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2/28

 夜の戦野で出会う貴女は

 冬の冷たい風が、私の頬を伝った。高高度における酸欠も相まって、思考力にかなりの影響が出てきている。そろそろ高度の下げ時かと思い、となりで飛んでいる妹に、無言で合図を送った。


 公歴463年12月13日、長野市南方15キロ地点の、午後11時の空。曇天が星の光さえも遮り、暗闇が広がっている。その空の中、私たちは、現在攻撃を受けつつある公国辺境部、旧長野県北部へと向かっていた。


 視界に(かす)か映り込む、地平線の向こう側。そこに広がるのは、明々と炎上する木々や建物、あるいは黒煙ばかり。

 そしてその中には、焼け爛れた人が、腕を吹き飛ばされもがき苦しむ人が、あるいは人としての有り様さえ残していない屍が、取り残されているのだろう。


 思わずその有り様を想像してしまい、慌てて思考の外へと追いやった。


 現代の兵器の姿形をし、されども無人の、正体不明の敵。私達が「メビウス」と呼ぶ、敵対的な機械兵器の群れ。その戦闘部隊が、今宵の地獄を創り出している。


 すでに味方の緊急電さえ、精霊術で感知できない。当然、公国北方の辺境部防衛を担当する北部辺境軍団からの連絡もなし。

 これらのことから、すでに低高度域は敵戦闘機群の制空下にあるものと推察。だからわざわざ高高度域から偵察に向かったわけなのだが。


 「敵戦闘機群、確認できず」

 「ありゃまあ、苦労したのが台無しだ」


 妹の報告に、私はそう返した。精霊術による確認込みでこれなのだから、多分本当にいないんだろう。わざわざ高高度から空域に侵入しなくてもよかったのに、結果としては無駄な苦労をしたことになった。

 高度をさらに下げる。高度約340メートル、酸素濃度はやや薄いが、別に耐えれないほどではない。


 「にしても、友軍の信号は? さすがに、一瞬で戦線全部を吹き飛ばされた、なんてことはないと思うのだけど」

 「確認中、ちょっとまって」


 ショートカットの短い妹の白髪が、わずかに揺れる。減速したためだ。

 どこか祈るような様子で、小柄な体の彼女が精霊術を発動する。


 「<リバースリフレクト・信号形態(フォルムシグナル)>」


 精霊術特有の、発動時の青白い発光(ルミナンス)。逆探知と同様の仕組みで、周囲に味方の信号がないかどうかを精査していく。


 「味方信号、なし」


 妹は術式を解いてそう告げた。どうにも、本当に味方の戦線は融解してしまったらしい。しかも、ほぼ一瞬で。


 「てことは、救援もなにもあったもんじゃないってことだね」

 「どうする? 進む、それとも退く?」


 一瞬悩む。確かにこのまま進んでも意味はない、少なくとも味方の軍集団はまるごと消滅していることだろう。よしんばその軍団の残骸が残っていたとしても、救援信号すら出せていないのだから、指揮系統が壊滅しているのは確か。ならば、撤退を援護しようにもおそらく不可能。

 とはいえ、このまま空域から引き返してしまえば、本当に軍団は全滅だ。


 「……、とりあえず連絡を取ろう」

 「ん」


 短く了解の返答。

 〈トランスミット〉を展開、わずかに減速して術式を構築する。


 頭の中で、現実にどのように干渉したいかのイメージを構築。本来は現世と交わることのない精霊に、祈りを捧げるかのように働きかけようとする。

 こちらが精霊に向けた意識は、エネルギーとして精霊に受け取られ、一瞬視界がホワイトアウト。直後に精霊が現世へと出現、現実空間へと働きかけが行われ、術式が発動される。それと同時に、エネルギーが光として変換され、蒼色の光が放たれる。


 「〈トランスミット〉」


 役目を終えた精霊は、光のエネルギーを吸収して、本来あるべき場所へと帰っていく。現世から光は消滅、しかし、私達の意識は、そこに冷光ルミナンスがあると錯覚し、蒼色の発光反応ルミナンスが観測される。


