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第7章 空島世界 13~蒼溟の砲煙

第7章 空島世界 13~蒼溟の砲煙



●S-1:ライラナー近空


 飛行船の集団が静々と進んでいた。

 中心になっているのはひときわ巨大なものだった。

 すべての空島世界を通じても10隻ほどしか存在しないであろう一等戦列艦であった。

 水上の船にも似た吊り下げられた船体は木材を基本として薄く伸ばしたミスリル鋼鈑を張り付けて強度を増してある。

 片舷50門、両舷で合計100門を超える大砲が装備されている堂々たる巨艦だった。


 この世界の戦闘用飛行船の主兵装は砲列甲板に並べられた大砲群である。

 主船体の側面に大砲1門ごとに開閉式の砲窓を備え、それがずらりと並ぶ。

 現実世界の17~18世紀の戦闘帆船によく似ていた。

 その砲列甲板が3層になっている大型飛行船の中でも70門以上の砲門を持つものが戦列艦と呼ばれるが、その中でも最大級の火力を有するのが一等戦列艦であった。

 

 その大砲の数故に必要人員も多く、また重量も嵩むことから船の運動性は悪い。

 バランスが悪ければ横転してもおかしくない。

 それでもその圧倒的な大砲の数は戦闘において凄まじい威力を発揮する。

 片舷斉射50門の弾幕はその射界に入ったものを逃さないだろう。


 その一等戦列艦が4隻、一列縦陣を作っていた。

 やや右斜め後方に40門砲列の中型戦闘艦であるフリゲート艦が8隻、護衛するように遊弋している。

 空島世界ライラナーの本国であるレイジナから派遣された艦隊だった。

 主要な2つの戦闘艦隊の1つをそっくり出撃させた格好だ。

 


 ライラナーからの援軍要請があったわけではない。

 にも拘らず、強力な艦隊が出撃した理由はライラナー所属のフリゲート艦が廃艦寸前の状態で現れたたことによるものだった。

 ドラゴンの襲撃を受けたものの何とか逃げ遂せた艦が、ライラナーへも直接的な帰路を取ることが出来ずに彷徨った挙句にレイジナに辿り着いたのだ。

 戦闘内容や被害状況から考察するに、かなり危険な戦闘状態に陥っていると予想された。

 長距離の通信手段が無線のようなものがなく、最も高速なものが飛行船である世界であるから、ライラナーが通信途絶した状態であるのではないか?と判断されたのだった。


 レイジナの軍令部はすぐさま決断した。

 有力な艦隊の増援を送るべきと。

 通信途絶したような危険な状態であるならば事態は緊急を要する。

 主力艦隊の半分に相当する大戦力を投入したのは大きな決断だった。

 もしかしたらレイジナへもドラゴンの手が伸びつつある可能性もあるのだ。

 それでも決して同胞の危機は決して無視できない。

 それがこの大戦力投入の理由だった。



「嚮導艦から発光信号!」

「ワレ、敵対目標を発見せり」

「2時方向、距離5000、高度差マイナス300」


 

