肩を並べないで戦う少女
かくして、私は北部の偵察に向かうことになり、なぜか少女をお姫様抱っこして、といった感じのことになった。いや、私も理由がわからない。
空中で箒に腰掛ける。ずっと跨っていると、色んなところが痛くなるし、ね。
「さてと、まあ聞きたいことはたくさんある、けどねぇ……」
とまあ取り敢えず、目の前の如月海凪という少女にそう語りかける。先程よりも空は暗くなったが、それでもまだ明るい。
そのほんのりとした明るさと少女の高貴な、でもどこか儚い容姿が、どこか対比的で美しく見える。
私がよく考えずに突っ込んで、結果、精霊魔術を見られてしまった以上、彼女をこのまま返すわけにもいかない。というか今の状況では帰れない。そして、戦力として優秀ときた。
いやまあ、精霊魔術だって多分気づかれてないから、後で念押しすればそれで済むんですけどね! そもそも、知られてないし!
いやでもね、ちょっと海凪様のことが気になるんですよ! はいっ! だから一緒に戦いたいわけで。
まあそれ以上に、あの目─どこか傷ついたかのような目が気になったけど。ひょっとして私のことを知ってるのだろうか? いや、だとしたら私のことを「リラ」などとは呼んでくれないはずだ。
……、あーだこーだ考えるのはあと! 今は状況の打開が最優先される、その後に聞きたいことがあれば聞けばいい。今は、考えても無駄だ。
「今の状況で、長い時間話すわけにもいかない」
茉莉が視線を寄越す。既にかなりの集団が近づいてきているらしい、時間がない。とにかく確認を取る。
「だから、単刀直入に問う。一人で帰るか、三人で死闘するか、どっちがいい。今ここで決めてほしい」
海凪は、即答する。
「ここで戦います」
「分かった。さっきみたいにカバーできるかどうか分らない、くれぐれも死なないように注意して、海凪様」
「分かりました、リラ?様」
どうにもなれない渾名だったのか、何故か疑問形だった。まあ、もう片方のやつだし、なれないのも当たり前か……。
「茉莉、私達は戦線後方の連絡線を遮断、海凪様は援護頼む」
「わかりました」
「ん」
魔女箒の複合魔術核同調を解除して飛行術式を起動。精霊術の中でも重力式の一瞬である飛行術式は、重力場の方向と強度を制御し、私をふわりと浮かせる。
減速し、そのまま地表へ。現在は九条領長野の上空、下の方には焼かれているとはいえ多少なりとも食料は残っている。
下にあるのは九条家邸宅、一部砲撃で破壊された痕跡こそあるが、大体の部分は無事だ。もっとも、さして広いものでもない。軍団駐屯地としての役割を伏せ持つから、狭いということはないけれど、使用人たちがいるとするならば相当に狭い。九条公爵自身が侍女を侍らすような人でもなかったから、おそらく使用人なんていなかったのだろう。料理にしろ何にしろ、週番制にしてしまえば存外回るものだ。
高度を下げ、そのまま着地。飛行術式を切る。
つい数十分前まで滞在していたどこぞの都城の荘厳で絢爛な雰囲気とは違う、後期王朝様式の赤レンガの建物─どこかルネサンス様式と重なるような雰囲気。武骨そうな印象は薄く、どちらかといえば調和の取れた美しい建造物だが、どこか鋭利な印象を受ける。
「さてと、ここを仮拠点にして、食料や仮眠をとるから、茉莉も海凪様もそのつもりで。私は食糧庫を確認してくるから、茉莉は海凪様といっしょに寝床があるか確認しといて。
まあ、戦闘終わるまで残ってるかわかんないけど」
「了解」
「では、私は茉莉様と一緒に」
海凪は茉莉に暗に引っ張られていく感じでここを立ち去る。茉莉は結構マイペースなところがあるから、海凪がついていけるかどうかわかんないけど、まあなんとかなるでしょ。
◇◇◇
どうやら、目的の場所は見つかったらしい。
「海凪様、茉莉、おかえり」
「リラ様! 寝床、ありましたよ」
「地上二階、二回右折したあと直進」
おそらくバルコニーがあったところだろう。砲撃が当たりやすい位置にあるから、ひょとしたら早晩吹っ飛ぶかもしれないが。
「じゃあ確認も終わったから外出るよ」
「了解」
外に出て、星箒を握ったまま、手短に海凪様に現状の作戦を説明する。
「海凪様。現状、メビウスは北部戦線全体に攻撃を仕掛けてる。それで、その戦闘部隊は異常に多い。だから、今回私達が狙うのは敵の補給線だ」
北部戦線全体に攻撃を仕掛けてきている敵に対して、馬鹿正直に敵の戦闘部隊を攻撃したら、早晩こちらが力尽きる。
だから、今回狙うべきなのは敵の生命線─弾薬と燃料を補給する部隊になる。
「観測したところ、メビウスは後方に多数の戦力を抱えていて、同時に前線への武器や燃料補給を行うために大きな連絡線を構築している」
「その連絡線を完全に断ち切れれば、メビウスの戦闘集団は継続して戦闘する能力を失う、というわけですね。ですが、そうこうしているうちにも敵の先頭は北部戦線を切り裂いています。
最悪、私達が連絡線を切断している間に、公都が陥落してしまうのでは?」
生真面目な表情で、私に問いかけてくる海凪様。やっぱり、結構な高位貴族の娘さんなのかな?
