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5章 第一次辺境紛争~9 新しい世界への蠢動


9 新しい世界への蠢動



●S-1:蛮族回廊・チューソン先遣隊


 謎の飛行物体をすべて撃墜したのは、チューソンの率いる有翼魔(ヴロック)20体だった。

 伯爵の先遣隊として威力偵察に進出してきた彼らは蛮族の中でも貴重な飛行戦力である。

 それ故に偵察向きでもあり、なにより通常の人族の兵士では空中の敵には対応できないはずなのだ。

 それなのに、想定外の飛行物体の存在は驚きであった。

 不思議な形をした……ぺんぎん型のそれは、人族の未知の魔法によるものにしか見えなかった。

 チューソンはかなり躊躇したが、それでも人族の飛行戦力の実力を確認すべきと判断したのだ。

 数はたったの4体であったので、1体に有翼魔(ヴロック)5体づつで一斉に襲い掛かった。

 結果は拍子抜けするほどあっさりと撃墜できた。

 反撃らしい反撃もなかった。

 そのために謎の飛行物体の正体がさっぱり判らなかった。


「あれはいったい……」


 人族の増援が来る前に素早くその場を離れつつ、チューソンは困惑していた。

 戦闘力も判らなかったが、目的も判らない。

 報告するにも困ってしまう。

 彼は大したものではなかったと慢心するほど無能ではなかった。 


 

 後で千切れて落ちたぺんぎん風船の残骸を見た子供たちのがっかりする姿を見ていれば、あるいは違ったかもしれないが。




●S-2:某所暗黒城・伯爵居室


 伯爵は飛行物体の報告を受けていた。

 かつての人族にそのような魔法兵器はなかった。

「やはり。150年分の進化を遂げたのか。それとも……」

 伯爵は窓の外に視線を向けた。

 何も見えないはずの黒い空を見つめる。

「……エルフどもめ。やつらの介入か……?」


「確かに飛行技術はエルフの得意とするところでございますが……人族に与するものでしょうか」

 ダークエルフのノワールは疑問を示す。

 エルフは人族や蛮族との軋轢を避けるために地上から去った……はずなのだ。

 それがここに存在を示すよう真似をするだろうか。  

 彼女にはそれが疑わしく感じていた。

 差異があるとはいえエルフもダークエルフもどこか似たメンタリティを持つはずだった。


「確証はない。だが油断もできない」

 伯爵は努めて冷静だった。

「だがね。1000年前の帝国創成期には間違いなく関与してきたのだ」

 長命の伯爵とて当時のことははっきりとは分からない。

 1世代前のことだからだ。

 それでも記録にはある。

 彼ら蛮族が使役した竜族での攻撃を行った際に、エルフは本格的に参戦して人族を支援したのだ。

 過去にあったことは、今もありうる。

 長命なのはエルフも同様なのだ。


幼竜(インファント)だけでは足りないだろうな。エルフが出てくると厄介だ」

 蛮族の軍団の中でも飛行能力を持つものは決して多くはない。

 使役している動物や幻獣はそれなりにいるが、エルフの魔法技術の前では十分に戦えるとは言い難い。

鷲翼獣(グリフォン)も呼び寄せるか」

「……人族風情に」

「私は猪人族(オーク)どものような無様な目には遭いたくないのだ」

「お察しします」

 伯爵はノワールを見詰めた。

「もちろん。他にも打てる手は打っておく。ノワール」

「は」

「お前たちもだ」

「は」

「隙あらば敵の将を狩れ。手段は任せる」

「御意」

 ノワールは軽く頭を下げた。

 小さく微笑んでいる。

 我が意を得たりという表情でもあった。



 