 ややあって、諏訪市の臨時司令部との通信回線が開く。向こうが、こちらと〈トランスミット〉をつなぐことを認めたのだろう。


 「こちら司令部偵察士、応答願う」

 「一々司偵を名乗らんでええ言うたんやけどなぁ……」


 方言混じりの声が聞こえた。

 表向きには方言を使わない彼女のことだから、いまは非公式だと言いたいのだろう。まあ確かに、司令部偵察士なんてもの、公的には存在しない。

 だから、今回の飛行だってもちろん非公式だ。


 「状況は、まあ言わんでもええわ。掛けてきたゆうことは、味方の戦線まるごと融解しとるゆうことやろ?」


 未だ味方の基地の大半は地平線の向こう側。だが、明々と綺羅めく炎は先程から勢いを殺すことなく前進を続けている。

 味方がもしも抵抗できているのならば、こんなにも勢いよく迫ってはこない。それに通信も来ないとなれば、戦線の崩壊は確実だ。


 「その通り。このまま偵察を続行してもいいけど、多分収穫は殆どないと思うよ」

 「そうはゆうてもなぁ……、多少は何か残っとるんとちゃうか?」


 妹に視線を向ける。


 「<リバースリフレクト>に反応なし、もう一回する?」

 「いや、別にいい。指揮系統ごと吹き飛んでるだろうから、多分そんな事する余裕もないと思う」

 「探す?」

 「高度下げても、如何せん高速移動中だからなぁ……」


 いくら私だけ星箒(シュテルン)─魔女の如く空を飛ぶ箒で空を飛んでいるからと言って、加減速が思うがままというわけでもない。

 高速飛行から低速の戦闘速度まで落とすのには相応の時間がかかる。


 「秒速四〇メートル……、動体視力が必要」

 「動体視力があっても多分無理だと思うよ……」


 はあ、とため息をつく。


 「前線に行って戦闘に参加してもいいけど……」


 茉莉の方に目を遣ると、精霊術の行使を停止した様子。メビウスがどれだけ侵入してきているか把握したのかな?


 ちょっと待っていると、こちらの意図を察したのか、首を横に振る。

 確認込みでその反応ってことは、おそらく前線は完全に食い破られ、メビウスは続々と公国の内部へ侵入しつつある、ってところかな?


 まあ、ここからでも炎の赤色が見えるだから当たり前ではあるかもだけど。どこまでも暗い地面と空を蚕食していくかのような赤さ、まるで終末みたいだ。

 戦野で見慣れた、けれども慣れたくない風景が眼下に広がっている。


 「私からは何も言わへん、無事に帰ってくるなら」

 「それが一番困るんだよなぁ……」

 「資材、ほしいんとちゃう?」


 うっ、痛いところを……。


 私の場合、趣味でこっそり精霊魔術を研究している。精霊術とは違って精霊魔術は禁術扱いされているんだけど、そもそもとして数百年も前に失伝している……、はず。


 そしてまあ確かに、現在資材不足も相まってあまり研究できていない。危険を犯して学ぼうとするのも私達くらいだろうし、ついでにいうとバレたらただじゃ済まない。


 というわけで、資材をわざわざ自分で集めなきゃいけない私達にとって、これは絶好の機会だ。近くに味方もいないし、敵の数も多いから集め放題!


 ただし、強力な兵装をもつ敵性存在─メビウスと交戦して勝つ自信があるなら、の話だけど。


 「茉莉、体力は大丈夫そう?」


 茉莉にそう尋ねながら、それぞれの精霊術の調子を確認する。


 精霊術の中でも、電磁場の操作を行う電磁式を確認。各術式、発動可能。調子に問題はなし。〈コイルガン〉、〈ブレイズブレード〉といった攻撃系の電磁術式をもう一度確認、問題なし。

 重力場の操作を行う重力式も確認、発動可能。〈グラヴィティフィールド〉の発動を再度確認。重力場の方向性、強度に注意を払う。こちらも問題なし、敵から飛来した弾丸を十分に弾き飛ばすことができる状態。