っと、そんなことはどうでもいい。質問されたなら答えてあげないと。
「可能性としては十分にある。でも、公国軍もそこまで無能じゃない。今頃死ぬ気で戦線を構築しようと踏ん張ってるはずだし、もしそうじゃないなら私たちが何をしようと無駄だ」
「つまり、私達が連絡線を遮断する前に公都が陥落するようならば、そもそもとして私達が何をしても無駄だ、というわけですね」
「そうなるね」
ここ長野市から公都である諏訪市まではおおよそ50キロ、道路などを考えれば70キロだ。たかだか70キロ、されども70キロ。
公国軍が防衛線を張って抵抗するには十分な縦深だ。
邸宅を出て、海凪と茉莉は飛行術式を、私は星箒を起動する。ややあって海凪と茉莉は空へと浮上し、私は空へと駆け上がる。
「公国軍が防衛線を張るまで12時間くらいかかると思う。その間に公都が陥落したら敗北ってことだね」
「逆に、防衛線を張ったとしても敵の攻撃力が弱らなければ……」
「当然、防衛線が再度破られて敗北することになる。私達が今するべきなのは、この二度目の防衛線突破を、是が非でも防ぐこと」
公国の頭とも言うべき公都諏訪が陥落すれば、メビウスを止めるものはいなくなる。そして、それはそのまま人類の敗北を意味する。
もはや公国にしか生存圏の残されていない人類は、そのまま雪崩を打って侵入してくるメビウスに抵抗できず、殲滅されてしまうことだろう。
大袈裟に言えば、私達の奮戦は人類が滅亡するか生存するかを決定づけることになる。ホントに大袈裟だとは思うけど。
「敵の弾薬消耗ペースから考えると、ここ二日のうちに敵の弾薬補給の七割を断てれば、当面は公国軍の防衛線が突破されることはなくなる」
「……ですが、敵は第二波、第三波の攻撃部隊を用意しているのでは?」
その見解に、私は頷く。
「海凪様の言うとおりだと思う。さっき言った、二日のうちに弾薬補給の七割を断てればいいっていうのは、あくまでも第一波に限ってのこと。
だから、私達は連絡線を遮断すると同時に、敵の第二波、第三波も叩かなきゃいけない。ただ、この後続部隊はまだ前線付近までは当然来ていないはず。
つまり、私達が後続部隊─第二梯団をある程度叩けば、この第二波、第三波の攻撃も味方が凌いでくれるはず」
「私達の主目標は、敵の連絡線と後方の第二梯団、というわけですね」
「そういうこと!」
理解が早くて本当に助かる。
「私達の当面の目標は、二日のうちに敵の弾薬補給の七割を断ち切ること。そして、敵の第一波が攻撃力を消耗して攻勢限界に陥った時点で、敵の第二梯団の四割に損害を与えること」
「……かなり厳しいですね」
「でも、やらなきゃ私達の敗北だ。全く、どうして私達がこんな重要なことをしなきゃいけないんだか。
あれかな、君しかできないっていう殺し文句」
昔は良く、君しか出来ないっていうのは殺し文句って言われたけど。あとは、この作戦の成否は君に掛かっている、成功したら君は英雄だ、とか。
要は死んでこい、っていう意味らしいけど。
「私は自分の意志で突っ込みましたから、別に構いませんが……、リラ様は?」
「死ぬのはごめんだけど、やるだけのことはやるよ。少なくとも、私のせいで公国が滅んだなんて言われるのは、死んでも御免だ」
私の声音が怖かったのか、一瞬海凪様がひるんだ顔をした。
「あっ、ごめんごめん、怖がらせるつもりじゃなかったんだけど……」
「いえ、こちらこそすみません」
取り敢えず、一瞬それてしまった話題をもとに戻す。
「私は後方の第二梯団を叩く、二人は敵の連絡線をお願い。茉莉は案内を任せた」
「ん」
「あの……」
海凪が恐る恐る尋ねてくる。
「一旦、連絡線を三人で叩いたほうが良いのでは?」
「そうしたいのは山々なんだけどねぇ……」
なにせ、私には事情があるのだ。例えば精霊魔術の資料あつめとか、研究続行のための資材あつめとか。ということで、二人は頑張って連絡線を遮断してくれれば良し。
いやだって、ほしいんだもん、資源!
