5章 第一次辺境紛争~10 襲撃の翼
10 襲撃の翼
●S-1:暗黒城サッサバル・中庭
伯爵は円を描くように空を舞う飛行獣たちを眺めていた。
先ずは蝙蝠の羽を生やした巨大な蜥蜴……赤竜の幼竜が4体。
竜種の中でも邪悪さで知られる凶暴な種である。
本来ならば魔族である伯爵とも対立関係にあるはずなのだが、卵から孵し刷り込み教育で家畜化したもので、竜らしい知能はない。
まだ齢100年ほども経たないので全長は20mに満たないが空を飛びつつ炎の炎息を叩きつけることが可能な猛獣である。
1体でも人族の兵士200人くらいは容易に相手できる。
そして、鷲翼獣が10匹。
鷲の翼とライオンの胴体を持つ魔獣だ。
鋭い鉤爪を持ち、空中から急降下して獲物を切り裂く。
伯爵のような魔族ならペットのように飼いならしていても不思議はない。
これらだけでも飛行能力があるというだけで恐るべき戦力である。
空中の目標を狙うのは難しく、また、空中からの攻撃に対する防御法はあまりない。
人族の辺境領主の軍勢などひとたまりもない。
伯爵はこれらをチューソンに続いて投入するつもりだった。
常識的に考えれば強力な飛行戦力は圧倒的に有利なのだ。
飛行できる存在が極めて少ない……鳥のような……中に強力な攻撃力を有している存在はさらに少ないからだった。
「普通なら負けるはずがない」
ただ、油断をして敗れ去った存在は少なくない。
彼の知らない150年で人族が進化したかもしれないのだ。
1000年前に彼ら蛮族や魔族があやうく駆逐されかけたことを忘れてはならない。
伯爵の最も恐ろしい部分は、状況が不利になった場合でも滅びないための手段を複数用意しているところであった。
最悪でも現状維持が可能な準備を整えた上で行動する。
彼が時に魔王とまで呼ばれるのは、そういった注意深いところなのかもしれない。
●S-2:蛮族の森・地上部隊補給隊
頭上を飛翔していく魔獣たちを見上げた。
ラベルは無表情だった。
疲れ切ってゲッソリとして、ただ荷車を曳いている。
周りも似たような状況のモノが多数だが、その多くは下等な蛮族であるところが彼とは違っていた。
彼は人間だったのだ。
肩ほどまでの長さでばっさり切られたような茶色の連珠毛……しかしどこか特徴のある金属光沢のある髪の毛だった。
重労働で褐色の肌には汗が浮かぶ。
もしもクローリーなどが見たら、彼が異世界召喚者であことに気付いたろう。
しかし、彼の今の身分は蛮族の奴隷でしかなかった。
彼がこの世界に来たのは召喚魔法ではなかった。
異世界への扉に偶然迷い込んでしまった結果だった。
ラベルが生まれた世界は劣悪だった。
毎日のように気軽に人が殺され、多くの人々は貧しく不衛生な環境にあった。
生き延びるために物乞いをした。盗みもした。
毎日がその日を生きるのが精一杯だった。
それがおかしいことであることにはまったく気付かなかった。
物心ついた時にはすでにそういう世界にいたからだ。
宗教が違えば殺され、民族が違えば殺され、挙句の果てには外国の兵士が駐留して我が物顔で跋扈していた。
「我々は正義の国から来た正義の軍隊である」
彼らはそう胸を張った。
やることといえば食堂で無銭飲食をして銃で脅したり、女子供をどこかへ強制的に連れ去ったりだ。
抵抗する者は容赦なく殴られ、あるいは撃ち殺された。
「お前たちのように下等な未開人に文化的な生活を教える世界先進国なのである」
たまに食べ物を分け与えてくれた露天商の少女は外国の兵士に連れ去られ、無残な姿で戻ってきた。
ラベルは神を呪った。
ここは神の教えにある地獄そのものじゃないか。
「その昔にここを占領した邪悪な連中はもっと酷かった。俺たちは救世主みたいなものだ。感謝するのだ」
兵士たちは笑った。
ラベルが知らない昔にはもっとひどい連中がいたらしい……と言われても納得はできなかった。
正義を標榜するなら先ずは自分たちから何とかしろと言いたかった。
そして、肌の白い別な国の兵士が現れると遜っていた。
しばらくして気付いたのは、正義の国の兵士を名乗る連中は白い肌の兵士の後ろから付いてきて、略奪や殺人を繰り返しているクズだということに。
友達が原因不明の疫病に罹った。
多くの命を奪った奇病だった。
大人たちは言った。
「悪魔の呪いである」
と。
外国から来た悪魔の仕業であると。
ラベルは諦めきれなった。
方々を彷徨い緑の三日月のマークのテントに辿り着いた。
そこにいた白衣の……だいぶ薄汚れていたが……男はラベルの話を訊いて友達を引き取った。
数ヵ月の後に友達は元気に回復した。
顔や体には後遺症が少し残っていたが助かったのだ。
ラベルは神に、そしてその男に感謝した。
「愚かな!あいつは邪悪な民族の末裔だぞ。殺されなくて運が良かったな」
兵士たちはそう言った。
そうだろうか。
あの白衣の男は金も要求しなかった。
友達の命が助かったことを喜んでいるだけにしか見えなかった。
「正義とは何だろう……」
あの男は人を助けたじゃないか。
兵士たちによると邪悪な民族は永久に許されないのだと言う。
そして数年後、白衣の男は死んだ。
「邪悪な民族は死んで当然だ」
兵士たちは大声で笑った。
喜んでいるようだった。
「……あいつらが殺したんじゃないのか?」
そう疑いたくもなった。
どう見ても正義の軍隊の正義の兵士の方が邪悪に見えた。
鬱屈した思いを抱きつつ、ラベルは青年になった。
