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  マイナス・ツー・アワー

 私と茉莉が戦場に到達する二時間前。私達は、とある宮殿にいた。


 綺羅びやかな装飾こそが、この国の政体が民主政体でないことを示しているな、とかつて言ったのは誰だったか。ともかく、豪華絢爛、それでいて何故かわたしたちにとっては白々しさを感じるような、そんな宮殿。

 正確には、これは都城、すなわち首都機能そのものだ。かつての残酷女王の即位の後、莫大な予算をかけて移転された、通称「愛染(カーマ)城」。由来は仏教だったかバラモン教だったか、特に興味はない。その宮殿を、私と茉莉は人目につかぬように歩いていた。


 「沙羅様、あまり足音をお立てにならぬよう」

 「分かってるよ、御神楽」


 あえて私は、従者のことを苗字で呼んだ。名前で呼ぼうものなら、くどくど言われることがさらに増える。やい足音を立てるな声を上げるな話すな目線に注意しろだ、言ってることはまともなのだが、流石に(うるさ)い。

 じゃあ肝心の、お小言を言ってくる琴音の方はどうなのかといえば、何故か足音が一切聞こえない。声もそれなりに高いはずなのに、全く響かない。常日頃から響かないのなら分かる。でも、どうしてかは知らないが、響かないのは今だけみたいだ。

 よく声も通る方のはずなのに、どうやって消音してるんだ、このメイド。


 「お姉ちゃんはいつも音立て過ぎ」

 「んなことない、と信じる気持ちを大切にしたい」


 二人に、はぁ、とため息をつかれた。

 なんならタイミングぴったりだ、ブチギレモードに入ってコイツラしばき倒そうか?


 などと考えてるあたり、暇を持て余した頭がぐるぐる回ってるらしい、変な方向で。だって、暇なんだもん。

 あの二人、部屋をもう少し近いところにしてくれないかな?


 「つきましたよ、沙羅様」

 「護衛ありがと。でもまだ御役御免じゃないからね」

 「それはもちろん。何せ密談そのものですからね、しっかりと見張っておきますよ」

 「お願いね、琴音」

 「おまかせくださいませ」


 さて、と。

 私は、ドアをノックする。短めに一回、長めに一回、短めに一回の計三回。これが合図だ。やがてドアの鍵が開く音がする。


 「よう帰ってきはったね、沙羅、茉莉」

 「うん、京香の方もご機嫌麗しゅう」

 「ええよかしこまらへんで、今日は秀亜もおるけんな」


 じゃあ、と仮面をかなぐり捨てると、そのまま京香に抱きつく。


 「たっだいまっ!」

 「はいはい、お帰り、沙羅」

 「沙羅、京香が呆れてる。すぐに抱きつくのは、やめてあげて」

 「ええ……、かしこまらなくていいって言ったのはきょーかじゃん! い、い、で、しょっ!」


 などと戯れていると、京香の後ろの方から、長い、透き通った絹のような髪を持つ少年がトコトコ歩いてくる。明らかに呆れ顔だ。まあ私に全責任、あるんですけどねっ!


 「沙羅義姉上、ご機嫌麗しく。秀亜、義姉上を心よりお待ちしておりました。願わくば、少しばかりお戯れの程を考えていただければ、と」

 「はいはい秀亜もそんな畏まらなくていいの、オフ会なんだからっ!」

 「オフ会……?」


 あ、まって。そこ、困惑するな!

 嫌だって、実質オフ会だもん。決して公国の未来を軽視しているわけではないが、にしたってこれはオフ会でしょ? なんせ、目の前にあるのは……。


 「さあ京香、レッツ、プレイ、ゲーム!」


 そう、ゲーム機である。


 「はいはい、そうせかさんと」

 「私、今日はお姉ちゃんに勝つ」

 「義姉上、僕は少々仕事が残っていますので、一人で二人をご相手してくださいませ。ああ、もちろん判定(ジャッジ)記録(ログ)は管理しますので、ご心配なく」

 「いや暇でしょあんた! 判定と記録取れるなら暇でしょ!」


 ついでに言うと、ゲーム機とはいっても戦略シュミレーションゲーム機、しかも計算がだるすぎて、私が開発途中で投げ出したやつだ。なんせ戦場の霧を再現しているのだから。

 一応は、軍務を司る辺境伯連絡会議にも同じようなものを贈ってある。実際役に立つらしいから、無駄な費用を投じたわけではない、決して。つーか、そもそも公家の財産だからあーだこーだ言われる筋合いはねぇっ!だれだ公金横領だとか言って私に楯突いた奴、体育館倉庫裏でぶちのめしてやる。


