第7章 空島世界 3~お土産いっぱい
第7章 空島世界 3~お土産いっぱい
●S-1:空中都市ライラナー/軍港ドック
「クロちゃん、それなーに?」
直径1mほどもある球体を背負っているクローリーに沙那が声をかけた。
その姿があまりに異様だったからだ。
まるで国民的アニメに登場する泥棒のような格好だったのだ。
さしずめ声はW本さんだろうか。
「貰ったっスー」
クローリーは事も無げに言ったが、何やら疑わしい気もした。
「うそー。盗んだんでしょー」
「ちげーっ。ちゃんとアイリさんから許可貰ったっスよ」
「……ふぅぅぅん?」
「いや。マジっスから」
クローリーが床に荷物をごろりと下ろした。
沙那がじろじろ眺めてみるが、サッパリ判らない。
強いて言えば何かの機械らしいとだけ。
「魔素回収機っていうんス」
「……なにそれ?」
沙那がジト目で訊いた。
まだ疑っているらしい。
「空気中の魔素を集める機械っス。それの小さいやつをもらったんスよ」
「……なんの役に立つの?」
「あー……」
「さにゃはこの世界に魔法があることはもう理解してるっスな?」
「なんとなく……」
「魔法を使うには色んな構成要素が必要なんスが……それを発動させるのに魔素が必要なんス」
そう言ってクローリーは魔法の杖……といってもドラムのスティックようなモノにしか見えない魔小杖を懐から取り出して見せた。
「こういう杖も魔素を集めて発動させる物なんスが……この機械に比べれば規模がとても小さいものなんス」
「ふぅ~ん。で、それが大きくなると良いことあるのー?」
「そりゃあ……」
クローリーはじゃらじゃらと魔小杖を幾つも取り出した。
「普通だと1回に1本しか発動できないんスが、これが何十本分も一気に発動出来たら凄いっしょ?」
「あー!」
「緊急時のためにウチに置かせてくれと頼んだら貰えたんスが……魔術師の素養が無くても魔法を発動させることが出来ないかなって考えたんスよ」
「なあんだ。爆発魔法を連射するためかと思ってたー」
沙那が肩を竦めてみせた。
「ちげー」
「具体的には何に使うのさー」
「あ?今も街中に街灯はあるっスが、さにゃたちが知るモノより大分暗いって言ってたっしょ?」
「うん」
「これでより明るい魔法の光をばらまくこともできるかもしれねーんス」
「おー!平和利用!」
沙那がぽむっと手を叩く。
「まー。悪用もできそうっスがー……最初はオレの野望通りに国を豊かにすることが最優先っスよ」
クローリーはそういう男だった。
それが最大の欠点でもあるのだが……。
「お前も何か手に入れてきておるな?」
ヒンカがルシエの肩掛け鞄を指さした。
さすがにクローリーのように大荷物ではない。
いつでも身軽に動けるようにしているのだ。
「ああ。温度計、気圧計、湿度計……色々。計測器がほとんどだ」
ルシエは言葉が少ない。
必要を感じなければほとんど発言をしないのだ。
「盗んだものもある」
そのルシエが珍しく笑った。
ちょっと悪い笑顔だ。
「なんじゃと?」
「エルフの持ってる地図と航路図。ついでにレーザー測距儀のような何かとか」
「お、おい?」
ルシエは空港に係留されている飛行船に視線を向ける。
「マーチスたちが何やら悪巧みをしているようだから」
「む?」
「あいつらは飛行船を作るつもりだと思う」
「お、おおお!?」
「それが完成したら、どうなると思う?」
ヒンカが眉を顰める。
ルシエが何を言いたいのかが判りかねていた。
「船を動かせる人間が必要なはず」
「ほう……お……?」
「私が必要になるだろうから」
ヒンカは腕を組んで考える。
すぐには思いつかなったが……。
「数学か!そういうことじゃな?」
「ご明察」
ルシエが微笑んだ。
もちろん彼女自身も飛行船に興味はある。
空を飛ぶにしろ海を航海するのも大事な技術がある。
位置を把握することと航路を定めることだ。
学歴が低くとも船乗りには必須なのが数学だった。
もっとも初歩的な三角関数ですら文系出身者だと名前だけ知ってるレベルであることが多い。
