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5章 第一次辺境紛争~5 恐怖と混乱の戦場

5 恐怖と混乱の戦場


 戦場は混乱を極めていた。

 自分たちが何を目的に何と戦い、そして何に攻撃されているのかを把握できている者はほとんどいなかった。


 猪人族(オーク)の軍勢を出し抜いて、アレキサンダー男爵に恩を売りつつ戦場の混乱に乗じて略奪をするつもりだったバラント男爵ルネ・ディ・リューとその軍勢は、猪人族(オーク)の軍勢を追尾するつもりが小鬼族(ゴブリン)の奇襲を受けて後退中に、謎の勢力の船からの強力な魔法攻撃を受け

ていた。

 損害は甚大で、もはや秩序もなくバラバラに潰走しているところだった。


 猪人族(オーク)の族長はバラント男爵軍の存在に気付いていたので森の中に誘引して、夜目が利く配下の小鬼族(ゴブリン)の軍勢に夜襲を行わせた。

 バラント男爵軍が程よく疲労したところで猪人族(オーク)も突入して人族を殲滅するつもりだった。

 ところがまさにその時、謎の船からの魔法攻撃でバラント男爵軍もろとも小鬼族(ゴブリン)の軍勢が焼き払われようとしていた。

 猪人族(オーク)も一部が巻き込まれ、慌てて後退を命じていた。


 小鬼族(ゴブリン)の軍勢は指示されたとおりに夜襲を行った。

 兵士単体の戦闘力は人族に劣るものの、夜目の効かない人族相手の夜襲は圧倒的に小鬼族(ゴブリン)の方が有利であった。

 戦闘を優勢に進め、遅れて来た猪人族(オーク)が参戦することで挟撃状態になり、人族を圧倒する……はずだった。

 それが謎の白い船からの強力な魔法と思われる攻撃を受けて、状況は滅茶苦茶になった。


 謎の勢力の白い船ことルシエ隊は自分たちとは異なる灯りの軍勢を発見して、川の沖合から鉄砲と鉄炮による砲撃を行った。

 本格的にがっぷり四つに戦う必要はない。

 砲撃による被害を与えつつ、休息を与えずに疲労させることが目的だった。

 そこそこの戦果を挙げたらさっさとその場を去って、また隙を見て急襲と砲撃を繰り返し、休む間を与えない予定だった。

 成功!と思われた瞬間、焼き討ちしているその場に人族の兵士たちの姿もあったことで状況が分からなくなった。

 確認を取るために、攻撃を中止してクローリーへ早馬を立てた。



 つまり、どの勢力も自分たちがどういう状況に置かれているのかを理解していなかったのだ。

 戦場は、このように常に混乱しやすい。

 だからこそ軍勢に緻密で複雑な動きをさせるのは現実的ではないのだった。


 自分が知恵者と考える脳内軍師ほど、華麗で緻密な戦争芸術といえるような作戦を行いたがる。

 ところが現実はこのように状況は混乱しやすく、一度戦闘に入った部隊はすぐに違う行動を行うことはできない。

 優秀な将軍や指揮官ほど部隊への指示や命令が単純なのはそのためだった。

 複雑な状況はしばしば現場を混乱させるのだ。


 単純で分かりやすい行動を取らせて、一つ一つ確実に達成させつつ、最終的に綺麗に纏めることが名将の姿である。

 一手一手が何かの布石になるように考える帝国チェスインペリアル・チャトラのようなものだ。

 今の戦況はまさにそこから外れていたために起きた混乱だった。

 最も勝利しているルシエでさえ勝っているという感覚はなかった。

 

