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1章 エルフ?な不思議少女~8 アレキサンダー男爵領

まだまだ本筋が始まらない……デス

8 アレキサンダー男爵領


 華美ではないが清潔に手入れされた部屋。

 逆光に照らされた人影があった。

「エドアード様が領内にご到着とのことです」

 若いメイドが報告した。

 身綺麗な、そして不思議と存在感を感じさせない女性だった。

「そうですか。ならばお出迎えの準備を」

 こちらも若い男だった。

 年は20を超えていないように見える。少年といって良い。

 なのに恐ろしいほど落ち着いた雰囲気を纏っている。

 彫刻というよりは絵画に描かれる少年神か天使のように美しく、そしてどこか怜悧な印象を与えた。

「それと……エムレインからの使者が着ています」

「……イスト卿ですか。気の多い御方だ」

 男は笑った。

「……気が多い?」

「あ。ええ。……彼は策謀家ですからね。私も人のことは言えませんが」

「リシャル様……」

「さて。執事らしいふりをしましょうか」

 リシャルと呼ばれた男は襟元を正した。

「兄上をお迎えに行きますよ」



「……連絡はつきましたかねえ」

 豪奢な馬車の中でイストは含み笑いをした。

 指先で愛用の杖の装飾リングを弄り回す。

 彼は確かにリシャルの考えるとおりに策謀家であった。

 近隣の領主やその周辺への工作を怠らない。

 自分より遥かに格下であるクローリーに対して含むところがあったわけではないが、彼の弟であるリシャルがイストと同種の人間だと推測していた。

 いずれはクローリーを追い落として実権を握るだろう、と。

 その時の布石でもあり、もしもクローリーと対決することになった場合に背後から支援してくれれば充分だった。

 各地に不穏の種をばら撒いておき、後で収穫するときに最大の成果を得られるように準備しているのだ。

「不良品のエルフに、騎士崩れ……落第神官と。警戒すべき点は全くないが」

 イストに不安はない。

 ただ一つ。論理的な思考を求めらざれる魔術師であるにも関わらず、不条理な行動をとり続けるクローリーに若干の興味があるのだった。   



「アレキサンダー男爵領・・・?」

 変な名前ーと、沙那がぼやいた。

「そんなに変っスか?」

「だってー、普通は家名で呼ぶんじゃないのー?地域名とかー?アレキサンダーってファーストネームだよね?」

「ぷっ」

 沙那の隣でマリエッラが噴き出した。

「たしかにそうねぇ」

「しかたねーっスよ。家名がアレキサンダーなんスから」

「へんなのー!」

「嬢ちゃん。それは仕方ねえのさ」

 シュラハトも笑いながら口を出した。

「初代の領主がアレキサンダーってやつでな。名前だけで家名を持たないやつだったのさ。ところが貴族になっても家名を決めないものだから『ここはアレキサンダーさんの土地』っていう呼び方が定着しちゃってな。結局のところ本人の名前もアレキサンダーさんの土地のアレキサンダーさんってことで、アレキサンダー・アレキサンダーっていうふざけた名前になったんだそうだ」

「雑っ!?ダサっ!!」

「だよなあ」

 シュラハトが豪快に笑った。

「で、今の領主はエドアード・なんとか・アレキサンダーっていうのさ」

「うわっ!めっちゃかっこ悪い!変!変!変ーっ!」

 その間抜けな会話にマリエッラもお腹を抑えて笑い転げていた。

 ただ一人、苦虫を噛み潰したような表情のクローリーを除いて。

「……そんなに変な名前っスかねー」

「もっとカッコ良い名前付ければ良かったと思うよーっ?」

「そっか。………………そうっスか」

 クローリーはしょんぼりした。

 シュラハトとマリエッラはお腹を抱えて笑い転げている。

 そんな様子に紗那は小首を傾げた。

「でも、今度は町があるんでしょ?服とか買えると良いなー。特にぱんつ!」

「まあ、街はあるな」

「田舎の小さな街っスから期待しすぎないようにすると良いっスよ」

「やだ。期待する!……それで、クロちゃん家はどのあたりー?」

 紗那がきょろきょろする。

「あー……それは……」

 領地の入り口で兵士が馬車を止めた。

 関所というのもおこがましいような簡素な詰め所だった。

 兵士たちはクローリーの顔を見ると背筋を伸ばして敬礼した。

 いつもはまじまじと覗き込まれる通行手形もなんのその。

 あっさり通してくれる様子に紗那は少し驚いた。

 