「? なにか事情がお有りなのですか?」
こちらの心の底が読めないらしい海凪がそう尋ねてきたので、少しため息交じりに、そして呆れ顔で見返す。もちろん本心から呆れているわけではないが、こうすると相手は「自分の察する力が足りない」と思ってしまい、それ以上追及できなくなる。
話したくない時の常套手段だ。
「海凪様、沙羅、困ってる」
「あぁ……、すみません。気を遣うのは昔から苦手でして、お気分を害されたのなら申し訳ございません」
「そ、そこまでじゃないから大丈夫。……、それより、早く行こう」
二人はこくり、と頷く。
そのまま戦闘加速を開始する。後方に風を巻き起こしたようで少し申し訳ないが、まあ、それくらい茉莉達ならなんとかなるだろう。スカートの一枚くらいめくれたかもしれないけど。
「……、いっくよっ!」
自分を鼓舞するように、そう叫ぶ。
それと同時に、頭を戦闘の思考に切り換える。
「計算開始」
さっきの鼓舞する熱い言葉と裏腹、冷徹な思考が頭を駆け巡る。
敵は即座にこちらの精霊術発動に気がついたらしい。
「っ、ちっ」
精霊術発動時特有の電磁波を、敵に完全に感知された。敵レーダー波の反射を確認する。電磁式〈リバース・リフレクト〉、電磁波の波源を探るものだが、それでこちらも敵からの位置を確認する。
一時方向、距離2000。
「〈メビウスイグジスト〉」
精霊術を発動、視界が一瞬白濁。敵を感知、対空戦車型二十、対空車両型十六、そのほか輸送型等、総計二百前後の大規模な輸送部隊。力技で北方戦線を押し流すつもりらしい。
こちらが対応する時間を与えず波状攻撃を仕掛け抵抗力を撃砕する、当に数の暴力。僅かな抵抗など撃砕してみせるつもりなのだろう。だが、そのためには輸送部隊を絶え間なく酷使して、前線への補給を絶やさないことが必要になる。
対空車両型からミサイル、対空ロケットの発射を感知。
電磁式〈アクティヴディテクション〉、レーダーと同じ原理で敵を感知するものだ。電磁波の反射を捉えるが。
「っ、パルス!?」
電磁パルスが生じる。〈アクティヴディテクション〉を切り、代わりに飛行術式を組み換え、更に加速。電磁波が頼りにならない以上、近づいて目視するしかない。
ミサイルが大気を揺らす音を聞きながら、距離を詰める。残り1500、1400、1300……。
「見えた」
加速したまま急激に高度を上げる。運動エネルギーの大半を位置エネルギーに変換し、それ故に高度の代償として速度が低下。ミサイル群はこちらを捉えると、まっすぐ向かってくる。
散弾ミサイル、空中の一定領域内に散弾をばらまくものだ。ミサイルの速さから種類を割り出し、おそらく散弾ミサイルだと結論づける。敵はこちらの精霊術を感知して追尾してくるが、だからこそミサイルの動きは読みやすい。
「〈ブレイズブレード〉」
電磁式〈ブレイズブレード〉、高周波の仮想的な振動刀を以てあらゆるものを切断する、精霊術の中級術式。空間演算がややこしいためあまり好まれないらしいが、そんなことは関係ない。ミサイルとブレードが交錯、数百メートル延伸された刀部分は見事にミサイルを叩き斬る。
代わりにブレードの延伸は解除され、手持ちサイズにまで戻ってしまう。突撃銃の先端部分に青い光が走り、高周波の刀が再び発現。
「機関砲……」
ミサイルを迎撃したのもつかの間、機関砲弾が襲いかかってくる。
頭をフル回転させて、回避するか、それとも薙ぎ払うかを考える。
……、弾幕密度希薄、回避可能。速度を上げると同時に一気に駆け抜ける。弾幕の雨を、速度をいきなり下げて、あるいは上げて躱す。
近づくにつれて、さらに音が激しくなる。そして、視界の一面に爆炎、爆炎、爆炎、また爆炎。右左に踊る高角砲弾、高射砲型までいるらしい。体をかがめて殺傷範囲から逃れる。敵が、それを見越して機関砲を掃射。
……、回避不能、薙ぎ払うしかない!