 どの勢力も相手の情報が不足していることと連絡が取り難いことで、判断力を失っていた。

 そして、それは彼らだけにとどまらなかったのだった。



    *    *    *



 夜の森に響く鼓笛の音。

 行進の合図だったり、あるいは戦闘指示の音のようだった。

 鬨の声のようなものも聞こえ、火の手が上がった。

 思ったほど遠くない。

 シュラハトは兵士たちを起こして戦闘準備をさせた。


 かなり離れているようで、そうでもない。

 猪人族(オーク)の軍勢が意図的に行軍速度を落としていたので、1日の距離がたったの10kmしかなかったからだ。

 ここから完全武装の兵士たちが戦場へマラソンするには大変な距離だが、お互いが接触できない程遠いわけではない。

 シュラハトが出した指示は迎え撃つ用意と……逃げ出す準備の両方だった。


 パーチスは眠い目を擦りながら、その様子を見ていた。

「シュラハトさんは手慣れていまスネエ」

 確かにシュラハトの指揮は的確だ。

 言葉は短く少なく難しい指示はない。

 落ち着き払った態度は兵士に安心感を与える。

「ただの脳筋じゃなかったんでスネエ」 


「先生。いつでも動くつもりでいてくれ」

 シュラハトはゆっくりとパーチスの元へ歩いてきた。

「はい。どうするつもりデス?」

「どうするつもりもないさ」

 シュラハトが笑う。


「ホウ?」

「味方が逃げてきたら、先生の秘密兵器を撃ち込んで敵が慌てふためいたところで一緒に逃げる」

「フムフム。助けにはいかないノデ?」

「そりゃ無理だ」

 シュラハトは馬車に体重を預けるように休む。


「状況がわからないのに戦場に飛び込むのは危ないんでね」

 平積み馬車の台車の上に乗せられた弩砲(バリスタ)を見やる。

「今の俺たちは情報が足りない。敵の正確な位置も数もだ」

「碌に偵察もしてませんからネエ」

「そうさ。だから敵と会っても今は基本的に逃げる」

「ホホウ」


「で。先生のこいつが役立ちそうだぜ」

 シュラハトは弩砲(バリスタ)の基台をポンポンと叩いた。

「何発か放り込んでやれば敵さんは魔法と思って足が止まる。その間にこっちは荷物をまとめて逃げるってことさ」

「そう上手くいけば良いんですガネエ」

「ん?だってよお。そのための車輪じゃねえの?」

 