 次々と入る報告に艦隊司令官のノイマン提督は小さく頷く。

 青い将官服に包まれた痩身長躯の中年男性だ。

 鳥の羽飾りの付いた三角帽(トリコルヌ)の縁を指先で摘まんで位置を直す。

 彼の癖だった。


 ライラナーまでもう少しというところで敵と遭遇は予測の範囲内だった。

 先に敵を発見できたのも僥倖である上に、高度差が少ないのは更に幸運だと考えられた。

 空島世界の戦闘飛行船の大砲は構造上、仰角や俯角はあまりとれない。

 並走砲戦が戦闘の基本なのだ。

 細かい照準ができないので砲列の射界内に敵を収めて、その砲弾散布内で撃ち倒すことを目的としている。

 ノイマンは静かに命令した。


「戦闘旗掲揚。全艦突撃隊形」

「アイ。戦闘旗!」

「発光信号。ワレに続け」

「アイ。ワレに続け」


「面舵2点。降下角(ダウントリム)1点」

「アイ。2-1」

「最大船速へ」

「アイ。最大船速」


 舵を切る点鐘が艦橋内に響く。

 やがて、ノイマンは右手を上げて振り下ろした。


「突撃」

「アイ。艦隊突撃」


 艦隊の最先頭を進んでいた24門のコルベット艦はそのまま直進して、艦隊主力の進路を邪魔しないように避退する。

 一等戦列艦4隻のもう砲撃の傍にいることは危険なのだ。

 ノイマン座乗の一等戦列艦を先頭にレイジナ第2艦隊はドラゴンに向かって突撃を始めた。




●S-2:ライラナー近空


 そこにいたのは成竜(エルダー)ドラゴン4体とそれを率いる熟竜(マチュア)ドラゴン1体だった。

 襲撃を目的としていたわけではない。

 警戒のために遊弋していただけだった。

 そこにレイジナ第2艦隊が突撃してきたのだった。

 ドラゴンたちは完全に虚を突かれた形になった。

 生物としては最も強力無比なドラゴンといえども万能ではない。

 注意していた視界の外から接近してくる敵を捉えることができていなかった。

 完全な奇襲である。

 

 飛行船としてはいっぱいの高速でドラゴンの編隊に飛ぶ込んで来た艦隊は、砲列の中にドラゴンたちを収めると一斉に砲撃を始めた。

 避ける余裕はなかった。

 空中に無数の発砲煙が辺りを埋め尽くしす。

 一等戦列艦だけで200門もの大砲が火を噴いたのだ。

 最初の一斉射で成竜(エルダー)ドラゴン2体が全身を砲弾で叩かれて落ちていった。

 

 ドラゴンたちは混乱した。

 それでも指揮を執っていた熟竜(マチュア)ドラゴンはすぐに態勢を立て直そうとする。

 咆哮を上げて若い竜たちを落ち着かせ、反撃に出ようと試みた。

 が、自らも左の翼に数発の砲弾を浴びてバランスが取れなくなってしまっていた。

 これでは反撃どころではない。

 不利を悟って、すぐに残りの成竜(エルダー)を逃がそうと指示を出した。


 そこに少し角度を付けて8隻のフリゲート艦が突っ込んできた。

 一等戦列艦には及ばないが40門艦が8隻だ。

 方舷20門でも160門の猛射だった。

 激しい砲煙に視界が白濁する。

 その間にも一等戦列艦群が次弾装填を始める。

 前装式と後装式が混在するやや旧式大砲の一等戦列艦たちの装填速度は早くはない。

 斉射のためにかかるタイムラグがある。

 その時間を稼ぐためにフリゲート艦隊が突っ込んだのだ 

 戦闘に手慣れた者たちなのだろう。


 

 ドラゴンたちは逃げ切れなかった。

 長命を誇る彼らであっても戦闘飛行船との戦闘は長く行っていなかった。

 高齢のものなら経験はあったであろう。

 しかし、熟竜(マチュア)ドラゴンですらその記憶はない。

 ドラゴンと空島のエルフたちは長らく不戦状態を保っていたからだった。


 10数分の戦闘で、ドラゴンたちは全滅した。

 一方的であった。




●S-3:空島ライラナー/司令部


 第2艦隊はライラナーに到着した。

 ノイマン提督は鼻高々であった。

 ドラゴンとの戦闘で圧倒的勝利を収めた上に自軍の被害はほとんどなかったのだから。

 完全勝利と言っていい。

 危機に陥っているライラナーを救出したという自負もあった。

 ところが……。

 

 ライラナー軍管区長官のハウプトマンは渋面だった。

 ドラゴンとの衝突を突発的な事故として穏便に解決する手段を模索していたところに、本国から勝手に増援として派遣されてきた艦隊があろうことかドラゴンとの全面戦闘に入って、これを撃破してしまったというのだ。