「〈ブレイズブレイド・第二形態〉ッ!」
一瞬、視界が白濁。その一瞬のうちに、弾丸が腕を掠める。腹立たしいが、こればかりは仕方ない。高電圧で周囲の弾丸全てを焼き払い、そのかわりに高周波ブレードが消失。
急いで術式を再構築。同時に、予め用意してあったもう一つの術式を発動する。
「〈エレクトロンフィールド〉ッ!」
前方に強力な電磁場を、その更に前方に強磁性化空間を構築。前方を通過したあらゆる金属類は一瞬で磁性化され、その影響のために電磁場で運動方向を変化させられてしまう。上級の精霊術であり、空間演算が煩雑かつ解きにくい形をしているため、長時間発現すれば頭が焼ききれる。
軽い森を抜け、ようやく敵の本体を目視する。距離残り300、加速を続けながらライフルを指向。
「吹き飛べ」
電磁式〈コイルガン〉を発動、高加速された弾丸は、特に影響を受けずに電磁場を通過し、その後に磁性化される。そのため、こちらの弾丸は敵に命中、対空戦車型一両が犠牲となる。
敵の対空車両型や高射砲型がこちらに機関砲や高角砲を向けてくる。
「バーカッ!」
高度を一気に下げる、と同時に加速を止める。流石にこれ以上加速すれば、操作不能で地面に激突しかねない。超低空、地面から僅か5メートル程度まで降下。高射砲も機関砲も、これほど低い高度の敵を相手にすることを想定していない。
対空車両型が最後の足掻きとしてミサイルを撃ってくる。垂直発射機では着弾までに時間がかかると見たのか、通常の発射機からの一斉射。六発のミサイルがこちらに向かってくる。
……、回避不能、危害半径からの離脱不能。
凄絶な笑みを浮かべていることだろう。
「電磁式〈ポジトロンライフル〉」
銃弾の代わりに陽電子が装填される。被爆覚悟で、陽電子銃を放つ。六連射、ミサイルは被弾してセンサ部分が溶解。これにより爆発することもなく地面へと落下していく。地面に衝突しても、信管が破壊されている以上は爆発しない。
残り50、最後の50メートルを疾駆する。機関砲弾もはるか後方に着弾、つまりここは安全圏。
「〈ブレイズブレイド・第二段階〉ッ!」
視界の白濁。直後に高周波ブレードが延伸し、周囲の対空車両型、対空戦車型が薙ぎ払われていく。一振り、大振りして、同時に減速。
周囲に爆炎が踊る。そのただ中、私は地に降り立つ。
周囲に広がる残骸、それをただ眺める。それ故に、私の顔が微笑んでいることに、私自身こそが気づかない。
そのまま、別の敵を目指して飛行を再度開始。
◇◇◇
敵、敵、敵─。
弾幕を躱し、砲煙を横目に刀で薙ぐ。視界一杯に爆炎が踊り、それでも突撃を止めない。機関砲弾が右手を掠め、血を流させる。
……、戦闘に支障なし。
戦闘加速を続け、敵の砲撃を躱す。機関砲弾の弾幕を、加速して、あるいは減速して躱し、高周波ブレードで薙ぐ。
「電磁式〈コイルガン〉ッ!」
銃弾を撃ち込み、敵の対空戦車型を一台屠る。敵とばかりに機関砲弾が殺到するが、僅かに減速してこれを回避すると、身を翻して逆向きに加速。敵は砲撃を続けるが、その結果、他の対空車両型に機関砲弾が命中。まともに装甲など施されていない対空車両型は、その一撃で爆発を起こし沈黙。
フレンドリーファイアを警戒したか射撃が止む。その一瞬の隙を狙って〈ブレイズブレイド・第二段階〉で一帯を薙ぎ払う。次々に爆炎が踊る。
「さてさて回収しましょうか」
撃破された対空車両型のところに降り立って、もう一度〈ブレイズブレイド〉を使う。公国軍の機甲車両ならば操縦席に当たる所をかっ開き、そこにある〈魔導核〉を回収する。どのようなメビウスの機甲車両にも存在するこの〈魔導核〉、正八面体型で黒色透過質の物体だ。その周りにはさまざまなチューブや導線が張られているが、それらに用は、─うん、あんまりないっ!