 クローリーたちは馬車を降りて徒歩に切り替えた。

 とはいってもずっと歩き通しになるわけではない。

 小さな渡し船に乗り換えるのだ。

 沙那が見渡すと小さな川や堀が幾つも見えた。

 あちこちに青々としたオリーブの木も見える。

 熊手のような得物を使って実を落としてる農民たちもいた。

「ピザやパスタが恋しくなるねー……」

 沙那的には味のバリエーションの少ない食事に少し飽きてきていたのかも知れない。

 オリーブの花言葉は『平和』。そのためもあってか沙那にはとても長閑な光景に見えた。 

「この地域は元々が湿地帯だったんス。だから川や池を利用して繋ぐ運河があちこちに張り巡らせられてるっス」

 クローリーは沙那に説明した。

「まー、道の代わりに船で移動するってことになるっスな、人も荷物もこれで運ぶッス」

「へー」

「この地域はオリーブがたくさん生えてるんで、実を収穫して運ぶのも船が多いっスなー」

「食べるのー?」

「食べたりもするっスが……油絞って近隣の地域への売り物にもするっスな。夜の灯りとかにも」

「儲かるのー?」

 沙那が首を傾げる。

「まー、売り値は安いっスからなー」

 クローリーがハハハと軽く笑った。

「でも、水がいっぱいで良さそーな所だね」

「それもどーっスっかね?そのまま海に繋がってもいるから便利なことも多いっスが……井戸も塩水が混じっててちょい不便スな」

「じゃあ、大変じゃないのー?飲み水どうするのー?」

「そりゃあしょっぱくないところの水を使ったり、山からはこんできたりっス」

「…………大変そう。ここでもお風呂は絶望的かなー」

「そりゃそうっス。なんで賢者(セージ)も上水道を作ると良いって言ってたっスが……金が尽きて中途半端になってるっスよ」

「まあ、田舎の領主なんてただでさえ貧乏だしねぇ」

マリエッラが微笑む。

「普通なら領民を徴集して無理矢理作業させるところなんだろうけどぉ……ここの領主様はやらないのよぉ。ちゃんと報酬は払わなくちゃいけないって。変わり者よねぇ」

「え?普通は払わないものなのー?」

「そりゃそうよぉ。領民を奴隷扱いするのが普通でしょ。ましてや弱小領主ならなおさら。払うものがないからねぇ」

「えええー?ブラック!」

「ぶら……?」

 沙那の世界では残業代を払わないブラック企業やブラックバイトが社会問題になっていた。

 ニュースでも度々流れていて日本の不景気を象徴していたが、それに似た感じだなと思ったのだ。

「じゃー、ここの領主はホワイトですっごく良い人なんだねー?」

「良い人というよりは変人だな」

 シュラハトがそれに答えた。

「お人好しじゃ領主は務まらないからな。……住んでる方は他よりは良いかもしれないがね」

「んー?んー?それって領主がお金持ちになれれば解決ってことだよねー?」

「お金持ちもなにも借金で首が回らないのが地方の領主なのさ」

 と、シュラハトはクローリーに視線を移す。

「そうっスなー。お金がどかんと儲かる魔法でもあれば良いんスけどな」


 少しして沙那は気づいた。

「……あれ?……あんまりトイレの臭いしないねー」

 紗那が鼻をクンクンしてみせる。

 今まで通ったどの町も村も臭いがきつかった。

 それがここではそれほどではない……全くしないわけではないが。

「そういやそうだな……」

「そうねぇ」

「……下水道のおかげっスかな」

「下水道……?」

「そうっス。前に会ったエルフが教えてくれたっス」

「へー……」

「あいつは雄だったけどな」

 シュラハトはそのエルフの顔を思い浮かべた。

「俺はあいつをあんまり信用できねえんだが」

「なんでー?」

 紗那はシュラハトの後ろから声をかける。

「なんかこう……偉そうな口でな。そのくせ大したことはできねえし……クロがあいつを匿う理由がわからねえよ」

「ふぅん」

「そういうなっス。何年かすると劇的な効果が出るって言ってたっスから。これからってもんスな」

「でも、臭さがないのは良いことだと思うよーっ」

 紗那にとって匂いは最大の関心事と言ってよかった。

 今は柑橘系の果物が手に入るとその匂いでなんとかなったし、オレンジのようなものなら皮を絞って取れる油を瓶に詰めて香水(それ自体が香油とは知らなかったようだが)として使うことができたが。

「そうは言ってもな。工事の費用で大変なことになってるんじゃねえか?」

「……それを言われると辛いっスな。火の車っス」

「なんで、クロちゃんがそういうこというの?」

「あ」

「あー、それはねぇ」

 間もなく町のはずれの大きな邸宅が見えた。

 城ではなく城館だった。

 およそ戦闘用に作られた建物ではないのだ。

 沙那のイメージでは観光用のワイナリーのようだった。

「うそーっ!?あれがクロちゃん家?」

 紗那がこれまで見てきた村の建物とは明らかに違う。

 豪華絢爛というよりも瀟洒な建物だ。

「そーっス」



 船を降りて歩いてきた4人を城館の前に立ったリシャルが一礼した。

 クローリーたちと違ってきちっとした服装だ。

 沙那が初めて見るまともそう……というか紳士の装いだった。

「おかえりなさいませ。エドアード兄様」

 その様子に沙那は目をぱちくりさせる。

 口をぱくぱくさせながらクローリーを見た。

「エド……ねえ。クロちゃんって……もしかして」

 マリエッラはくすくす笑った。

「そ」

「ま、そーいうことっスな……」

「ん……ん?……じゃあ、実はクロちゃんじゃなくて……エドちゃんっていえばいい?」

 沙那が首を右に左に傾げた。

 ハ?テ?ナ?トライテールがぱたぱたと揺れる。

「なんで『ちゃん』付けなんスかね。……クロで良いっスよ」

「そうだな。こいつが自分から当主を投げ出すか、反乱起こされて追い出されるか……どっちにしてもすぐに『ただ』のクロになるだろうぜ」

 シュラハトも笑う。

「む?どゆこと?」

「どゆことって……そのままの意味さ。アレキサンダー男爵エドアード卿ってやつさ」

「………………えええええええええええっ!?」

「あれ?気が付かなかったぁ?」

 沙那は目の前にいる垂れ目のにやけた青年の顔をじっと見つめた。

「……チェンジ!」

「……意味わかんねーっス」


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