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5章 第一次辺境紛争~3 大混乱の夜襲

3 大混乱の夜襲


 イストの元に入った報告は様々な勢力が動き出した、というところまでだった。

 それでも自分の工作によって色々な人間が行動を起こしたことに満足だった。

 彼の考える軍師というのは『籌を帷幄に運らし、勝ちを千里の外に決す』である。

 優れた頭脳は遥か離れた先から自在に事を動かすものだと信じていた。


 もちろんそれは間違っているというわけではない。

 ただ、違うことが一つ。

 イストが考える謀略は緻密な計算で成り立っていて、正確にドミノ倒しのように作用するというものだった。

 比べて古の智謀の主というのは逆に小さな想定外の事が発生してもその分を計算に入れたどんぶり勘定の部分があって、少々の行き違いでは動じない。

 場合によってはプランBを即座に行うだけの冗長性を持たせるものなのだ。

 そのあたり、イストは少しばかり未熟だった。

 全てが上手くいくこと前提なのである。

 小さなボタンの掛け違いが計画をどんどん狂わせてしまうこともあるとは考えてもいなかった。。 


 バラント男爵ルネ・ディ・リューのような食わせ者が混じればなおさらだろう。

 ただ、ルネの予測は半分当たっていたがイストを過小評価しすぎていた。 

 イストは緻密な計画が正確に動くことを期待していたが、目的は極めて単純化されていた。

 彼の計略の目標は今回に限っていえば、ただ『混乱』であったからだ。


 アレキサンダー男爵領が混乱すればどうでも良かったのだ。

 先ずは内紛で乱れ……これは騎士2名を粛正するという形で成功していた。

 次に外敵の攻撃で弱体化すること……これも概ね成功しそうだった。

 そして運が良ければクローリーが戦死なりなんなりしてしまうことで、これはあまり期待していなかった。

 偶然、死んでしまえば儲けものという程度だ。


 ボロボロにして泥水を啜るような目に遭わせたいだけという、嫉妬と逆恨みから来る小さな望みだった。

 エルフたちが何をするかが想像できないが、およそ戦闘には向かないために放棄された異世界召喚者(ワタリ)でしかない。

 注意はしておくものの警戒するほどではなかった。

 すでに彼はこの戦争の結果を見て、次の手を打つことを考えつつあった。

 

 もし、彼にとって計算外があったとしたら……。

 誘導したはずの駒たちが1つならず、ほとんど全部が想定外の動きをしており、予想とはかけ離れた結果になりつつあることだった。

 交渉は騙して行うものではないことを、彼は後に知ることになる。

 互いに同等の利益があると思わせながら別の目的を達成させるもの……というところまで理解が及んではいなかった。



    *    *    *



 おそらくイストにとって最も予想外の行動を取ったのはリシャルだった。

 理性的とは考えられない選択肢だったからだ。

 単純で被害が少なく自己保身を考えるのならば謀反してクローリーを討ち取りルネ・ディ・リューと取引をするのが確実だ。

 クローリーと死を共にする覚悟が無ければ、その方が良い……はずなのだ。

 

 ところがリシャルがとった行動は、例えるなら博打と酒の借金で首の回らなくなったダメ人間が友人の家に金を借りにいくようなものだ。

 後先考えない愚鈍な行為に見える。

 イストはリシャルを小さな野心家としか見ていなかった。

 


 リシャルは全員が騎乗したり馬車であることを大きく利用して、森ではなく山岳地帯を大きく迂回しつつあった。

 これは戦闘行動というわけではない。

 別の目的があった。


 予定された戦場から急速に離れるような行動に、騎士オルテガは全く疑問に思わなかった。

 元々彼はリシャルに心酔している人物なのである。

 リシャルの指示に逆らうはずもない。

 何か壮大な計画を立てているのかもしれないとすら信じていた。

 

「使者……というわけにはいかないでしょうね」

 自分で考えたことなのにリシャルはあまり気は進まなかった。

 彼は隣国へ援軍を頼むつもりだったのだ。

 相手はカストリア子爵であった。


 先日のお見合い……そして大事故……があったとはいえ、カストリア子爵は本来アレキサンダー男爵と並んで対蛮族の戦闘貴族である。

 蛮族相手となれば呼応してくれる可能性は少なくない。

 問題があるとすれば、払えるだけの十分な代価を持たないところだった。

 クローリーたちの活躍で景気が良いとはいえ、インフラ整備など費用は凄まじくかかっているのに見返りはほとんどない。

 インフラ整備の効果で国庫が潤うのは長期的な展望が必要で、徐々にそして10年後20年後といった先で効果を表すものなのだ。

 おかげで収入は莫大だったが支出も凄まじく、自転車操業なのは変わりない。

 

