写っちゃったんです
「懐かしいな」
「だろ?」
「あの頃は楽しかったね~」
過去を懐かしみ枯れた中年のような雰囲気で想い出に浸っているが、彼らはまだ高校生。
人によっては今が一番楽しい時期であり、『あの時に戻りたい』とまでは思っていないだろう。
特に三人のうちの二人は現在進行形で付き合っており幸せ絶頂期なのだから。
「こんな写真良く見つけて来たな」
一枚の写真を手にしているのは付き合っていない方の男子生徒、猪狩 猛だ。
その写真には八人の小学生くらいの子供達が横並びになって写っている。
各々肩を組んだりピースサインをしたりと統一感無くポーズを決めているのが子供らしく感じられる。
「机の引き出しの奥底に眠ってたわ」
「あたしこれ何処やったかな」
「そもそも貰った覚え無いな」
どうやらその写真はカップルの片割れの男子が学校に持って来たもののようだ。
そして写真に写っている八人の子供達の中に、この三人が含まれている。
「そもそもコレってなんで撮ったんだっけか」
「理由は覚えてねーけど、うちの親父が撮ったはずだぜ」
「なぁんだ。それじゃああたし貰ってないじゃん」
「バーカ、柚には俺が渡したわ」
「え~ほんと~?っていうか~馬鹿っていうなし~」
「あの、ケンカのフリしてイチャイチャするの止めて貰えませんか」
このカップルは付き合いたてなので隙あらばイチャイチャしようとする。
猛はソロなので落ち着くまで距離を置きたい相手だった。
「別にイチャイチャなんかしてねーよ。なぁ」
「ねー」
「その恋人繋ぎを止めてから言ってくれ」
暑くないかと思えるくらいにべったり体を密着させており、傍から見たらバカップルとしか思えない。
ソロ男子の猛にとって目の毒であり、二人が醸し出す甘々空間の空気を吸うだけで吐き気を催す。
とはいえ、猛だって女っ気が全く無いわけではない。
恋人はいないが、女友達はいる。
「たけポン何見てるの?」
その女友達が彼らの元へとやってきた。
猛のクラスメイトで高校で出来た友達だ。
「たけポン言うな、くっつくな」
彼女は猛の背後から近づき、覆いかぶさるような形で手元の写真を覗き込んだ。
密着しているので猛の背中に柔らかなものが当たっている。
「嬉しいくせに。ほらほら」
「どうせやるなら下着を取ってからやってくれ」
「なるほど、乳首の感触が欲しいと」
「もげちまえ」
「ひどっ!」
健全な男なら動揺しそうなものであるが、猛は軽くあしらった。
その女子、川辺 知佳はスキンシップが激しく他人との距離感がバグっている系の女子であり、猛はもう慣れてしまっていたからだ。
知佳もまた、そんな猛のぞんざいな扱いに慣れっこであり、すぐに話を元に戻した。
「写真?」
「ああ、俺らの小さい頃のな」
「へぇ、このころはたけポンも可愛かったんだねぇ」
「たけポン言うな。それに今はどうなんだよ?」
「可愛いよ」
「おいコラ、どこ見て言ってる。俺のは名前の通り猛々しいぞ」
知佳の視線は猛の下半身に向けられていた。
こんな下ネタも気軽に言い合える程度には仲が良い。
「たけポンはこの子かな」
「たけポン言うな。おい、そいつスカート穿いてるからどう見ても女子だろうが」
「じゃあこの子?」
「ボケるんじゃねーよ、そいつも女子だろうが。そしてそこにいるバカップルの片割れだよ」
「うん、分かってる」
「こいつ……」
三人とも小さい頃と雰囲気がほとんど変わっていないので容易に特定可能だった。
だから気になるのはそれ以外の子供達だ。
「じゃあさ、この子はどんな子だったの?」
「こいつは日下部だな。当時は泣き虫の印象しか無かったがすげぇ美人に成長してた。うちじゃなくて東高に通ってる」
「美人さんかぁ。たけポンが惚れてる人だったり?」
「ないない。そもそもこいつと再会したのはつい最近だしな。その時には既にこの隣の男と付き合ってやがった。たけポン言うな」
「再会型幼馴染にはならなかった、と」
「うっせ」
あんなにも美人になるのなら、小さい頃から優しくしてやれば良かったと猛は密かに後悔していた。
尤も、付き合っている相手が超イケメンに成長していたので脈は無かったかもしれないが。
「んじゃこっちの子は?」
「そいつは……なんだけっか。『わっち』って呼んでたけど本名は聞いて無いや。お前ら知ってる?」
彼らは別に同じ学校に通っている友達同士という訳ではない。
