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第7章 空島世界 6~できるかな?発明おじさん

第7章 空島世界 6~できるかな?発明おじさん


●S-1:アレキサンダー男爵領/城下町


 偶然とも事故ともいえるが変わった男……異世界召喚者(ワタリ)と思われる人間を拾った沙那は仲間と一緒に、その男性を町に案内していた。

「ここがボクたちの町だよー」

 沙那の足元にはいつものようにぺんぎんたちがぴょこぴょこ跳ねている。

 人形が自立行動していることにも驚いたが、髪の毛はおろか生足丸出しのミニスカートや腕を出していることにもラベルには抵抗があった。

 はしたない。

 とはいえ外国人で異教徒とすれば致し方ないのかもしれない。

 それよりもヒンカと名乗る少女から軽く説明された内容の方が納得がいかなかった。

 ──異世界。

 その言葉自体が理解できない。


 納得はできないが説得力のある風景ではあった。

 怪物たちばかりの場所にいたのだが……ここは町並みからして違う。

 人間ばかりでホッとしたのも確かだ。

 ただ、行きかう人々は白人が圧倒的に多い。

 もちろんラベルとて遺伝的にヨーロッパ人に近いのだが、祖国はもう少し色んな人種が入り混じっていたはずだ。


 なにより、建物の多くはとても古い映像にあった革命前の邪悪な皇帝が治めていた時代に近い様式だった。

 隣国との血で血を洗う戦争によるミサイル空爆によって、無残に破壊された痕跡も見えない。

 タイムスリップでもしたという方がまだしも理解しやすい風景だったが、建国2500年記念タワーの姿もない。

 

 不思議なことに、沙那ほどではないにしろ女性が肌を見せている。

 皇帝がいた時代はヨーロッパと同様のファッションが幅を利かせていたらしかったが。

 顔を出しているだけでも違法な世界が彼の祖国だった。

 違和感というよりも外国に来たような印象だった。

 それはどこかヨーロッパの田舎の町並みのようにも見えた。

 

 そしてガス灯。

 これこそが最も馴染みのない物だ。

 電線が一つもない。

 そもそも電気を感じるものが何一つない。

 近代的なようで古臭い。

 ガラスもあることはあるがとても少ない。

 銃撃や爆弾で割られることを恐れて使っていないようにも見えない。

 とにかくどこか懐かしいようで、それでいて違和感をあちこちに感じる。

 近隣国にこんな町があっただろうか?


 何より、自動車やオートバイを一切見ない。

 幾ら庶民が豊かではないといってもこれはおかしい。

 どんな田舎にも機械力は必要で、例え埃を被ったボロボロの物でも何かは走っているものだ。

 そして、街角に並ぶ屋台も気になる。

 主に料理が売られているようだったが、肉をよく見かけた。

「……あれは死んでいる肉ではないだろうな?」

 ラベルが気になるのはそこだ。


「え?みんな死んでるからお肉なんじゃー?」

 沙那が首を傾げる。

「彼はハラールかどうかを気にしているのじゃよ」

 ヒンカが答えた。

「なにそれー?」

「沙那の世界が妾と全く同じという確信はないのじゃが、あれじゃよ。彼は中東(ミドルイースト)の民なのじゃと思う」

「ちゅーとー?えーっと、アラブ人ってことー?」

「こらあああー!」

 ヒンカは慌てて沙那の口をふさいだ。

 もごもごもご。

「ルシエとマーチスの話で想像ができたんじゃが、おそらくはペルシア人なのじゃよ」

「へ?何が違うのさー?」

「民族も言葉も違うんじゃよ」


 沙那が判らないのは不思議ではない。

 日本の義務教育では中東や中央アジアについての歴史はほとんど学ばないからだ。

 メオポタミア文明くらいで終わっている人がとても多い。

 そこから先は歴史マニア向けになってしまうものだ。

 もっとも沙那に限らず多くの人がその程度の認識なのではあるのだが。

 沙那は理系寄りなので尚更判らない。


「ただ、どのくらいの時代から来たかは判らぬな……」

 ヒンカは少し考えて訊いてみることにした。

「おい。おぬし。男よ」

「ラベルと呼べ」

「ラベル?まあそういう事にしておこう。おぬしの国に『シャー』はいるのか?」

「いない」

「民衆に追われて逃げたのか?死んだのか?どっちじゃ?」

「異教徒たちの元へ逃げた」

 ヒンカは頷いた。

「なるほどな」

「なによーう!何の話ー!」

 沙那が腕を振り回して膨れていた。


「なあに。妾がギリギリ知っている時代くらいの人間ということを確認したのじゃ」

「意味わからなーい!」

「ラベルの国では革命が起きて皇帝が追放されたんじゃよ。それ以降ということは……沙那の時代に近い人物なんじゃろうな」

「ますます判らなーい!」


 ラベルの祖国で革命が起きたのは沙那が生まれる遥か前の事なのだ。

 歴史年表でも見過ごしてしまうような話だった。

 日本は無関係ではない大事件だったのであるが、今では年表で見るだけの事件でしかない。

 沙那だと『色を取り戻せ』という女性運動が起きている地域というくらいは薄っすらと知っていたが、それは宗教的なものだという思い込みがある。

 歴史的にかつては豊かな文化が花開いていたことを知らない。

 

