4章 富国弱兵~14 蠢動。同志よ前へ
14 蠢動。同志よ前へ。
ミスリルは別名ミスリル銀とも呼ばれており、白銀のように輝く金属として知られていた。
鉄よりも遥かに硬く、同じ大きさなら重量も鉄の半分程という軽量さだ。
沙那たちの感覚からすれば強度を除けばアルミニウムの合金のようだった。
その製法はドワーフ族の一部にのみ伝わっており、そのこともあってドワーフ族は差別されたり迫害されたりはしなかった。
欲しければドワーフ族に頼むしかないからだ。
もう一つ。ミスリル武具には特徴があった。
いずれも美麗で緻密な装飾が施されていたからだ。
希少な材料であるが故に手をかけるのだろうか。
沙那たちに渡すことになったミスリルの銃にもやはり精緻な模様が入れられていた。
沙那用の銃はぺんぎん模様だった。
ミスリルがドワーフ族以外には知られていないのは、その性質にあった。
ミスリル銀などと呼ばれているにも関わらず、金属鉱石として出てこないからだった。
だから気が付かれないのだ。
原材料は金属とは思えないものなのだった。
一言で言えば、粘土のようなもの。といえた。
ドワーフ族は元々、焼き物の研究からミスリルを発見したのだった。
その性質は特殊で秘術を相伝されたドワーフにしか分からない。
粘土状の柔らかく加工しやすいミスリル鉱は特殊な加工で『焼き』を入れることで急速に硬化し軽くなる性質を持っていた。
簡単に言えば粘土細工のように形を整えて、『焼き』を入れることで完成する。
その『焼き』を入れる前段階が粘土のような状態なので、装飾が入れやすいのだ。
そしてその装飾ゆえに神秘性を持たせることができた。
ドワーフ族にとっては大きな金蔓……もとい財産だった。
ガイウスがこの地に住み着いたのはミスリル鉱脈を見つけたからだった。
資源に恵まれていないアレキサンダー領で唯一の資源かも知れない。
もちろんガイウスは一切口外しない。
こつこつと地味な日用雑貨の鍛冶職人として過ごしつつ、極まれにミスリル製品の販売を行う。
ミスリル製品の販売窓口の振りで通してきていた。
クローリーにも秘密である。
そのミスリルの性質上、鉄製品よりもよほど制作しやすかった。
複雑な形状のものほどミスリルは扱いやすいのだ。
そして腕を振るう機会ができたことにガイウスは喜んでた。
* * *
「……なるほど。鉄砲でシタカ」
パーチスが銃の存在を知ったのは巧みなスパイ活動の結果……ではなく、沙那や賢者がぺらぺら喋ったからだった。
隠そうという気が無いからかもしれない。
「しかし……」
パーチスは首を捻る。
「そう上手くは行かないと思いマスヨ」
初期の鉄砲が弓や弩に対して優勢とは言えないのももちろんだったがパーチスの見立ては少し違っていた。
「数が無いとダメなんですよネエ」
賢者が例えに出していた長篠の戦いでも、3千丁の鉄砲と馬防柵と土塁によって狭い場所に集中させるというものであった。
一般的に想像される野戦とはかなり異なっている。
歴史マニアでもあるパーチスはそれを知っていた。
ただし、彼は軍事や戦史マニアではない。
社会科の教員だった経歴と、ほんのちょっぴりの趣味である歴史マニアなためだった。
そのため、銃の登場で戦場が変わったという意識はない。
注意深く使えば効果的であったとだけ理解していた。
つまり、彼の思うには……銃を効果的に使うほどの兵力がアレキサンダー男爵家には存在しないことだった。
さっと調べただけでも男爵家には3人の騎士とそれに従う従者と戦士団だけで、総数が100人に満たない。
全員が銃を装備して、伝説の三段撃ちを行っても一回の射撃で30発くらいしか弾が飛ばないのだ。
賢者が妄想しているような大規模戦闘にはとても使えない。
戦場の様相を変えるというほどのことはできないし、何より銃の量産の目途が立たない。
ガイウスの工房は増員しても5人しかいないのだ。
「ワタシなら違うことを考えマスネエ」
パーチスは雑談混じりにちょっとした提案をした。
「金属バネの大型の弩が欲しいデスナ。しかも車輪を2枚重ね合わせた台座の上に置くと尚ヨロシカロウでゴザイマスヨ」
それはヒンカが見たら「TV台?」と思うようなものであった。
車輪というよりも大きなお皿を2枚重ねて、精度は低いもとはいえ一応のボールベアリングで軽やかに回せるようにした台座である。
そこに大型の弩砲を設置するのだ。
なぜそんなものを作るのか?