 これではもはや交渉では済まない。


「……なんてことをしてくれたんだ」


 ハウプトマンは小さく呟いた。

 長い歴史の中でドラゴンとの戦いは何度も起きたが、それでも相互和平に徹してきたのが空島の歴史だった。

 絶対数ではエルフたちの方が優勢だが、戦闘力としてはせいぜいが互角。

 どれほど上手く立ち回っても相打ちがせいぜい。

 戦い続ければ互いに存続しきれるとは思えなかったのだ。

 そのために不信感を互いに抱きながらも、ここまで何とかしてきていたのだが。


 平和が長く続き過ぎたのかもしれない。

 ハウプトマンはそう思った。

 永く安定した世の中が続くと戦いへの忌諱が薄くなる。

 あまつさえ極端な思想がが蔓延ったりもしかねない。

 平和を維持しようとする努力が、金と時間の無駄遣いとされたり。

 あるいは弱腰の外交と揶揄されたりもした。

 がっくりと肩を落としたハウプトマンはノイマン提督を恨めしそうに眺めた。  


 ノイマン提督とて過剰に好戦的な人物ではない。

 そのような者が出世できるほどエルフ世界は腐ってはいない。

 ライラナーの危機と聞いて、同胞を救出するという任務に切歯扼腕して出撃したのだ。

 レイジナ本島の判断が悪かったといえばそれまでだが、何もかもが悪い方に傾いていた。

 せめて、ドラゴンと遭遇せずにライラナーに辿り着いてくれれば誤解は解けていたかもしれない。



 ノイマン提督はライラナーの無事に胸を撫でおろしていた。

 それとともに違和感も感じていた。

 飛行船の被害は出ていたが、ライラナーの島自体には被害がまったくなかったからだった。

 彼の受けた情報でライラナーは音信不通になっており、危機的状況にあるといったものなのだ。

 それを救出に来たつもりだった。

 それが当のライラナーですら状況を計りかねているところなのだった。

 

 色んな感情が渦巻いたが、彼はそれを押し込んだ。

 軍人は政治的な判断をするべきではないと自分を戒めていたからである。 

 疑問があっても口にすべきではなかった。

 彼は軍人として指示された通りに動いたに過ぎない。

 


「なんということをしてくれたのですか……」

 司令室内でも数少ない女性のコンコード管理官は吐き捨てるように言った。

 心底絶望した気分だった。

 まさか全面戦争になるとは思ってもみなかったのだ。


 戦争は必ずしも好戦的な人間が起こすわけではない。

 誤解と行き違い、あるいは偶発的な出来事により発生することもある。

 それを防ぐためにも様々な方策を取ってきたつもりであったのだが。

 大きな被害が出たとなれば、もはや話し合いでは済まないだろう。


「ルゥを送り出すのがもっと早ければ……」


 悔やんでも悔やみきれない。

 ライラナーの司令室を沈痛な空気が包み込んでいた。




●S-4:男爵領/大工房造船所


「こいつは武装ついてないんスなー」

 建造中の飛行船の状態を視察に来たクローリーが独り言ちた。

 空島の飛行船は商船ですら武器が装備されていた。

 それが目の前の飛行船には大砲を装備する砲窓が一切ない。

 強いて言えば代わりに丸い船窓があちこちについている。


「ま。郵便に使うだけなら非武装でも良いってことっスかね」

 

 実際に運用するとなると帝国内であるだろうから、飛行機械の一切存在しない帝国世界に脅威となるものはないはずだった。

 辺境近くになると飛行魔獣が危険だが大丈夫なのだろうか。

 

「大抵のものは振り切るだけのスピードがありマス」


 マーチスが傍で解説した。

「空島の船より速い……予定デス」 

  

