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第7章 空島世界 11~戦闘準備よし!

めっさ長くなりました。ごめんなさい。

第7章 空島世界 11~戦闘準備よし!



●S-1:上空


 降下しているといってもエーギル号の行っているのは緩降下である。

 飛行船は気嚢の中に空気より軽い浮揚ガスを充填して浮かぶ構造のため、重さを利用した急降下によって速度の上昇を得ることが難しい。

 そこが飛行機との大きな違いだった。

 それでもアイリが船体を降下させたのは僅かな速度上昇よりも、少しでも距離を稼ぎたいと考えたからだった。


 船や飛行機の戦闘はチェスや将棋に似ている。

 感覚的なものよりも論理的な思考による理詰めが大事なのだった。

 それは飛行船も変わらない。

 相手に上空を抑えられると位置エネルギーをより多く持たれることによる不利があるが、高度分の距離があるともいえる。

 その距離を垂直方向に稼ごうというのだ。


 そしてもう一つの点は急降下してくるドラゴンの方が速度で有利なものの、急降下中のドラゴンは自慢の竜炎(ドラゴンブレス)を使うことが出来ないのだ。

 このドラゴンで最も恐ろしい武器を封じることができることは大きい。

 その場合のドラゴンに残された攻撃方法は爪や尻尾といった肉体武器だけである。

 古竜(エイシェント)ならば強力な魔法を持っている場合もあるが、成竜(エルダー)ならば可能性は少ない。

 とにかく1㎝でも多く距離を取ることが大事だった。

 