「火薬は銃や大砲だけが利用法ではないんデスネエ」
装填速度や射程に問題のある銃や砲ではなく弩砲を選んだのは主に射程距離である。
弩砲には様々な種類があるのだが、その中でも射程が400m前後のものを選んだ。
この400mというの後装式ライフル小銃の有効射程とされる距離であった。
これは単に実用的なライフル小銃に合わせたというよりも、後々にライフル銃を運用できるようになった時にすぐに対応できるようにという意味合いもあった。
「これの良いトコロは……イケマセンイケマセン。悪用されたくはないですカラナ」
そう嘯きつつ陶器の壷に火薬と金属片や石を詰めこんでいた。
とても単純な造りの爆弾である。
これを弩砲で撃ち出すのだ。
ちょっとした大砲である。
しかもこの時点で制作可能な銃や大砲よりも射程は長いのである。
「この台座に車輪を付けるとさながら騎馬砲兵というところデスカネエ。ナポレオンかフリードリヒ大王のような……おっと」
パーチスは首を横に振った。
「戦争する気になられても困るので防衛用ということで……2~3機もあれば十分デショウ」
彼はクローリーの力を強めたいのではなかった。
単純に好奇心で作ってみたくなっただけだった。
「いざという時に身を守る術はあった方が良いと思うのデスがネエ……」
彼はスパイでありながらアレキサンダー男爵領に惹かれつつあった。
帝国内では各段に進んだ文化的な生活。
帝国にはそれまで存在しなかった食材。
何よりもそれらを受け入れるクローリーという領主の度量の大きさだった。
「もうちょっと……もうちょっと先を見てみたいと思ってしまうのはオカシイですかネエ」
彼はやはりスパイには向いてない性格だった。
* * *
「ははっ。遂に立ったか。蛮族どもめ」
報告を受けたイストは本来の貴公子的な雰囲気とは違う言葉を発した。
精神の高揚と僅かに早くなる動悸。
「私の思い通りに動き始めましたよ!」
笑いが止まらない。
彼が根回しを続けた『策』が動き出そうとしていたのだ。
魔族の勢力である猪人族の部族が数十年ぶりに人族の領域へ攻め込むべく兵を挙げたのだった。
色々と餌をチラつかせたが、どの理由で戦う気になったのかは判らない。
いや。理由も目的もどうでもよかった。
戦乱の切欠が起きればイストの目的は達成できるのだ。
「時代が!世界が!動き出すのですよ!」
イストは手を伸ばし、テーブルの上に展開する盤と駒……帝国チェスの駒を摘まむ。
もっとも価値の低い歩兵の駒だった。
「さあ。ゲームの始まりです」
最弱の駒である歩兵は敵エリアの奥に入り込むと、最強の駒に昇格する。
それが示す意味は……。
「雪崩のように連鎖的に起きる戦い。どうなるんでしょうね」
* * *
猪人族は魔族とか蛮族などと様々な呼ばれ方をしている種族である。
その名の通り猪に似た頭部を持つ怪物であるが、その体つきや習性は人間い近い。
通常は数十匹で集落を作り緩やかに暮らしていることが多いが、各部族を緩やかに統合した大部族を構成することもある。
この大規模化した場合には人族の領域に収奪目的で侵入してくることがある。
その侵入の理由は、彼らが魔族の中でも最も脆弱な種族であるからだった。
他の種族から自分たちを守るためには結集しなくてはならず、かといって有力魔族に戦いを挑めるほどの力はなく、勝利しやすい対象はというと……人族だった。
帝国が総力を挙げれば数でも武装のレベルでも帝国が圧倒する。
はずなのだが大規模な討伐などは帝国創成期くらいのものだった。
大規模な兵力を長期間戦わせるほどの財力は、現在の帝国にはないのだ。
すなわち、戦う相手は最前線の地方領主で済む。
制圧しなくても、侵入して収奪して逃げ戻っても良い。
その姿は帝国の領主たちとほとんど同じである。
「前進!」
猪人族の先陣を切る戦士長が号令した。
率いられた猪人族たちも槍を掲げて気勢を上げた。
その場に集まった猪人族はざっと300匹。
ちょっとした地方領主の軍勢と互角である。
しかし、敗北の可能性は少ない。
何故なら彼らが進もうとしている先はアレキサンダー男爵領。
最も兵力の少ない人族の地方領主だったのだ。