 というわけで、ダメージ計算だとかが死ぬほどめんどくさいので一部プログラミングされてない、つまりは手計算が必要。ところがどっこい、この計算、最低でも4次方程式、最悪の場合だと三元連立型の6次方程式となり、とてつもなく計算しにくい。しかもちょっと係数を間違えただけで一気に解がずれるようなやつだ。

 いやあ、なんでこんなゲーム作ってんだろ、昔の私絶対馬鹿だろ。

 この頃って確か、他には微分積分のアナログ計算機を作ったり、複合魔導核同調理論だったり、気違い同然のことしかしてなかった気がする。てことは、やっぱり昔の私は馬鹿だな、Q.E.D.、証明完了!


 「ていうか、成香はどうした? あいつ暇だろ」

 「あぁ……」


 そっと、秀亜が目を逸らした。


 「……、千葉行ったら迷ったから野宿、だそうです……」

 「??? ……、ワンモア」

 「千葉行って迷った、だそうです」

 「??????」


 ……?

 …………??

 ……………………???

 理解に苦しんだ、というか普通に理解不能だった。あいつ、まじで何してんだ? 私、ちゃんと、今日ここに来るって言ったんだが? まじで何やってんの、あいつ……。

 というか、そもそも千葉って、メビウスの支配域でしょ。いやまあ、これに関しては単身で支配域突っ込んだ経験がたくさんある私が言えたことでもないけど。


 ちなみに、メビウスの支配下にある地域、つまりは支配域では、精霊密度が極めて薄く、精霊術の威力が低下する。そんなところに単身で突っ込むとか普通に馬鹿だろ、あいつ。


 「……、あのバカっ……!」

 「成香……」


 茉莉が絶賛困惑中、いやその反応が正しい。というか……。


 「この前もこんなことなかった?」

 「ええ、前回は九州まで行ってきたら時間が間に合わない、遅刻します、というコメントが。前々回は北陸遠征中に雪にあって寒いから通行不能でしたっけ? その前は……」

 「……、ひょっとして避けられてる?」

 「それはないんとちゃうか? 成香、今日も会うこと楽しみにしとったよ」

 「じゃあ待っとけよあのバカ! なんで時を考えずに飛び回ってんじゃあのバカ婚約者ッ!!」


 うんうん、と琴音まで頷いている。

 ついでに言うと、その横にはいつの間にか琴羽さんもいた。双子の姉妹で顔もよく似ているので、パッと見だけではどっちがどっちか判別できない。まあ、雰囲気とかでわかるけど。

 これで一応は、全員揃った、バカ成香を除いて。


 「それで、成香はどうせあと数分で返ってくるだろうから無視しといて」

 「なんでそんなところに行ったのか、沙羅、理由教えて」

 「本人に聞いてくれ……、あいつの話はさっぱり理解できん、つーか発想が一から十までおかしい。どうせ、なんか旅に出たくなった、とか返すんでしょうよ」


 とか言っていると、いきなりバルコニーから轟音が聞こえた。

 ああ、来た。このお騒がせ問題児バカ婚約者。


 「ったい! あっ、沙羅! それにみんなも! いやぁ、遅刻して申し訳ねぇっすわ、反省反省」

 「てっめぇ、する気ねぇだろ!」

 「ああんっ? 俺だって反省くらいすんだよ舐めんなお嬢っ!」

 「はぁ!? どっちが悪いんじゃバカ婚約者! 私ちゃんと今日ここに来るっつっただろ! いい加減カモメよろしく空飛び回んなバーカバーカ!」

 「おめぇだって空飛んでんだろうが! なんならおめぇのほうがひでぇぞ、何が嬉しくて研究のために自宅籠もってんだよ! しかもそれで研究してるかと思えば遠征に遠征を重ねてさらに遠征してるだぁ!? ぜってぇまともに研究する気ねぇだろ!」

