第7章 空島世界 9~鳴動・迷動・冥動
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第7章 空島世界 9~鳴動・迷動・冥動
●S-1:アレキサンダー男爵領/飛空港
飛行船エーギル号は大急ぎで発進準備を行っていた。
食料は水などの必要な補給物資だけでもかなりの量なのだ。
この帝国世界の海洋帆船でも荷物の積み込みは乗員だけではとても手が足りずに港湾労働者を雇う必要があるほどなのに、空島世界の飛行船は魔法化や機械化が進みすぎていて人員をかなり絞ってあった。
乗員が少なければ飛行船の負荷も少ないためだったが、荷物の搬入搬出にはどうしても人間による肉体作業は欠かせない。
フォークリフトのようなものがあればまだ楽なのかもしれないが、男爵領でそれは望めない。
将来的には登場するのかもしれないが、現時点では望むべくもない。
エルフたちが大慌てだったのは、ドラゴンの串刺し死骸が見つかったという連絡のせいだった。
クローリーたち人族の仕業とは考えなかった。
信用しているからではない。
単純に人族たちの戦力では困難すぎるのだ。
将来的には可能にするかもしれないが、現時点では難しい。
魔術師のクローリーと傑出した戦士のシュラハトが中心となって冒険者パーティーを組んで、『地上戦限定』とすれば甚大な被害と引き換えに可能かもしれないが……飛行可能な相手と戦うのは容易ではない。
マスケット銃くらいではドラゴンの鱗を貫くことはできないし、投石器で狙って命中させることはほぼ不可能だ。
マーチス渾身の弩砲もあるが、射程は短く、飛行するドラゴンに鉄炮を届かせるのはやはり困難だと思われた。
様々な技術があるとはいっても帝国世界の人族がドラゴンと戦うのは不可能に近い。
空を飛ぶ戦車に槍で戦うようなものだ。
「B29墜ちろー!」
と竹槍で戦おうとしていることに等しい。
ならば……。
人族でもない、おそらくはエルフでもない第三勢力の可能性があった。
それでも戦力としてはもっとも有力なのは空島世界のエルフなので、確認してみるべきと考えられた。
何しろ死骸が突然現れた以外の情報はないのだ。
可能性をひとつずつ確認していくしかなかった。
そしてもう一つ。
ルゥたちは帝国勢力圏外の蛮族についてをほとんど知らなかった。
エルフと蛮族は交流もなければ敵対しているわけでもない。
1000年前には人族と共に蛮族と戦った歴史はあるのだが、ルゥはそのことを知らなかった。
長命のエルフとはいえ、すでに何代か前の世代の話なのだ。
ルゥは作業の邪魔にならないようにエーギル号の解放甲板に立って外を眺めていた。
エルフの少年はこの男爵領が気に入りつつあった。
中途半端に未来の技術が混じり合った不思議な世界。
上下水道は整備され、天然ガスを使ったガス灯が街を照らす。
あまつさえ電気すら使おうとしていた。
その反面、交通手段は徒歩と乗合馬車が主流である。
いや。乗合馬車だけでも十分に大したものではあるのだ。
庶民が徒歩以外を選択できるのは小さくない。
工房にそそり立つ煙突からは黒煙が棚引いている。
石炭を使った蒸気機関だった。
主に排水ポンプや工房で動力として使われているのだが、原始的な蒸気機関車が準備されていた。
鉄道が出来れば生活はまた大きく変わるだろう。
そのような機械文明と同時に、あちこちに魔法が存在した。
ふんだんに沸き流れる温泉のお湯は圧倒的な湯量だったが、人工的に作られたものではない。
温泉の妖精、通称イズミちゃんが不思議な力で生み出しているのだ。
妖精の存在は知られていても不思議極まりないことだった。
おかげで格安の公衆浴場があちこちに作られている。
農作業で疲れた体を洗い、休むことは領民たちにも好評だった。
更に火薬まで作り出し初歩の火器が用意されている。
何と言えば良いのだろう。
全てがちぐはぐで歪な構造なのだが、どこか不思議とバランスがとれているようにも見える。