複数の学区をまたがる位置にある大きな公園で出会い、自然と仲良くなって遊ぶようになった仲間達だ。
それゆえ、名前を聞かずに愛称で適当に呼ぶだけの関係だった相手もいたのだ。
猛は自分が知らなくても、バカップルなら何か知っているかもと思い確認した。
「『わっち』と『シュン』だろ。俺も本名は知らねーな」
「あたしも。でもこの二人、運動神経がすごかったよね」
「それな。鬼ごっことか敵う気がしなかったもんな」
「思い出した。あの時、龍也ったらあたしを囮にして逃げたでしょ」
「そ、そんなことしてねーよ」
「マジムカついたんだからね。なのになんで龍也と付き合ってるんだろ」
「それを言うならお前だって昔は俺じゃなくてシュンの方が好きだったんだろ」
「はぁ?そんなことねーし」
過去の話を聞いただけなのに何故か険悪な雰囲気になってしまった。
だが猛は全く気にしない。
このバカップルはケンカップルでもあるので、すぐに仲直りしてベタベタし出すのが常だからだ。
「放って置くか」
「ホント仲が良いよね。羨ましい」
「おいマジか。アレが羨ましいって頭にウジ湧いてねーか?」
「ひっどーい。好きな人と気兼ねなくイチャイチャしたいってのは女の子の夢なんですー」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
バカップルの姿を自分が誰かと付き合った時の反面教師にしようと考えていたので、それを参考にしたがる知佳とは相容れないなかった。
「それじゃあさ、この子は?」
「この子か……」
写真に写っている八人の子供達のうち、一人は猛。
二人はバカップル。
二人は東高に通っているカップル。
二人は『わっち』と『シュン』で居場所不明。
最後は写真の右隅で一人佇む女子だった。
猛は知佳に指差されたその女子を見つめながら記憶の海を探っていた。
「どうしたの?」
「いや……誰だったかなって」
だけれども、その女子のことがどうしても思い出せない。
子供の頃に一緒に遊んだ相手なのは間違いない。
記憶の片隅にその子の姿が残っているからだ。
しかしその記憶の中に、その子が中心となるものが全く無い。
「覚えてないの?」
「凄く印象に残らない子だったんだよ。多分俺とあまり話をしたことが無いんじゃないかな」
写真の雰囲気からも、大人しくて目立たない印象が伝わって来る。
「川辺と逆だな」
「なにおぅ!」
「この子を見習って少しは淑女らしくなれよ」
「たけポンはそっちの方が好き?」
「たけポン言うな。俺は可愛くてエロくて俺の事が好きな女の子なら誰でもオッケーだ」
「そういうのは誰でもって言わない」
「いででで!つねるな!」
こんな風に茶化しているが、猛は女子と付き合うことが難しい。
例えば川辺。
これだけスキンシップが激しくて楽しそうに会話をして来るのであれば、男なら『俺に気があるかな?』と勘違いしてもおかしくない。
だが猛は絶対にそう思わないと決めていた。
『猪狩君は友達にしか見れないよ。ごめんね、勘違いさせちゃって』
中学の時、仲良くなった気になる女子に告白して玉砕した経験があるからだ。
しかも二度。
これがトラウマになっており、仲が良い女子に自分からアプローチすることが出来なくなってしまったのだ。
それならば女子から告白されたら良いのではと思えるがソレもダメだ。
『本気で告白するわけないじゃん。猪狩と『友達』以上は無理無理』
ウソ告の被害を受けた経験があるからだ。
それゆえ、猛は恋愛の面で女性不信に陥っていた。
「本当に覚えてないの?」
「ああ、どんな子だったのかの印象も残って無いんだよな」
「むぅ」
「いででで!なんでつねるんだよ!」
何故か知佳に再度つねられて猛は抗議するが受け取ってはもらえず、別の話題を持ち出された。
「そうだ、写真と言えば私もたけポンに見せたいのがあったんだよ」
「たけポン言うな」
知佳はポケットから一枚の写真を取り出した。
「少し前にたけポンと一緒に写真撮ったの覚えてる?」
「たけポン言うな。そんなことあったっけ」
「マジで覚えてないの。ほら、『写っちゃうんです』でさ」
「あ~貰ったから撮りたいとかなんとか言ってたやつか」
スマホ以外で写真を撮るのは珍しかったからどうにか思い出せた。
あの時は知佳が猛の首に手を回して強引に自撮り風に撮ったり、バカップルにお願いして撮って貰った。
「その中の一枚が面白いことになっててさ」
「面白いこと?」