だって、これくらい作れちゃうし。なんなら、導線の配列とかもうちょっとどうにかなるだろって思うところまである。私が今握っている箒─星箒ちゃんには、これに似た回路が大量に組み込まれている。大量生産には向かないが、一点ものとしては完璧だという自身がある。
配線を切り落として、〈魔導核〉を回収。これを放置していると、辺り一帯がいつの間にかメビウスの支配域になっちゃうので、これは人類への貢献でもある。
まあ! 光学式で破壊するのが! 一番いい手なんですけどねっ!
普通の精霊術士ならそうする。光学式というが、別にレンズとかで観測するわけじゃない。精霊術の中でも光学範囲に属するとされるのだが、何を以て光学範囲などと命名したのかさっぱりわかんない。
んまあ確かに、観測はするけど! 観測するけど、絶対光学じゃないッ! おのれバカ研究者、科学の用語をバカにしおって……ッ!
などとどうでもいいことを考えながら、四方に散らばっている残骸に向かい、そしてまた魔導核を切り出す。この魔導核こそが、精霊魔術の根幹だ。
バックパックに詰め込んだあと、九条家の屋敷に一旦帰る。既にバックパックは満杯、これ以上詰め込んだら普通に壊れそう。それに、下手に抱えたまま戦闘していると、落としかねない。
魔導核が落ちたらどうなるか、だって? 面倒なことになるんだよッ! 見つかったらなんで光学式で破壊されてないんだって思われるし、長時間放置していると精霊術にも、精霊結界にも、精霊回廊にも悪影響が出る。ちゃんと、集めたらゴミ箱、もとい研究所に捨てないと……。
「……、あの、リラ?様」
「ん? ああ、海凪様、どうしたの?」
「その、顔色がよろしく無い様でしたので」
そうかな、と思って目を擦ってみる。
そういえば、いつの間にやら日が高く昇っている。戦闘開始したのは深更、十二時間位経ってしまったらしい。夜同士の戦闘で流石に疲れたか?
「そういう海凪様だって、顔色悪いよ。早く休んだほうが良い」
「……、ですが、リラ様達が戦っておられる間、私だけが休むわけには……」
「海凪様だって、こんな夜通しの戦い、慣れてないでしょ? あんまり疲労してると集中力も落ちるし、何より健康に悪い。お風呂入って一回寝なよ。大丈夫、その間くらい、私達だけでも守れるから」
ああでも、と付け加える。
「あんまり長く寝ないでね。流石に私達も、長時間ずっと守るのはキツイ。三時間くらいに留めてくれると助かる」
「は、はぁ……。では、お言葉に甘えて」
海凪様は、一礼するとベッドの方へと向かっていく。お風呂には入らないらしい。ふうん、と思って眺めていると、茉莉も戻って来る。
「沙羅、お帰り」
「ただいま、茉莉。見てよ、この魔導核の群れッ! 対空車両型に戦車型に輸送型っ、……ッ! 最ッ高! いやあ、これだけあれば研究も捗るッ!」
「それは嬉しい」
茉莉はニコッと笑うと、少し真面目な顔に戻る。
私は、魔導核を光学式〈メビウス・ディスコネクト〉で魔術核へと変換しながら、茉莉の方へと向き直る。
「沙羅、京香達から連絡。メビウスの大軍団は、千曲川沿いに戦線を拡大。北西部の戦線は、辺境軍団が押し止めた」
何となく頭で地図を思い浮かべる。九条領長野、今私たちがいるところは千曲川と犀川の結節点に当たる。犀川の防衛線は生きているが、千曲川の防衛線は崩壊。北西部の戦線に関しては、正直言ってよく耐えたな、と思った。
十年前に同じことを東部戦線でされたときは、東部が丸ごと吹き飛んだ。
中枢領だった東京にまで食い込まれ、数万人を下らない犠牲者を出したのは記憶に新しい。そして、もしも今回北部戦線を破られれば、今度は現在の首都、諏訪まで陥落する。
「どれくらいまで食い込まれてる?」
「それは私が説明させてもらうで」
唐突にそんな声が聞こえた。
茉莉がおもむろにそれを取り出す。トランシーバー、一昔前のタイプのやつだ。
……、というか、骨董品だぞ、これ。出すところに出せば数万は下らないやつ。なんでそんな骨董品を使ってるんだか……。
