第6章 エルフの船 2~落ちてきたシロナガスクジラ
第6章 エルフの船 2~落ちてきたシロナガスクジラ
●S-1 男爵領:城下町
最初は音だった。
甲高い金属音があたりに響いた。
うん。これ、あれだよね。
たまあに見かける、緊急発進で飛んでいく自衛隊のジェット戦闘機。
それに似た機械の金切り声みたいな音だ。
空港の旅客機のエンジン音……とはちょっと違うかな。
咄嗟にボクは空を見上げた。
この夢の中の世界にはジェット機なんてないけどね。
でも、それはいた。
なんて言ったら良いんだろう。
巨大な……純白の……シロナガスクジラ?
なにか、そう表現するしかない物体がゆらゆらと降りて……落ちてくるのだ。
シロナガスクジラには木造のガレオン船のような形のものがぶら下がっていて、シロナガスクジラのあちこちの突起から煙まで吹いている。
これは……所謂、飛行船?
しかも故障中の。
シロナガスクジラは右に左によろけながら、海の方に向かっているようだった。
「なにあれー!?」
ボクは追いかけるように走り出していた。
脚の速さにはちょっとは自信あったのにどんどん離されて行く……ように感じる。
こういう時にバイクでもあれば!……免許証ないけど。
そんなことを考えていた時に、後ろから迫ってくる蹄の音。
まさか将軍様が!?サンバ躍りながら白馬に乗ってやってき……たりはしなかった。
葦毛の馬に跨ったクロちゃんだった。
いいなー。
ボクは乗馬もできないから羨ましい。
この夢の世界では必須な技能かもしれないけど。
「クロちゃん!」
ボクは叫んだ。
走りながら手を伸ばす。
クロちゃんはボクの姿を見ると若干速度を落として、拾い上げた。
魔術師という言葉から連想される姿とは違い逞しい腕だ。
ボクを自分の前に乗せると、再び馬を走らせた。
それでもシロナガスクジラはボクたちの先へ先へと落ちていく。
●S-2 男爵領:ぺんぎん海岸
シロナガスクジラは長い砂浜のある通称……というよりもボクが名付けたぺんぎん海岸に向かっていた。
さすが予算不足の航空自衛隊!古い装備が故障か何か?
もしかしたら在日米軍の秘密兵器かも。
むしろ、領空侵犯した某国の飛行船だったり?
なーんて考えもしたけど。
そりゃあ、この世界に飛行船なんてあるわけがない。
やがて……シロナガスクジラは海に着水し、惰性で砂浜に乗り上げた。
大爆発とかにはならない。
船体を水面と砂浜に擦り付けるようにゆっくりと滑って行って止まった。
飛行機と違って元々軽くて浮かぶものだからかもしれない。
綺麗な不時着だった。
「クロちゃん」
「ん-む。これは何スかね」
「飛行船だよー。たぶん」
「飛行船?……船が空を飛ぶんスか?」
「そー」
「前にさにゃが言ってた鉄の船が水に浮かぶというのと関係あるんスかね?」
「……ちょっと違うと思……あれ?同じなのかな?」
鉄の船が水の上に浮くのはアルキメデスの原理で浮力によるもの。
鉄の箱の体積が水より軽くなる浮力を得ると浮くのは、実は飛行船も同じ。
空気より浮力を得ることが出来れば浮くんだ。
飛行機は力学的に飛ぶからこれとは違う。
飛行船は大きな気嚢……風船部分に空気より軽いガスを入れて浮くのだから、鉄の船を水に浮かべるのと基本的には同じ原理のはず。
「でも。どっちにしても……この世界にあり得ないものなんだからー」
「まあ。気になるっスな」
「この前攻めて来た怪獣の仲間じゃないといいんだけどー……」
今のところ空を飛ぶのは鳥以外は怪獣しかいないのだ。
「怪獣じゃなくて魔獣っスな」
「同じ同じー!」
シロナガスクジラな飛行船はいまだに煙を吐いている。
炎上する様子はないけど油断はできない。
火が消えたように見える花火がいきなり点火することがあるように。
「クロちゃん、警戒しててねー。凄い魔法の準備してて」
ボクはスカートの中からデリンジャーを抜いた。
あ。スカートの中って言っても太腿のガーターベルトにホルスターを付けてあるんだ。
色っぽくて可愛いというのもあるけど、武器を見せびらかしたくないから隠すには丁度良い。
いくらミニでも女の子のスカート捲って調べる人はいないだろうし。
「クロちゃんはボクの後ろに」
デリンジャーを構える。
2発しか撃てないけど性能は実証済みだ。
「……さにゃ」
クロちゃんが呆れた声を出す。
「勇ましいの良いんスが、前衛に立つのは男の仕事っスよ」
すらりと剣を抜く。
そうなのだ。
クロちゃんは魔術師なのにけっこう剣も使えるらしい。
なんというか……器用貧乏な気がしないでもない。
ボクの前に立って背を見せるクロちゃん。
ちょっとカッコいい。
「マーチスも言ってたっしょ。男のプライドの最後の砦はやせ我慢だって」
こっちをちらっと振り返ってイヤイヤをしてみせる。
知ってる。
こういうときクロちゃんはワザとお道化て見せて安心させようとするってこと。
イケメン的にかっこよく決めればいいのに、いつもふざけてるからイケメンになり切れないんだ。
「ま。さにゃは少し下がっているっスよ」
クロちゃんが前に一歩踏み出す。
ばたん。
がちゃんという金属音も交えて空気の抜けるような風が吹いた。
シロナガスクジラの扉が開いたのだ。
あ。ハッチっていうんだっけ?
