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聖女の素質。

「はーい。もう痛くない痛くない」

「あは。ありがとうお姉ちゃん」

「うん。強い子ね。お姉さんあなたみたいな強い子大好きよ」


 そう言ってあたしは少女の頭を撫でる。

 ドクが往診の間はこうしてあたしが留守番を任され、その間にもこの子のように怪我をした患者が診療所を訪れる。

 まあ大概は簡単な治療で治るような軽い怪我が多いけど、ちゃんとばいきんとか取り除いてあげないと危険だしその辺は少し癒しの力を使ったりもする。内緒だけどね?

 こんな辺境の属州だとなかなか最新医療というわけにもいかず、お薬だって昔からの物しか揃わなかったりする。

 昔はもっと聖女の力を持つものも多かったから、どこの教会にも癒しの力くらいは使える司祭もいて。

 こうして昔ながらの薬では追いつかない怪我や病気の癒しを行なっていたものなんだけど。

 ここ最近はすっかりそうした力は貴重になったおかげか、逆にドクのように力を使わない医療技術も進歩していったのだけどそれでも。

 追いつかないで亡くなる子供もやっぱり多い。

 まあそれも破傷風なんかの細菌感染が一番怖い。

 人には元々ケガから治ろうとする力が備わっていて、医療というのはその手助けをするものなんだけれど。

 それでもどうしようもないこともある。

 それが細菌感染だったりする。

 小さくて見えないからよけい。食べ物が痛むように、物が腐るように、人の怪我もちゃんと治療しないと腐ってしまう。

 そうしたことで人は簡単に死んでしまうから。


 あたしの力で治すのは簡単だけどそれではね。根本的な解決にはならないし。

 ドクのようにこうして人の力で人を癒すことのできる医師が増えないと、だめかな。

 やっぱり。

 教会もそうした人材の教育に力を入れてくれると良いんだけどな。足の引っ張り合いなんかしてないで。


 あたしはバイバイと患者の少女を見送って。

 うん、このままじゃ、だめだ。

 このまま知らん顔してちゃ、だめ。

 そんな思いが強くなっていくのを感じていた。



「よう、マリカちゃんいるか?」

 そう大声をあげて診療所の扉を開けたのは大柄ないかにも力しごとが似合う大きな人。

 先日の事故の時の親方、アッシュだった。


「アッシュさんこんにちわ。今日はどうなさったの?」


「どうってマリカちゃんの顔を見にきたんだよ。ああこれ土産だ」


 そう言ってカゴいっぱいのブドウを差し出すアッシュ。


「いつもありがとう。嬉しいわ」


「はは。俺にはこれくらいしかできねえからなぁ」


 そう言って頭をカリカリかく彼に。


「でもね、あんまり無理はしないでね? もうお礼は充分頂いたから」


 あたしはそう釘を刺す。


 あんまりにもこう毎日のように貢物の果物を持って現れるアッシュに、いいかげんやめてもらわなくっちゃとそう思い。


 でも。


「そういうわけにはいかねえ。本当はこんなんじゃ済まないほどのことをしてもらったんだ。これでやめちゃ俺の気が済まねえからな」


 そうガハハと笑うアッシュ。


 もう、しょうがないなぁ。


「それにこうしてお前さんの顔を拝みにくるのは楽しいのさ」


 そうウインクをして見せる彼。


 あたしはちょっと苦笑いを浮かべ。


「まあね、ありがたいけどね。あたしのこと油を売る口実にされてそうでちょっとね?」


「まさか。ちゃんと仕事終わらせてきたぜ?」


「どうだか」


「はは。マリカ嬢ちゃんには敵わねえな。あ、そうだ。その真っ赤な髪も似合ってるぜ? 前の銀髪も神々しくてよかったけどよ」


「まあ、ありがとう。お世辞と思って受け取っておくわ」


「ほんとなのになぁ。まあいいや、そういやぁ属州総督が町に来るらしいや。きをつけてくれな」


「え?」


「総督自身は悪い奴じゃねえんだけどよ、聖都から少しでも聖女の素質がある人間を集めろとお達しがあったらしいや。マリカ嬢ちゃんのことも町じゃ少し噂になっちまってるからな。心配でさ」


「そう、聖都からのそんなお達しが……」


「まあこんな辺境じゃ魔法の素質がある人間も知れてるからさ。それでもある程度人数を集めて聖都に送らなきゃなんないんだと俺らの組合にも協力要請があったのさ」


「そう、なのね」


「俺らはあんたの味方だからな。みすみすあんたを総督に差し出すような真似するやつはいないが。それでも何があるかわからねえ。きをつけてくれな」


 アッシュはそれだけ言うと帰っていった。


 彼が帰った後。


 あたしは。



 これはもしかしたら逆にチャンスかも知れない。


 そう考えていた。


 一つ心配なのはマキナのこと。


 この町に来てからと言うものマキナはあたしの心配ばかりして自分のしたいことやりたいことそういったことを見つけられずにいる?

