5章 第一次辺境紛争~4 秘密兵器「鉄炮」
4 秘密兵器「鉄炮」
バラント男爵軍の混乱ぶりは哀れなほどだった。
やっと川沿いの開けた場所に到達したと思ったら、闇の中で川の沖に浮かんだ船から攻撃を受けたのだ。
それも何をされたのかも理解できなかった。
落雷のような轟音と共に礫を撃ち出す魔法のようだった。
慌てふためいたところに小鬼族からの大攻勢が始まったのだ。
そして、それでは終わらなかった。
ルシエたちが用意したものの本命は火縄銃ではなかった。
銃はあくまで実戦テスト的なものだった。
初弾を撃ち終わると半数の船員は火縄銃を甲板に置き、紐状のものを掴む。
投石器である。
ただ、違うのは石礫を投げるわけではないところだった。
ソフトボールよりちょっと大きい陶器の球だ。
パーチスが考案して試作されたものの延長で、中には火薬と金属片や石が詰め込まれている。
これに火縄が付いており、火を点けてから撃ち出すのだ。
これは落下した先で火薬が爆発すると金属片や石を周囲に巻き散らす恐るべき兵器だった。
ほぼモンゴル軍の震天雷そのものである。
パーチスによって少しアレンジされてはいるが、現代風に言えばちょっとしたグレネードランチャーだ。
火縄銃と異なり正確に狙わなくても周囲に破壊を撒き散らすのだから恐ろしい。
個人で携行できる大砲といって良い。
最初の10発ほどが着弾した。
火縄銃よりよほど恐ろしいことになった。
それはルネには火炎爆発球の魔法が一斉に飛んできたようにしか見えなかった。
事実、資金に糸目を付けないで済む帝国皇帝直轄の親衛魔術砲撃隊はそういう使い方をされている。
さすがのルネも小鬼族が魔術師をそれほど大量に動員できるとは思いもしなかった。
まさに悪夢だった。
火球を起こすごとに何人かの兵士が倒れ、周囲に火を点けた。
ルシエたちは念入りなことに、鉄炮の次には油壷も放り込んでくるのだ。
辺りは火の海になった。
「森を全て燃やすつもりなのか!」
ルネにはそうとしか思えなかった。
小鬼族がそれほど知能が高いなど想像もできなかったのだ。
彼は目の前に立ち上がる炎を呆然と見詰めることしかできなかった。
「ブホッホッホ。赤壁の様でござるな」
甲板の上で燃え盛る様子を賢者が白羽扇でも扇ぐ振りをしながら眺める。
掌に自作の筆で「火」という漢字を落書きしてみる。
気分は歴史上の大軍師である。
「いや。……おかしいよ」
ルシエが何かに気付いた。
炎に照らされる影が小鬼族の他にも武装した人間に見えるものがあったからだ。
前情報にあった猪人族だとしても鎧が揃い過ぎている。
デザインがとかではなく、きちんと手入れされたもののようだった。
蛮族の多くは様々な事情で鎧を作成する能力が低く、よほど高位の存在でもなければ貧相だったり粗末だったりするものだ。
それが今、炎に巻かれてる影の幾つかは帝国に良くある兵士の姿に似ているように感じたのだ。
「応援や友軍はいない……はずだよね?」
「ブフゥ?」
賢者も目を凝らしてみたが判らない。
視力が低いので、ちゃんとした眼鏡が無いと良く見えないのだ。
「人族も混じってる……」
ルシエはすぐに決断した。
「攻撃中止!」
バラント男爵軍はほぼ壊滅しつつあった。
小鬼族に攻め込まれ乱戦状態のところに火縄銃と鉄炮を撃ち込まれたのだ。
慌てて逃げだした者以外は体のあちこちに石礫や金属片を受けて、良くて重傷、運が悪ければ絶命していた。
「……いったい何が」
ルネは恐怖で歯を鳴らしながら、川に沿って下流へと逃げていた。
兜を失い、馬上槍も捨て、泥だらけになっていた。
その姿はまさに落ち武者だった。
彼からすれば知らない魔法による攻撃を受けたとしか思えなかった。
「火炎爆発球を使う蛮族とは……」
こんな蛮族が本格的に攻め込んできたら帝国辺境地域などっという間に平定されるだろう。
族長は慌てて突入を止めた。
小鬼族の本隊が突撃して乱戦になったところに、自分の猪人族の軍勢を突入させ始めたところに爆炎があがったのだ。