 「研究には資源が必要なんですぅ〜、あっ、あなたのそのバカなおつむの中では研究と資源の関係も分んないかぁ、ごっめんね?」

 「よーし一発くれてやろうか?」

 「……、あ、あの!?」


 秀亜が流石に割って入る。まあ確かに、このまま行ったら戦争(けんか)待ったなしだったけども。


 「秀亜、そう思わないっ!」

 「何がですか……?」


 あっ、困惑された(本日二回目)。というか、そもそもこんな時間まで飛び回って遅刻したこのお騒がせ問題児バカ婚約者が悪い。やはり殴りの一発くらいは……っ!


 などと思っていると、いつの間にか後ろに回り込んでいた琴音が後頭部に手刀を落とす。いってぇ、と思っていると、目の前でも同じ光景が。


 「おい琴羽」

 「なんでしょうかお騒がせ問題児バカ婚約者様」

 「てっめぇこれでもかつてはっ!」

 「はいはい昔話はやめましょうね。それで、いかが致します、沙羅様」


 うーん、やはりホルマリン漬けか、いや焼き土下座も捨てがたい。

 いったいどれに……。


 「おいそこのバカお嬢、ひょっとしなくてもホルマリン漬けか焼き土下座かでまよってるんだろ、殺す気かっ!」

 「てめぇのひん曲がった思考回路を糺すにはちょうど良いだろっ!」

 「てめぇのほうがよっぽど歪んでるんだよバーカバーカっ!」

 「はぁ?やんのかこの野郎?」

 「上等だ、かかって」


 直後、足元に電撃が走った。


 「電磁式〈エレクトロンショック〉」

 「ちょ、まって、死ぬから、死ぬから!」


 秀亜がガチギレ顔 (でもニコニコしてる)で電磁術式を展開している。まって、その電磁式、最大だと数万ボルトの電撃を流せるんだけど!

 死ぬ、死ぬから、待って、ストップ!


 「じゃあ騒がないでください」


 ぴりっ、とした電撃が流れる。

 押さえてくれたらしい。まあ、数万ボルト流したら、この城ごと丸焦げな気がする。いや、でも避雷針あったし、問題は……、いやあるな。


 「そろそろしまいにしときぃや、本題に入れへんやろ」


 京香の言葉に、そりゃそうだな、と私は納得する。さて、バカ婚約者の方は、というと。


 「一発殴らせッ……!?」


 秀亜の華奢な体から放たれたストレートをまともに喰らい、お腹を抑えていた。マジで華奢な体なのに、一体どこから、しかもどんだけ高い威力のストレートが放たれたのか……。あまり考えたくもないな。

 何せ、成香が、出る、なにか出ちゃうッ!などと喚いているのだから。

 それなりに体を鍛えているはずの成香にそれだけのダメージを与えたのだ。一体どれだけの威力なのか、一回検証してみたい……、やっぱやめとこ。なんか嫌な予感するし。


 「それで、成香はしばらく蹲らせておくことにしておいて」

 「はいはい、ちょっかいを掛けないでください、沙羅義姉上」

 「そうやで、あんまりにも構っとると、時間無くなるけんな」

 「お姉ちゃん、構ってると時間なくなる。京香に同意」

 「はーい」


 ということで、私はゲームを起動する。

 しばし遅れて、スクリーンの張られている机が青く輝く。そこまで強い光ではないので、私達の顔が鈍く照らされ、どことなく不健康そうな印象を与えてしまうような感じになってしまう。