旅客機の乗降扉のようなものが開いていた。
そこで降りてくるのはにこやかに手を振る政府要人……だったら良かったんだけど。
顔を見せたのは男の子……10歳くらいのだった。
ただ、人間じゃない?
なんて言えばいいのか。
切れ長の目、細長く尖った耳、細身で少し小さめの体。
その特徴は、ボクが知る物語に出てくるエルフそのものだった。、
肩の長さで切りそろえた金髪がさらっと音を立てて流れそうだった。
服装は現代チックな作業服……じゃなくて、ハリウッド映画に出てくるパイロットの様だった。
でも、緑じゃなくてオレンジ色なのは何故!?
「何者っスか?」
クロちゃんが剣の構えを崩さないで訊いた。
緊迫した瞬間。
その雰囲気にボクは思わず口を突いてしまった。
「……ワレワレハ、ウチュウジンダ」
胸をとんとん叩きながら喋ると微妙に機械音声チックになるアレだよ。
「な……うちゅう……?何スか。それ」
しまった!
クロちゃんには通じないネタだったか!
自慢の芸が滑った芸人みたいな気分になった。
「……あなたたちは……ヒトですね?」
ヒトって聞こえた。
つまり……このエルフっ子は言葉が通じるー!?
「ちょ……言葉判るのー?」
「たぶん。だいたいは」
少年が答えた。
声変わり前のボーイ・ソプラノだった。
「僕たちはあなたたちの言葉で『エルフ』あるいはそういう類の呼び方をされている者です」
「エルフー!」
やっぱり。
ほら、エルフだよクロちゃん。
ボクのようなのと違ってマジモンのエルフ!
華奢な美少年!これだよこれー!
「ただ……できればこのことは内密に。僕たちは貴方たち人間との接触を基本的に禁じられています」
「え?」
「お?お?エルフって……どういうことっスか!?」
クロちゃんが少し狼狽していた。
それはそうだ。
クロちゃんが認識してるエルフはボクのような異世界召喚者のことなんだ。
みんなエルフを自称しないし、一纏めにエルフって呼ばれてるだけ。
そこに自分からエルフを名乗る人が現れたのだから混乱するのも無理はないと思う。
「説明が難しいのですが。僕たちは今、少々困った状態になっているんです。騒ぎになる前に色々お願いしたいのですが……」
「まあ。話だけは聞くっス。オレはこの地の領主ってことになってるエ……はいいや。クローリーっスよ」
「領主……」
少年は更に困った顔になった。
「これは……こっそりお願いというわけにはいかないようですね……。あ、申し遅れました、僕はルゥと呼んでください」
「あ。ボクは沙那だよー」
「さにゃ、さんですね。承りました」
う。また……さにゃ呼ばわりかー。
この世界の住人はみんな「な」を発音し難いのだろうーか。
「誰と話している?ルゥ」
ルゥの後ろからまた別のエルフが姿を見せた。
こちらは女性の大人っぽい。
おっぱいが大きいのが減点エルフだけど、ボクほどじゃない。
「……地上人か!」
女性は顔色を変えた。
そして、腰のホルスターから銃を抜いた。
ボクが持ってるデリンジャーとは違って、とっても現代的なピストルだった。いや、たぶん。
「貴様ら……あ……何故、地上人が銃を持っているっ!?」
「え?」
そう。ボクが手に握ったデリンジャーのことだった。
「ま、それは色々と―……」
「動くな!」
ちょ!?
事態はどんどんおかしい方向に向かい始めていた。
●S-3 ぺんぎん海岸:シロナガスクジラの中
「なるほど。お前たちは原住民なのだな」
ボクたちは女性に銃を突きつけられて飛行船の中に連行された。
いや。一応は招待なのかな?