 エーギル号の船首近くから灰色の煙が盛大に吐き出される。

 煙幕である。

 ただし、ただの煙ではない。

 五感の他に魔法感知すらあるドラゴンを惑わせるための魔素(マナ)を散りばめたものである。

 いわば魔法的な欺瞞紙(チャフ)だった。

 相手によってはおまじないほどの効果しかないかもしれないが、撃てる手はすべて打つべきなのだ。

 小さなことを一つ一つ積み重ねていくのが戦術だった。


 もちろん。全力尽くしても偶然の一撃はあり得るのも戦闘なのだが。



「艦長、砲撃しますか!?」

「いらん」

 アイリは即答した。

 逃げると決めたらそれに専念すべきだった。

 砲撃が偶然成功する可能性もなくはないのだが、急降下してくるであろうドラゴンを迎撃する手段はない。

 空島の戦闘用飛行船といえども仰角を大きく取れる武器はない。

 元々が並走して砲撃するように作られているのだ。

 無理に砲撃姿勢を取る方が危険だった。


「アイリさん!」

 揺れる船内の廊下を何とか渡ってきたルゥが艦橋に飛び込んで来た。

「僕がドラゴンたちと交渉しましょう」

 そんなルゥの決死の表情に、アイリは苦笑しながら答える。

「落ち着いた交渉の席ならばな。だが、どうもそういう雰囲気じゃない」

「でも……」

「なあに」

 アイリはルゥの頭をぽんぽんと叩いた。 

「プロに任せなさい。逃げるもの仕事の内です」


 伊達に女だてら戦闘艦の艦長を務めているわけではない。

 空島のエルフとしては若いが、幾重もの戦闘や危機を潜り抜けて来たからこその職位なのだ。

 見た目以上に歴戦の強者だった。


「なんとかライラナーまで辿り着いてみせる」




●S-2:男爵領/開拓地農場


 沙那はいつもの護衛のぺんぎんたちを連れて農場に来ていた。

 野良仕事をしに来たわけではない。

 学校に来ない子供がちらほらいたことから、様子を見に行くところなのだ。

 広大な開拓農場の先には、移住者たちの住居がある。

 不登校の子供の多くが移民してきた家庭の子供であった。


「さっさと働け!」

 男の罵声が聞こえた。

 10歳ほどになるだろうか。

 痩せた少年が自分の背丈ほどもある布袋を背負っていた。

 かなりの重さらしく足元はおぼつかない。


「なにあれ……」

 沙那が眉を逆立てる。

「男爵領では児童労働禁止のはずだよー」

 むらむらと怒りが湧き上がる。

 クローリーの名前で様々な近代的法律を定めたはずだ。

 その中には労働に関する法律もある。


「ちょっとー!そこのおっさーん!」

 沙那が拳を振り上げて叫ぶ。

「おっと。待つデスよ」

 その腕をマーチスの右手が止めた。

「なんで止めるのー?」

「権力で止めても中々なくならないものなのデスヨ」

「むー?」

 沙那は膨れた。


「難しいところなのデスが、少しづつ意識を改革していくしかないのデス」

「……どーいうことー?」

 沙那がマーチスを睨む。

 幼さが残る顔立ちとはいえ美少女が凄むとそこそこ迫力がある。

「沙那さんが感じたことは正しいデス。でもそれは現代日本の基準であって、この帝国世界の話ではありまセン」

 マーチスは諭すような優しい声だった。


「沙那さんは学校を作った理由を覚えておいでデスカ?」

「う?……クロちゃんが領民みんなに文字の読み書きと簡単な算数を理解できるようにって……」

「そうデス」

「だから、なーにー!?」

「そう怒らないで聞いて欲しいのデスガ」 


「むー?」

「きゅー!」

 沙那は小首を傾げた。

 マーチスは無駄なことを言う人物ではないからだ。

「何故、文字の読み書きが必要なのでスカ?」