 「今回の議題は公国北方戦線、長野一帯だよ」


◇◇◇


 「それで、研究狂いのお嬢が見た感じはどうよ?」


 頬杖をつきながら、成香は私にそう問いかける。すでにゲームも中盤であり、こちらの罠に誘い出された京香、茉莉、成香の三人は戦力温存のために一時撤退している。

 ちなみに私は、とあるものの設計図を描きながらゲームしてます。精霊術の発動補助をしてくれる道具なんだけど、これまた設計が難しくて……。


 って、そういえば成香の質問に答えてあげないと。


 「北方戦線は、いつ崩壊してもおかしくない」


 成香の退路を断ちながら、私はそう答える。

 実際、何で崩壊していないのか不思議な状況ではあった。九条領長野を中心としての機動防御に努めているとはいえ、北部辺境軍団はすでに戦力の一割近くを失っていた。軍で言えば全滅の判定だ。

 もちろん後方は健在だし、戦力にしても、喪失分の埋め合わせができないほどに緊迫しているわけではない。だが、肝心の防衛システムがだめだ。九条領を中心として防衛戦略が組まれているため、そこが陥落すれば、なし崩し的に全線線が崩壊しかねない。


 「はっきりいうけど、辺境伯連絡会議は無能だ。九条領を中心とした防衛戦略が破綻した場合の代替え戦略が存在しない。多分議論に割ける時間がないんだと思うけど、防衛戦略があまりにも脆弱。

  つまるところ、このままの圧力が続けば、早晩防衛が成り立たなくなる」

 「万が一九条領が陥落した場合の対策は?」


 普段のおちゃらけた雰囲気とは裏腹、話を真剣に聞いている成香。いつもこんなふうに話を聞いてくれればいいのだが。


 「第三航空師団全軍を送り込んでの遅滞防御、もしくは防衛ラインを一部放棄して敵の主攻集団を誘引、これを包囲撃滅する」


 秀亜が、ダメージが規定量を超過したことを通告する。成香の航空士隊はこれで残り一個となり、撤退しつつある軍団の対空能力は劇的に低下。思わず舌打ちが零れているのもまた可愛い。


 「北方戦線が陥落すれば、そのまま都城まで一気にメビウスが雪崩込んでくることになる。そんなことになれば、即応部隊も間にあわずに中枢領の大半を食い破られかねない。

  さて、どうするか……」

 「義姉上が出れば一瞬で片付くでしょうに」

 「秀、それが無理なのは重々承知してるだろ?」


 はあ、とため息をつくのは秀亜と成香。まあ確かに、私が出ればある程度の時間は稼げるだろうし、もしも()()()()()姿()()()()()()()()()()、一個師団くらいなら殲滅できる。まあ、そういう訳にはいかないから問題なのだし、そもそも論として、北方戦線が陥落するような大規模攻勢が発起されたのなら、多分優に数十個師団規模で来ることだろう。流石にその数相手では分が悪過ぎる。


 「……、爆音?」


 その時、これまで話の輪に入ってきていなかった茉莉が、何かを聞き取った。さっきから、何らかの精霊術を行使していたようだが……、何かあったのか?

 ……、いや、茉莉のことだ。多分、どころかほぼ確実に何かあったのだろう。


 「爆発音、連鎖してる。十二時方向、……!? 北方戦線、救援信号!」

 「っ!?」


 思わず席を立っていた。

 弾き飛ばされた椅子が、床に転げ落ちる。


 「茉莉、〈リバースリフレクト〉での応答確認続行! 京香、秀亜、成香! 私はすぐに出る! 成香は東部戦線に向かって、助攻で攻めてきてもおかしくないっ!」

 「ッ!了解!」

 「京香、管制頼む! 秀亜、北部戦線への即応部隊派遣準備とその事務手続きを任せたっ! 茉莉、敵の総数はッ!?」

 「……!? 九条領からのシグナル喪失! 精霊術士の反応(リフレクト)消失、スクランブル部隊も上がれてない!」


 万一に備えて用意していた魔女箒を掴む。


 「沙羅、低空域やと敵の対空戦車型に狙撃されかねへん、高高度から偵察してもろえるか?」

 「分かった! 茉莉、行くよっ!」


 箒を掴み、バルコニーから飛び降りる。一瞬遅れて箒に組み込まれている精霊魔術が起動、複合魔導核同調を開始。同時に重力定数操作が行われ、周囲の重力が変化。

 一瞬、精霊が見え、視界が白濁する。箒を掴みながら視界が回復するまでの一瞬を待つ。その間に数メートル落下するが、十分な高さからの落下。視界回復と同時に上空へと浮上。箒にまたがる。


