その一
瞼越しに照り付ける強い日差しに気の付いた坂東医師は、徐に目を開いた。さっきまで暗がりで消防団の屈強な男たちに囲まれていたはずなのに、どうしたわけか、頭上高くに燦燦と太陽が照っている。
――長い間ほったらかしだったわけじゃないだろうが、いったいどういうことだろう?
ずれたロイド眼鏡へ手をやりかけたその時、坂東医師の耳へ馴染みのある声が飛び込んだ。
「やぁ、お早いおつきでしたね先生」
「――真樹さん!」
帽子もかぶらず、暖かな日差しを受けて板塀に背を預ける真樹は、不機嫌そうに鼻緒の切れた下駄を揺らしている。
「つんのめった拍子に鼻緒が切れましてね。片足立ちで二、三度跳ねたら、こんなところに来てしまったんです。先生はいったい、どうしたわけでここに?」
坂東医師が事情を説明すると、それは災難でしたねえ、と真樹は苦笑いを浮かべる。
「ま、ともかくここでぼんやり突っ立ってるわけにもいきません。どこまで続く板塀か知らないが、歩くだけ歩いてみようじゃないですか」
そこで初めて、周りの様子へ気のついた坂東医師は異様な光景に目を見張った。土がむき出しの、ちょうど自動車がギリギリすれ違える幅の道を、背の高い無垢の板塀がかこっているのである。
「まるで、万里の長城ですね」
「とすると案外、出口は海かもしれませんね。いきましょうか、先生」
ポケットに入れてあったハンカチを裂き、鼻緒を簡単に修繕すると、真樹啓介は坂東医師へ手を貸し、どこへとも知れない道のりを歩き出した。雲一つない不気味な青空には、じっとりとした視線を向ける太陽が憎たらしく輝いている。
「真樹さん、あれ……」
「……先生も聞こえましたか」
汗ばむシャツをうとましげに扇いでいた二人は、どこからともなく聞こえてくる風鈴の音に目を見合わせた。小走りに音の方角へ急ぐと、ゆるやかな坂を超えたところに、思いがけないものが二人を待ち構えていた。
「坂東先生、もしかしてこの前見たのは、あんな軒先じゃありませんでしたか」
額に滝のような汗をかいている真樹の言葉に、坂東医師は黙って頷く。そこにはあの晩、ライトバンの窓越しに見かけたのと瓜二つな提灯の下がった、小さな駄菓子屋があった――。
「真樹さん、ここにあの子供たちがいるんでしょうか」
「ほかに場所の心当たりがないとしたら、そういうことになるでしょうね。ひとまず行ってみましょう」
と、一歩踏み出した二人の背中へ、ぬくもりの薄い手が載せられたのはその直後だった。