はご飯を取りに席を立って。適当なものをトレーに乗せていく。そういえば、海凪様の分もちゃんと用意したほうが良いよなあ。


 「海凪様ぁーっ!何が食べたいですかぁ―っ!」

 「私ですか? ……、そうですね、適当にサラダとお米をお願いします」


 かしこまりッ!

 ということで適当にとってトレーに乗せる。持ってくの大変だけど、まあこれくらいは持てますので。

 席に戻って、トレーを渡す。


 「おっしゃってくれれば、私も一緒に取りに行きましたのに」

 「女の子二人だけでご飯取るの、なんか気恥ずかしくない?」


 ついでにいうと、並んでいる食事について、普通の食事の時間は過ぎてるので、手隙の従軍兵が片付けている。こんな状況で女の子二人で取りに行くの、なんかこう、気恥ずかしくない?

 まるで、私達が淑女じゃないみたいじゃん!いやまあ、実際そうなんだけどさ!


 「いっただっきまぁーすっ!」


 ということで、私は今回もカツをいただく。珍しく、ここ一週間のうちに二回でた。

 いやだって! カツなんて! そんなに食べる機会ないんですよ! この機会逃したら、次にありつけるの何時になるのかわかんないんですよ! それならもう食べるしか無いでしょ、たとえこの後お腹が痛くなろうとも!


 ぱくっ、と口にいれる。


 うーん、やっぱり美味しいっ!

 この肉汁、このサクッとした食感! トンカツソースの酸味と旨味が、豚肉の脂肪と絶妙に調和して、味覚細胞が美味しさのあまり弾け飛びそうになるこの感じ! 程々に冷えてるのもまたよしっ!

 お肉の脂が舌全体に広がって、それにつられて頭がくらくらする! 絶妙に揚げられた衣もまたよしっ! 美味しいっ! それに尽きる!


 「……、ソース、垂れてますよ」

 「っ、うわっ! やばっ!」


 トンカツを急いで口の中に放り込む。

 危ない危ない、危うく机にソースを垂らしてしまうところだった。仮にも子爵令嬢だし、そんな事をしたら淑女失格だ、そもそも失格だけど。


 「海凪様。折角だし、外にいかない?」

 「外、ですか? 構いませんが……」

 「寄りたいところがあって」

 「はあ……」


 キャベツを食べる。

 シャリシャリの食感がたまらないっ! 美味しい! トンカツソースがちょっと付いちゃってるのもいいよねっ!


 「おはよう、沙羅、海凪様」


 ふわぁ……、といった感じで欠伸をする茉莉。

 ようやく身支度を整え終わったらしいが、眠気は取れてないらしい。ピヨピヨとヒヨコさんが頭の上で鳴いてる、なんなら上の方でぐるぐる回ってる……。ホントに、そんな顔してるのだ。

 というか、それ以上にふさわしい表現を私は知らない。


 「茉莉おはよう、ご飯食べに来たの?」

 「お腹空いた、何も食べてない」


 ぐう……、とお腹が鳴っている。

 なんだろ、ここだけ見たら完全に低血圧系女子だ。朝の血圧が低くて頭が回ってないキャラにしか見えない、これって私だけ?


 「何か頂戴」

 「持ってくればいいじゃん」

 「わかった」


 茉莉はフラフラした足取りで何かを取りに行って─思いっきり机にぶつかった。しかも気づいてない。


 ……、あっ、これだめなやつだ。


 茉莉のご飯を用意するために席を立つ。

 多分この調子だと、茉莉はまともにご飯を取れない。茉莉の朝の低血圧はいつものことだが、ここまで酷いのは久しぶりだ。多分、ここ一週間の心労と疲労によるものだろうけど、あんまりいい状態ではない。


 「茉莉、取ってきてあげるから、座ってて」

 「……、うん……」


 すごく眠そうな足取りで、席に向かう。

 海凪様の席の隣に座るつもりらしいけど、大丈夫かな?