 マーチスが腰を下ろす。

 農地で地面は埃塗れの土なのだが気にしないようだった。


「んー。たしかー……法律を書いた看板や新聞が読めるようにってクロちゃんは言ってた」

「そうデス」

「まだ木版印刷が始まったところだけどねー」

「ええ。それまでは役人や教会の坊さ……司祭とかが広場で読みあげるのを聞くだけでシタ」

 これは沙那たちの世界の中世でも同じであった。

 庶民の半数近くが文字の読み書きができたのは江戸時代の日本くらいである。

「おかげで法律をインチキな運用しても領民たちはそれが正しいのか間違いなのか確認する方法がありませんでシタ」

「え?」

「為政者側が勝手なことをし放題なのが常識だったのデス」

「でも!クロちゃんはそれを変えようとしたよー?」

「ハイ」

 マーチスは頷く。


「算数も大事です。男爵貨幣が何故に紙やカードではなくて陶器で作ったコインになったか判りますカ?」

「えー……と?」

「沙那さんたちの小学生程度の計算もできなのが当たり前だからデス」

「むー?意味判らないぞー?」

「きゅー!」

 意味も分からずぺんぎんたちも声を上げる。   

「指の数くらいは何とかできるのですが、2桁や3桁の計算は暗算はもとより文字が判らないので筆算もできないのデス」

「あ。あー?」

「つまりデスネ……」

 マーチスは上手く説明できる自信はなかったが、沙那の理解力に期待して言った。

「帝国のほとんどの民は領主や教会に不当に騙されたり搾取されたりしてきたのデス」


「んー……」

 沙那は腕を組んだ。

 大きな胸を腕に載せる。

「封建世界だからっていうのは判らなくはないけど……」

 彼女の過ごしていた民主主義の世界と違うことはこれまでの生活でも理解はしていた。 

 まるで時代劇の可哀相な農民のような人々がいることも見て来ていた。

 そして、それを改革しようとしているクローリーたちのことも知っている。

 だから協力してきたのだ。


「その長い圧政で人々は疑心暗鬼なのデス。学校に行けば食事が出るということも疑っている人は少なくないのデス」

「子供食堂みたいなものだと思えば良いのに……」

 マーチスは沙那の幼い感想に苦笑した。

「帝国では沙那さんが知っているような社会保障も福祉もなにもないのデス。ましてや好意で行われる慈善事業など想像もできない世の中なのデス」

「ん。んー?でも、マーちんがたまに炊き出ししてるのは知ってるよー?」

「おや。見られてましタカ」

 マーチスが照れ笑いする。

 時折、炊き出しをしているのだ。


「それはともかく。そういったことには何か裏がある。何か騙そうとしている。というのが多くの民の思いなのデス」

「えー?」

「現代人には理解し難い感覚でショウ。ですが、沙那さんの世界も大昔はそうだったのデスヨ。支配者を信じることは難しいのデス」

「……そっかなー?ふつーに考えれば……」

「その普通がないのがこの世界の常識なのデス。だから教育が大事だとクローリーさんが考えたのでショウ」  

「む?むー?」

 沙那の様子がマーチスには可愛らしく見えた。

 若いからこその正義感と正しさを信じる姿勢にだ。


「文字の読み書きも算数も全てはその前段階デス。近代的な社会を理解できるような基礎を多くの領民に学ばせるのが目的なのデス」

「えーっと。それって……道徳とかもってことー?」

「半分正解デス」

 マーチスが人差し指を立てた。 

「法律を守って行動する政府と役所があることを知り、自分たちの権利を理解して、より近代的な社会を作る、というのがクローリーさんが目指しているところなのではないかと思うのデス」