 そのためにクローリーは援軍の依頼をしなかったのだろう。

 それはリシャルも理解していることなのだが……いくらなんでもクローリーの兵は少なすぎた。

 現在開発中の領内が荒廃するようでは何にもならない。

 リシャルは借金をしてでもこの危機は乗り越える必要があると判断していた。

 戦いは一か八かではなく、不測の事態が起きても確実に勝利できるように担保を確保したかった。


 だだ、クローリーがこの領内にいる以上、リシャルの決裁権は著しく小さい。

 領主はあくまでクローリーであり、リシャルは領主代行の執事なのだ。

 勝手にカストリア子爵と交渉してもどこまで代価を払えるのか、自信はなかった。

 最悪の場合は自分が勝手に越権行為で動いたことだからと白を切って、自分が責任を取る形で踏み倒す覚悟だった。

 おそらくクローリーも考えなくはなかっただろうが、弟を外交の犠牲にする選択肢を選ぶような男ではない。

 リシャルは今、アレキサンダー男爵家の執事として、アレキサンダー男爵家の次男として、家のために犠牲になる決心を付けつつあった。

 もしかしたら彼は自分で考えるほど野心家ではないのかもしれない。


「僕は兄上に大きな借りがあるからね」


 少年時代のことが一瞬脳裏をよぎった。 

 それを首振って追い払うと、オルテガを呼んだ。


「オルテガ卿、隊は数日……おそらく2~3日近くの村に待機させてください」

「は」

「僕は少しここを離れて援軍の使者になってきます。3日して戻らない時は兄上の隊に合流するなり指示を仰ぐなりしてください」

「リシャル様……」

「状況を一気に逆転させてみせますよ」

 

 リシャルは単身、馬に乗って走った。

 厳しい山岳越えだったが一睡もしない覚悟であった。

 時間が勝負だった。

 イストがリシャルを過小評価しているのと同様に、リシャルもある人物をかなり常識的な人間と思っていた。

 それこそが彼我共に判断を大きく外していた原因だった。



    *    *    *



 カストリア子爵領は盆地になっているために夏は暑い。

 そのために城から離れた位置に避暑地の離宮が建てられていた。

 カストリア子爵令嬢アリシア・ヴィクトリア・アデライーデ・ワインベルデは、そこで蛮族がアレキサンダー男爵領に侵攻するという報告を聞いた。

 一瞬戸惑い、そして幾つかの情報のピースが頭の中で組み合わせる。


「男爵家を滅ぼさせるには……とても惜しいですわ」 


 アリシアはただの御令嬢ではなかった。

 封建世界の貴族の娘としての運命を甘んじて受け入れる覚悟もあるが、ただ政略結婚の駒だけで終わりたくはない気骨のある娘なのだった。

 むしろこの世の中で何かしらを成し遂げたい英雄願望があった。

 様々な勉強もした。

 腕力ばかりはどうしようもないが、政治の駆け引きでは後れを取りたくなかった。

 今が何かを起こす絶好の機会ではないのだろうか?