 弩砲(バリスタ)は軽くはない。

 通常は分解して運び、戦場で組み立てて使う類のものだ。

 ところが彼らの運んできたものはすでに組み上がった状態で平積み馬車の台の上に設置してある。

 馬を繋いでおけば短時間で移動可能だ。


「まあ。それはそうですがネエ」

「これって考えてみりゃ攻める時も守る時も逃げる時も便利な代物だな」

「ちゃんとした道があればですがネエ」

 実はここまでの道のりもそこそこ苦労していた。

 獣道より少しマシという程度の道であったから、弩砲(バリスタ)を乗せた馬車を通すのも楽々といかなかった。

 それでも分解して運ぶよりははるかに楽ではあった。


「回転台ってのも良いよな。簡単に向きを変えられるのはかなり便利だぜ」

 パーチス考案の台座……砲座は大きな馬車の車輪を平らに重ねたような形状をしている。

 その2枚の車輪の間にボールベアリング……といっても精度もかなり低いものだが……で支えて、比較的小さな力で弩砲(バリスタ)の向きを動かせるようになっている。

 欠点は弩砲(バリスタ)の重量もそこそこあるのでベアリングの摩耗が激しいことだ。

 もっとも制作されて間もない現在は気にする必要はなかった。


「ナルホド。野戦砲というか自走砲って感じですカネエ」

 実のところ遠大な計画で弩砲(バリスタ)を作ったわけではない。

 スパイとして潜入したパーチスはいざ本格的な戦争になったら逃げだすための用意をしておくつもりだった。

 最悪の場合は鉄炮を撃ち出して相手を怯ませたところで逃げる隙をつくるためのものなのだ。

 だから、僅か3基しか制作依頼していない。

 予定ではこれを男爵邸にバラバラに設置するはずだった。

 防衛用とかなんとか理由はいくらでも付けられる。


 それが馬車の荷台に固定して砲台にしたのも、今回いざとなったら逃げだすための準備だった。

「(まさか、こんなことになるとはネ)」

 これではまるで野戦砲か自走砲である。

 パーチスは戦争の、それも攻撃に転用しやすい武器をクローリーたちに渡すつもりはなかった。 

 それがちょっとした興味本位で作った鉄炮のおかげでとんでもないことになりつつあると思った。


 いずれは帝国世界にも似たようなものが登場するかもしれないが、中世に近いこの世界では技術というよりも考え方がオーバーテクノロジーである。

 クローリーが世界征服を企むような野心家だった戦争の道具として大活躍だろう。

 火縄銃程度なら問題はなかった。

 (クロスボウ)を超えるほどの威力も射程も発射速度の能力が無いからだった。

 ところが大砲だったら別だ。

 攻城兵器としては強力だ。


 大砲自体はむしろ火縄銃よりよほど技術を必要とない。

 仮に制作しても大きすぎ。重すぎ、材料の金属を大量に必要とする上に石の砲弾を撃ち出す程度ならたかがが知れている。

 発射速度も遅ければ野戦での使い道はない。

 それでも城壁を破壊できる武器は恐ろしい。

 それを解決してしまうのが弩砲(バリスタ)だった。

 原始的な大砲よりも軽く取り回しも良く、発射速度も速く、射程も長い。

 鉄炮を弾にすることで、事実上の榴散弾になる。

 撃ち出す弾が貫通力に欠けるため攻城兵器としてはあまり役に立たないが、野戦で野砲のように使えば戦争の形態が変わるだろう。

 かなり危険な兵器だった。


 しかもパーチスのいた世界では危険すぎるということで教会が禁止にした金属バネの(クロスボウ)と同じで、金属バネで強化した弩砲(バリスタ)だから性質が悪い。

 彼はこういったオーバーテクノロジーを帝国世界に持つ込むことには否定的だった。

 精神的に野蛮な帝国人たちがこういうものを手にしたら侵略戦争に明け暮れそうに思えたからだ。

 それなのに面白半分で潜在的に危険な兵器を生み出してしまったことを自己嫌悪してもいた。


「(火縄銃とは比べものにならないくらい戦場を変えかねない……)」

 パーチスはシュラハトを見る。

 この男はたぶん気が付いている。

 この弩砲(バリスタ)が悪用しやすいことに。

 長弓隊のように特殊な技術を持った兵士を必要とせずに、未熟な兵でも運用しやすい面制圧兵器。


「先生も2~3発ぶち込める準備だけしててくれ」

「攻撃に出るのでスカ?」

「まさか」

 シュラハトが尖肩を竦める。

「さっき言ったろ?状況不明なのに戦う気はないって」

「そうでシタカ」

「俺もそれほど血の気が多いわけじゃないぜ。クロの影響でな」 

「……フム」

「襲い掛かられた時の準備ってだけだぜ」

 シュラハトが血の気が多くない……とはいえないが、全くの嘘ではない。

 彼は『ケンカは好きだが、戦争はあまり好きじゃない』のだ。

 島の少女アユとの邂逅やお人好しのクローリーと同行する時間が長かったためだった。

 狂戦士のような姿はもうなく、落ち着いた強さを持った勇者へとなりつつあったのだ。




 むしろ、戦う選択を最も要求されていたのはクローリーだった。

 バラント男爵軍の敗走と、それを追撃する小鬼族(ゴブリン)、混乱してバラント男爵軍と入り混じって潰走中の小鬼族(ゴブリン)、それらに押し出されるように陣形が崩れつつある猪人族(オーク)

 混乱した人型の集まりが戦場ごと森の中へ移動しつつあった。

 それがまさにクローリーたちの前を横切ることになったのだ。


 偵察を出そうとクローリーが思案している時だった。

 木立の切れ間から人間が飛びだしてきたのだ。

 武装……といえるほどのものは手にもっていない。

 部分的に金属で補強された鎧は着ていたが、泥と煤で真っ黒だった。


「こりゃあ、何事っスかねー」

 

