5章 第一次辺境紛争~11 ぺんぎん大爆発
11 ぺんぎん大爆発
●S-1:アレキサンダー男爵領開拓地
最初は野鳥の群れのように見えた。
何故ならかなりの高度からだったからだ。
およそ5000m。
通常の地上から100mあたりを飛行する野鳥と同じようにしか見えない。
だからこそ、風切り音をたてて急降下してくる鷲翼獣の編隊に誰も気づかなかった。
急降下から一気に立て直して緩上昇に入る。
そして高度100mあたりで鉤爪の脚に抱えていた陶器の壺を投下する。
地面に叩き受けられた壺は砕け、中身が四散する。
中身は油だった。
あまりの速度と衝撃によって飛び散った壺の破片が作業中の人々に傷をつけるが、それよりも油の方が問題だった。
ただ掛けられたものと違い、一部は霧状になって飛び散り、周囲に着火の種を撒き散らしたのだ。
続いて鮮やかな赤色の鱗を持つ幼竜が続いた。
こちらはやや緩やかに降下してきて水平飛行に入ると、辺りかまわず炎息を吐いた。
油まみれで可燃物と化した建物や柵が燃え上がる。
火災は恐ろしい。
目に見えて分かる炎の恐怖と熱風。
それは人々にパニックを起こし、反撃などほとんど不可能になる。
古来より火攻めが強力なのは当たり前だった。
よほど訓練された者でもなければ消火に動くことなど到底できない。
開拓村は大混乱になった。
たまたま騎士オルテガが率いる騎士団30名がその場にいたが、何もできなかった。
反撃を試みて矢を放っても、まったく当たらない。
有効射程距離が100mに満たないのだから空を飛ぶ目標に届くわけもない。
ましてや、戦うべく運動中の空中目標を狙うのは困難だ。
弓矢どころか高射機関砲の命中率は0.02%などと云われるのだから当たらない。
狙って撃つのではなく弾幕射撃するしかないのだ。
もちろん帝国世界にそのような武器は存在しない。
それは戦闘ではなかった。
一方的な虐殺である。
空を飛ぶことの圧倒的な優位性がそこにあった。
対抗するには空を飛ぶことを可能にするしかなかった。
オルテガをはじめとして騎士団は全滅した。
●S-2:男爵領・男爵邸
まさに青天の霹靂だった。
報告を聞いたクローリーは自分の油断に唇を噛んだ。
日を空けて更なる攻撃があるとは予想もしていなかったのだ。
「甘かったっス……」
しかも、男爵領の兵力の3分の1を失ったのだ。
飛行生物からの攻撃というのだから対処法も思いつかない。
「想像以上に危険な場所デスナ」
「100年以上も蛮族との戦いが無いからって舐め切ってたっスな」
「昔はこういう時にどういう対応してきたんだ?」
シュラハトが訊いた。
辺境にいたことも無ければ蛮族との戦闘も冒険以外では経験がない。
「空を飛ぶ相手は厄介だぜ」
「そーなのー?」
沙那にはピンとこない。
「1匹だけなら……まあ、何とかならないこともねえが。複数だとどうしようもねえ」
「弓矢とかじゃダメなのー?」
「ただゆったり飛んでるやつを奇襲するならともかく、戦う気満々で運動してる敵にはまず当たらねえ」
「そーなんだー」
弓や弩よりもはるかに優れた高性能の銃火器でもほとんど当たらない。
賢者や沙那のいた世界でも戦場では航空機が圧倒的に優勢なのだ。
「スティンガーミサイルとかがあれば面白いのでござるが」
賢者がブヒブヒ言いながら感想を漏らした。
もちろんそんなものはこの世界にない。
「真空管ができつつありますからもう少しすれば近接信管を作れるんですがネエ」
「何スか?それ?」
「物が近くにある時に反応して爆発させるものデスヨ。鉄炮に取り付けて弩砲で打ち上げれば……と思ったんですガネエ」
「それ、どのくらいの高さまで飛ばせんだ?」
「まあ、200mくらい……飛ばせれば良いですネエ」
「使えねえ……」
飛行する魔獣相手にするなら100mや200mは至近距離みたいなものだ。
そこまで引き付けるのは難しい。
なにより迫りくる魔獣を目の前にして冷静に射撃できる兵士がどれだけいるのだろう。
「んー。あー。あれはー?クロちゃんのドカーン!ってやる魔法はー?」
「もしかして、
火炎爆発球のことっスか?ありゃ、30mくらい先までしか飛ばせないっスよ」
クローリーは両手を挙げた。
冒険者時代にはシュラハトとマリエッラと一緒に空飛ぶ魔獣と対決したこともある。
その経験から1匹までなら反撃できる状況を作り出せることも知ってはいた。
「だいたい、3~40匹いるっていうんスから。爆発範囲的にも巻き込めねーっス」
「そーなんだー」
沙那的にはゲームの魔法宜しく、ドカンといける気がしてたのだ。
「もっと盛大に吹き飛ばせるような火山の爆発みたいなものでないと難しいっスなー」
「……火山の噴火?」
沙那は腕を組んで考える。
TVの映像くらいでしか知らない。