10人に1人くらいしか成人まで生き延びることが難しいと言われる中で辛酸を舐めながらも生き残ったのだ。
ラベルは町に出た。
少しでも実入りの良い仕事を得るためだ。
しかし……そこで知ったのは彼がおかれた過酷な現実だった。
彼の生まれた国は宗教の対立、民族の対立、そこに付け込んだ邪悪な連中によって世界で最も貧しい国の一つだったのだ。
なるほど。あの兵士たちがラベルたちを未開人と見下していた意味が少し判った。
この国はおかしいのだ。
町に出たことで、更に理解は進んだ。
ラベルが子供のころには縁のなかったスマートフォンなどで見聞する外国の様子だ。
豊かで平和な国がある。
学校など行くことができなかったラベルにとって、画面に映るは豊かな外国の様子は眩しかった。
何故これほど差があるのだろう。
あの友達の命を救った白衣の男の国も世界屈指の豊かで平和な国なのだと知った。
それがわざわざこんな国に人助けに来て、そして死んだのだ。
あの正義の軍隊の正義の兵士たちよりもよほど正義の人じゃないのだろうか。
正義の兵士は町にもいた。
銃を携え、やり好き放題だった。
ラベルは小さな鉄工所で働きながらも外国の兵士への憎しみを募らせていた。
宗教家は聖戦を唱えて、外国の兵へ士のテロを呼び掛けていた。
神の絶ために殉死せよ。
彼はそれには乗らなった。
宗教自体が混乱の元であったことに気付いていたからだ。
むしろラベルが向かったのは非合法な反社会的な組織だった。
麻薬を仕入れ、外国の……特に正義の兵士に売りつけた。
相場より少し安めにばら撒くことで廃人にしていった。
ささやかな抵抗だった。
やがてラベルは銃を手にした。
麻薬取引で稼いだ金で軍用の銃を手にしたのだった。
最新のものではない。
ただ古くから信頼性の高いもので、護身用として持ったものだ。
殺し合いは何度も経験した。
同じ犯罪組織が相手だったり、国の正規軍だったり、あるいは正義の兵士だったりだ。
少なくない人数を殺した。
少女を連行しようとした正義の兵士をこっそり後ろから撃ち殺したこともある。
手に入れた爆薬で軍のトラックを吹き飛ばしたこともある。
それでも反政府ゲリラや宗教のテロ組織は属しなかった。
自分が殺したいやつを殺し、助けたい人を助ける。
一端のダークヒーローの気分だった。
きっといつかは自分が殺される時が来るだろう。
それでも構わなかった。
自暴自棄になるだけの酷い環境だったのだ。
それがある時、まさに銃撃戦の最中に、建物の陰に隠れようとして……。、
気が付いたら異世界にいた。
最初は夢でも見ているのかと思った。
すぐに気づいたのは通じない言葉だった。
相手の言っていることも判らないが、自分が話しかける言葉も相手に伝わらないのだ。
そして何よりも慄然としたのは、人間とはとても思えない怪物たちが跋扈していることだった。
最初は所持していた銃で撃ち殺したり、追い払ったりした。
やがて弾薬が切れると、あっという間に怪物たちに捕縛された。
それからは……奴隷だった。
ラベルは知らなかったが、彼が迷い込んだのは蛮族の勢力圏だったのだ。
そこで人族は良くて下層の労働階級であり、多くは奴隷である。
その待遇は、彼の少年時代に良く似ていた。
魔族の威を借りた下級蛮族が威張り腐って奴隷を殴打したり、殺したり……あるいは食われた。
「俺は何でいつも地獄に落ちているんだ……」
この世の全てを呪った。
せめて銃や爆薬さえあればとは思ったが、ここは剣と魔法の世界。
入手する手段はなかった。
あの無力な少年時代のように奴隷として暮らし、そして死んでいくしかなかった。
それが、ある時、街から引き出された。
人族との戦争があるからだという。
場合によっては通訳をさせるためと説明された。
最悪は食料なんだろうなと気付かないで良いことまで気付いてもいたが。
そうして今、食料や武具を載せた荷馬車を曳いていた。
自分たちは人間にとっての牛馬みたいなものなのだ。
●S-3:蛮族回廊・チューソン先遣隊
ぺんぎん風船を撃墜した後も人族の動きはなかった。
チューソンは少し安堵した。
増援として赤色竜の幼竜4体と、鷲翼獣10頭が送られてきた。
空中進撃を行うには十分な戦力に思えた。
帝国の皇帝新鋭軍団が相手でもない限り後れを取ることはないだろう。
負ける心配をするよりも、どこに攻撃を行うかの方が重要だった。
伯爵はチューソンの先遣隊にはかなりの自由裁量を与えていた。
チューソンが選ぶべきものは大きく分けて2つ。
1つは人族の軍勢を急襲することである。
後顧の憂いを無くすためにも奇襲で敵の主力に痛撃を与えるのは最良の戦術の一つである。
問題は軍隊相手にした時に受けた反撃による被害である。
チューソンとしては十分な打撃を与えられるなら半数は失っても良いと判断していた。
増援の魔獣は使い捨てに等しい存在なのだ。
もう1つは、人族の開拓地を襲撃することだ。
その場合はほとんど反撃を受けないだろう。
伯爵は人族の支配を望んでいるわけではない。
人族の生産力なども無くていいのだった。
殲滅した跡地に適当な蛮族を入植させるだけだ。
非戦闘員は後の支配のために確保しておく……などということは不要だった。
むしろ非戦闘員の保護のために兵力を分散させてくれるなら、各個撃破し易くなるだけなのだ。
迷う必要はなかった。
開拓地襲撃である。
チューソンが手を2回廻した。
「前進!」




