第7章 空島世界 8~生贄
第7章 空島世界 8~生贄
●S-1:アレクサンダー男爵領外縁/開拓地
それを発見したのは偶然だった。
シュラハトが配下の兵士100名を率いて、壊滅した開拓村跡地を巡視に立ち寄ったからである。
兵士の行軍訓練を兼ねていつもより少し遠出をして、安全が確認できれば再び開拓団を送り込む予定もあった。
移民は増えているが何かの専門職はそうはいない。
ほとんどは食い詰めた農民であり、当面は単純労働しかできないのだ。
森を伐採して開拓村を拓くのはうってつけだった。
また男爵法で開拓した土地の私有も認めていたから、人はすぐに集まる。
帝国の一般的な領内では農民が土地の所有することはほとんど不可能だったからだ。
ほとんどは領主直轄の農奴なのである。
教育はされず文字は読めない。
ただ、労働してギリギリの生活で生き延びて、生涯を終えるのだ。
クローリーが行った政治はかなり特殊だった。
教育を広めるために学校を建て義務化し、同時に学校では給食が無料で支給された。
子供の食事を領主が負担してくれるのだから有り難い。
領民は子供たちを学校へ送り出した。
すぐには効果が望めないが、10年、20年と時間を経るごとに教育された領民が増えることだろう。
それは彼が沙那を見て感じたことでもあった。
シュラハトはその名のイメージでは戦うだけの男と思われがちだが、本来は騎士階級の出身で教育を受けた人間である。
その重要性も理解していた。
だからこそ、クローリーに賛同しているのである。
移民が増えることは良いことばかりではない。
基本的に食い詰めた貧しい者ばかりなので、即有用な人材とはなりえない。
とりあえずは将来を見越した受け入れ方を考えなければならなかった。
開拓地跡を巡察しようと考えたのは、その一環である。
公共事業と森林開拓、そして人が増えればインフラ整備という公共事業。
クローリーの出費は凄まじいが、それを沙那たちが奇抜な考えで補完している。
ならシュラハトができることはというと、その下準備をすることだった。
縁の下の力持ちという役回りを彼は嫌いではなかった。
その彼が開拓村跡地に近づいた時に最初に感じたのは、悪臭だった。
それは近づくごとにはっきりしてきた。
腐敗臭……肉のだ。
それと乾燥した塩の匂い。
戦場を幾度も潜り抜けて来たシュラハトにはすぐに分かった。
死臭だ。
激しい戦場の跡はだいたいこういう臭いがするのだ。
周辺に住民がいれば遺体の処理も行われたりするが……もちろん貴重品を奪うために。
壊滅してしまった開拓地跡ではそれも難しい。
とはいえ、先の戦闘からはすでに久しい。
残っていた魔獣たちの遺骸もとっくに朽ちているはずだった。
それが何故。
やがて兵士たちがざわつき始める頃には馬上のシュラハトには『それ』が見えた。
地上に立てられた大きな杭に串刺しにされた巨大な何か。
杭の一本一本が樹齢100年近いような巨木だった。
それが天を衝くように立てられていた。
早贄のようにそこに刺されていた『それ』はドラゴンの死体だった。
シュラハトもドラゴンに詳しいわけではないが、それが幼竜と呼ばれるまだ幼い個体であることは理解できた。
全長15mほどもあるが、それでもドラゴンでは子供なのだ。
いつ殺されたのかは判らないが、すでに腐敗して悪臭を放っているのだからそこそこ時間が経っているはずだ。
それにしても串刺しなのは不可解だった。
投射器で巨大な杭を撃ち出すことはあっても、地面に突き立っているのはおかしい。
考えられるとすれば……。
見せしめだ。
もちろん、何か未知の不思議な宗教か何かの儀式の可能性も否定できないのだが、常識ではありえない。
生贄ならば頭や心臓などを捧げるものだ。
すると何かにアピールしているとしか思えないのだ。
なら、何へ?
あるいは誰へ?