火山大国に住んでいただけに映像やニュースはたくさん見てはきていた。
「爆発……」
「何よりマズいのは……空からの攻撃は城や砦が全く役に立たないところだ」
シュラハトは戦場経験が豊富だ。
空から攻撃できれば……と思える状況はたくさん見てきた。
そしてそれが防衛不可能なことも良く知っている。
「鷲翼獣だけならまあ、城の中に篭ってやり過ごすこともできなくはねえが。竜種は炎を吐く。魔法を使えるのが要ればもっと厄介だ」
「炎や魔法は防げねーっスしな」
「おまけにここには城も砦も無いぜ」
シュラハトが笑う。
アレキサンダー男爵領は貧しかったために自費で城や砦を維持することを放棄しているのだ。
それ故に戦争や略奪なしで領地経営をしてこれたのだが、今回はそれが裏目に出ている。
「カストリアへ援軍要請はしたっスが……焼け石に水っスな」
飛行する魔獣がいる以上、野戦で決戦というのは論外だった。
開けた場所なら飛行兵力は圧倒的だ。
では、地形を利用する……というのも不可能だった。
飛行する敵に対して有効な地形があるというのだろうか。
話は堂々巡りになりつつあった。
「ね。クロちゃん」
何か考えこんでいた沙那がふと口を開いた。
「何スか?」
「金属……鉄とかを溶かすほどの熱を作る魔法てなーいー?」
「はあ……?」
「1000度くらいっていうかー熱が大きければ大きいほどいいんだけどー。あ。そこそこの量が必要だけどー」
「……何言ってるンすか」
「あるの?ないの?」
沙那の声が珍しく鋭い。
「できなくはねーっスが……」
「結構距離取れる?何百メートルとかー」
「……何を考えてるんスか?」
「え?それはー……」
沙那が満面の笑みで答える。
「火山だよ。エルフの大魔法ー!なーんて」
一人笑顔の沙那を除いて、クローリーたちはお互いの顔を見合わせた。
●S-3:男爵領・中庭
そこに置かれたのは実験用の蒸気釜だった。
蒸気機関を作るためのもので、高温高圧に耐えるために補強を施した鉄製のものと貴重なミスリルで作られたものもある。
大きさはシェリー酒の熟成用に使う大きな樽くらいだろうか。
どれも水をたっぷりと注ぎこまれて密閉されていた。
沙那の指示によるものだったが、全く意味不明に思われた。
それと、大量のぺんぎん風船。
以前に沙那が遊びで作ったぺんぎん風船よりはかなり大きい。
彼女の指示で準備したのはそれだった。
大変だったのはクローリーだった。
金属熱化の魔法術式を魔法陣にして、威力最強化を使う。
これを先ほどの水いっぱいの大樽に魔法で書き写すのだ。
魔術学院でどちらかというと劣等生に近かったクローリーにはかなりの重労働であった。
これを離れた場所から発動させるために、呪文発動のトリガーをクローリー自身の魔術印にしておく。
直線距離で見ることのできる視界範囲内ならば発動可能だ。
「で、これどうするんスかー?」
「ん-と。敵が通りそうなところで誰の迷惑のならなそうなとこー」
「……どこっちゅーんスか」
「むー?」
沙那が胸を張った。
大きな二つの塊が揺れる。
「敵を迎え討つところー」
「なるほど。沙那さんが何をしようと考えてるか分かりまシタ」
パーチスが笑いつつ頷く。
「これは確かに……ワタシたちの世界では武器になり得ないモノでスナ」
「そうじゃな」
ヒンカも笑った。
「方法もないしの。自然現象でしか滅多にありえん話じゃ」
「……ちょっとお。どういうことお?」
話に付いて行けないマリエッラが口を尖らせた。
「ん?魔法が無いと成立せん話じゃ」
「だからあ」
パーチスが手を振って二人の間に入る。
「ヒンカさんもそう言ワズニ。マリエッラさん、火山の噴火を見たことがありマスカ?」
「ないけどお……」
「そうでシタカ。沙那さんがやろうとしているのは、人工的に同じ現象を起こそうというものなんデスヨ」
マリエッラは困り果てていた。
「火山の噴火って……精霊の怒りとかじゃないのお……」
「大人ではなく子供だからこその発想でスナ」
●S-4:開拓村跡地
もはやそこに人影はなかった。
兵士は全滅し、生き残った住民たちは男爵領内へと避難してしまっていた。
難民と化した住民たちは領内で炊き出しで人心地ついていたが、恐怖と不安に怯えていた。
廃墟とした開拓村は後に進軍してきた蛮族の軍勢によって占拠され、様々な蛮族が移民してくるのだろう。
チューソンは後続の陸上部隊が到着するまで、蛮族回廊で羽を休めることにした。
彼らのように翼を持つ者でも地上ではそれほど強くはない。
奇襲を受けないように最前線から少し離れることにしたのだ。
これを臆病と取るか慎重と取るかはその人次第だが、無駄に危険を冒さないのはチューソンの美点だった。
油断をすると生き残れないのが蛮族世界だからである。