 もう半分あたしのボディガードな感じで常に周囲に気を配ってくれているんだけど、それではね。


「ねえマキナ、あなたも何かお仕事とか探してみる?」

 あたしはそうやんわり話してみたんだけど、

「ああ、もうちょっとしたら考えてみるよ」

 ってそう言うだけで。


 うん。

 どうしよっかな。

 このままじゃあまりマキナの精神衛生上良くない気がする。

 あたしに依存しすぎてる?

 彼の生活の全てがあたしを中心に回ってるみたいで。


 そりゃあ、ここに連れてきたのはあたしだ。

 あの村にいてはマキナはがダメになっちゃう。

 そう思ってのはずだった。

 だけど。


 あたしを好きでいてくれるのも嬉しいし、あたしのことを心配してくれるのもまあしょうがないかも知れないんだけど。

 このままだと万一あたしに危険が及んだりした時に彼の心が真っ赤になってしまうかもと思うと本末転倒になってしまう。


 彼の心の奥底にある魔王石。

 元々魔というものは人の感情によってその力を増す。

 初代の魔王はその自らの欲望に飲まれた。

 肥大化した欲望によって真っ赤に燃えた魔王石は、その初代魔王自身の肉体をも取り込み人ならざるものへと変質し。

 そして魔王という概念へと変化したのだった。


 精神生命体でもあった魔王はあたしにも完全に滅ぼす事はできなかった。

 なんとかその本体を封じ、聖都の聖丘の地下深くに封印することに成功したけれど……。

 それでも。


 魔王はその後500年周期で人の体を持って復活する。

 今にして思えばそれにもデウスの思惑が絡んでいたのだろう。

 大霊グレートレイスによらず転生する魔王という存在に、あたしも引きずられるように転生を重ねていった。

 いつの時代もそれは魔王対人という戦いの果てに、あたしはその都度魔王を封じてきた。

 デウスはそれも必要悪だとしていたのか?

 魔王が居ない日々は人の世を淀みの池に沈めるようにも見え。

 その都度あたしは絶望していたものだった。


 でも。


 今度こそ、なんとかしたい。


 こんな不毛な輪廻は断ち切って、魔王に頼らない世の中にしたい。


 それに。


 こんなにも綺麗な心を持っているマキナをみすみす魔王にしてしまいたくはない。


 あたしのわがまま?


 ううん、だって。


 マキナはこんなにも純粋なんだもの。




 今までの魔王とはその魔王がまだ人の心を持っている状態で出会ったことがなかったから。

 だから余計にそう思うのかも知れないけれど。


 このマキナを人の心の淀みを払うための犠牲にしたくはない。

 絶対に、だめ。


 そのためには……。


 そうだ!


 勇者だよ!


 マキナには勇者をやって貰えばいいんだよ!

 そうすればきっと。

 うん。きっと。

 この子にはその力があるんだから!