最初は雷か何かと思った。
しかし続いてあちこちに火柱が上がって理解した。
魔法攻撃だ!と。
おそらく火炎爆発球の呪文を連発できるような魔術砲撃部隊がいたのだろう。
まるで帝国軍の皇室親衛隊か何かを相手にしたようだった。
「情報とはだいぶ違うぞ」
地方領主程度で魔術砲撃可能な部隊を所有できるはずがない。
構成要素だけでも膨大な費用を必要とするのだ。
火炎爆発球を連発できるほどの資力を持つのは三大王朝の直卒部隊か、帝国中枢の皇帝直属の部隊くらいしかないはずなのだった。
「嵌められたか……」
そう考えるのが自然だった。
判断が遅れると猪人族の軍勢まで壊滅してしまう。
小鬼族たちを見捨てても退避すべきだった。
「退け!退くのだ!」
一旦戦闘に入った軍勢を後退させるときに、森の中に逃げるのは愚策だ。
組織的な行動がとれなくなるので潰走になってしまうからだ。
敵に予備兵力があれば、全て投入して追撃してくるだろう。
潰走状態の軍勢が追撃を受けると致命的な結果になりやすい。
全滅してもおかしくないのだ。
それでも決断すべきだった。
連射される火炎爆発球には抵抗しようがないのだ。
対抗するには蛮族の中でもより高位の魔法種族でもなければ力不足である。
今回は人族の計略にまんまと掛かってしまったと思うしかない。
少しでも同胞を生存させるのが優先だ。
そして何より彼自身の生還もだ。
数時間前までは圧倒的な勝利出来るはずだったのに。
この損害を回復するのに何年……いや10年以上かかるだろう。
* * *
リシャルは唖然としていた。
援軍と共に突き付けられた条件に開いた口が塞がらなかった。
「(僕が?……何故?……僕なんだ!?)」
何故、カストリア子爵はリシャルの養子縁組を要求したのだろう。
全く分からなかった。
アレキサンダー男爵領内では注意深く行動していたので、そこそこ評価されているのは理解できる。
しかし、隣国からそこまで評価されているとは想像だにしていなかった。
いや。何かの目的で人質として確保する気なのかもしれない。
そこまでする理由がアレキサンダー男爵領にあるのだろうか?
彼の知らない何かがあの領内にあるのだろうか?
もしかしたら……。
「(エルフに何か秘密が……?)」
そのくらいしか思いつかない。
ただ一つだけ。
ホッとした部分でもあった。
援軍派兵の見返りとしてはとても小さな要求だったからだ。
自部の身一つで良いのだ。
想定していたすべての条件よりもずっと小さい見返りだった。
「その程度で本当に宜しいのでしょうか?」
リシャルは深々と頭を下げつつ、アルベヒトの表情を伺う。
笑っているようにも、ホッとしているようにも、挑戦的にも見える。
「(食えない人物だ……)」
表情からは全く読めなかった。
人の好い人物という評判通りとは一致しないようだ。
どれだけのことを腹の中に隠しているのだろう。
「宜しければ……是非ともお願いいたします」
リシャルは直角になるほど頭を下げた。
凡人と思っていた人物にこうも手玉に取られるとは屈辱だった。
つくづく自分の青さを感じた。
世界は広く、油断のならない人間は多い。
まさか娘の暴走に耐えきれずに困惑してるとは思ってもみなかった。
「(よっしゃーっ!)」
世に知られる清楚で可憐な美姫とは思えないような心の声がアリシアの中で炸裂した。
父を説得するのは簡単だった。
いや。脅したといって良い。
問題は相手であるリシャルの返答次第だったのだが……拒否できる状況ではないだろう。
こちらも事実上の脅迫であった。
子供のころから自分が男だったら……と何度も繰り返した問い。
否。女のままでも男にも負けないことをやり遂げてみせよう。
その第一歩を今、歩き始めたのだった。
アリシアは困惑した表情のリシャルに優しく微笑んだ。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
* * *
同士討ちをしてしまったのでは?