人族に動きがあるという報告を受けたのはその時だった。
開拓村跡地に10人ほどの人族が侵入しているというものである。
不審に思ったチューソンが偵察を行ったのは尤もなことだ。
大軍で押し出してくるでもなく、少数というのが不思議だった。
チューソンが自ら確認しに行くと、そこにあったのは以前に見たものと似た空を浮かぶ謎の物体だった。
幾つものぺんぎん風船が浮かび、樽のようなものが吊り下げられている。
しかも、以前は4つしかなかった物体が今度は30を超える数なのだ。
疑わしい。
あの戦闘力のなさそうだったモノを人族は何故また浮かばせたのだろうか。
「いや。……今回のは人族の攻撃の前兆であるに違いない」
チューソンは飛行戦力の全力出撃を命じた。
戦力の逐次投入は無能な指揮官のすることだ。
やるときは全力で、一撃で粉砕すべきだった。
前回とどう違う物体かは不明だったが、飽和攻撃で倒してしまえばよい。
「突撃!」
その時のチューソンは戦闘の常識が全て裏目に出ることを知らなかった。
●S-5:開拓村外れの丘
クローリーたちは準備を整えた後は村はずれの丘に陣取っていた。
開拓村跡地に浮かべたぺんぎん風船たち。
それが予想以上に敵の注意を惹いたのも驚きだったが、かなりの数の獣たちが殺到する様子を見て息をのんだ。
「クロちゃん。近づいてきたら引き付けないですぐにゴーだよー」
「どのくらいの距離でやれば良いっスか?」
「……わかんない」
「ちょ……」
「わかんないけど……かなりの範囲に影響出るはずだから、きっと大丈夫ー」
「……きっとって……無責任スな」
「全部落とされないうちにやっちゃってー」
「オレ、知らんスよ」
クローリーはトリガーになる魔術印を魔法陣に向けて放った。
●S-6:開拓村跡地上空
それは、クローリーの呪文詠唱直後……ではなく、少しタイムラグがあった。
ぺんぎん風船によって200mほどの空中に浮かんだ金属の大樽が一斉に超高熱になった。
少しの間をおいて、それらは……大爆発した。
火薬などは一切使っていない。
それなのに大爆発とともに周辺を白煙で包んだ。
落雷なんてものではない轟音が響き渡る。
空気を振るわせる激震が離れた丘の上のクローリーたちにまで届く。
「な……何なんスか……あれは」
クローリーの視界には数十……どころか数百mに渡って巨大な白い爆炎が映っていた。
「ん。エルフの大魔法だよー」
ある程度予想はしていたが想像以上の結果に沙那も少し驚いていた。
「いったでしょ?火山の噴火……みたいなものだってー」
一瞬にして空を飛ぶ魔獣は全滅していた。
避けようがない。
その周辺数百mが範囲内の大爆発なのだ。
「水蒸気爆発でスナ」
予想をしていたパーチスが説明した。
「密閉された中で瞬間的に高温になると水が蒸発して行き場のなくなった水蒸気が一気に拡散するデス」
「水蒸気は水の約1400倍の体積になるのじゃ」
火山の噴火でも見られる水蒸気爆発は、地下水にマグマが触れることで発生する。
岩盤などで閉じ込められた地下水が爆発するときの破壊力は筆舌にし難い。
沙那が『金属を溶かすくらいの熱』と言ったのは、まさに地底のマグマのイメージだったのだ。
威力は凄まじいが、『ワタシたちの世界では武器になり得ない』とパーチスが言ったのは、高温高圧にして爆発させるための制御法が存在しないからだ。
スイッチのようなもので制御できなければ安定して武器としての運用はできないのだ。
この世界特有の魔法というモノがあって初めて制御できただけであった。
●S-7:暗黒城サッサバル
「一瞬で全滅させただと……!?」
さしもの伯爵も愕然とした。
チューソン先遣隊の全滅の報は可能な限りの速さで届けられたのだ。
どんな手段かは判らなかったが、30を超える魔獣たちを一度で殲滅する方法など思いつかない。
集団術式の異世界召喚魔法レベルの大魔法でも考えつかないことだ。
「エルフの大魔法か……」
そうとしか考えられなかった。
それとも人族は150年の間にそれほどの魔法を開発したのだろうか。
もとより今回の戦は人族の状況を確認する調査の意味合いもあったが、それ程の力を持っているとは想定外だった。
帝国皇帝親衛軍団など問題にもならない。
辺境地域でこれほどの軍事力を持っていることは逆侵攻すらあり得るのではないだろうか。
不死であるはずの伯爵ですら自らの死を予感させるものであった。
「これは……一度、地上兵力は撤退させねばな」
飛行魔獣を一網打尽にできる攻撃魔法があるのなら地上の数千程度の兵士では話にならない。
「すぐに諸侯へ連絡をしなければな」
圧倒的な攻撃魔法をもって、人族が蛮族領へ雪崩れ込む予想図に恐怖した。
魔族でも上位存在である不死の吸血鬼である伯爵ですら落ち着いてはいられなかった。