 ■



 属州総督マルゴット・バイパーがイベリア属州の都市を順次訪問しているらしいという話はもうすっかり町の噂になっていた。

 周囲の街道の安全確保の為、先んじて州軍も各地に派遣され魔獣討伐に励んでいるという話。

 それに応じて街のギルドでも冒険者を集め魔物狩りをするよう総督府から依頼があったらしい。


 力自慢の作業者たちは工事仕事がないときは冒険者家業で魔物狩りも生業にしている。

 親方アッシュも明日から数日近所の森へ魔物退治に出発するとあって今日は診療所にポーションを求めにきていた。


「悪いな、マリカ嬢ちゃん。流石に今回はちょっと大所帯の旅になるからちょっと多めにポーションを用意してもらいたいんだよ」


「この間アッシュが持ってきてくれた大量の薬草はこのためだったのね? いいわよもう目一杯作ってあげるから」


「ありがてい。嬢ちゃんの作るポーションはそんじょそこらの薬とは比べ物にならないほどの効き目だったからな。ほんと助かるぜ」


「ふふ。ちょっとコツがあるのよ」


「はは。嬢ちゃんのコツは他のものには真似ができねえからな。信頼してるぜ。ありがとうな」


 そういうとアッシュはニカっと笑うとマリカの頭をグシャって撫でて。


「もう、やめてよ。髪がくしゃくしゃになっちゃうじゃない」


「悪い悪い。でも、これも信頼してるあかしなんだぜ」


「まあいいけど。ああそれよりもアッシュにお願いがあるんだけど」


「なんだ? 俺にできることだったらなんでも聞くぜ? マリカ嬢ちゃんの願い事だったらどんな願いでもだ!」


「今度の魔物狩り、うちのマキナも連れていって欲しいのよ。あのこにもいい経験になると思うの」


「ああ、マキナ坊かい? 嬢ちゃんの弟の。でもいいのかい? 森はそれなりに危険なんだ。安全は保証できないぜ?」


「それは大丈夫。あの子はあれでも結構強いのよ? きっと戦力になるから」


「ならいいが。ねーちゃんベッタリの坊が素直に俺らについてくるのかい?」


「あは、まあその辺はあたしが説得するわ。お願い」


「ならいいが。まあ一人でも戦力が増えるのは助かる。出発は3日後だ。それまでにポーション頼むぜ?」


「ええ、任せて」


 マリカはそう言うとアッシュに向かってウインクして見せて。



 カーテンの奥にマキナが居たことをマリカは気がついていた。

 こちらの様子をずっと探って歯噛みをしているのもわかる。

 それでも。


(うん。荒療だけどこれぐらいしないとあのこは動かないから)

 そう思って。


 ■



「まあな。こういうことになるんじゃないかとは薄々思ってはいたけどよ」


 そういうとアッシュは頭をかいてあたしを見つめた。


 集合場所の公園に三々五々メンバーが集まってくる中、あたしはいっぱいのポーションを持ってマキナと共にアッシュたちがくるのを待っていた。

 まあちょっと予定と違うことがあるとしたら、あたしの装備が見送りに来ただけのそれには見えないことだろう。真っ白な魔除けの紋様が入った魔道服に、白銀の軽よろい。攻撃魔法や補助魔法を使う魔法士が着るようなそんな装備をあつらえてきたあたしに、アッシュは続けた。


「確かに嬢ちゃんが同行してくれりゃあ助かるにはちげえねえや。魔法士なんてたいそれた職業ジョブ持ちは俺らのパーティーにはいねえからな。しかしな、俺らに同行すればいらんところの目にもとまりかねねえ。あんたをみやこにとられるような真似、したくはねえんだよ」


 そう言って首を振る。

 うん。噂の属州総督とかの目にとまって聖女候補として連れて行かれるのを案じてくれているのはわかる。

 わかるけど。


「でも、マキナがあたしと一緒じゃないと嫌だっていうんだもの」


「ちょ、マリカ! 俺は行かないって言ったんだ。それを自分も参加するからって無理矢理連れて来たんじゃないか!」


「だって、あなたそうでもしないと首を縦に振らなかったでしょ?」


 むすっとした顔のマキナにあたしはそう言って。


「あたしが一緒なら参加してくれるのならあたしも行けばいいだけだもの。ごめんなさいアッシュ。あたしの同行も認めて。お願い」


「しょうがねえな。そういうことならあんたは俺が命に変えても守るから。おいマキナ坊、あんまり姉ちゃんを困らせんじゃねえよ?」


「弟じゃねえ!」


「ふふ。子供扱いすると拗ねるんだから。ごめんねアッシュ。ありがとう」


 ぶんむくれたままのマキナはしょうがないけどほかっておいて、あたしはアッシュの馬車にポーションとかの荷物を積み込み出発の準備を始めた。馬車は四両編成でメンバーはあたしたちを入れて総勢10名。

 思ったよりも少ないなって思ったけどそれもそのうち二名は戦闘はあまり得意じゃない補助要員とのことで。

 馬車が四両も用意してあるのも食糧や水、そういったものの運搬も必要になるからだった。  

 今回の魔物狩りはあらかじめ目標があるわけでもない。

 総督がやってくる前にあらかじめ危険な魔物を狩って数を減らしておくていどの話ではあるので、無理をしない程度に魔物を狩って食糧や水が尽きる前に帰還する、そういう旅で。

 まあそれでも現地で水が調達出来るとは限らない以上必要量は持って行かなきゃいけない。


 あたしみたいにレイス収納が使える人ってほぼ居ないし。


 ああ、人間ってほんと不便だな。

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