 そして、メビウスの各車両一両一両に存在しているコア、魔導核を破壊する諸術式、光学式を確認、発動可能。〈メビウスディスコネクト〉を追加で確認、問題なし。


 メビウスは、コアとなる魔導核を破壊しない限り、魔導核の固有の性質である自己修復能により、時間が経てば復活する。光学式の各術式を最後にもう一度確認、発動可能。


 全力戦闘に支障なし。


 「大丈夫、沙羅は?」


 茉莉の方も確認が終わったらしい。私に大丈夫か尋ねてくる。


 「一応は。ただ、連戦は避けたい」

 「待ってて、〈メビウスイグジスト〉」


 敵の位置を確認したらしい。発光反応は収まり、精霊反応も希薄化する。


 「戦車型四、砲戦型一、対空型八の集団が突出してる」

 「近いの?」

 「距離二千、北北西。行く?」

 「その程度なら大丈夫」


 速度を上げる。妹の方も追従。


 「管制は任しとき。ただ、メビウスが思ったより侵入してきてるみたいや。精霊術の発動がかなり難しゅうなっとるけん、最悪逃げてき」

 「了解、ところで成香と秀亜は?」

 「成なら今箒取ってそっち向かっていったわ。秀亜は一人さみしく仕事しとるよ」

 「それまた可哀想に」


 距離千五百、敵が目視できる。


 闇の中でも、いくら迷彩塗装されていても、その巨体を私の目から欺くには足りない。


 砲戦型の巨大な砲身と、それを護衛する戦車型、対空戦車型の群れが見える。ただ、たしかにその数は少ない。


 「茉莉、左右から挟み込む。先に対空型、次に砲戦型の対空火器、最後に戦車型。砲戦型を壊すのはその後」

 「わかった」


 戦闘加速を開始。敵もこちらを視認したらしい、機関砲の弾幕射撃が襲いかかってくる。


 ……、計算開始。


 敵の弾幕射撃を目視、交錯まで2秒コンマ3。敵の弾幕散布界を目視で計測、姿勢を最適化する。それと同時に更に加速。敵の弾幕射撃と交錯。

 鉄の雨が降り注ぐが、それを目視で回避。極度に集中した脳が、敵の弾幕射撃を避ける最短ルートを教えてくれる。


 ……、第二射、偏差射撃。散布界内での回避困難、急加速。


 第二射の弾幕射撃が飛んでくる。どうやら戦車型のものらしい、偏差射撃でこちらの動きを縛ってくる。ただ、こちらの急制動を読んでいなかったらしい。弾幕射は虚空を虚しく貫く。代わりにこちらは電磁式〈コイルガン〉を起動。


 ……、射線ロック。


 公国兵器廠のAS18突撃銃を指向。〈コイルガン〉による砲弾加速で対空型を狙撃。砲塔上部を撃ち抜かれ、擱座する。銃弾を再装填。敵弾がその間に飛来してくる。


 空中で箒から手を離し、身を翻す。敵の弾幕射撃は三度躱される。その隙に箒を再び掴み、再び急接近。残り距離九百。突撃銃への銃弾の再装填を完了、突撃機動を取りつつ射線をロック。その瞬間、前方より爆発。


 ……、残存?


 爆発炎は精霊術式を介しない通常のもの。対戦車ライフルによる破壊? 疑念を一時放棄、代わりに戦闘機動を続行。対空型残り六。

 高度を下げる。敵の弾幕射撃がしばし停止。その隙に超低空域から対空型を狙撃、二連射。溶けたバターをナイフで切り裂くように、対空戦車の装甲を貫通。三両をさらに破壊。


 「茉莉、残りの対空戦車を任せた」

 「ん」


 返答。

 了承と判断、目標を戦車型に切り替え。対空型の後方、戦域から後退しつつあり。


 「〈コイルガン〉」


 電磁加速された銃弾が、超高速で敵戦車型へ。敵の装甲を貫通、誘爆。戦車を突き抜け、さらに、その先にいたもう一両の車両にも銃弾が侵入、そこで弾丸の勢いは完全に殺される。が、弾薬庫までをも貫いていた弾丸は、周囲に詰まっていた弾丸を誘爆させた。

 横並びになっていた二両の戦車型がほぼ同時に爆発、これで残り二両となる。


 ミサイル発射を感知。さらに後方より機関砲弾と主砲の対空榴弾が飛来。


 ……、熱いファンサービスといったところか? 甘いな。


 急加速、ミサイルの軌道と交錯。

 精霊術式を急速展開、〈ブレイズブレード〉。高熱を帯びた高周波ブレードが急速生成される。そのままミサイルを叩き斬る。爆発炎、危害半径内。


 「〈グラヴィティフィールド〉」


  周囲の重力を操作、重力定数が負の値となる。重力の方向が完全に逆転し、ミサイルの破片や機関銃弾は上昇。その間に私は危害半径外へと離脱する。


 速度の低下を逆手に高度をさらに低下させる。匍匐飛行、地面との距離、五メートル。速度が秒速十メートルまで低下、飛行術式展開。重力定数操作による飛行状態の維持を図る。