 気が付いた時は裸足で部屋を飛び出して、すぐに気付いて頬をを赤く染めた。

 淑女にあるまじき行動だった。

 才色兼備の美姫として有名な彼女らしからぬ姿だった。

 自分が浮かれていたことに気が付いたのだ。


「すぐに城へ。馬車を出しなさい」


 後世に『勝利の三女神』と記されることになるアリシアが歴史の舞台へ踊り上がった瞬間だった。



 アリシアが登城したのは離宮を発して僅か3時間後だった。

 いつもの誰もが見惚れるような優雅な挨拶もそこそこに、父であるカストリア子爵アルベヒトの執務室に踏み込んだ。

「お父様!」

 声は相変わらず可憐だったが、強い意志を感じる張りのあるものだった。

 楚々とした普段の姿からは想像もできないようなアリシアの様子に、アルベヒトは堪らず椅子の上でたじろいだほどだった。


「アリス……」

「状況は概ね把握していますわ。すぐに派兵の準備をお願いします」

「いや……待て……」

「私が率いて行きますわ。すぐに呼集を」

「な……なななな何を言っておるのだ!お前は!」


「これはチャンスなのです。アレキサンダー男爵家に大きな貸しを作れますわ」

 アリシアの視線は優しさの中に、凄味ともいえるような強い光があった。

「それは判るが……あの豊かとはいえない男爵家から何を受け取るつもりなのだ?」

「え?愚問ですわ。お父様」

 アリシアは満面の笑みを浮かべる。

「男爵家の最高の宝ですわよ」

「宝……?」

 アルベヒトは眉を寄せた。

 彼の知らない秘宝でもあるというのだろうか。

 クローリーもリシャルも魔術師でもあるくらいだから魔法の祭器(アーティファクト)か何かだろうか。


「はい。男爵家にいる傑出した人材のことですわ」

「人材……?」

「ええ。リシャル様を我が家の婿にいただくのです」

「な……なんだとー!?」

 アルベヒトは腰を抜かしかけた。

 アレキサンダー男爵家には先日も辱めを受けて破談になったばかりではないか。

「あら。お父様、蟹のように泡をお吹きになって。……仕方ありませんわ。私が代行して話を進めましょう」

「ア……ア……アリスーー!?!?」 



 大失敗も何も大事件になったお見合いの時にアリシアは確信したのだ。

 アレキサンダー男爵家を事実上切り盛りしているのはリシャルであり、その手腕は素晴らしいものだと。

 クローリーたちが石鹸製作から始まって資金を得た事情を知らないアリシアは、豊かとはいえないアレキサンダー領に海外の珍味や料理などが並んだことに驚いていた。

 そして夜でもほんのり明るい街並み。

 余程有能な為政者がいるはずと踏んだのだったが、該当するのがクローリーの代理として男爵領を管理するリシャルだった。

 しかも、若く麗しい美少年である。

 とんでもない掘り出し物といえた。

 少なくともアリシアとその側近たちはそう判断した。


 もちろんお見合いの件でもすでにリシャルに目を付けていたのだが、独身である当主にして兄のクローリーを差し置いてというのは難しい。

 そこで起きた事件で一旦、クローリーとは破談になったのも好都合だった。

 あとは何か丁度良い理由をでっちあげることが出来ればリシャルをカストリア子爵家の次期当主として迎え入れることが出来ないものかと色々策を巡らそうとしている最中だったのだ。

 そこに絶好のタイミングで、向こうから飛び込んで来たのだ。

 鴨が葱を背負ってきたようなものだ。

 これを逃す手はない。

 後継者問題も解決できる上に、アリシアが表舞台に出る絶好の機会だった。


「(勝負に出る時ですわ)」 


 『女だから』という声を封じるチャンスだった。

 今こそ既成事実を作ってしまうべきだった。

 結婚が、ではない。

 様々な裁量権をである。


 素早く脳内で兵力の編成を考える。

 指揮官は……アレキサンダー男爵領に向かった時の護衛だった騎士ブライトとクーゲルマン……ともに勇敢な騎士だ。

 兵は急行できる足の速い前衛部隊に、後詰でバランスをとることにしよう。

 先ずは軽騎兵100を先行させ、後詰は歩兵と弓兵を出せるだけ……500は都合付くだろうか。

 子爵家としても大盤振る舞いだが必ず勝って成果を喧伝する必要がある。

 1両日で準備できるのはそのくらいだろうか。

 残りは少し時間が掛かっても留守のアルベヒトに準備して貰えば良いだろう。

 迅速に動けば、アルベヒトの準備が終わる前に決着がつく……いや、着かせるのだ。

 ここで必要なのは一時的にでもアリシアに指揮権と、華々しい功績なのだ。

 アルベヒトが正気を取り戻す前に有耶無耶のうちに出発したい。

 電光の如く素早く行動すべきだった。


「すぐにリシャル様にお会いしますわよ」


 アリシアは手短にアルベヒトに『姫のお願い』をすると次女とともに足早にリシャルを待たせた宿舎へ向かった。 

 気分が高揚しつつある彼女の顔は自信に溢れた笑みに満ちていた。



    *    *    *



猪人族(オーク)の軍勢が速度を上げて森へ突入しました」


 この報告はルネを喜ばせた。

 それはすなわちアレキサンダー男爵軍を発見して攻撃に出たと判断できるからだ。

 位置的に考えて男爵軍は全軍というわけではないだろうが、かなりの損害を受けるだろう。

 