「それと、アレがドー関係するのー?」

 沙那は荷物を背負った少年を見やる。


「教育は先ずは子供からですが……それは子供を通じ大人にも広がっていきマス。10年20年と掛かるでショウガ」

「それで……?」

「意識が変わってくれば、ああいう大人も減っていくはずデス」


 帝国世界は全体的に貧しい。

 庶民は驚くほど窮乏しているのが常だ。

 その多くは農民であり、教育の施されていない農民にとって子供は重要な労働力なのだった。

 奴隷にも近い。

 そもそも子供が成長するまで生き残ること自体がほぼ半数ほどである。

 体の弱い者は死ぬ。

 使い捨ての様なものだ。

 自分の子供に対して充分な愛を注げない程、民衆は体も心も疲弊しているのだ。



「そして、もう一つ。こちらの方が大事かもしれまセンガ」

「なあにー?」

「学歴によって身分を超えて成り上がれるようになることデス」

「ほぇ?」

 沙那にはピンとこない。

 社会身分が固定化されている封建世界を理解できていないからだった。

「日本ではトーダイを卒業していると良い会社に入ったり公務員になり易いでショウ?」

「あー。うん。そういうのはあるかもー」 

「戦争以外にも身分を超えて出世可能な社会は、それだけでも理想的な世界なのデスヨ」


 マーチスはこの世界に召喚されてしばらく底辺の生活を余儀なくされたのでより理解していたのかもしれない。

「クローリーさんはどうやって近代的なイメージを持つことが出来たのかは想像でしかありませんが、賢者(セージ)さんの話を聞いたからでショウナ」

 賢者(セージ)は日本の最も豊かだったバブルと呼ばれた時代の人間だ。

 その様子を聞いたのなら信じられないかもしれない。

 だが、クローリーは異世界召喚者(ワタリ)の話を信じた。

 信じたからこそ、見果てぬ理想郷をイメージしたのだろう。

「ボクだってバブルの話題は眉唾だけどねー」

 沙那の育った世界は就職氷河期とか失われた30年といわれた不景気な時代で、バブル景気は年表上の歴史でしかない。

 TVで見る過去映像の狂乱振りはやらせにしか見えない程だ。


「沙那さんは若いデスネー。ワタシはまだその名残を感じていましたカラ……」

「で、それがなーに?」

「変化には時間が掛かるものなのデス。ですから……」

「そんなの。ボクには関係なーい!今、目に見えるものが大事ー!」

 沙那が足元に整列しているぺんぎんたちを見る。

 ぺんぎんたちが頷いた。

「きゅー!」


「こーらー!子供をいじめるなー!」

 沙那が駆け出して行った。

 ぺんぎんたちも後を追う。


「アチャー」

 マーチスが天を仰いだ。

 離れたところから声が聞こえる。


「何だお前はー?」

「ボク?ボクは学校の先生だー!」

「何言ってんだ?このクソガキが!」

「生徒をいじめるとお仕置きするぞー!」

「ざけんな。こら!」

「きゅー!」



「若さですネエ……」

 マーチスは沙那の姿を眩しそうに見詰めた。

「でも……」

 少し首を傾げる。

「あの姿は……おっぱいにミニスカは子供の教育に悪そうな先生ですネエ……」





●S-3:男爵領/練兵場


「少しは形になってきたか」

 シュラハトは訓練中の兵士たちを見て小さな溜息を吐いた。

 兵数は約500。

 男爵領の規模からすれば少なくないが、彼が想定している規模には遠く及ばない。

 それに加えて、銃という新要素は想定し難い。

 帝国世界には火器はなかったのだ。

 運用実績がない物をどうやって使いこなすかは想像するのも難しかった。

 賢者(セージ)の助言が無かったらお手上げだったろう。


火縄銃(マスケット)が装備の中心のうちは、そうでござろうな」

 ふふんと賢者(セージ)が胸を張った。

 いつもの草臥れたシャツではない。

 緑褐色の変わった衣装だった。

 実は彼の趣味で旧ドイツ軍の軍服に似せて誂えたものだったが、何分だいぶ太っていた。

 微妙に意匠の違う軍服な上に太った体形に影響されて着崩していたので、その姿はカッコいい映画でに出てくる軍人のようなものではなく……軍隊コントをする芸人のようだった。

