憧れの台詞
五百文字制限企画に参加するために書きました。もう一つのルールは「私はいま、事件の現場に来ています」を最初か最後の一文にすることです。
21時、大野渉は街灯もない細い道で尾行している。
対象は制服姿の女子高生。肩で竹刀袋が揺れている。尾行3日目での新事実「剣道部員」。
渉はフリーの記者。若い頃、事件や事故の現場から中継する放送記者に憧れてこの業界に飛び込んだ。
しかし、憧れは憧れのまま。
記者の底辺から抜け出せず40代に入った。汚れ仕事を受けた事も多い。憧れだけで生きていけない。
今回、たまにネタを持ってくるホームレスから買った情報は眉唾物。
街で続いている通り魔殺人の犯人を知っていると。
血まみれの死体と女子高生を見たと。
殺るとこは見てない?
ガセネタ?
空振り?
当たれば、記者として一発逆転出来るネタ。
捨てきれない憧れに近づけるネタ。
「!?」
我に返った渉は青ざめた。
いない。少女が消えている。
慌てて走る。自販機を通り過ぎた時――
「おじさん」
自販機の陰からの声に振り返ると、首を冷たいものが抜けた。
視界が傾く。路面が迫りくる。
ゴツッ。
渉の頭は落ちた。体は真っ直ぐ立っている。
少女は日本刀の血を払い、竹刀袋に戻した。
脳内に残る酸素は、渉に6秒だけ思考を許した。
少女の足首を見ながら、渉は憧れの台詞を浮かべた。
(私はいま、事件の現場に来ています)
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