 クローリーが暢気な感想を口にしかけたところで、次に数匹の小鬼族(ゴブリン)が現われた。

 こちらは粗末な槍や剣を持ってはいたが酷く怯えているように見えた。

 傷だらけだったり、人間の兵士同様に汚れていたり。


「なんかー……逃げてきてない?この子たちー」


 沙那も驚いて様子を眺めている。


「何が何だか分からないわねえ」


 マリエッラも武器を構えるわけでもなく馬上に佇んでいた。


「きゅーっ!!」

「きゅきゅきゅっ!」

「きゅっきゅー!」


 沙那の足元のぺんぎんたちが騒ぎ出した。

 クローリーたちのように近くの光源が届く範囲しか見えない人間たちと違って、魔法生物であるぺんぎんたちは暗闇すら見通す魔法感知による視力と認識力を有している。

 そのペンギンたちの目には散り散りになってはいない集団が見えていたのだ。


「きゅー!」

 ぺんぎんたちは沙那を守るように前に出た。


「……何かいるんスな?」

 ぺんぎんたちの創造者であるクローリーはそう判断した。

 言葉はわからないが雰囲気だけは判る。

「全員、投擲準備っスよ!」

 

 クローリー隊の兵士にも鉄炮は3発づつ配られている。

 絹の国(シリカ)での海賊退治の折に見た火炎壷の威力を知っているクローリーは、その効果も大体予想は付いている、

 ただ、問題は永続光コンティニアル・ライトのランタンが照らす範囲はせいぜい20m程度先くらいであることだ。

 近づかれ過ぎると自分たちも巻き込んでしまうので鉄炮は使えない。

 発見次第に投げ込むくらいでなくてはならない。

 そもそもパーチスたちのようにかなり遠くまで撃ち出す弩砲(バリスタ)の様なものが無いために夜間でなくとも使用のタイミングは難しい。


「きゅー!」

 ぺんぎんが再び叫んだときは少し遅かった。

 状況を察した猪人族(オーク)の族長がクローリーたちに向かって突撃を命令したのだった。

 戦い馴れている分判断が早かったといえた。

 一気にクローリーたちの隊列に雪崩れ込んできた。

 突撃してきた猪人族(オーク)たちは困難していなかったし戦意も十分だった。


「こいつは……!」

 元々接近戦を考慮していなかったクローリー隊は不利だ。

 近すぎて鉄炮を準備して投げるために火を点ける間もなければ、火炎爆発球(ファイヤーボール)のようなものを撃ち込むこともできない。

 どちらも使えたとしても味方を巻き込んでしまう。



 銃声が鳴った。

 黒色火薬特有のもうもうとした白煙もあがる。


 

 音のする方に振り向いたクローリーの目に入ったものは、御者台の上に片足をかけて立った沙那の姿だった。

 右手には護身用の銃が握られている。

 発砲音と煙はそこからだった。

 何かに命中した様子はない。

 それでも2つしかない1発を放ったのだ。


 クローリーは沙那を庇うために近寄ろうとした。

 しかし、それは必要なかった。

 何故ならば……。


 あちこちで悲鳴が上がって、小鬼族(ゴブリン)猪人族(オーク)もパニックを起こして逃げ始めたのだ。

「ひ……」

 猪人族(オーク)の族長ですら例外ではなかった。

 彼らのほとんどは川岸の戦いで、ルシエ隊から銃撃と鉄炮の攻撃を身をもって知っていたからだった。

 その時と同じ落雷のような音と白い煙を吐き出す魔法を見せつけられたのだった。

 続いて爆発と炎を撒き散らす魔法が炸裂するに違いない。

 すぐに生存本能が逃げることを促した。 

 恐怖に陥った彼らはもはやどこに逃げてよいかもわからず右往左往になっていた。


 そこに逃げる方向を誤って沙那に近づこうとした猪人族(オーク)が銃弾を受けて吹き飛んだ。

 これはぺんぎん隊だった。

 パーチスの提案で面白半分で作られた装備『ぺんぎんバズーカ』である。

 小柄なぺんぎんたち用に単発の撃ちっぱなし式の銃……沙那が持っているものと基本的には同じ構造……で、ぺんぎんたちには大きさ的に銃ではなくバズーカにしか見えないことからパーチスに名付けられたものだ。