そんな事を頭の片隅で考えつつ、京香の話を聞く。通話相手は、現在の中央軍総司令官にして、葦原公国大公その人─好霊京香。第二十二代大公、シグルドリーヴァ・アドリシュタ様。
ついでにいうと、十二時間くらい前に私と遊んでた人だ。
「まず中央軍やけど、親衛軍団および第三中央軍団は北西部に釘付け、第二中央軍団は北東部へと向かっとる最中にメビウスの攻撃を受けて立ち往生。北東部に残っとった辺境軍団の残骸と一緒に後退しとる」
「思ったより不味くないっ!?」
普通にまずい状況なのだが? というか、今私たちがいる所、長野市なんだけどっ!? 孤立してるのは知ってたけど、思ったよりも食い込まれてるみたいだ。
「今のところは、メビウス側の大攻勢に押し流されとる。こちらは戦略予備なんてもうあらへん、これで支えられへんかったら、そのままバッドエンド、つまり死亡やな」
からからっと笑う京香。その笑いからは、どのような恐れも感じられない。
それは、大公たるものが見せる痩せ我慢、の域を超えたものだ。負けるなんて、一ミリも思っていないのだろう。
まあ、京香だし。実際どうにかしちゃいそうだけど。
「せやから、近衛師団を使わせてもろうたわ」
トランシーバーの向こう側から爆炎が聞こえる。ひょっとして、京香も最前線にいるのでは? それならもしかして秀亜も? 中央軍司令部だぞ仮にも、と思ったけど、今の状況下じゃそれが正解か。
「今近衛師団は北東部に向こうとる。まずは北東部に出張ってきとる集団を潰す、その後に補給線や。せやから、取り敢えず近衛師団と合流するまでは耐えてな」
「どれくらいかかると思う?」
「ざっと、あと半日くらいやないかな。ただ、それよりも遅くなる可能性は十分あるけん、それまでは死なへんようにしてや」
トランシーバーが切れる。
普通に後半日耐えろと言われたんだが? それ、私じゃなかったらただの死刑宣告だからね! 普通の精霊術士なら命が何個あっても足りないからねっ! 私まだ死にたくないしッ!
「どうする、沙羅?」
「そりゃ、フィーバータイム延長でしょ」
いやぁ、メビウスの大攻勢のお陰で、資材がわんさか手に入る。そうそう来てほしいものでもないが、来ちゃったんなら仕方ない。ちゃんとフィーバータイムしましょうねぇ〜。
ついでにいうと、普通の精霊術士にとってはただの地獄である。
「了解。通達、海凪様の消耗が激しい」
「一応休ませてるけど、あれ本当に普通の学生?」
「如月家……、」
うーん、聞いたことはある。でも、どこの出自なのかは知らない。確か、清和源氏の流れにあるとかないとかだった気がするけど、細かいことは気にしない主義なので。
ともかく、如月家自体に秘密がある、ということだろうか?
「如月家に何かあるの?」
「ん。八年前の東部戦線で、家督が戦死してる」
「それ自体は珍しくないね」
あの時の東部戦線は、文字通りの地獄だったはずだ。行方不明者、戦死者ともに不明、最終的には一個軍団がほぼ吹き飛ばされたとも聞く。だから、それ自体はそう珍しいことではない。
「当時の家督は、近衛隊長」
「近衛軍団……」
……、なるほどなぁ。
なんとなく、事情が掴めてきた。ただ、だとすれば。
「これは、私の責任だな」
「どうする?」
茉莉がそう問いかけてくる。
「最低限度の責任は果たさないとね。絶対に生かして帰ろうか」
「了解」
……、まさか、ね。
私にとっては済んだこと、それが今更関わってくるとは。
「……、いや」
本当は、済んだこと、で済ませてはいけないのだろう。罪は、一生ついてまわり、決して離れることはない。かつて犯した罪業が、今になって降り掛かってきた、というだけだろう。
にしても、だ。
「これだけで、済むとは思えないなぁ……」
今ここに、如月家の御令嬢がいること。
そして、今私とともに肩を並べて戦っていること。
多分、これは偶然ではない。何も証拠があるわけではないが、そんな気がした。確かに、あくまでも直感に過ぎないかもしれない。でも、これは、多分。
「絶対に、まだ一悶着あるはず」
そう、私は確信していた。