 「茉莉、状況報告っ!」

 「味方の精霊術士隊の反応減少、押されてる」

 「この距離で〈メビウスイグジスト〉は使えないでしょ?」

 「反応希薄。それにこの距離だと、反応地点の周囲にある〈祠〉から遠過ぎて、正確な数はわからない」

 「ッ! 〈トランスミット〉!」


 京香との通信回線を開く。

 視界がやはり一瞬白濁する。精霊術行使時の〈精霊意識〉との干渉に伴うものだと言われているが、詳しいことはまだ調べてない。やや遅れて、視覚拡張式が起動。視界の中に周囲の環境データが映り込む。


 「こちら京香、北方戦線からの救援信号が今届きはった。今は即応部隊を動かそうとしとるけど、如何せん、機甲戦力は遅うなる。精霊術士隊にせよ、この前の北方戦線での消耗をまだ完全には補いきれてへん。

  要は、北方戦線の救援は多分間に合わへん。せやから、第二作戦や」

 「防衛ラインの一部放棄? 北方戦線は全域から攻勢を受けてる、スムーズに後退できるとは到底思えない」

 「もしも、どうしても間に合わへんようなら、使ってかまへん」

 「……、分かった」

 「状況が動き次第報告するけん、一旦通信回線は切りぃや。まずは九条領の偵察を、終わり次第撤退援護を頼む」

 「了解っ!」


 通信を終える。同時に高度を取る。二千、三千……。

 段々と酸素が薄くなってくる。精霊魔術(・・・・)で酸素を生成、星箒に組み込まれた干渉術式が起動。視界の白濁はない。

 やはりまだまだ研究するべきことは山ほどあるらしい。


 「茉莉、取り敢えず九条領に侵入したメビウスは叩く。まあ数にもよるけど。その後は北方戦線に戻って圧力の軽減、でも姿を見せる訳にはいかないから」

 「分ってる、敵後方連絡線の遮断と後続梯団への攻撃」

 「よし、じゃあ更に高度を上げるよ」


 敵の補給路に当たるのが連絡線だ。弾薬の補給などをする〈輸送型〉や燃料を補給する〈油槽型〉、それにそれを護衛する小型のメビウス集団〈護衛型〉、電磁気の反応を遮断する〈阻電型〉などが通過するルートであり、これを遮断すれば、時間経過で段々と動きが取れなくなる。それに、後続梯団、つまり前線を食い破った第一陣と後退する後詰めを叩けば、こちらは直接、相手の進撃を食い止めることができる。

 ただし、その為には何十時間も死闘を繰り広げることになるが。


 ……、今のうちにドーピング剤を確認しておくか。


 万一の場合に備えての、強壮剤や意識覚醒薬、それに増血剤。一応手持ちで半日分の固形糧食(レーション)は持っているが、多分足りなくなるだろう。最悪の場合は九条領での現地調達だな。

 現在の高度、一万二千、地平の果てまで見える。そして、視界の隅には既にメビウスの大群が映っていた。多数の戦車型、砲戦型、対空戦車型。それに加えて、対人攻撃に特化した〈駆逐戦車型〉まで。重機関砲や火炎放射機でトーチカごと殲滅するため、歩兵からは死ぬほど嫌われている。

 公国の辺境部まで残り約十分、約二十五キロ先だ。ギリギリ見えているが、既に砲撃の爆炎は止んでいる。やはり、九条領は消失したと見るべきだろう。だが、少なくともこれからの戦闘の拠点にはなる。

 茉莉の方へと向き、顔を合わせる。既に空気の濃度的に声が届くかどうか怪しかったので、手でサインを出す。


 ……、九条領へと向かう。

 ……、了解。


 再び前の方へと向き直り、空を睨みつけた。

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