シロナガスクジラに見える部分はおそらくは気嚢なのだろう。
その下に吊り下げられてるように……というよりコバンザメのようにくっ付いていた船のような部分だ。
外から見たときはガレオン船風だったんだけど、中はもっと近代的。
映画で見るような船の艦橋みたいな感じだった。
面舵いっぱいー!とかやってみたくなる。
あちこちに何だか想像もつかない計器が並んだり、色んなハンドルやレバーやら……そうそう舵輪みたいなものまで見える。
中は意外と広い。
床はリノリウムみたいでちょっとリッチ感がある。
「殺風景ですまないが、客船ではないのでご了承いただきたい」
「いや。オレには興味深い光景なんスがね」
「映画の戦艦みたいだねー」
女性は僅かに緊張感を増した。気がした。
「……それに少し近い。だから椅子が無いのも我慢して欲しい」
「問題ないっスなー」
まだ若いボクたちには大して苦じゃないしね。
「私はこの船……通報艦エーギルの指揮官、アイリだ。まずは今回のことを……」
「っと、オレはここアレキサンダー男爵領領主エドアール・アレキサンダーっス。気軽にクローリーと呼んで欲しいっス」
クロちゃんがぺこりと頭を下げた。
アイリさんは不思議そうな顔をした。
「エドアールなのにクローリーなのか?」
「あ。まあ、そこは色々っスな」
「……地上人の習慣は不可思議だが、理解した」
何をどう理解したの!?
「領主であるのなら話は早い。クローリー卿、我々は船の応急修理が済み次第にこの地を去るので口外しないで欲しい」
「そりゃま。構わないっスが。これだけ目立つモノがオレら以外に見られていないとでも?」
「う……」
「ボクたちもけっこー遠くから追ってきたしねー」
「その……だな……」
アイリさんは逡巡した。
「我々は表向き地上人との接触は禁じられているのだ」
「どこかで聞いたような設定だねー」
「設……?」
ほら、だって。夢の中の世界だからね。
映画かアニメによくありそうな話じゃない?
「……だからあまり広言しないで欲しいのだ」
「う、うんー?」
「ちと」
クロちゃんが小さく手を挙げた。
「そのあたりもっスがね、たぶん協力して欲しいんだろうけど、その前にいくつか質問があるっス」
「……聞こう」
「先ずはあれっスな。さっきからオレらを地上人って呼んでいるところから推測すると、そっちはまるで空の上の住人みたいに聞こえるんス」
アイリさんはギクッと体を震わせた。
「もしかして雲の上にでも住んでるんスかね?」
「っっ!?」
アイリさんの目が流れた。
この人、嘘が吐けなさそう。
表情が出過ぎる。
「オレらの魔法じゃそこまでの高さまで飛べないからわからないっスが……これ、アレっスよな?上にある大きな方に空気に浮かぶようなモノを詰めて飛ぶんスな?」
「……なんと!クローリー卿はどこまで知っているのだ!?」
「え?……いやあ。前にさにゃが風船作ってペンギンを飛ばしたんスよ」
「ペ……ペンギン!?」
「まー、こんなに大きくないけどねー」
「今の地上人は空を飛ぶところまで進化しているのか!?」
アイリさんの隣に立つルゥも目を丸くしていた。かわいい。
「それともう一つ。あんたたちは自分をエルフと言った。でも、オレらの知るエルフとはだいぶイメージが違うんス」
クロちゃんはボクにちょいちょいと手招きした。
近寄るといきなりボクの肩を抱いた。
えっちいいいいいいい!!!!!
「オレらの間でエルフって呼ばれてるのはだいたいこの娘みたいな感じっス」
「……ほう」
「金属光沢色の髪の毛が分かりやすいっスな。そっちも金髪だの銀髪だのが多いみたいっスけどな」
「それは越境変化だろう世界線を超える時によくある現象の一つだ」
うわ。なんかとんでもないこと言い出してない?
「ほ、ほー。異世界から召喚すると異世界召喚者はみんなそーなるんスか?
「概ねな」
「なーるほど」
「ちょっとー?何の話してるのー?」
「ん?さにゃのそのえっちくさいピンクブロンドは異世界から渡ってくる時になるらしいって話っス」
「だれがえっちくさいってー!?」
ボクはクロちゃんにリバーブローを放った。
人前じゃなかったら、そこからデンプシーロールでボッコボコにしてやりたい。
「ぐふっ……。じゃあ、エルフはエルフでもあんたらとさにゃは違うんスな?」
「そうだな」
「じゃあ、あんたらはいったいどこから来たんスかねえ?」
「そ、それは……」
パンパンと手を叩く音がした。
「アイリさん。僕らの負けですよ。この人たちはちゃんと話が通じそうに思います」
ルゥが苦笑交じりに口を開いた。
「もう少しお話しますよ」
「ルゥ!?」
「彼らは未開な野蛮人ではないようですから」