 一発しか撃てないが威力も性能もサナ・デリンジャーと同じである。

 だから実用有効射程10m。

 現代のピストルには性能でかなり劣るが、銃弾の口径だけは大きいのでマン・ストッピング・パワーには優れている。 


 胸板を撃ち抜かれた猪人族(オーク)がスーパーヘビー級ボクサーのKOパンチを食らったように吹き飛んだ姿を見て、蛮族たちは恐慌状態に陥った。

 もはや秩序立った行動は取れなかった。

 短いスカートをはためかせた沙那が2発目を撃とうと構える姿は、蛮族たちにはトラウマになるほどの恐怖感を与えていた。

「魔法の杖を使うつもりだぞ!」

 彼らの目に映る沙那は破壊の炎を撒き散らそうとする死の女神にしか見えなかった。

 金属光沢のピンクブロンドと大きな胸は普通の人間ではない。

 なんと邪悪な姿であろうか。

 猪人族(オーク)は慌てふためいて逃げ出した。


「ありゃ……音ってすっげぇ効果あるっスなー」

 

 銃の発砲音はもはや蛮族たちには恐怖の大魔法が炸裂する音だったのだ。

 蛮族たちはひたすら逃げ出した。

 とにかく沙那とは違う方へと。

 その逃げ足の速さが、銃の与えた恐怖を物語っていた。



    *    *    *



「大勢の魔術師戦力がいるなんて聞いてないぞ……」


 疲労と恐怖で歪んだ顔の猪人族(オーク)族長は川から離れたかった一心で山岳部に向かって逃げていた。    

 森が切れ、地形が山がちになってくると少し落ち着いた。

 蛮族の地域からは全く別方向になってしまったが、態勢を立て直してから改めて森を越えて蛮族地域に引き上げるつもりだった。


「完全に騙されたわ。おのれ……」


「族長様!あれを!」


 戦士長の声は悲鳴に近かった。

 族長は五月蠅そうにそちらを向いて、固まった。

 彼らの行く手には山道を下ってくる人族の騎兵隊がいたのだ。

 その数100は下らない。

 潰走中の蛮族たちを追撃殲滅するには充分な数だった。


「おおお……1匹も残さないつもりか。人間どもめ……」


 もはや絶望的だった。



 そこに現れた騎兵たちは、休む間もなく山を越えて来援したアリシアとカストリア子爵の軽騎兵隊だった。

 先遣隊として、夜を日に次いでと思って進出してきたところに偶然にも敗走してきた蛮族の軍勢と出会ってしまったのだ。

「敵……ですわね」

 さすがのアリシアも目の前の軍勢に少し怯む。

 肝が据わっているとはいっても戦場の経験などないのだ。

 もっとも兵士たちもそれは同様だった。


「ふむ……」


 馬上のリシャルが辺りを見回す。

 不揃いな隊列、一見して疲労困憊といったことが見て取れた。

 一気に先手を打つべきだろう。

 遭遇戦はリスクが高いがこちらも数は多くない。

 先ず一当たりしてみるべきだろうか。


「アリシア様はここで動かずお待ちください」

 リシャルが馬を寄せて来た。

 一昨日から一睡もしていないはずのにリシャルは疲労の色を見せない。

「私が蹴散らしてくる間、ここで我々を鼓舞していただければ充分です」

 すっと手を伸ばす。

「失礼ながら、お借りします」

 リシャルは優雅な動きでアリシアの首のスカーフを取った。

「勝利の栄光を貴女に」


 そう言って一歩前に出たリシャルは騎士たちに向き直る。

「勇敢なるカストリアの騎士諸卿。アリシア様の御前である。今こそ日々鍛えしその武勇を示す時だ」

 叫ぶでもなく、しかし良く通る声で言うと馬上用に反りのある細剣(ワドゥ)」を抜いた。

 多島海(サウザンアイランズ)のトエの職人が鍛えた業物だ。

 左右の騎士たちの顔を見回す。

 揃って困惑しているようだった。

 いきなりのことなので判断力が追い付いていないのだ。

 リシャルは決心した。

「蛮族を撃ち滅ぼせ!突撃せよ(アシュルタ)!」


 リシャルは古帝国語で命令を下すと一気に駆け下りる。

 間髪入れずにカストリアの騎士たちも突撃した。

 余所者といえどリシャルはアリシア姫の伴侶になる予定の者で、ひいては次期カストリア子爵になる可能性が高いのだ。

 いずれは自分たちの当主になる人物の前で殊勲を挙げたかった。

 カストリア軽騎兵は全騎抜刀突撃した。



「……戦う姿も様になりますわね」

 アリシアは感心して、頬を赤く染めた。

 


