その一
長らくお待たせしました。ようやく、大団円です。
疑いがどうにか晴れたことも手伝い、真樹啓介と坂東医師はふたたび、退屈ながらも平穏な日常へと身を投じることになった。が、思いがけずあの奇妙な駄菓子屋の出来事が二人の脳裏に蘇ることとなったのは、世間が夏休みに突入して間のない、蝉の声の喧しい午後のことであった。
「ごめんください」
耳馴染みのある声に、うちわ片手の真樹が店先へ出ると、紙の手提げを持った坂東医師が、オールバックをてらつかせながら日向に立っていた。
「しばらくでした。ちょっと近くまで寄る用事があったもんですから……」
「わ、こりゃまたずいぶんお買いになりましたね。ごちそうさまです」
ビニールの上から新聞紙で包んだ、市内の和菓子屋が作っているアイスキャンデーの束を受け取ると、真樹は自分たちの分を引き抜き、残りを冷凍庫へと押しやった。軒先に吊るした安物の風鈴が、ガラスの舌をちりちりと涼しげに響かせる。
「早いものですね、もうじき夏休みですよ」
「――あのときの子供たちも、のんびり絵日記をつけてころでしょうね。坂東先生はもちろん、毎日きちんと付けてたクチでしょ?」
「ええ、もちろん。察するに真樹さんは……」
「ハハ、言わんでください。どうも昔から、そういうことは苦手でして」
やがて、雑談交じりになめていたアイスが片付くと、坂東医師はふと思い出したように、そういえば、と話を振った。
「あのおかしな駄菓子屋のことなんですがね。うちに来ている患者さんと雑談をしていたら、この近くに戦後の一時期、駄菓子屋があった、って話を耳にしましてね。それでいろいろ聞いてみたらどうです、あの廃墟のあたりがその場所だ、っていうんですよ」
灰皿へキャメルの灰を散らしながら、坂東医師はやや興奮気味に話を紡ぐ。
「なんですって。それじゃ……」
つられて身を乗り出す真樹に、坂東医師は眼鏡を直し、
「あの時の出来事には根のようなものがあるらしい――そういうことです。それでなんですがね、もし真樹さんさえよければ、これから一緒に、またあの場所を訪ねてみようと思うんです。あれからあの辺には……?」
「いや、一度も。じゃあ、蛍ちゃんの来るのを待って、行ってみましょうか。あんまり簡単に店を開けすぎると、この前叱られちゃいましてね……」
数杯の麦茶と、十数本のキャメルで時間をすごしたのち、二人はやってきたアルバイトの蛍へ店を託し、小走りに踏切を渡った。いつの間にか、太陽は南を過ぎ、ゆっくりと西空へ傾きかけている。
靴底越しに伝って来る路面の熱気を踏みながら、二つばかり十字路を越したとき、真樹は視界の真正面に広がる光景に、遅かったか、と歯を食いしばって悔しがった。
「――あれだけの古さだ。こうなる日はいずれ来ると思っていたが……」
細い道路の真向かいへ、坂東医師も同じような表情をのぞかせる。
「僕もうかつでした。そういえば、あれからもうずいぶん経ってますね」
埃よけにと水をまきながら、小型のパワーショベルが爪を立てて崩しているのは、あの日子供たちとともに倒れ込んでいるのを発見された廃屋だった。更地にして、駐車場か何かにでもするのか、軒先は早くも草が刈られて、砂利の隙間から赤土が点々と覗いている。
「これじゃあもう、あの店がなんだったのか、調べようがない」
「駄菓子屋のことなら、市の記録をあたった方が早いかもしれません。しかし、時期を考えるとどれだけわかるか……」
諦めのムードに押される格好で二人がその場を離れようとすると、耳馴染みのない野太い声が真樹たちを引き留めた。
「あんたたち、うちのじいちゃんの知り合いかなんかかい?」