●S-3:開拓村・広場


「あれえー?空気抜けちゃったかなー?」

 紗那は地面に落ちたぺんぎん風船を残念そうに見つめた。

 思ったよりも密閉度が低かったのだろうか。

「けっこーいけそうだったのにー」

「浮かすだけではダメじゃ」

 ヒンカが呆れたように笑う。

「あんなに小さいのではな。少しの重量変化で姿勢が崩れるぞ」

「そうなのー?」

「アルキメデスの原理じゃな。船でも前後や左右の重量バランスが悪いと傾くじゃろ?空気だと水より浮力が小さいから余計に難しいのじゃ」

「ほへー」

 言われればなんとなくだが理解できる。

 同時に思いつくこともある。

「じゃ。さー。すっごく大きな風船にしてー。一番前と一番後ろに重り付けたらバランス取り易くなるー?」

 紗那はジェスチャーで大きな風船をイメージして見せた。

 その様子を見てヒンカは少し感心した。

「なるのじゃ。ほら、飛行船が大きいのもそのせいじゃ。飛行機の尾翼みたいなものじゃ」

「あー。なるほどー」

 紗那は腕を組んだ。

「じゃあ、細長いと梃子の原理でバランス取り易くなるねー」

「うむ」

 紗那が見たことのある飛行船はそういえば細長い。

 船体の前後に飛行機の尾翼のような翼がついているのも納得できる。

「それじゃあー……人が乗れるほどのものにするにはかなりの大きさが必要そうだねー」 

 それ自体が飛行船の欠点でもあった。

 飛行機よりも確実に空に浮くことはできるが重量物を乗せるのは大変なのだ。

「うむ。それにじゃな。この世界で飛行船を作っても推進力がないのじゃ」

 彼女たちが知る飛行船の推進力は内燃機関であるエンジンだった。

 現状、この世界には存在しない。

 もちろんオートバイや自動車のエンジンのようなものにプロペラをつければよいのは判るのだが、イメージはできてもガソリンエンジンのような機械的な構造は説明できない。

 理論と機械工学は別なのだ。

 それに燃料の石油もない。

 開発中の蒸気機関は重過ぎるだろう。

「んー……」

 その時紗那の脳内では、ぺんぎんたちが自転車のようなものを漕いでプロペラを回す姿が唐突に浮かんだ。

 なんとなく足元のぺんぎんたちを見る。

「きゅー?」

「きゅきゅ?」

 この子たちがペダルを漕ぐ姿を想像するととてもユーモラスだった。

「ペダル漕ぎ専用のぺんぎんさんって魔法で作れるのかなー?」

「……何を言っておるんじゃ。おぬしは」

 そう苦笑しつつも、ヒンカも魔法による解決法があるのではないかと考えないでもなかった。


「そんなことなら……馬車の車輪を回すぺんぎんを作る方がよほど便利そうっスな」

 要素を見に来たクローリーが口をはさんだ。

 しゃがんで落ちたぺんぎん風船を拾う。

 風船部分は無残に切り裂かれた跡があった。

 刃物のようなものではないが、何か鋭利なもので裂かれただった。

 例えば動物の爪のようなもので。

 紗那やヒンカと違って、冒険者をしてきたクローリーだからこそ判る。

 そういった動物や魔物がいてもおかしくない。

 これは偶然なのだろうか。

「空だと厄介っスなあ」

「空ー?」

 紗那が首を傾げた。

「あ。ああ。空を飛ぶ鳥とかを狙って落とすのは難しいんスよ。害鳥とかいたときに」

 クローリーは誤魔化した。

 魔物とか言ったら紗那たちが怯えてしまうかもしれない。

「んー?ゲームとかだと空飛ぶものは弓矢に弱いんだけどねー。矢じゃダメなのー?」

 紗那が遊んでいたゲームなどでは確かに飛行に対して弓が特別効果で効果絶大なパターンは多い。

「飛んでる鳥を弓矢で狙い落せるのは達人だけっス。滅多に当たるものじゃないんス」

「ふぅーん」

「簡単に落とせるなら猟師が鳥を狩るのが簡単になるっス」

 油断している鳥を狙い撃つのですら困難なのだ。

 それが弓ではなく紗那たちが知るような近代的な銃でも難しい。

「網とかじゃないとダメかなー」

「そうっスな」

 クローリーは万が一のことを考えて飛行する魔物への対策を考えるべきだと思った。

 間違ってもドラゴン級のようなすさまじい相手でなければ。

 彼自身も飛行(フライ)の魔法は使えるのだが、必要とする構成要素マテリアルコンポーネントに高価な宝石が必要になってしまう。

 戦うこと前提に考えたらその量は膨大になるだろう。

 経済状態が良好な現在でも安易に使えるものではない。

「アタマ痛ーっスな」




●S-3:ガイウス工房・研究室


 研究室というと名前は大層だったが、実態は工作部屋だった。

 思い付きのものを試作したり、小物を加工するための場所でしかない。

 紗那やヒンカたちに渡された護身用の銃の弾丸もここで製作されている。

 いまだに多くのものが手工業なのだ。

 工場といえるようなものは石鹸や紙の生産を行っているところくらいかもしれない。

 パーチスは良くここに通い詰めていた。

 紗那たちが気が付かない便利なものを実現できるかを確認するためだった。

 このところ彼が執心しているのは電球だ。