    *    *    *



 沙那が銃のロックを外すと、真ん中の銃身の取り付け部から半回転して折れ曲がり、銃身とほぼ同じ長さの薬莢が排出された。

 馬車の御者台の床に落ちて金属音を立てる。

 現代の銃のような軽やかな音ではなく、ごとりと文鎮でも落ちるような感じだ。

 沙那はスカートの中……ガーターベルト状のホルスターにある予備弾薬を取り出して装填した。

 弾薬というよりも弾薬が装填された予備の銃身みたいなものだ。

 音を立てて銃身をロックすると、10mほど先に人がいるのが見えた。

 蛮族ではない。

 兜をなくし髪は乱れ薄汚れてはいるが鈑金鎧(フルプレートアーマー)の男性だった。

 筋肉質のかなり立派な体格だったが、今はどこかしょぼくれて見える。


「ま、待ってくれ!みたぞ。それは魔法の杖だな!?」

 男は激しく狼狽えていた。

 あの炎と礫を放つ魔法が蛮族を一撃で倒したのを見たのだ。

 ……それはぺんぎんが放ったものだったのだが。

「降参する!我は子爵だ!バラント子爵家当主ルネ・ディ・リューである!我を捕虜とするなら十分な報酬が得られよう!」

「にゃ?」

 沙那はきょとんとした。

 ちょっと聞き取れなかったのだ。

 そもそも帝国の封建制度やしきたりが判らない沙那にはピンとこない。


 しかしそれを見たマリエッラが背を伸ばし、大仰に拳を振り上げる。

「バラント子爵ルネ・ディ・リュー。アレキサンダー男爵妃サニャ・カザリ・アレキサンダーが捕縛した!」

 豊かな声量のメゾソプラノだ。

 オペラ歌手でもできそうなほどだった。

「サニャ様の殊勲であるぞ!」 

 

「……え?……ちょっと聞き取れ……な……」

 おろおろする沙那にマリエッラが悪戯っぽく笑いかけた。


「は?妃?誰が……っスかあああああああああああっっ!?」

 クロ―リーがたまらず絶叫した。

 しかし……。


「おお。なんとお妃でしたかっ!」

「エドアード様!おめでとうございます!」

「なんとエルフを娶られていたとは……なるほどさすがはエルフ!噂に違わぬ戦闘力だ!」

「ちょ……みんな待って……」

「さすがだっ!」

「……ボクの話聞いてくれる?」

「サニャ様万歳!万歳!」

「サニャ様ー!これでアレキサンダー家も安泰だ!」


「ちょおおおおおおおおおっとおおおおおおおおおおっっ」

 沙那の首がぐりん!とマりエッラの方に向く。

 ジト目……恨みがましそうな目だ。

 マリエッラは馬上で体を2つに折って、お腹を抱えて爆笑していた。

 涙が止まらない程に。


「ごめんねー……ぷーくすくす」

 ただ、マリエッラは冗談だけでやったわけではなかった。

 居候のエルフという宙ぶらりんな立場では先々困りそうなので、兵士たちに重要人物っぽく売り込んだのだ。

 これでVIPと刷り込まれれば、少なくとも男爵領内では安全になるだろう。

 地位や権威の裏付けがなければ戦えないエルフの立場はとても弱いのだ。

 マリエッラはアリシアがやろうとしていたことと同じ事を考え、そして実行したのだった。

 ここは沙那の名を売るチャンスと。


「敵将を捕らえるとはさすが奥方です!」

「奥……何?……えー?」

「奥方様万歳!」


「ちげえええええええっっ!」

 クローリーの叫びは兵士には届かなかった。

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