 ……、見えた。


 戦車型の残り三両へと近接。

 ブレードで薙ぎ払い、一両を破壊。残りの二台はフレンドリーファイアを顧みずに機関銃弾を乱射、一手遅い。急回頭、薙ぎ払った一両を盾にしてそれを防ぎ、一両の横面へと回り込む。もう一両からの死角、銃弾密度が大きく低下。


 「〈コイルガン〉」


 銃弾を電磁加速、二両ごと貫通。

 戦車型をすべて屠り、砲戦型へと接近。戦車型を一回り大きくしたような形をしているが、その砲身だけは異常に長い。アンバランスさを感じさせるフォルム、それを助長するかのように、砲身の後方にある薬室と弾薬庫は砲塔部後部に纏めて存在し、その大きさは下部の履帯部の大きさを上回っている。

 つまるところ、超大型のライフルをそのまま車両に乗っけたような形だ。その結果として、前方にしか砲を指向できない。ただし、副武装である対空機関砲は別だ。


 ……、やはり機関砲を潰すのは手間だな。

 即座にそう判断。前方に二基、後方に一基存在する機関砲は、しかし装甲を持つ。〈コイルガン〉で貫くことができるとはいえ、一基ずつ潰していくのは面倒極まりない。


 「〈ブレイズブレード・第二形態(フォルムベータ)〉」


 ブレードの電位を増大させ、空気の電位を低下させる。

 結果、空気を媒質に電流が流れる。いわゆる放電状態。さながら雷霆の如き音が鳴り響き、降り注いできた銃弾を跡形もなく焼き払う。代償に第二段階フォルムベータが解除される。

 雷撃に流石のブレードも耐えきれず消失、しかし代わりに。


 「懐だ、屑鉄」


 砲戦型の眼の前まで近接。

 あわてて近接防御火器を展開しようとしているようだが、遅い。〈コイルガン〉を発動し、銃弾を電磁加速、完全に破壊する。弾薬庫をまるごと撃ち抜いた銃弾は、内部に残る弾薬を誘爆させ、業火が砲戦型を覆い隠す。

 爆発四散したのを確認し、連絡を取る。


 「茉莉、そっちの状況は?」

 「対空型を殲滅。砲戦型、破壊した?」

 「うーん、まるごと吹っ飛んだが正解だと思うけど、一応ぶっ壊しといた。ただ、どうにも味方の生き残りがいるみたい」

 「探す?」

 「そりゃもちろん、〈リバースリフレクト〉の方を使って探知してくれる?」


 ん、と返事がある。

 ややあって妹が私のところまで飛んでくる。


 「〈リバースリフレクト〉に反応、四時方向?」

 「……、なるほど、ねぇ……」


 山がちな地形が特徴の北部戦線だ。電磁波が山の影響で阻害されないわけがない。どうにも、わたしたちがいた位置が悪かったらしい。

 服についた灰や鉄塵を払い、山の方へと目を向ける。ここからでは見えないが、向こう側には味方がいる。相も変わらず暗い地表だけど、僅かに雲が動いたのか、月明かりに照らされてその周辺だけはやや明るい。


 「? どうしたの?」


 妹が困惑した顔をしている。


 「精霊反応一、周辺に別の反応なし」

 「……、個人で戦ってるってこと?」

 「ん」


 肯定の返答。

 ……、おかしい。


 「一人で、ここに?」


 うーん、それは流石にありえないだろう、と結論づけたくなる。

 なにせ、相手はメビウス、しかも一個師団規模のものだ。それ相手に一人で突っ込むなど、英雄行為と自殺行為の取り違えにしか見えない。ただ、ありえない話でもない。


 ……、他の精霊術士が全員戦死したか、あるいはスクランブル組の生き残りか?


 「爆炎反応、〈アクセラレート第二形態(フォルムベータ)〉と同定」

 「内部放電!?」


 その直後、はたして四時方向に大きな爆炎と落雷が見えた。爆炎と落雷が山地帯の向こう側から光を与え、その輪郭をしばし明確にする。

 おそらく、敵の内部に食い込んだ銃弾が、フォルムベータにより生じていた電位差によって周囲に対し放電したのだろう。かなり高度な精霊術の一つだ。


 「やはりスクランブル組か」

 「助ける?」

 「当然」


 戦闘加速を行う。


 さらに爆炎、爆炎、爆炎。

 ここからでもはっきりと山の輪郭が見える。相当な勢いで撃破しているに違いない。


 どうにも味方の精霊術士は一人で相当な数のメビウスを片付けているらしい。これは、殺すには惜しい逸材だ。それ以前に誰も見捨てたくはないが。


 「……、う、うわぁお」


 一瞬困惑する。

 すでに目視圏内にメビウスがいるのだが、たった一人にどうも蹂躙されているらしい。すでに一個大隊規模の戦力が擱座していた。

 ただ、その倒され方はあまりにも乱雑だった。銃弾が異常に食い込んでいる車両もあれば、ブレードで切って捨てられた車両もある。その全てに共通するのが、明らかな過剰攻撃。