そう疑っていたルシエは急いでクローリーに報告・連絡すべきだと考えた。
「連絡兵を出す。馬が得意なものを1名。急いで報告して欲しい」
スカーレット号には人数分の馬も積載している。
どこで必要になるか判らないからだったが、今は連絡の早馬に使うべきだろう。
「お?お待ちくだされ、でござる」
賢者だった。
「どうしました?」
ルシエの賢者に対する口調が尊敬に満ちたものになっていた。
「早馬は1名ではなく最低でも3名は出すべきでござる」
「どういうこと?」
「不測の事態で連絡兵が辿り着けないこともあるでござるよ。保険として他にも送り出すべきでござる。ブグブフ」
ルシエは一瞬躊躇した。
20人しかいない部下の内の3人も出すのは戦力低下のことを考えると正直厳しい。
しかし賢者の言葉にも一理ある。
「ここで情報の共有ができなかった時の方が大問題になるのでござるよ」
「……確かに」
ルシエは即断した。
3人と馬3匹を送り出す。
ルートは各自バラバラにだ。
「ブフフゥ。理解が早くて感謝でござるよ」
賢者は安堵の溜息をついた。
実は賢者が特に慎重だったとか何かを予言したとかではない。
彼の軍事マニアの知識故だった。
賢者は軍事マニアが高じて戦闘シミュレーションゲームを趣味にしていた。
その当時のゲーム界ではナポレオニック・ウォーゲームこそ至高という謎の潮流があった。
いや。それ自体はどうでも良い。
ナポレオン最後の戦闘は終始有利に進めており圧勝の可能性を持ちながら、まさかの大逆転の大敗北を喫したことで有名だった。
それはグルーシー元帥の3万を超える別動隊との連携に失敗したのが原因だった。
野戦指揮官としては優秀だったスルト元帥を参謀長にしたために起きた悲劇といわれる。。
彼は別働隊への連絡にただ1人しか連絡将校を送らなかったのだ。
そのため道に迷い、別動隊の発見が遅れ、やっと到着したのはナポレオンが敗北した後であった。
戦後、失意のナポレオンは事情を知って、「前任者のベツティエなら連絡将校を1ダースは放っただろう」と有能な指揮官が必ずしも有能な参謀長になりえないことを悔やんだという逸話があった。
賢者は連絡兵を1名という言葉を耳にした瞬間にそれを思い出したのだった。
さすがに12人も送り出せるほどルシエに兵力が無いので3人にしたが。
* * *
ヒンカの元には各隊から連絡兵が行き来していた。
本陣などといいつつも薪小屋にクローリーお手製の雑な地図と、責任者としてのヒンカ、そして護衛の兵士が2名いるのみである。
一見するとな意味がなさそうな配置だった。
そこにルシエからの連絡兵が辿り着いたのだった。
「同士討ちの可能性……なのじゃ?」
ヒンカは頭を振った。
帝国からの援軍があるとは聞いていない。
友軍であるはずがない。
とはいえ即断するのも躊躇われた。
「クロからの連絡が来たら問い返してみる。少し休んでから一度戻って良いのじゃ」
連絡に来たものは悉く疲れ切っていた。
一息つくどころか睡眠をとらせても良いくらいだった。
この無意味な配置とヒンカの考たことは、後日に間違っていたこと知ることになった。
ルシエの連絡兵の2人目が到着したのは1人が現われた翌日だった。
3人目はさらに翌日だった。
その3人目が現われるころには戦争は終わっていたのだ。
そしてヒンカは気が付いた。
地形によって戦場は迷いやすいこと。
そして情報は遅いと価値がなくなること。
2人目が到着したのはなんとヒンカがクローリー宛の連絡を取った後だった。
3人目は更にその翌日だった。
もし1人しか送らなかったら、どのタイミングで到着していたのだろうかと考えると賢者の判断は賢明だったといえた。
しかし、ヒンカが感心したのはクローリーに対してだった。
連絡兵がお互いの隊を探して戦場を右往左往するよりも、確実に場所が分かっているこの本陣にいったん集めることで、情報のやり取りをスムーズにしていたことだった。
もの凄く運良く直接連絡を取り合うよりは時間はかかるが、一箇所に集めることはとても重要だった。
本来ならここにクローリーがいるべきだったが、彼自身が貴重な魔法戦力なので前線に出したい。
とても遊ばせる余裕はないのだ。
それを考えると、戦闘力はないが常識的で冷静な判断力を持つとはいえ戦闘力が事実上皆無なヒンカをここに配するのは正解だったといえる。
軍事の専門家でもないのにクローリーの冷静な思考力は素晴らしいものだった。
「無線とか欲しくなるのじゃ」
沙那だったらこれを携帯電話やスマホと言ったろう。
賢者なら時代かかった狼煙台を提案するかもしれない。
* * *
その日のうちにカストリア子爵軍は出発した。
アリシアの見積もり通りに先行するのは100騎の軽騎兵隊である。
その先頭にはリシャルと、そしてアリシアがいた。
比較的に体型に合いそうな胸甲を見繕った鈑金鎧姿である。
陽光を眩しく弾くほんのりと青みかかった白銀のそれは貴重なミスリル銀で作られたものだった。
目立つことこの上ないがこれこそアリシアの希望だった。
戦女神の紋章の入った旗を立て、堂々たる風格である。
これらは意図的なものだ。
士気向上と後々の印象を良くするための演出である。
実際に直接戦うことはない。
彼女が立つところ必ず勝利するというイメ―ジのためだった。
全てはアリシアの先々への布石なのだ。
白銀の甲冑に身を包んだ女性が先頭に立てば現実感が無く、それは戦の女神のように見える。
徹底的に印象付けるつもりだった。
そろそろ粗筋や登場人物のまとめを考えた方が良さそうでしょうか。