 せっかく水車で発電ができるようになったのにいまだに電気を利用するものがないからだった。

 ガス灯でも明かりには十分なのだが、ガスを配管するよりも電線で配電する方がずっと安全で便利なのだ。

 目下のところ、電球に使うフィラメントの選択と真空化の手段が問題だった。

 フィラメントはタングステンを使えば良いことは判っている。 

 初期の電球のように竹でもよいのだが寿命が短すぎる。

 寿命を延ばすには電球内の真空化がより進めばよいのだが、現状できることはかなり低いレベルでしかない。

 するとフィラメントの材質の向上が必須になるという鼬ごっこだった。

「電球としてモノになるよりも真空管の方が早そうデスネエ」

 実のところ真空管の方がずっと使い道はある。

 電気の回路に真空管が使えるとできることが多くなる。

 発電にも重要な役割ができるし、電力の安定供給は電気以外にも役に立つ。

 電気が使えることで物質の合成や分解ができる。

 それがあれば格段に物作りの可能性が広がる。

 アンモニアを合成して肥料に使ったり、自然界では手に入りにくい硫酸などが合成できれば様々なものが作り出せる。

 この世界ではとても貴重な薬を作り出すこともできる、

 もっとも、パーチスは薬学などの知識は少ない。

 どちらかというと工作の方が得意だった。

 それ故に生活に有用なモノとは別のモノばかりに気が付いてしまう。

「真空管……ドップラー偏差……いけませんネエ。悪用することばかり思いつきマス」

 彼が良く思いつくのは武器利用ばかりだった。

 この世界におかしな武器を持ち込むことを良しとしないパーチスは、なぜかそちらばかり思い付く自分に落胆気味だった。

「核を平和利用よりも兵器に転用することに気付いてしまう科学者の気分ですネエ」

 しかし、試してみたこともないわけではない。

「クローリーさんと相談してみまスカ」




●S-4:男爵邸隣設・調練場


「やっぱ……少ねえなあ」

 草地の上にごろりと寝転がったシュラハトが寝返りをうった。

 視線の先には騎士オルテガが指揮して兵士たちの訓練が行われていた。

 見える範囲では20名ほどだろうか。

 アレキサンダー男爵家に仕える騎士と戦士団の総数のうちの3分の1ほどだ。

 他の3分の1は巡回中であり、残り3分の1は休息中である。

 ローテーションの都合上仕方ない。

 それにしても警察力として考えてもギリギリだ。

 全員が騎乗可能で、その分だけの馬も何とか確保できてはいる。

 しかし、問題は数なのだ。

 先日のように戦闘ともなればこの数では如何ともし難い。

「歩卒でいいからあと200~300は欲しいと思うぜ」

 率直にして正しいものの見方だった。

「そうは言っても軍隊はお金がかかるのよお」

 マリエッラだ。

 この肉感的な美女はクローリーやシュラハトと一緒に行動できるように日頃から体を鍛えている。

 今日も運動を兼ねて出てきていたのだ。

「そりゃ分かる。金もだが、クロが軍隊を嫌うしな」

「なら……」

「分かってる。分かってるんだけどな。安全の確保は大事だぜ」

「うん……」

「ピンと来ねえだろうが」

 シュラハトは上半身を起こした。

「豊かな場所を見つけるとハゲタカのように襲ってくる連中ていうのもいるのさ」

 シュラハトの過去の経験だった。

 香辛料などの豊かな富を狙って軍隊を派遣して山賊のように街を襲撃した中に彼もいたことがあるのだ。

 そして、今、アレキサンダー男爵領は帝国内のましてや辺境領域とは思えないほど発展しつつある。

 領民レベルでも生活が向上してきている。

 ここで武力がなければ格好の獲物だ。

 収奪で成り立ってきている帝国で油断はできない。

「それに……」 

 顎でオルテガを示す。

「あの程度の三流騎士が一人では指揮官としても心もとないぜ。今のうちに使えそうなやつを育てておいた方がいいと思うな」

「そうねえ……」

「軍隊っていうのは川の堤防みたいなもんさ。なくて済むならいいんだけどよ。いざという時になってからじゃ遅すぎる」

 彼は何度もその光景を見てきた。

「やりあうのと割に合わないと思わせるくらいは用意していないといけないのさ」

 シュラハトは古い格言を口にする。

「『汝、平和を欲すならば、戦の準備をせよ』ってやつだ」

「嫌な言葉よねえ」

「まあな。それに俺にやれとか仕事振ってきそうだけどな」

「そりゃ、シュラさんが一番向いてそうだものお」

 マリエッラが草地に腰を下ろす。

「もう一度、クロに進言してくるか」

 思わずシュラハトの視線はマリエッラの胸に行く。

「俺だってここの穏やかな生活を守りてえって思ってる」

「分かってる」

 マリエッラはシュラハトが心優しい戦士であることを知っている。

 喧嘩は好きだが戦争は嫌い。

 戦争ごっこは好きだが戦争は嫌いなのだ。


  


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