転生聖女。
「このわたし、大教皇シルビアン・マクレー・パプキマスの名において、ここに聖女認定の儀の開催を宣言いたします!」
厳かなオルガンの音が鳴り響く中。
煌びやかなステンドグラスの光が煌々と降り注ぐそんな聖なる場所の中央祭壇において、白銀の聖衣に包まれた大教皇、シルビアン・マクレーはそう高らかに声を張り上げた。
右手には帝国政府の高官、お歴々が並び、左手には正教会幹部らが居並ぶ。
皇太子ジークの席も当然のようにその居並ぶ高官の中央にあった。
正面に設えられた水晶の祭壇。
その前に跪く5人の少女。
彼女たちが今回集められた聖女候補なのだという。
全国各地から集められた素質のある少女は30人はいただろうか。
そのうち魔力量による選別が行われ、はれてこの祭壇の前に跪く栄誉が与えられたのは、いずれも見目麗しく魔力的にも高い少女たちであったのだ。
彼女たちは順に正面にある聖なる水晶に魔力を捧ぐ。
そして。
神が応えるべく結果を出したもの。
聖なる水晶を白銀に光輝かせることができたものを、次代の聖女として認定する。
そういう段取りとなっていた。
(やっとここまで帰ってきた)
マリカ。いや、マリカという赤毛の少女に扮したマリアンヌは、周囲に意識を張り巡らす。
魔王の軍団がこちらに迫っているのは感じている。
きっと、この国の兵士たちも、その魔獣襲来に備えているところだろう。
外は風がだんだんと強くなり、嵐がここを襲うのはもはや時間の問題と思われた。
聖女認定の儀などやっているひまでは無いのかもしれなかった、が、逆にここで聖女が誕生するとしないとでは兵の士気にかかわる、そう認識もされていた。
(に、しても)
茶番だわ。
そう呟いたマリアンヌ。
大体あの水晶はただ魔力を注いだとしても光るものではない。
元から聖女としての癒しの加護を測るものだ。
それを知らずに魔力量だけたくさん注いだとしても無駄なのに。
ここに集められる前にマリアンヌが知らされていないということは、ここにいる誰もそのことを聞いていないのだろう。
いや、ただ一人を除いて。
そう。
市井から集められた少女たちと違いただ一人場違いなほど豪華な純白のドレスを纏った、クラウディア以外には。
クラウディア・フェルミナス公爵令嬢。
マリアンヌの姉である彼女がこの場にいることは、半分想定はしていた。
きっと次期聖女は彼女に内定しているのだろう。マリアンヌほどではないにしろ聖女の素質癒しの加護を持つ彼女なら、大教皇が目をつけないはずがないのだから。
聖なる家系、フェルミナス公爵家の長女として。
聖女となって王太子ジークと結ばれる。
それが彼らの筋書きなのだろう。
元々圧倒的な魔力量を持って幼い頃に聖女に認定されていたマリアンヌと違い、そうなれなかったクラウディアに箔をつけるためのこの認定の儀なのだと。
——大丈夫ですかマリア様。少々気持ちが昂っていらっしゃるようですけど。
(ええクロコ。ジーク様とクラウディア姉様を見たら、嫌なこと思い出しちゃって。ごめんね)
心の奥底、魂の中に入ってもらっているクロコとそう心の中で会話して。
マリアンヌは少し気持ちを落ち着けると、自分の番がきたことを確認しおずおずとと正面の水晶の祭壇まで歩く。
マリアンヌは三番目、だった。
前二人は水晶を光らせることは出来なかった。周囲もそれを当然のように流し、厳かな雰囲気のまま彼女の番となったのだ
四番は船で一緒だったミーア。
そして五番目はクラウディアである。
——どうするんです?
(ふふ。思いっきり行くわよ。もちろんね)
水晶に両手を添えると真っ赤な髪がふわっと逆立つのがわかる。
元々こんなもので測ることのできないほどの加護を持つマリアンヌにとって、この斎場全てを銀色の聖なる光で埋め尽くすことなど造作もなかった。
(おおおおお)
人々のざわめきが聞こえる。
(これは)
(まさしく聖女の輝き)
そういう声に、険しい顔を見せる大教皇とジーク皇太子。
マリアンヌが元いた場所に戻ると、そのまま何事もなかったかのようにミーアが続く。
ミーアも。
マリアンヌほどではないが水晶を光らせることに成功し。
そしてクラウディアの番となった。
——マリア様、ミーアには加護がいかに大事かずっと話してましたからね。あの娘は賢いのでそれにちゃんと気がついたのでしょう。
(そうね。姉様にとってはショックかもだけど)
水晶の前に立つクラウディアは動揺しているように見えた。
自分だけが成功するはずだったこの認定の儀、それを前の二人もができてしまったことに。
マリアンヌの光の凄さにはもちろん、次のミーアにさえも。
クラウディアの起こす輝きは少なかったのだった。
「こんなの! こんなの何かの間違いだわ!!」
聖なる儀式の場でそうヒステリックに声を荒げる彼女。
ざわざわと周囲がざわめく中。
「落ち着いてください、クラウディア様」
「君はよくやった。聖女でなくとも君がわたしの婚約者であることには変わりがないのだから」
と、そう彼女のそばに駆け寄り宥めるシルビアン・マクレーとジーク。
(ああ、もう何やってるの。魔王がそこまで来ちゃったっていうのに!)