「ラベルさんの国はそれ以降、様々な戦乱を経て大変なことになったのデスヨ」

 マーチスが補足した。

 かなり大雑把だが仕方がない。

 ことは宗教だけではなく、様々な外国の介入などもあったのだ。

 何よりヒンカの祖国アメリカはラベルにとっては不倶戴天の敵国でもある。


「それよりこちらの方が説明を聞きたい。ここはどこなんだ?」

 ラベルが訊いた。 

 コックニー混じりの英語だった。

 沙那にはかなり聞き取りにくい。

 コックニーはいわゆる下町言葉で日本で言えば『べらんめえ調』のようなものだが、その独特の発音は日本人には分かり難い。

 英国英語クイーンズ・イングリッシュではないことにヒンカは違和感を感じたが、苦労して生きて来たからなのだろうと納得した。


「アレキサンダー男爵領だよー」

「何!?」

「アレキサンダー。ほら、さっきの垂れ目のお兄さんが、何とかかんとかアレキサンダーって名前でねー」

「さにゃちゃん。クロの名前くらい憶えてあげてよお」

 さすがにマリエッラも笑うしかない。

「イスカンダル……双角王(ズルカルナイン)?」

 ラベルの目の色が変わった。

「イス……なあに?」


「アレキサンダー・ロマンスじゃよ。沙那は知らぬのか」

 ヒンカはほぼ確信していたので驚かない。

「アレキサンドロス大王の中東での呼び名じゃ。解説したら長くなるのでせぬが、神話的な王様の事じゃ」

「へええ」

「あちこちに美化された伝説がたくさん残っておる」

「それでそれでー?」

「なので地名や人名にもよく使われるんじゃ」

「へー」

「その何とかいう王様がクロと同じ名前なのお?」

「まあの」

「だから怪物がいたのか!?」

 ラベルが目を見開いた。

 アレキサンドロス大王はあることないこと無数の伝説があるのだが怪物退治の話もある。


 ラベルはこの時点では異世界とはっきり認識していなかった。

 沙那のように夢の中と思い込んでいることとは違う。

 物語にあるような神話か何かの世界なのか、あるいはタイムスリップした世界と疑っていた。

 異世界にしては自分の知る世界との共通点がありすぎるからだ。

 怪物の町があったことを除けば。

 荒唐無稽な話だが、論理的に考えて異世界は考えにくい。


「それよりも、お主はこの世界に召喚されて今までどこにおったんじゃ?」

「何処と訊かれても判らない。化け物がいっぱいいた。人間はいなかった」

 それしかラベルには答えられない。

 気が付いたら蛮族領にいて、捕まって奴隷にされたのだから。

 サッサバルという町の名前すら知らなかったのだ。

「うーむ。……大抵はどこかの王城や神殿だったりするものなのじゃが……」

「もしかしてだけどお……」

 マリエッラが口を挟んだ。

 異世界召喚者(ワタリ)である沙那たちよりも彼女の方がこの世界には明るい。

「それって……蛮族領なんじゃないのお?」

「なんと」

「ばんぞくりょーってなーにー?」


「沙那のいう『お化け』がいっぱい住んでいる地域のことじゃよ」

「えー!?」

 蛮族領はこの世界の常識である。

 帝国外縁部から外には人族と相容れない蛮族と呼ばれる魔族や怪物のテリトリーがあった。

 ときおり境界を越えて侵入してくることはあるが概ね平穏ではある。

 それでも恐怖の対象として人族には畏れられていた。


「滅多にあることではないが、人族が捕らえられることがないわけではないのじゃ」

「ふーん。捕まえてどーするんだろー?」

「そんなことは決まっておる」

 ヒンカは事も無げに言った。

「食べるためじゃ」

「食べっ!?」

「そうじゃよ。なんでも一部のお化けにはご馳走らしいのじゃ」

「……おえー……」

 沙那は思わず想像して吐きそうになった。



「電気が無い時代なのだな」

 ラベルは確認するように訊いた。

 時代が古代ならありうるだろう。

「電気ー?発電はしてるけど……使い道がなくてー……」

 沙那がポケットから動かなくなったスマホを取り出して見せた。

携帯電話(モバイルホン)だと!?」

 