「そんなにうまくいくんスか?」

 クローリーは首を傾げた。

 空島の飛行船を参考にしているとはいえ、こちらで飛行船を作るのは全くの初めてなのだ。

 試作一号機でそう都合良くいくものだろうか。


「そのままのコピーなら単なる劣化品にしかなりませンガ……」

 マーチスは大きな車輪型の推進機を指さした。

「ワタシたちの世界の科学とこの世界の魔法技術と、空島世界の科学の合体技デス」


「へー」

「判りやすく言えば良いとこ取りデス」

 マーチスはそう言うとごそごそと懐から何かを取り出した。

 手のひらに収まる程度の金属の塊の様に見えた。


「例えばデスネ……これ。なんだと思いマス?」

「……さっぱり」

 クローリーは両手を上げる。

「ライターというデス」

 小さな車輪型のヤスリを親指で擦ると、オイルを沁み込ませた芯に火が付いた。


「お!?マーチスも魔法を覚えたんスかー!?」


「違いマス」

 マーチスは蓋を閉じ火を消すと、ジッポライターに似たそれをクローリーに手渡した。

「クローリーさんは前に庶民でも簡単に火を点ける魔法の道具がの研究をしていると言ってましたので……試作してみまシタ」


「お。おおおおおお……魔法じゃないんスか!」

「ええ。構造も火打石と回転ヤスリで着火するだけで、中にオイルを沁み込ませておけば何度でも使える便利グッズなのデス」

「これは凄いっスな……。飛行船よりもよっぽど人の役に立つっス」

「そうでショウ」


 慣れない手つきで着火しようとするクローリーをマーチスは面白そうに眺める。

「中に入れるオイルはベンジン……揮発性のものなら何でも良いのでスガ。最良なのは砂の国(アルサ)から輸入する石油を使ったものデス」

「それは少し高くつきそうっスな」

「そうでもないデス。飛行船が実用化すればそれほど問題なくなると思いまスヨ」

「……山でも何でも越えていけるのは大きいっスからなー」

 クローリーは頷いた。

 現状は船で時間をかけて運んでいるが、飛行船なら運搬可能な量は少なくとも圧倒的に速く輸送できる。


「つまりでスナ。これ帝国と砂の国(アルサ)の合わせ技なのデス」

「んー?」

「一つ一つでは成り立たないことが、複数の文化圏オの産物を合わせることで何かが可能になりマス」

 マーチスの言葉にクローリーは少し合点がいった。


「判ったっス。違った色んな考えを合わせて新しいものを作り出すってことっスな」

 クローリーは朧気ながら理解した。

 今まで彼は魔法技術の一般化の研究を行っていた。

 それはあくまで魔法の範疇でしかなかったが、なるほど。

 魔法に限定しなくても新しい何かで可能になるのかもしれない。

「科学って凄いんスなあ」


「ですから科学と魔法の融合デス。空島はそれを実践してはいましたが、技術の進化の方向がワタシの世界とはまた違っていたのデス」

「……ああ。つまり、科学の技術も何種類もあって、それを組み合わせるってことっスな」

「そーデス。それによるものがこの車輪型……」



「なーにー!?これー?大砲ー?」

 沙那の大きな声だった。

 何やら建造中の飛行船の一部を見て叫んでいたらしい。


「おう。これこそが拙者考案のコンパット砲でござる。ぶひぃ」

「コンバットー?Gを退治するアレー?」

 沙那が体を震わせた。

 Gは大嫌いなのだ。

「違う!コン『パ』ットでござる!小さいという意味のイタリア語でござるよ」


「イタリ……なんでー?」

「良くぞ訊いてくれた!」

 賢者(セージ)は胸……というよりも太った腹を張った。

「これこそが拙者が乗艦観察した護衛艦に装備されたイタリアのオットーメララの速射砲を参考に設計されt……」

「ようはなーに?」

「人の説明を邪魔するのはいけないのでござるよ」

「だからー。結局は大砲でしょー?」

「……そうでござる」



「なんだ。武器もついてるんスか」

 クローリーは離れたところでぎゃいぎゃい言ってる沙那と賢者(セージ)を見た。

 雰囲気的に関わりたくないので近づかない。

「2つだけですケド」

「空島で見た大砲とはだいぶ違う感じっスなー。長い筒になってるっス」

「ミスリルが使えますからネェ。それに沢山積む必要がないので自衛用にはちょうど良いのデス」



「大砲ついてるってことは―、戦艦ってこと―?」

「戦艦ではない!武器が付いてると何でも戦艦と言い出すとは、女子供は困るでござるな!」

「だって戦艦でしょー?」

「武装商船と言って欲しいでござるな。戦艦のときはこんな小さなものではなく46センチ砲とか詰むでござるよ」

「大砲なら同じ同じ―」

「この口径なら駆逐艦とか護衛艦でござる!戦艦というのは……」



 沙那と賢者(セージ)の女子中学生とオタクの噛み合わない会話を眺めながら、マーチスはぼんやりと考えていた。

 その噂の大砲がたった2つで済む理由……旋回砲座の事。

 そして、それを動かす動力が魔法由来であること。

 どうやって説明するか考えるだけでも十分に楽しい気分になるのだった。

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