異世界召喚者と呼ばれる沙那たちのような異世界人たちが、思いつきと必要性に合わせて帝国世界に持ち込んだ知識のおかげだった。
マーチスなら「スチームパンクのような世界ですネェ」とでも言うだろうか。
それらの雑然とした……混沌ともいえる様子が、どこか楽しかった。
領民たちは満足というよりも希望に満ちている。
生活が少しづつ改善されて行くことを実感しているのだった。
今日より明日、明日より明後日。
確実に進化していると感じていられたからだろう。
希望の息吹が目に見えるようだった。
社会が停滞気味の空島のエルフ世界よりも、この生命力に溢れた瑞々しい世界が微笑ましく見えていた。
人が増えていき、町が広がっていく。
ルゥは今しばらくはこの雰囲気の中で過ごしていたかった。
そう強く思っていた。
しかし、今は磔にされたドラゴンの問題が最優先だった。
この地にいたままでは状況が判らない。
空島のライラナーへ急ぎ戻って情報を得るべきだった。
おそらくエルフたちは何かしらの調査はすでに行っているはずだった。
そのルゥの視界に走ってくる人影が入った。
小柄な体に不釣り合いなほど大きな胸を揺らして走ってくる少女……沙那だった。
すぐ後ろを転がる様についてくるのは身長1mに満たないくらいの泥人形……むしろ自動人形のペンギンたちだ。
沙那から付かず離れず守り抜く4体の人形たちだ。
「もー行っちゃうのー?」
沙那が少し舌足らずな声をかけてくる。
異世界召喚者なので帝国公用語が未だにあまり上手くないのだ。
「急ぎすぎ―」
沙那はルゥの立つ甲板のすぐ下まで来ていた。
思ったより息が切れていないのは若さのせいだろうか。
「ええ。空島で情報を集め来ようと思っています」
ルゥは優しく笑った。
「事が大きくなりすぎてからでは遅いですし」
「んー……?」
沙那はこういう時は鈍い。
異常な事態であることにあまり実感が無いのだ。
「また会えるー?」
「もちろん。早めに戻ってきますよ」
状況次第なのだが今は気休めの言葉を掛けた。
「ほんとー?」
「本当ですよ。あ、それに……」
ルゥは一瞬迷ったがすぐに振り払った。
「戻ってきたら、次は異界の門の話をしますよ。上手くすれば元の世界へ戻れるかもしれません」
「にゃ……?」
沙那は首を傾げた。
彼女はいまだにこの世界が自分の夢の中だと信じている。
だから、目が覚めたら元に戻ると思い込んでいるのだ。
「へー。異界の門っスかぁ。そりゃ興味津々っスなァ」
クローリーがいつの間にか沙那のすぐ後ろに立っていた。
沙那のお尻でも触るんじゃないかと勘違いしたぺんぎんたちが、ぺんぎんソードでクローリーを突きまわす。
人形が持っている玩具のようだが、実はミスリル鉱で作られた棒だ。
「こ、こら、止めるっスよ!」
「きゅーきゅーきゅー!」
「むー。異界の門ってなぁにー?」
沙那が口を尖らせた。
「本来は異世界召喚の儀式魔法で作り出すモノっスな」
「んー?」
「沙那がこの世界に呼び出された魔法っスよ。あれは人為的に異界の門をほんの僅かの時間作り出すものなんスよ」
クローリーの言葉にルゥが小さく頷く。
「魔法技術的にはそうです。でも僕が言っているモノは少し違っていて……自然界に不確定数的に存在するモノでして」
「自然に……?……存在するっスか!?」
クローリーが驚愕した。
魔術師的な見地からはそのようなものは存在しない。
と、されているからだ。
召喚することは可能でも償還はできないことが魔法の常識だった。
「もしかして……妖精郷のことっスか……」
妖精は異世界である妖精郷から来るといわれている。
それを召喚する魔法があるのだから、異世界召喚魔法はその延長にあるのかも知れない。
ならば……逆も可能なのか?
いやいや。
クローリーは頭を横に振る。
それが可能ならばとっくに誰かが実現しているはずだ。
それが無いのは何故か?