儀式はもう台無しになってしまっていた。
厳かな音楽もいつの間にか止み、ざわつく声のみ聞こえている。
祭壇の前で。
ヒステリックに泣き叫ぶクラウディアとそれを宥める男二人。
そんな光景に嫌気をさしたように。
マリアンヌは立ち上がって。
「いい加減になさい! 魔王はもう聖都のすぐそばまで迫っているのですよ。あなたたちにはそれも分からないんですか!」
と、そう一喝した。
「君は……」
「ああ、次期聖女よ……」
ポカンとするジークとシルビアンに、マリアンヌは尚も続ける。
「大体、こんな時期にこんな茶番をおこなってまで聖女を決めようというのなら、お姉さまを担ぎ出すのじゃなくてちゃんと加護によって決めなさい! 説明もなしにこんな儀式をして、せっかく集めた聖女候補を無駄にするつもりだったんですか!?」
怒りと共に逆立つ彼女の髪が、だんだんと元の髪色に戻っていく。
その聖女の色、白銀の髪が戻ったところで周囲の目は驚愕に変わった。
「マリアンヌ!」
「あああああ、あなたは!」
かつて自分達が追放した聖女の姿がそこにあった。
(やはりマリアンヌ様は真の聖女だったのだ……)
(聖女が戻られた、これで我らは救われる……)
斎場中がそんな声で溢れる中、項垂れる皇太子、立ち尽くす教皇。
轟々と、嵐が聖都を襲っていた。
城壁の外では次から次へと大量に押し寄せる魔とそれに相対する兵士。
幸いなのが、まだ兵の被害がそれほどでも無かったことで。
しかしそれもいつまでか。
光と共に白銀の天使の翼を背中に纏った聖女マリアンヌ。
キッと周囲を見渡す白銀の聖女は
「わたくしは魔王と対峙してきます。あなた方は押し寄せる魔に対処してください」
という言葉を残し、宙に消えた。
彼女が宙に浮かび、空間を跳ぶところを。
残された彼らはただただ見送るしかできなかった。
はるか上空に、彼はいた。
地上の魔のゆくえを見守りながら。
そして、誰かをまつかのように。
そこに。
光の繭に包まれ現れた白銀の聖女。
「待っていたよ」
魔王マキナはそう言うと、優しい瞳を彼女に向けたのだった。
マリアンヌはふふっと微笑んで。
「まさかマキナが貴方の分身だなんて思わなかったわ。ねえ、デウス」
そう声をかける。
「ああ。いつから気がついていた?」
「妙だとは思っていたの。今までの魔王とは違いすぎるって。でもそれも最初は普通の人間に無理やり魔王石を埋め込んだからだと。マキナ本人の個性だとそう思ってたのに」
「でも。デウス。あなたがマキナに手をかけすぎているのも感じてた。それも、魔王にするだけではなくてまるで勇者を育てているかのようなあの両親にも、あなたの作意は感じていたの」
「だからと言ってこのマキナがわたしデウスであることにはならないが」
「ふふ。だって。今のあなたの氣はデウス、あなたそのものだもの。あたしがどれだけあなたの気配、真那を感じてきたかわかってる? あたしが好きなあなたの真那。それを」
目の前の魔王マキナ、ふっと笑い両手を広げた。
「わたしはいつも、いつでもお前のそばにいるよ。愛するマリア。元々は今世で君を愛する為だけに自身の多重存在を創りこの世界に転生したのだったのに。マキナとしての心が弾け全てを思い出した時、このままでは貴女に自分がデウス・エクス・マキナであったと知られるのが怖くて。だから逃げてしまったんだ。ごめん」
最後は素のマキナに戻ったような、そんな雰囲気を感じたマリアンヌ。
ふわっと笑みをこぼしながら。
「魔は人の欲を糧に。人は魔に対抗するために一つになる。確かに理想なのですけれど。あれでは魔獣が少しかわいそうではなくて?」
眼下で広がる魔と人との戦。
押しているのは人だった。
というか。
魔獣の側は押し寄せてはいるけれど人に直接の危害を加えようとはしていないように見える。
これでは。
王都に巣食う人の欲から転じた魔を吸い上げるだけ吸い上げた挙句、人の力によって倒されるのが目的とでもいうかのごとく。
「あの魔は、今世の人の欲から集めた魔からなる獣。人は結局その己自身と戦っているのだよ」
「デウス様、もしかして」
「ああ。今回ばっかりは人を贔屓してしまったかもしれないな。人として生きた時間は一瞬だっかがそれでも。あんがい良かったよ。マリカ」
デウス・エクス・マキナはゆったりと手を伸ばした。
マリアンヌは。
その手をとって微笑むと。
愛しています。デウス。
と、囁いて。
デウスはその黒の翼を広げ、彼女を包み込む。
そして二人は光の中へと消えていった。
聖女は魔王を滅したのち神の国に還ったのだと、のちの人々はそう語り継いだ。
救世主としての聖女は伝説となった。
なぜなら、聖女マリアは二度とこの世界に転生することはなかったのだから。
FIN