その写真はバカップルにより撮影されたものだった。
照れて逃げようとする猛の首を知佳が強引に絞……抑えて恋人っぽいフリをしたネタ写真だ。
その写真が確かに面白く普通ではないことになっていた。
「はい、それがコレ」
「面白いっていった……い……うわああああああああああああああああ!」
猛は写真を放り投げて全力で叫んだ。
教室中から視線を浴びる中、机をなぎ倒しながら教室の後ろへと逃げようとする。
「どうしたの?」
慌てて知佳が猛を追って捕まえると、歯をカチカチと鳴らしながら震えていた。
「え、マジ?たけポンこういうのダメな人?」
「た、たたけぽっん言うな、な、ななな、なんのことっか!?」
「えぇ……この状況で強がるの」
猛の突然の奇行にバカップルもケンカを止め、男の方が床に落ちた写真を拾った。
「あ~ダメダメ。猛は幽霊関係が大の苦手だから」
「ばっ、おまっ、こっちくんな!」
写真を持って猛の方に向かって歩こうとしたが、きつく止められてしまう。
そう、その写真はいわゆる『心霊写真』だったのだ。
猛の肩の所に、人の顔らしきものが映っていた。
「え~マジマジ。心霊写真?」
「見せて見せて」
「俺も俺も!」
猛が何にビビっていたのかを知ったクラスメイト達は我に我にと写真の元へ群がった。
どうやらこのクラスで幽霊が苦手なのは猛だけらしい。
「し、心霊写真なんて、あ、ああ、あるわけねーだろ」
頑なに怖いと認めようとしないのは男のプライドが邪魔をしているのだろうか。
「ど、どうせ、川辺が加工したんだろ」
「してないよ。だってあれ『写っちゃうんです』だよ。お店で現像してもらったんだもん」
「嘘だああああ!」
そんな事実は聞きたくないと言わんばかりに耳を塞ぎ、顔を大きく横に振る。
川辺は面白いおもちゃを見つけたかのような悪い顔を浮かべ、強引に腕を引っ張り猛の耳を解放した。
「たけポンの肩にい・た・ね」
「たけポン言うな。そして俺は何も見ていない。何もいない」
「こんにちは」
「話しかけようとすんな!」
「え?たけポンに憑りついてるんですか?」
「話をするフリをすんな!」
「どうかたけポンの命だけは見逃してもらえませんか?」
「ごめんなさい。お願いですから止めて下さい。でもたけポン言うな」
「しょうがないなあ」
知佳のにやけ顔が苛立つが、今の猛の立場は下の下であるため何も言い返すことが出来ない。
「おーい、猛」
「ば、こっちくんなって言ってるだろ!」
そんな風に弄られていたら、クラスメイトから解放されたバカップルが猛の元へとやって来た。
もちろん例の写真を持って。
「でもよ。これちょっと気になるんだよ」
「燃やしてしまえ!」
「まぁ待てって、この顔、見たことあるんだよ」
「は?」
心霊写真の顔が見たことあるとはどういうことだろうか。
「多分だけど、これってあの子だと思うんだ」
「あの子?」
「名前なんつったっけかな。お前分かる?」
「あたしも知らないかな。ほら、さっきの写真の右端にいた女の子」
「は?」
さっきの写真とは心霊写真ではない方。
バカップルが持って来た、猛達の子供の頃の集合写真のこと。
そして右端にいた女子とは、猛の印象に残っていなかった女子のことだろう。
「な、なな、何を馬鹿な」
「偶然かなって思ったんだけど、やっぱり何度見ても似てるんだよな」
「う、うう、うるさいうるさいうるさい!」
それが何を意味するのか。
猛は気が付いてしまったのだ。
そして気が付いたのは知佳もだった。
「一、思い出の女の子は実は最初から幽霊だった。二、思い出の女の子の生霊がたけポンに憑りついている。三、思い出の女の子が亡くなっていてたけポンに憑りついている。どれが良い?」
「どれもねーから!後、たけポン言うな!たけポン言うな!」
まったくの見ず知らずの相手ならまだしも、自分の知り合いなら憑りつく可能性が無くは無いのではと猛は思ってしまったのだ。
例えば小さい頃にその女子が嫌がることを無意識にしてしまい、根に持たれていたとか。
「でもよ、猛。気にならねーか」
「な、なな、何を?」
「もしさ、こいつが亡くなってたら……」
「…………」
例え記憶に残っていないとはいえ、こうして一緒に写真を撮る仲だった女子が亡くなっているかもしれない。
それは怖いと同時にとても悲しい事であった。
そうでなければ良いのにと強く願ってしまうくらいには。
「ということでまずは猛も確認しようぜ」
「絶対見ねぇ!」