「ここは前進して猪人族(オーク)どもを迎え撃つ陣を張るべきだろう。野営地を確保して明日の早朝に出立する」

「強行軍ですね」 

「そうだ。男爵領の外縁、森の出口に陣を張ろう。森を背にさせれば後退は難しく殲滅させやすい」

「地形の優位を確保するのですね。了解いたしました」


 ルネは先手を取ったのだ。

 敵の位置と行動を先読みし、先回りをして待ち受ける。

 圧倒的優位に立ち負ける要素がない。

 

「野営地は近くが良いな」

 ルネは空を見上げた。

 時間は午後で夕闇が落ちるほどではないが、3~4時間ほどしか余裕はなさそうだった。

 大きな川が傍にあり場所に困ることはないとはいえ、それなりの数の兵士を動かすのは時間がかかる。


「明日は忙しいぞ」

 ルネは胸算用で忙しかった。

 惜しむらくは、彼は高揚感のあまり大事なものを軽視していた。

 『情報』である。

 彼は自他の勢力の展開も位置も目の前の物しか把握していなかったのだ。


 つまり、猪人族(オーク)の本隊ばかりが目に入っていて状況把握に失敗しつつあった。

 人は上手く行っているときほど、注意が疎かになる。



    *    *    *




 ルシエは手にした小型の望遠鏡を下した。

 帝国世界では貴重を通り越して手に入らない代物だった。

 砂の国(アルサ)で手に入れた逸品である。

 彼女は十分に視力は高いが、それでもあるとないとでは天地ほどの差がある。

 航海では陸地を探したり、あるいは遠くの船が海賊かどうかを判断するためにも役に立つ。

 まさか戦闘で偵察に役に立つとまでは考えてはいなかったが。


「野営の跡だ」

「フッホウ」

「これで3つ目だな」

「ならば……行軍速度が分かってきそうござるな」

「日に10kmくらいか。かなり遅いな」

 ルシエは正確に計測したわけではない。

 船乗りらしい距離感覚でざっと判断したのだが、そう大きく違ってはいないだろう。

「すると今夜もそう遠くはないあたりござろう。ブヒホウッ」

「そうだな。やろう」

 賢者(セージ)はグフフッと笑いで応えると、火縄銃を握った。

 いよいよ使う時が来たのだ。



    *    *    *



 族長は自分たちを追尾してくる人族の軍勢を確認していた。

 間違いない。

 『味方』の行動ではない。


「迷うな」

 

 族長が迷っているのは先手を打って攻撃するかどうかだった。

 問題は時間だ。

 暗くなると敵味方の判別が難しいために戦闘には向かない。

 猪人族(オーク)は人族と概ね同じで夜目はあまり利かない。


「……いや。夜目が利くじゃないか」


 小鬼族(ゴブリン)だ。

 彼らなら夜目が利く。


小鬼族(ゴブリン)に攻撃させれば良い」


 考え込む族長を戦士長が期待を込めて見詰める。


「人族は夜で大混乱になるかもしれぬ」


 戦士長は族長の意志を計りかねた・

 しかし、すぐに理解した。

 夜間攻撃を行うのだ。


戦闘準備(オクライ)だ」


 小鬼族(ゴブリン)に少し良い思い……略奪をさせてやろう。

 敵か味方か判らない人族は各個撃破して後顧の憂いを断っておくべきだ。

 順番としては最初の目標を先に襲うべきだが、背後から強襲されては敵わない。

 敵が所持している食料を奪っておくのも良い。

 戦いはいつも攻撃側が主導権を握るのだ。



「敵襲っ!!」

 騎士の声が聞こえた。

 最後尾に位置した部隊からだった。


 ルネはそれが現実感を著しく欠いているように感じた。

 敵は前方にいるはずなのだ。

 薄闇で何か木の影を誤認でもしたのだろうか。

 そう思った瞬間に、隣にいたはずの騎馬兵が落馬した。

 肩口に粗末な羽のついた矢が突き立っていた。

 