その答えはすぐに判明した。
「ッッ……ギャアアァァッッッッ」
ドラゴンの咆哮は森の木々を震わせた。
成竜のドラゴンが2体、雄たけびを上げるように急降下してきたのだ。
高度10mほどまで降りてくると首を仰け反らせる。
「散開!」
シュラハトは咄嗟に叫んだ。
あれは竜炎の兆候だ。
固まっていると纏めて丸焼きになってしまう。
帝国軍お得意の密集隊形なら一部隊が消滅しかねない。
成竜の吐く炎は凄まじかった。
被害がほとんど出なかったのは訓練の賜物で、察した兵士たちが一斉に伏せたからだった。
炎は人間が立っていた辺りの高さを焼いたが地面に伏せた兵士たちにはギリギリ届かなった。
しかし、平静ではいられなかった。
彼らの多くは戦闘自体が未経験なのだ。
ましてや初めて目にするドラゴンは伝説の魔物でしかなかった。
兵士たちは標準装備になりつつあったマスケット銃を構え、散発的に発砲し始めた。
恐ろしいのだ。
恐怖がトリガーを引かせた。
だが……球形の弾丸はドラゴンの硬い鱗に容易く弾かれてしまう。
その光景は更なる恐怖を呼んだ。
兵士たちは恐慌状態になろうとしていた。
「ちきしょうが」
シュラハトは背中の大剣を抜いた。
士気が崩壊しかけた兵士に命令しても無駄だ。
指揮官が雄姿を見せて奮い立たせるしかない。
時代や洋の東西を問わず戦争で戦闘指揮官の戦死が多いのはそのためだ。
臆病な指揮官だったらすぐに部隊は散り散りになる。
大剣が一閃した。
地上近くまで降りて来た1体の脚に当たった。
ドラゴンの血が飛んだ。
深手を負わせたわけではないが、確かにドラゴンの鱗を切り裂いて肉体まで届いたのだ。
シュラハトの技量もさる事ながら……。
「さっすがトエの業物だぜ」
シュラハトはにやりと笑う。
多島海のテリリンカのテリューが持っていたものと同じ、刃物の国で有名なトエで鍛えた剣なのだ。
鉄を千回折って鍛えると謂われるだけあってかミスリルの剣にも劣らない。
むしろどこか妖気のようなモノさえ纏うような魔剣に近い代物だ。
とはいえ、目標が大きすぎて足を狙うのが精一杯だ。
しかも相手は飛ぶことが出来るのだ。
地上近くに下りて来た時にのみ攻撃のチャンスがある。
こちらも飛べなければ圧倒的に不利なことには変わらない。
「狙撃兵!構え!」
シュラハトの後方で叫び声が上がった。
あの、ぶしゃぶしゃっとした無様な声の持ち主は……。
賢者だった。
小太りの体が不思議な踊りを踊っていた。
少なくともそう見えた。
「装填!構え!狙え!……頭だ!」
狙撃兵は狙撃兵とは違う。
軍制改革で新しい編成を行った男爵軍は25人で1つの班を構成して、その中でも射撃の優れた兵士を数人選び前衛としている。
班より少し単独で先行して戦うのが役目だ。
後に散兵戦闘を行うようにするための前段階として賢者が考案したものだった。
彼らにはさらに優先的に新型の銃が与えられていた。
後装式ライフル銃である。
弾丸や火薬を銃口から込めるのではなく銃身の後部を閉鎖器とした遊底式だった。
尻栓は元々強度上の理由で鍛造ネジが使われていたのだが、ネジであるからこそ半回転させることで薬室を開いて、そこに弾丸と装薬を込めるのだ。
装填したら今度は逆回転させれば元のように閉鎖される。
ネジであることを利用すれば当然考えつくことだったろう。
そして、一品ものであるからこそなんとかなったライフリングである。
ライフリングは理屈的には大したことではない。
弾丸を回転させることでジャイロ効果によって直進性を高める機能だ。
ジャイロ効果とは外部要因が無ければ自転を続ける状態のことで、自転車が転ばない理由でもある。
昭和時代に生きて来た賢者は文系であるにもかかわらず知育玩具の地球ゴマでお馴染みだ。
逆に沙那だと学術的な知識になってしまうものだ。
また弾丸も工夫されていた。
ジャイロ効果を効率的にするために弾丸は潰した独楽のような……ドングリと言った方が良いだろうか、近代的な銃弾に似た形状をしていた。
先端が尖っており、後ろに行くほど広がっていく形状だ。
球形弾丸だと銃身との隙間から発射ガスが漏れてしまって威力が減衰してしまうが、ドングリ状の弾丸はライフリングの螺旋状にめり込みながら進むため、発射ガスのエネルギーを効率よく受け止めて推進する。
つまり、発射エネルギーを多く受けて、ジャイロ効果で直進性を維持するわけで、それは射程を大きく延伸するとともに威力も倍増した。
かなり未来的な銃になったといえた。
もっとも欠点は少なくない。
まずはライフリングは構造は簡単でも作るのは容易ではない。
軽量化のために銃身を鍛造するとライフリングを削るのが大変な作業である。
銃を制作する上で難しい作業の一つなのだ。
これを行うには様々方法があるのだが、ガイウスが選んだのは成型加工が簡単でなおかつ強度が確保できるミスリルだった。
粘土状態のミスリルでライフリングを切った銃身を作成してドワーフ秘伝の『焼き』をいれて硬化する。
手間が掛からずに確実な方法だ。
問題は希少金属であるミスリルを使うことだった。
それ故に量産が難しく、ごく一部のエリート兵ある狙撃兵にのみ渡されていた。
その効果は絶大だった。
ドラゴンの頭を狙って放たれた高初速の弾丸は頑丈なドラゴンの鱗を食い破ったのだ。
それでもシュラハトの剣と同様に傷をつけたに過ぎない。
だが、放たれた弾丸の一部は鱗に覆われていない数少ない部位である、目に命中したのだ。
「ギョェアアァァァァッッッ」
ドラゴンの悲鳴が上がった。
目論見通りだった。
賢者は敢えて『目を狙え』とは言わなかった。
目標は小さいほど狙いにくい。
ならばそこそこ大きさのある頭を狙って、まぐれ当たりで目を撃ち抜くことを期待したのだった。
「ヨシ!装填!各自、頭に向けて自由発砲!!撃って撃って撃ちまくるでござるっ!」
賢者は現場猫のようにポーズを取りながら叫ぶ。
この男は恐怖を抱かないのか?