沙那は理系寄りの中学生だったが、日本の教育システムでは三角関数は高校一年生以上で学習するものだった。
賢者はもちろん理解できてない可能性が高く、マーチスは『?』である。
マーチスの経歴が不明な部分が多いからだったが、宛にし過ぎないようにということなのだろう。
すると……消去法的に航海士であるルシエにお鉢が回ってくる可能性が高い。
「実用化されたら後継者教育も必要になるから集められるデータは集めておきたい」
「考えておるんじゃな……といいたいところじゃが」
ヒンカは大きく溜息を吐いた。
「あやつらに染まりすぎてはおらんか?」
ルシエはその質問に微笑みだけ返した。
●S-2:空中都市ライラナー/カフェテリア
「やってますね」
ルゥは口につけていたカップを下ろした。
眼下には軍港の様子が良く見えた。
軍港といっても見えてはいけないところだけ隠してはあるが、どうでも良い部分は開けっぴろげである。
やたらと何でも隠したがるのは自衛隊くらいだ。
ルゥの視界には軍港をあちらこちら歩き……あるいは走り回るクローリーたちの姿があった。
彼は地上人との交流やある程度の技術移転には前向きだった。
いや。
クローリーたちには、というべきだろう。
彼が見た地上人であるクローリーたちは、聞いていた地上人のイメージとはだいぶ違っていた。
未開で野蛮な下等種族ではなかった。
むしろ理性的に見えた。
なによりも男爵領の風景は近代的に発展しようとしている瑞々しい雰囲気だったのだ。
通貨がある。などという低いレベルの話ではない。
すぐに気が付いた。
間違いなく資本革命を狙って設定してある、と。
貨幣経済はただそれだけではごくありふれたものである。
それ自体で大発明と考えていたら先はない。
そして、それをすでに理解しているように為替や先物取引まで行われていた。
帝国内の周囲の様子と比べると経済的に遥か先を行こうとしているのが判った。
おそらくは異世界召喚者の入れ知恵なのだろう。
しかし、それを説明されても理解できるクローリーたちの方に驚いていた。
間違いない。
余剰資本があちこちに流入すれば爆発的に経済活動は拡大して、資本革命が起きる。
そして、すでに男爵債という国債が始まっていた。
国債は国の借金ではない。
高度な経済では銀行間取引には国債が用いられるため大きく影響する。
金利の上げ下げ、国債の増発縮小など……巨大化した経済をコントロールする手段まで準備されているのだ。
数十年あるいはそれよりも先まで見据えた政治だった。
とても野蛮な未開人では理解も受け入れもできないはずだ。
それを始めているということは、エルフのような世界に追いつくことも夢ではない。
話し合いや交渉が可能になる可能性を秘めている。
ならば後押しして、さっさと窓口を作っておくべきだと考えていた。
ハウプトマンも近い考えに行きあたったからこその、連絡窓口を作ることを命令したのだろう。
閉鎖されたエルフの空中世界が変わることになる可能性も否定できない。
ルゥは時代が変わる空気を感じていたのかも知れなかった。
「どのくらい変わるのか……」
ルゥはもう一つ、ドラゴンとのトラブルを解消するための交渉の第三者としての期待をクローリーたちにしていた。
交渉は仲裁役がいる方が進みやすいのだ。
●S-3:空中都市ライラナー/空中港
いよいよクローリーたちが地上へ帰還する……表向きは強制送還される日が来た。
何やら荷物を担いでエーギル号に乗り込んでいく地上人たちを港内で作業するエルフたちが不思議そうに眺めていた。
中でもやたら大荷物なガイウスの姿は目立っていた。
彼はドワーフである。
エルフたちの伝説や記録の中にも登場する背の低いがっしりした種族。
地上に残ることを選び、エルフと決別した種族。
本来ならエルフと共に空中世界にいてもおかしくなかった存在なのだった。
そのドワーフがまた地上に帰っていく。
ただ、その様子は空中世界に到着したころのしょぼくれた姿とは異なって、胸を張った堂々としたものだった。
「うわ。デカい荷物っスなー」