 まさにラベルの想像した仮説が粉砕された瞬間だった。

 スマホは完全に彼のいた時代のものだ。

 時代がどうこうという仮説は成り立たない。

「これに充電できればねー」

「……充電できたら使えるのか?」

「どーかなー?バッテリー切れる前も圏外だったしー」

 ボケボケな沙那を尻目にラベルは脳をフル回転させていた。


「プラグは……ないからだな。なら発電はどこで行ってる?」

「あそこー」

 沙那が指さした先は水車小屋だった。

 以前より電気があればと水車や風車にコイルと磁石を設置して、発電は行っていた。

 ただし、判ったことは小さな電球にぼんやりした光を灯すことだけだった。

「ふ……ん……」

 ラベルは耳を澄ました。

 

 モスキート音に近い甲高い回転音が微かにする。

 20代くらいから聞き取りにくくなるという2万ヘルツを超える音だったが、ラベルには聞き取れる。

 特別に耳が良いというわけではなく、聞こえる周波数帯が広いのだろう。

「なるほど。モーター音みたいだな」

 初歩的な発電機はとても構造が単純である。

 電気モーターだからだ。

 電気を流せば回転するのがモーターなrば、モーターの軸を回せば電気が発生するのが発電機なのである。


「地方の寒村に電気を引くには水力発電機をつかったりするからな」

 ラベルは何度も見たことがある。 

 先進国という名の連中が国際協力と称して行う事業の一つにもあった。

 問題は多い。

 すぐに盗まれてしまうのだ。

 その度に治安がどうこう教育がどうこうと非難されるが、そもそもそこまでしなければならないほどの貧しい状態にされたからだった。

 そういった偽善にラベルは怒りを持っていた。

 だから戦い続けていたのだ。

 とはいえ……。

 冷静さを失ってはいけない。

 冷静に事態を確認するべきだった。


「電線を繋いでもー充電できないのー」

「直接か?」

「うんー。ライトニングケーブルがないからー」

「……良く壊れなかったな」

 ラベルは沙那のボケっぷりに小さく噴き出してしまった。

 なんだろう。

 白人ではないせいだからだろうか?

 沙那には人を安心させるなにかを感じた。


「水車モーターで発電しただけなら直流電気だからバッテリーで動く製品には使えるはずだが……ああ、インバーター内臓じゃないんだな」

 一般的な小型発電機には初めから逆変換器(インバーター)が内蔵されていて、家電製品をすぐに使うことが出来る。

「いや。そもそも……水車を見せてくれ」

 ラベルはそう言って水車小屋に近づく。

 中に人はいない。

 製粉用の水車小屋なら常時誰かはいるのだが、実験的な発電用の小屋はほとんど放置されていたからだ。

 ラベルは中に入ると、嘆息した。


「これは子供のおもちゃだな」

 まさに発電しかできないものだった。

 義務教育課程で豆電球を光らせる実験にでも使いそうな代物だった。

「これではそもそも電流が安定しない。逆変換器(インバーター)順変換器(コンバーター)もだが、変圧器(トランスフォーマー)もあった方が良いな」

「トラン……ス…フォーマーってロボットが変形するやつー?」

「違いまスヨ。アレです。沙那さんが良く見る電柱についている樽みたいなものデスヨ」

「あー、あれー?」

「でも、そんなもの作れるんですかネエ」

「難しくはない」

 ラベルは言い切った。


「コンデンサが必要になるが構造は単純だ。小さくするのは難しいが」

「コン……?」

 沙那とヒンカは顔をを見合わせた。

 コンデンサと言ったら電気回路に使われる部品というくらいしか知らないのだ。

「ガラス瓶があれば何とかできる。山奥じゃよくやったことだ」

「へ?」

「俺は爆発物の扱いも得意だから」

 ラベルは物騒なことを言いだした。


「お主……どういう仕事をしていたんじゃ?」

「仕事?……表の仕事は町工場の職人だ」

 ラベルがいう町工場は大企業の下請けという意味のものではない。

 町の何でも修理屋さんに近い。

 自動車だろうが家電製品だろうが何でも整備や修理を行うのだ。

 経済封鎖されている国には良くあることだが、生活に必要な機械さえも購入することが難しいのだ。

 修理して騙し騙し動かさなくてはならないことが少なくない。

 エアコンでもファミコンでも武器だってどんとこい。

 そういう仕事なのだった。 

 

「お……表ってゆったー」

 ひそひそ。 

 沙那が眉を顰めてヒンカに話しかける。

「うむ。裏はなんじゃろうな……」

「ギャングとかマフィアとか……?」

「油断ならぬ奴じゃな……」


 沙那とヒンカの疑念はまさ優しいものだった。

 ラベルはマフィアよりも危険だった。

 国政指名手配されるようなバリバリのテロリストだったからだ。



 しかし、ラベルこそが義務教育レベルでしかない沙那たちの知識を補完する存在になっていくのだった。

 そして、だからこそ突き当たる科学の限界を知ることにも。

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