弩砲(バリスタ)と鉄炮があるので、砲兵を独立させた兵種にするべきかもしれぬでござるな」


 言っていることはもっともなのだろう。

 それでもシュラハトはこの無様な体形の男が好きではなかった。

 どこか饐えた匂いの体臭のせいかもしれない。


旋条銃(ライフル)と弾薬の生産も目途がついてきたでござるし、試作の大砲(カルバリン)も試射を行ってるところでござる」

大砲(カルバリン)?」

「原始的なものでござる。巨大な火縄銃(マスケット)と言うべきでござろうか。成功すればすぐにミスリル鉱でより強力な大砲(カノン)を作るでござるよ」

「何なんだ?それは」

 シュラハトはぶしゃぶしゃと喋る賢者(セージ)を見下ろした。

「鉄炮を撃ち出す巨大な銃でござる。弩砲(バリスタ)より遠くへ、より大きな砲弾を撃ち出すようになるのでござる」

「……凄いなそれは」

 シュラハトは唸った。


 鉄炮はマーチスが考案した火薬武器だが、原型はモンゴル軍が使った大型の手榴弾のようなものだった。

 より未来の世界に生きていたマーチスはそこに金属片を仕込んで即席の榴散弾にしていた。

 それは蛮族の襲来時に猛威を振るったことをシュラハトも良く知っていた。

 上手く使えばまとめて数人を打ち倒せる面制圧兵器になり得たのだ。

 より巨大な鉄炮を撃ち出せるのならば、数発で敵をパニックに陥れるだろう。

 火器を知らない帝国諸侯の軍隊相手なら強力すぎるほどの兵器だ。


「こっちは数が少ないからな。異世界の武器はありがたい」

 シュラハトの素直な感想だった。

 戦争は数である。

 男爵領の兵士はあまりにも少ない。

 それは徴兵制ではないため、戦時に無理やり人を集められないからだ。

 帝国の軍隊は基幹となる騎士団や戦士団と、あとは臨時招集された農民たちによるものだった。

 100人の精鋭よりも1000人の農民兵の方が有利である。

 なにしろ農民兵は使い捨てにできる。

 それが帝国の身分制度だった。


「ふむ。シュラハト殿は、軍備拡張をして戦争を起こしたいのでござるか?」

 賢者(セージ)はふと口にした。

 シュラハトが常日頃から軍備拡張を主張しているからだった。

「……少し違うな。攻められないための軍備だ」

「ほう」

「クロの領地は豊かになってきやがった。それは良いことだ。あんたらのおかげでもある」

「ほっほー。もっと崇め立てても良いでござるよ」

「アホか。豊かだからこそ狙われやすいんだよ」


 帝国内の諸侯は常に貧しかった。

 貧しいが故に解決する手段が戦争による略奪であった。

 そのために周囲の諸侯をお互い狙い合うような複雑な関係にある。

 事実、先の紛争でもアレキサンダー男爵領を狙って略奪目的で攻め込んできた領主もいたのだ。

 交易や移民を利用した開拓で急速に発展している男爵領の噂が周辺に流れると、遠からず近隣の諸侯が、しかも場合によっては連合して攻めてくる可能性があった。

 その時、男爵領に味方してくれる存在は……カストリア子爵くらいだろうか。

 それでも決して数は多くはない。

 かつてのシュラハトが所属していたような王朝が攻めてきたら……。

 とても防ぎきれないだろう。

 帝国内の諸侯の強欲さを身に染みて知っているシュラハトだからこそ危惧しているのだ。


「帝国の中枢や王族は強欲だ。教会なんかもそうだ。教会が『神の敵』と言い出したら帝国のほとんどが敵になるかもしれねえ」

 その時はどんなに優れた軍でも500程度では防ぐことはできないだろう。

「正直言って、1万以上の兵士が欲しいくらいだ」

「それは……国民皆兵にでもするつもりでござるか?」

 男爵領の領民を全部合わせても10万人いるかどうか。

 城下町でさえ5万いるかいないかである。

 その中で兵士として使えそうな年代の者を集めても1万人は難しい。

 男女問わずでもだ。

 国家総力戦で動員可能な数は近代国家でも5%に満たないと言われている。

 一般的には3%くらいが限界だ。

 男爵領でもさしずめ……3000人というところだろうか。


「そのくらいヤバい状況ってことだ」

「ふむ」

 賢者(セージ)はぼりぼりと頭を掻いた。

「数を覆せるようなビックリドッキリ超兵器があるとしたら、どうでござるか?」

「はぁ?」

 シュラハトは少し苛ついた。

異世界召喚者(ワタリ)のエルフの超魔法とかでもあるっていうのかよ?」

「エルフの、ではあるかもしれぬでござるなあ。ただ、拙者たちのことではなく空島のエルフのでござるが」

「なんだそれは?」

「見てみるでござるか?まだ完成には程遠いのでござるが」




●S-4:男爵領大工房/第2造船所


「なんだこりゃあっ!?」

 シュラハトは驚きの声を上げた。

 造船所と銘打たれたその場所にあったモノは確かに船だった。

 それは巨大な船だった。


 その姿は巨大なシロナガスクジラのようだった。

 巨大で細長い気嚢らしい物に、かなり小さいコバンザメのようなゴンドラがぶら下がっている。

「飛行船かよ!」

「そうでござるよ」

 賢者(セージ)はぶしゃぶしゃと笑った。


「空島エルフどもは拙者たちをサルか何かのような未開人と思っていたようだったので、幾つか工作機械をただいて来たでござる。まさかこのためだたっとは気が付いてはいなかったようでござるが」

「……すげぇな。これ作れるのかよ」

「理屈は簡単でござるからなあ」

 飛行船というよりも熱気球自体がかなり原始的な技術である。

 意外なことに人類最初の熱気球の飛行実験はフランスノヴェルサイユ宮殿中庭で、ルイ16世とマリー・アントワネット王妃の隣席の元に行われて無事成功したのだ。

 空気より軽いガスを気嚢に入れるのは飛行船も熱気球も同じだった。

 ヘリウムガスが手に入ることが判っている以上、浮かぶだけなら難しいことではない。


「最大の問題は気嚢を作るために軽量で薄い金属板を大量に用意しなくてならないところでござったが、空島で魔法で作動するプレス機も手に入れたのでそれを拡大コピーしたのでござる」

「なんだそれは……」

「本来はアルミニウムやジェラルミンなのですが、もっと都合の良いファンタジー金属のミスリルがあったので助かりまシタ」

 作業の監督に来ていたマーチスが口を挟む。

「紙のように薄い状態でより強度が出て、硬式飛行船にできましたしネエ」

  