シュラハトはこの奇妙な小太りの男を驚きの顔で見つめた。
およそ戦闘には向かない人物のはずだ。
何をもって彼を変えたのだろうか。
賢者は別に人が変ったわけではない。
異世界召喚者たちが様々な活躍をしていく中で……女子中学生だった沙那までもが……自分の存在価値を見せるために頑張っていただけだった。
相手が人間だと恐怖が先にくるのだがドラゴンともなると現実味がなさ過ぎて、却って恐怖を感じないものだった。
彼にとっては光の国から来た宇宙人が戦う怪獣の、着ぐるみみたいなものだった。
イベントの怪獣にドロップキックする子供の心情に近い。
まさに『ザ・昭和』なのだ。
「くぅ~~~~っ!次は良く引き付けてから撃てと言いたいでござるが、ここは情け無用ファイヤー!でござるよぉ!」
それから数射すると悲鳴を上げてドラゴンたちが引き上げていった。
2体とも片目を失い、戦意を失ったのだ。
あわや部隊全滅の危機を救った賢者をシュラハトは見直した気持ちで見つめた。
「しかし……これはヴラド串刺し公のようでござるなあ」
「……誰だそれは?」
「拙者の世界では有名な歴史上の人物でござるよ。敵を串刺しにして見せしめにすることから吸血鬼のモデルとも謂われておるでござる」
賢者は拙い知識を披露した。
正確にはドラキュラのモデルである。
ドラキュラとはドラクール……ドラゴンの子供というような意味である。
吸血鬼という意味では間違ってはいないだろうが。
「見せしめ……か」
シュラハトは呟いた。
「間違ってはいないかも知れないな」
「誰が、誰に対してでござろうか?」
「……知るか」
シュラハトは心の中で上がったばかりの賢者の評価をやっぱり下げた。
●S-2:男爵領/飛行船発着場
「ドラゴンが串刺しに!?」
エルフの少年ルゥが驚きの声を上げた。
シュラハトからの連絡を受けたエルフたちは動揺していた。
幼竜とはいえ、ドラゴンと戦える生物はそうはないない。
戦闘力という点でならあらゆる生物の頂点の存在がドラゴンなのだ。
「なら……空島の船のどれかでしょうか」
アイリが首を傾げながら言った。
確かに空島世界のエルフの戦闘用飛行船ならば幼竜程度は撃墜するのは難しくはない。
しかし、串刺し?
そんな習慣はエルフにはない。
「人族の仕業でもないなら……何を目的に……」
「見せしめとか生贄というような意味ではないかという推測もありましたが……」
アイリはそう答えるが自信はない。
細長いエルフの耳が心なしか垂れている。
「見せしめかあ。人族に対してなら同じ人族を使うだろうと思うけど……」
ルゥはその透き通るような眼で空を見上げた。
「何から見てもっとも効果的かって……あっ!」
「どうしました?」
アイリが少年を見詰める。
「これって、ドラゴンに対してのじゃないかな?」
「え」
「数が多くはないドラゴンに対してなら、これほどはない脅しになってない?」
「……幼竜を他にも抑えているなら、あるいは……」
「急ごう!これはエルフとドラゴンを争わせようと第三者の行動かも知れない」
ルゥは背筋を伸ばした。
「もしくは……エルフ内部の急進派の仕業か」
「……あり得なくはなさそうですね」
アイリはすぐさまエーギル号の発進準備に取り掛かった。
通信手段がないこの世界では飛行船が最も速いのだ。
ただ、ルゥたちの予測は少し間違っていた。
ドラゴンへの見せしめというのは間違ってはいない。
その目的が問題だったのだ。
●S-3:蛮族領/サッサバル城
「死体は置いてきたか」
「はっ」
伯爵はダークエルフのイオに向かって僅かに微笑んだ。
「連中、これで人族あるいはエルフ……もしくは人族とエルフが共謀したと思い込むでしょう」
イオは追従笑いをした。
「怒り狂ったドラゴンどもが人里や空島に襲い掛かるだろうな」
「御意で」
「潰しあえば良い」
伯爵は幼竜虐殺の罪を人族に擦り付けようというのだった。
人族にその力が無いとなったら次に疑われるのはエルフだ。
最終的に誰が勝ち残るのかはどうでも良かった。
千年前の戦いで人族に手を貸したエルフもドラゴンも殺しあえば良い。
数の少ないドラゴンはもとよりもエルフの空島も壊滅的な被害を受けるだろう。
かつての復讐であるとともに、助けの無くなった人族を制圧するのは難しくはない。
「人を踊らせる計略というのはこうするものだよ。人族の坊や」
伯爵は見たこともないイストの顔を思い浮かべた。