クローリーがガイウスと一緒に台車で運ばれてくるモノを見て目を丸くした。
何なのかさっぱり想像もつかない。
「……溶接機か。造船用の」
ルシエも目を丸くしていた。
「切断機もあるようじゃな。サーピン加工もできそうな……どうやって手に入れたんじゃ?」
「緊急用の飛行船の応急修理の必要工具として貰ったぞい」
「あげてない!貸し出しただけだ!」
アイリがガイウスを睨む。
「ケチケチしなさんな。いっぱいあるじゃろ?」
ガイウスがホッホと笑った。
「これ、電力とかはどうするんですカネエ」
マーチスも興味津々で覗き込む。
「魔素とかいうもので動くらしいぞ」
「ホー」
「魔素はクローリーに言えば良いらしい」
「あー。あの魔素集め機デスナ?」
「そうだ」
「便利すぎますネエ。魔素」
「動力源として便利極まりないでござるな」
「これは電気どころか石油すら不要になってしまいますネエ……」
「だめーっ!」
これは沙那だ。
「石油が無いと作れない物いっぱいあるからねー!」
「どんなものがあるんス?」
「ぱんつー!!」
「ああ。化学繊維もですが、レーヨンにも必要になりマスナ」
「何スか?それ」
「シルクに似た繊維素材でスヨ。赤ちゃんの肌着とかにも良いのデスガ……」
「ほう。さにゃは赤ちゃんぱんつが好みなんスか?」
「ちがーうっ!」
「まったく。騒がしいやつらだ」
シュラハトが呆れたように言ったが、顔は笑っていた。
彼だけは特にお土産を持つでもなくいつもの大剣を肩に掛けているだけだ。
「一緒に混ざってきたらあ?」
「冗談だろ」
にべもない返事のようだったが悪意はない。
「俺には別にやることがあるのさ」
「ふうん?」
マリエッラが小首を傾げた。
「どんな?」
「あいつらが興味を持たないことさ」
増々判らないという顔をしたマリエッラだったが、すぐに何かに気付いた。
「そっかあ。軍事面ね?」
シュラハトは口角を上げることで応えた。
「そういうことだ」
クローリーもだが、沙那たち異世界召喚者たちは軍事に関しては無頓着だった。
それをシュラハトは心配していた。
技術の向上や経済の活性化は領地を豊かにした。
それ自体は問題ない。
問題があるのは……帝国という世界の構造だった。
帝国国内は極一部を除いて常に食料不足や貧困に喘いでいた。
だからこそ同じ帝国内で領主同士の争いが絶えず、食料や物資の奪い合いが常態化しているのだ。
シュラハトはその最前線にいた経験から身をもって知っている。
豊かになった領地は近隣の領主にとって略奪の対象として絶好の目標になるのだ。
なのにクローリーはあまり国防という軍事に関しては頓着していなかった。
これは大変危険だといえた。
先の辺境紛争で既存の兵力の多くを失ってしまったというのに、具体的な再建は行われていなかった。
最低限の領地を守備する兵力は欲しかったし、可能なら戦争を躊躇させるくらいの威勢は必要だと考えていた。
相手に攻撃を行う意思を持たせないのは大事である。
|汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ《シ・ウィス・パケム・パラ・ベルム》は帝国世界の古代の警句でもあった。
軍備が無いと蹂躙されるという悲しい歴史がその言葉を今に伝えている。
「ま。戦争の準備は俺が率先しなきゃならねえだろうさ」
大きな戦に関しては彼が誰よりも詳しいのだ。
「そうねえ」
「戻ったら何もなくなってたっていうのは御免だしな」
シュラハトの脳内には徴兵に頼らない常備軍の構想があった。
経済的に優位だからこそ可能な方法だ。
専門教育がされた戦闘員は多少の兵力差があってもどうにかなるだろう。
それに精兵ばかりという印象を与えることで攻略が容易ではないと周囲に思わせるだけでも十分な抑止力になると考えていた。
「ただ、まあ。連中の知恵を借りる必要はあるがな」
銃を始めとして彼らがそれまで知らなかった新しい武器があるのだから戦い方も変わるだろう。
従来の常識だけで推し進める気はシュラハトにはなかった。