「あー。何このおっきい車輪ー」

 離れたところで沙那が大声を上げていた。

「お。そこがミソでござるよ」

 そちらへ賢者(セージ)が走って行った。


「おいおい。なんだ。勢揃いか?」

 シュラハトが笑った。

「良く、お前らこんなものを……」

「ああ。それはむしろガイウスさんたちドワーフ職人たちとラベルさんのおかげデス」

「あん?」

「ワタシも賢者(セージ)さんも理屈は知っていても制作する技術はありまセン。そういった実務は職人たちと……ラベルさんのような技術者の力あってこそデス」

 ラベルは元々は工場の技術者である。

 もっとも技師(エンジニア)ではなく、機械工(メカニック)だった。

 革命による混乱が無ければ、また違った人生を歩んだのかもしれないが。

 若い頃は町の便利な修理屋として家電製品から自動車までなんでも扱った。

 そのために対応できる機械……高度な電子機器は除いて……は多く、溶接から簡単な基盤の修理まで何でもやっていた。

 その技術はむしろ構造が原始的な飛行船建造には大きく役立っていた。



 大きな車輪。

 沙那が見上げたそれは、まさにそうとしか形容できない代物だった。

 巨大な扇風機の羽根というべきか、むしろ馬車に使う車輪を何倍にも拡大したものにしか見えなかったのだ。


「それこそ魔法推進(マギ・ジェット)エンジンと言うべき目玉でござる!」

 賢者(セージ)は胸を張った。

 いや、胸というよりも腹かも知れない。

「ジェットぉ?なんかーボクが知ってるジェットエンジンって、こーもっと細長いイメージなんだけどー」

 沙那は訝った。

 目の前にある大きな車輪は厚みがあまりないのだ。

 むしろ直径ばかりが大きく見える。

 見方によっては子供のシャボン玉作りのおもちゃのようにも見える。


「おぉぅ。それはですな……アレでござる。アレ」

 賢者(セージ)は慌てた。

 悲しいかな。ガチ文系。

 実は良く判っていないからであった。


「沙那はジェットエンジンがどういうものか知っておるか?」

 これはヒンカだ。

 沙那と大差ないような少女のような姿だが中身は齢100は超えそうな人物だ。

「んー?火を噴いて飛ぶ―?」

「まあ。間違ってはおらぬが」

 ヒンカは苦笑した。

 沙那の子供のような回答に笑ってしまったのだ。


「沙那は熱変換を知っておるかな?熱いものは冷たい方へ流れる……お湯と水を例えても良いが」

「あ。それは知ってるー」

「ジェットエンジンもそうじゃ。後ろに向けて熱噴流を流すことで熱変換を起こした反動で前進する。簡単に言えばな」

「へー」

 沙那は巨大車輪をしげしげと眺めた。

「ただ、空島エルフたちは妾たちのような化学変化による燃焼ではなく、魔素(マナ)を使っておったのじゃ」

「ん。んー?」  

 沙那は首を捻る。

「細かい説明を省くと、空気を燃やす必要がなかったという事じゃ」

「ますます判らないよー」


「クローリーが魔法で金属の針を熱したことがあったじゃろう?あれの応用じゃな」

「む……」

 沙那が腕を組んだ。

 すぐに思い当たる。

「じゃ、なにー?魔法で熱を作って噴き出すわけ―?」

「大体正解じゃな」

 ヒンカが指で丸を作ってみせた。

 薬局で何かを買う印ではない。


「その反作用で動くわけなのじゃが、それを受け止めるには径が大きいほど良い。飛行船は巨大だからの。空気抵抗はあまり突き詰めなくても問題はないのじゃ」

「へー」

「プロペラでも良いと思ったんじゃがなあ。高空で気圧の低いところを飛ぶ可能性もあるというのでな」

「そこでジェットなのですよ。といっても……イオンジェットみたいなものデスガ」

 マーチスが補足した。

「イオンって……宇宙探査船とかに使うやつー?ってニュースで見たような―……」

「そうですナ。プラズマジェットとか色んな呼び方がありますが、電気的に噴流を作るのデスナ」

 沙那はさらに首を傾げた。

 理系女子とはいえ中学生なのだ。

 

「それを魔法で行うのデス。燃やさなくても爆発的に空気を膨張させることが出来れば巨大で長大な燃焼室は不要ですカラナ」

「だから薄っぺらいのー?」

「……イオン噴流が壁に当たると効率が下がるので魔力によって閉じ込めたり何たらかんたらで……それと実験機なので高圧高出力にすると壊れそうで出力を抑え気味でしテナ……」

「大きくしないといけなかった?」

「ま。そーですな」

「でも……やっぱり大きな車輪ー」

 沙那には理屈が良く判らなかったが、とにかく推進させるために効率が良いエンジンということなのだろう。


「ワタシは巨大プロペラの方がスチームパンクっぽくてお薦めでしたがネエ」

 マーチスにとってプロペラはロマンなのだった。

「ならば緊急時に作動する人力プロペラを設置するとやられた時に惨めっぽくて良い気がするでござる」

「故障すること前提なのデスカ!」

「補助動力はあっても良いかもしれぬが」

「ねーねー。蒸気機関じゃダメなのー?」

「それも考えないではなかったのデスが……飛行船に使うには重すぎるのデス」

「石炭と水を満載するとか考えたくもないのじゃ」


 シュラハトは異世界召喚者(ワタリ)のエルフたちがわいわいやっているのを眺めているとどこか力が抜けていくのだった。

「なあ。こいつで空を飛んで鉄炮を空から落としたらスゲぇんじゃねぇのか?」

「それでござるよ!」

 賢者(セージ)がびしっと指さした。

「それが拙者が教えたかったことでござる」 

「マジか」

「空を制する者が戦場を支配するのでござるよ!」

「火器すらない世界で航空戦力は脅威でショウ」

 マーチスも頷く。


「でも」

 沙那が首を傾げた。

「こんなのが空飛んでるのを見ただけで、みんなびっくりして逃げるんじゃないかなー?」 


 沙那の言うことは御尤もだった。 

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