「奪え!奪え!奪え!焼き尽くせ!」
* * *
猪人族の軍勢が行軍し始める様子を確認した革の甲冑姿が馬に飛び乗った。
その場には他にも数騎の騎馬兵がいた。
何れも高度に訓練された様子であった。
「騎兵は戦闘前、戦闘中、戦闘後、何時でも役に立つ」
とは有名なナポレオンの言葉ではあるが、優秀な野戦指揮官なら誰もが理解していた。
彼らは戦闘前……斥候/偵察に出ていた人族の一団である。
複数で行動しているの誤認人を減らすためと、報告が確実に届くように複数の騎馬を走らせるためであった。
報告を受けたバラント男爵ルネ・ディ・リューは馬上で顎髭を扱いた。
はち切れそうな筋肉を派手な装飾のついた胸甲で抑え込んだような偉丈夫である。
人好きのしそうな30代半ばといった男だったが、考え事をする時に時折見せる猛禽類のような目つきをするのが玉に瑕だった。
「さて諸君。我々は白馬に跨った騎兵隊として、哀れ窮地に陥った同胞を救出するという名誉に与かれることになった」
ルネは辺りを睥睨する。
その視線に、やはり馬上にあった鈑金鎧に身を包んだ騎士が面頬を上げて顔を見せた。
若い。20代半ばというところだろうか。
舞踏会にいても女性が群がりそうな美青年だ。
「アルマス。光栄に思うか?」
「は。その名誉に浴するのはどのようなタイミングでしょうか?」
ルネはアルマスと呼んだ青年騎士を見て驚いたような顔をした。
「おお……もちろん、もちろん一刻も早くだよ」
「では、今からでしょうか?」
アルマスは重ねて訊いた。
「その通りである。我々は風よりも速く救出に行くのだ」
「それでは……」
アルマスは拍車を鳴らした。
馬の腹に使ったわけではない。
ただ、音を鳴らしただけだ。
「ただ……」
ルネは大きく天を仰いだ。
両手で顔を覆う。
「何ということだろう。我々は全速で突撃したにも関わらず……アレキサンダー領は野蛮な猪人族どもに蹂躙されている最中だったのだ。なんという無念……」
「蹂躙された『後』ではなく。その途中に間に合った、ということですか」
「そう。そうなのだ!」
ルネは号泣するようなポーズを見せた。
「全てを取り戻すことは叶わなかった!……が、一部を奪回できたのだ」
「なるほど。一部以外は猪人族どもに奪い去られてしまったのですね」
「その通りだ。嗚呼、哀れで不憫なアレキサンダー男爵よ。と……彼に姫はいたかな?」
「若く独身と聞いておりますれば」
「そうか。姉や妹も?」
「話は聞いておりません」
「ふぅむ?いや。いたはずだな。姉でも妹でも良い。猪人族どもに凌辱される前に我々が救出するのだ!いや、したのだ!」
「アレキサンダー男爵もさぞ無念でしょう。生存できた肉親が妹姫のみで、当主は残念ながらも討ち死にと」
「ああ。残念無念だ!家の再興はこの私が何としてでも行おう。伴侶としての義務でもある」
アルマスは小さく噴き出してしまった。
このあざとい小芝居がだ。
「男爵領を2つ持てば……子爵を名乗っても良いな。いや、副伯かな?」
「救出者という武名と共に実利も得ますか」
「まあ、慌てるな」
ルネが手で制した。
「他にも乗せられた奴がいるかも知れん」
「ああ。善戦空しく猪人族どもの前に討ち死にする……した連中ですね」
「うむ。帝国の名誉にかけて戦死した者たちも冥福を祈ろう」
ルネが含み笑いをする。
「エムレインの次男坊……イストだったか。策略を企むのは好きなようだが交渉や駆け引きは下手な男だな」
「そのようで」
「人を思い通りに動かすには相手に充分なメリットを提示しないと交渉にはならない」
「彼は自分の頭脳に余程の自信……過信があるのでしょう。自分だけが得をするようにしか考えていませんね」
「そう。他人をみんな馬鹿だとでも思っているのだろう。人を使い捨てにしようとすると見抜かれて裏切られるぞ」
「若い故でしょうか」
「乱世を起こして帝国チェスを指すにはまだまだ未熟ではあるな」
「彼は人を歩兵の駒としか考えていないのでしょう」
「知ってるかね。アルマス。ポーンは最強の駒にもなることを」
「昇格しますか」
「他に睨まれない程度にlこっそり稼がせてもらおうぞ」
「御意です」
「諸君、行進始め」