 どうにも相当血が上っているらしい。


 「いた!」

 「茉莉、援護頼む! 私はそいつを連れ戻す!」


 妹がコクリと頷く。

 私は飛行術式を解除、代わりに()()()()を発動する。遅れて魔女箒の複合魔術核が再起動し、各核同士が同調を開始。一気に加速する。


 「見えたッ!」


 見ると、まだ幼気な少女─未だ10代後半といった感じだった。

 眼には涙が浮かび、酷い顔していたが、それでも消えない高貴さが彼女を包んでいた。思わず見惚れそうになるが、それを狙う砲戦型を探知。あわてて砲撃阻止しようとするが、敵のほうが早い。

 砲弾が飛翔してくる。彼女に着弾するまでもう時間がない。

 遅れて彼女は砲戦型の行動に気づいたらしい、慌てて回避機動を取ろうとしているが、間に合いそうにもない。


 ……やむを得ない、な。


 星箒(シュテルン)の魔術核の同調設定を変更、予め定義されたものを発動する。

 精霊術とはまた違う発光反応、紫色のルミナンス。


 「【フォルマ・ガンマ】」


 急加速し、少女のもとへ。飛んでいる少女の手を掴み、体ごと両手で持ち上げる。視界に映り込んだ少女の顔に、ほんの僅かに涙の跡が窺えた。

 茉莉みたいな白い髪が、ふぁさっ、と揺れる。私の腕の中に収まったその髪を、なんだか無性に懐かしく感じた。


 直後、爆炎が踊る。


 だが、その爆炎は私達へと飛翔してくることはない。すべて、弾かれる。


 間に合ってよかった。

 内圧を下げるようにして深呼吸、そして腕の中にある少女に問いかけた。


 「大丈夫?」


 その少女は、一瞬呆然として、次の瞬間、頬を赤らめた。


 「あっ、あのっ!」


 少し大きな声。泣きつかれた声ではあったけれど、それでもよく通る声だった。


 「その……、下ろしていただけませんか?」


 あっ、と今更ながら自分がしていることを自覚する。

 手を掴んだ直後、体が万一引きちぎれる事を恐れて、体ごと腕で持ち上げたわけで。

 つまり、今の状態はいわゆるお姫様抱っこ、だった。


 「ご、ごめんごめん、怪我はない?」


 問いかけながら、改めてその少女を観察する。


 整った顔立ちに、生真面目そうな目。泣いた跡こそあれどもその高貴さを損なうものではない。

 そして、私と同い年程度にしか見えない、大人としては低い身長。それに、体つきも。


 見たところ、正規軍人でさえない。戦線逼迫下にあるとはいえ、10代の兵士を前線に投入するほどには追い詰められていない。となるとここの辺境伯の娘かと思ったが、そもそも九条斉彬辺境伯殿には御息女はおられなかった。

 そこで目についたのは、腕の紋章だった。


 「だ、大丈夫です。えっと……」

 「? ああ、私の名前? うーん、リラでいいよ?」

 「えっと、リラ、様? あ、ありがとうございました!」

 「うん、えっとそちらのほうは…、? みたところ、学生だよね……?」


 腕の紋章は、貴族学院のものだ。

 それ自体に問題はない、だが、どうしてこんなところに? しかも、どうして前線なんかに?


 「申し遅れました」


 わずかに浮かぶ涙を袖で荒く拭うようにして、その少女は自らの名を告げる。胸元のペンダントが、絵になるような美しさで揺れた。


 「如月海凪、如月家の……、子爵令嬢です」

 これは、悠久に続く大戦への終止符か?

 あるいは、終わりの始まりか?


 正体不明の機械兵器群─メビウスの空の上、精霊術士たる二人は出会う。これは、現世に干渉し、唯一メビウスの本体たる魔導核を破壊できる術、精霊術の使い手達の物語。

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