こちらから向こうへ行く手段がないだけなのかも。
しかし、ルゥの話は……。
「出航準備完了!」
「総員、船内へ!全ハッチ閉鎖!」
号令と共に出航を意味する緊急警報が響き渡る。
合図のように五点鐘が鳴った。
空島の飛行船乗りでは敵襲を意味すると同時に、総員警戒の意味でもある。
「すみません。詳しい話は帰ってからにしましょう」
ルゥは軽くお辞儀をして、船内へ入って行った。
クローリーと沙那はそれを気楽に見送ったが、思ったよりも長い別れになるとは思ってもいなかった。
係留ケーブルを切り離したエーギル号はするすると飛翔していった。
●S-2:エーギル号艦橋
「速度、強速から4船速へ!」
「燃費は気にするな。とにかく急ぐのだ」
艦長のアイリが鋭い声を出す。
そこまで慌てる必要はないのかもしれないが胸騒ぎがしていた。
何かが起きている。
もちろん勘でしかない。
しかしそれが今までも彼女を何度か助けてくれた。
気のせいで済めばよいが、やれることはやっておくべきだった。
エルフの中では若い部類のアイリが女性なのに軍艦の艦長にまで上り詰めたのは、その勘のおかげでもあった。
論理的ではないという思いが脳裏を駆け巡るが、情報が足りなければ論理思考にならないのだ。
とにかく状況を確認したかった。
もしもエルフたちの進んだ技術の中に通信手段があったのならば状況は違っただろう。
インターネットも電話もなければ、無線や電信もないのだ。
沙那の世界では当たり前のものだったが、そもそも電信自体が偶然と思い付きの賜物である。
世界が違えば似たような技術を持っていても技術の進化は全く違ってしまう。
クローリーたちの世界が科学よりも魔法技術が発達したのも同様だった。
未だに最速の連絡手段は飛行船や飛行動物(鳩のようなもの)に頼るしかなかったのだ。
「政治的な問題は良く判りませんが、過激派の暴走は考えられませんか?」
艦長席の傍に立ったルゥが独り言のように訊いた。
「可能性は、なくはない」
脚を組んで座ったままアイリが答えた。
エーギル号の艦長席は赤と青の二色で半分づつ染められている。
これは正規の艦長職ではなく代理艦長を意味するものだった。
単純にアイリの軍での階級が本来の正規艦長に満たないからである。
分かりやすく例えるなら大佐が務めるべき艦長職を中佐で行っているようなものだ。
「だが、思い込みは良くない」
アイリは自分自身をも戒めるように言った。
「情報が足りないからな」
「でも……クローリーさんたちが倒すには幼竜でも一大事ですよ。大規模な討伐作戦を行って僕たちに気付かれない可能性自体が低過ぎます」
「だから?連中じゃないから何処かの空島の連中の仕業だと言いたいのか?」
アイリは小さく溜息を吐いた。
可能性はもちろんゼロではない。
軍事的に優勢に立ちつつある今こそドラゴン族を討伐すべきと考えるエルフもいることはいるのだ。
かつての戦いでお互い多大な犠牲者を出したこともある。
歴史を歴史として捉えることが出来ない者は恨みや憎しみを知識から発生させるのだ。
1000年前の人族との共闘よりも遥かな昔の話でしかないのに。
ドラゴンの長老でもなければ当時を知る者はいないだろうに。
「私はそうでないと思いたいな。今更、何千年も前の戦いを再現することもあるまいさ。それに……」
アイリは小柄な少年であるルゥを見詰める。
「戦いを起こさないためにヌーシャティオに向かうのが元々の君の任務だったろう?」
「あ……」
「忘れないで欲しいな」
アイリが笑った。
「私は今もそのための護衛任務を放棄したわけではないのだ。むしろこれからが本番かも知れないよ?」
「はい……」
縮こまるルゥの姿に、アイリは少し罪悪感を感じた。
この少年はドラゴンへの贄でもあるのだ。
協定を維持するための人質といって良い。
だからこそ今しばらく自由にさせてあげたいと思っていたのだが……。
「神は恵みの前に必ず試練を与える」
エルフ族の古い格言を思い出す。
ドラゴンの元へ竜司祭として派遣されたものは唯の一人も故国へ帰った者はいない。
アイリは少年少女を送り出す制度を苦々しく思っていた。
空島編ラストまで一気に書きたい願望が強いのですが、文字にするのは大変ですね。