 「ま、茉莉様!?」


 ゴン、と重い音がなった。

 あっ、これだめなやつだ(本日二回目)。


 「海凪様、茉莉をちゃんと席に座らせてあげてっ!」

 「はっ、はいっ!」


◇◇◇


 「ふわあ……」

 「茉莉、まだ眠いの?」


 食事も終わったので、海凪様といっしょに外に出ることにした。


 公都では外に出るわけにもいかない身の上、だからあっちでは外に出たことなんて殆どない。精々、夜に息を潜めて、学府内にある紅亜の研究室にお邪魔したり、京香のところに行ったりしたくらい。その他では、ずっと自室に、茉莉と一緒に籠りっぱなしだった。


 「そういえば、ふたりとも西園寺子爵の御令嬢なのですよね?」

 「? そうだけど?」

 「ということは、特士校に在校しているのですか?」

 「うーん、私達はちょっと特殊でね。そもそも、海凪様って、私達に会うの、あの戦線が初めてだったでしょ?」

 「そうですね、多分会ったことはないと思います」


 私も、海凪様と会ったのはあれが初めてだ。

 初めてあった気はしないが、すくなくとも記憶している限りでは会ったことはない。一応茉莉に後で確認を取ったけど、会ったことはないとのことだった。


 「私達ってさ、実は本当の娘じゃないんだよね」

 「確かに普通の御息女への察し方というには、あまりにも他人行儀でしたが、養女として入籍を?」

 「その通り」


 かつかつとコンクリートを踏み鳴らす。

 ここはかつての日本の首都、戦争でかなりの部分が焼けたといっても、市街地は残っている。それに、今だって人が住んでいないわけではない。


 「あっ、沙羅様だ!」


 子供が駆け寄ってくる。

 確かこの子は、南方さんのところの息子さんだ。ここ数年は東部を離れてたけど、覚えていてくれたらしい。


 「久しぶり、久司君、お母さんは元気?」

 「元気! 最近見かけなかったけど、どこに行ってたの? さみしかった!」

 「ちょっと公都までね。何して遊ぶ?」

 「じゃあ、わりばし!」

 「そっかそっか、じゃあ私先行ね?」

 「ふっふっふっ、ぼくは必勝法を編み出してきたのだっ!」


 おっと、それはわりばし研究歴十二年の私に対しての宣戦布告かな?

 いいよ、やってやるよっ!


 と、いうわけで。


 「ほい、三、二で五、久司君の負け」

 「うにゃあ……、これで二十連敗……、大人げないよお、沙羅様……」


 ほれほれ、もっとかかってこんか!

 私は何回でも相手にしてやるぞ、かかってこいっ、若造!


 「リラ様……」

 「沙羅、大人げない」

 「アアキコエナイキコエナイ!」


 さあさあ、もう一戦といこうじゃないか、と思ったけど、私、そもそもの要事忘れてた!


 「ごめんね、久司君、また今度ね」

 「うん!今度こそ勝ってみせるからっ!」


 じゃあね、といって久司君はどこかへと走り去っていった。


 「どういったご関係なのですか?」

 「ん? 久司君のこと?」


 こくり、と頷かれてしまう。


 「昔、大体十年前に、ここは戦場になったんだよ」

 「……、話に聞く、東部大攻勢ですか?」

 「うん。その時に、あの子のお父さん、死んじゃったんだよね」

 「えっ……」

 「まあ、多分久司君は知らないと思うけどね。その時に保護した母子が、久司君とそのお母さん。二人は安全なところまで逃がしてあげたんだけど、お父さんはその場に残ってね」

 「……、なぜ、ですか?」

 「領民たるもの、その場を捨ててはならない」


 よく言われることだ。


 「それに、忠実に従った結果だと思うよ。まあ、本人はもういないし、今となってはわからないけどね」


 私はそう言って、会話を打ち切った。

 私達の間に、どこが寒い風が吹いた気がした。

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