小鬼族(ゴブリン)だ!」

 また別の叫び声が聞こえた。

「ええいっ……迎え討て!」

 ルネも大声で指示する。

 夜になったので森の中の小鬼族(ゴブリン)のテリトリーに入ってしまったのかもしれない。

 だが、それなら数は多くないはずだ。 

「敵は少数のはずだ。者ども落ち着け!」


 しかし……。

小鬼族(ゴブリン)は多数です!数百はいるかとっ!」

「馬鹿な!」

 小鬼族(ゴブリン)のグループなどせいぜい10匹程度のはず。

 それ程の数が本当なら偶然の遭遇ではない。 

 軍勢の攻撃ではないか。

 

 振り返ったルネの視界には薄闇の中を埋め尽くすような黒い影たちがたくさん入っていた。

「何故背後から!?我々は猪人族(オーク)を追っていたはずだ!」

「解りませぬ!」

「……後退せよ!川の方向だ!開けたところで灯りを付けるのだ!」


 暗い中での戦闘は不利だった。

 小鬼族(ゴブリン)自体はそれほど強くない。

 灯りがあれば互角以上に戦えるのだ。

 森の中でなくなるだけでも状況は好転するはずだった。

 バラント男爵の軍勢はばらばらになりながら後退を始めた……というよりも潰走しはじめた。

 灯りのための火を焚くものもいたが、森の中では装備や能力の有利さが発揮できない。

 川まではそれほど遠くはない。



 松明の灯りが見えた。

 3本マストの帆のほとんどを畳んだスカーレット号は川を注意深くゆっくりと下りつつあった。

 灯りを見たルシエは想定通りと判断し、手振りで指示を出した。 

 総舵手以外の船員たちは賢者(セージ)から事前に配られていた火縄銃の火縄に火を点ける。

 船のいる川中央から岸までは100m近くあるので実用有効射程ギリギリだ。

 とはいえ川の水が掘のように立ちふさがるので敵からの反撃も受けにくい。

 常識的に考えれば、お互い弓矢の応酬になるだろう。

 だが、ルシエたちには他に秘密兵器が準備されていたのだった。


「放て」

 彼我の距離を目測しつつ、ルシエは命じた。

 彼女も火縄銃の効果のほどは判らない。

 有効射程距離の説明を受けていただけだった。

 再装填には時間が掛かるので、効果を見てからその後は判断するつもりだった。


 不揃いな、連続した発砲音が森に響いた。

 練習で知ってはいたが大きな音だった。

 夜というのに鳥たちが慌てふためいて飛び立つ音も聞こえた。

 立っていた松明が一つ倒れた様子から、命中弾があったようだった。


 ルシエが松明を見て迷わず攻撃したのは、自分たち以外に味方はいない『はず』だったからだ。

 誤認を防ぐために仲間たちには灯りとして魔法の永続光コンティニアル・ライトを掛けたコインを入れた投光式ランタンを用意していた。

 非情に高価な構成要素マテリアルコンポーネントをかなり消費してしまったが、同士討ちをするよりマシだった。

 その代わり魔法の灯りは松明の灯りとは光り方が異なるので敵か味方か一瞬で判別できる。

 つまり、松明の灯りを持つ集団というのは紛れもなく敵の勢力の『はず』だった。


 落雷のような轟音と共に銃弾を受けた方は大混乱になった。

「これは……小鬼族(ゴブリン)の魔法なのか!?」

 被害自体は大したことが無かったのだが、兵士の1人が鎧を撃ち抜かれて地面に転がっていた。

 ルネは悪夢でも見ているようだった。

 小鬼族(ゴブリン)が強力な攻撃魔法を使うのだろうか。

 噂には聞いたことはある。とはいえ、目にするのは初めてだった。

「あの雷のような音は……!?」

「川に……川に船が見えます!」

「船だと!?」


 騎士アルマスが指し示した先を見たルネは信じられないものを見た。

 川の中ほどにぼんやりと浮かんで見える亡霊のような白い船体だったのだ。

 川を遡上するには明らかに大きすぎるような3本マストの大型船だった。


「なんだ……あれは」


 そう。ルシエたちが攻撃したのは小鬼族(ゴブリン)の攻撃から後退してきたバラント男爵軍だったのだ。

 そして、バラント男爵ルネ・ディ・リューの本当の悪夢はこれからだった。

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