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4章 富国弱兵~10 行き倒れパチモンエルフ

10 行き倒れパチモンエルフ

 

 燦々と降り注ぐ日差しは柔らかい温かさだったが、男から徐々に体力を奪いつつあった。

 一歩足を踏み出すごとに圧し掛かる疲労感。

 冷や汗と共に意識を削り取られていくようだった。

 

 馬車の轍が幾重にも走る狭い街道の土を踏みしめ。ゆらゆらと歩き、そして、倒れた。

 転倒して顔を地面に打ち付けたが、朦朧とした意識の中で痛みをあまり感じなかった。

 立ち上がろうとしても目を開けることすらできない。

 体は重く力が入らない。

 男は間もなく意識を失った。



「もしもーし」

 幼さの残るやや高い声。

 若い女性のものらしいが、頭に響くようなきんきん声ではない。

 元気が良く優しも感じられた。

 ヒロインというよりも妹枠の声だな。と男はどうでも良い感想を持った。


「だいじょーぶー?」

 仄かに柑橘系の香りがする水を飲まされていた。

 帝国では見ることのほとんどない竹でできた小形の水筒だった。

 状況が判らないうちに水を飲ませるのは正しい行為じゃないぞ、と言いそうになりながら男は目を覚ました、

 

 腰ほどまである長いピンクブロンドの髪を持った10代半ばくらいの少女だった。

 どうやら膝枕の上に頭を乗せられているようだ。

 すぐ目の前には少女の、年に似合わない大きな胸の膨らみがあった。


「……ロリ巨乳というやつデスな」

 男はとんでもないことを口にした。

「果物の香りの飲料水なんて何年ぶりに口にしたでしょうか……」

 少女が飲ませてくれた水には甘味もあった。

 男にとってはどこか懐かしさを覚える味だった。


「おー……目を覚ましたっスか」

 黒髪で中肉中背というには少し背が高い男だった。

 悪くない造形の顔立ちなのだが、垂れ目がちの目がバランスを崩している。

「エルフの行き倒れって……最近のオレは縁があるっスなー」


 倒れていた男は僅かに顔を強張らせた。

 彼も黒髪だったのだが、クローリーとは大きく異なる。

 金属光沢の黒髪だったからだ。

 それは、この世界でエルフと呼ばれる人たちの特徴だった。


 沙那は男の口調にちょっとだけ不思議な印象を持った。

 聞き取りやすいのである。

 帝国公用語は沙那のいた世界の英語の良く似ていて、親和性も高い言語だ。

 沙那にとっては母国語とはかなりかけ離れているため、義務教育で獲得したレベルの言葉しか使えない。

 そのために普段は聞き取り難かったり、言葉の意味が分からないということも良くある。

 それなのに男の帝国語は明快に聞き取れたのだ。



「行き先が決まってるなら送っていくっスが……医者を先にするスか?」

 クローリーは男と視線を合わせるようにしゃがんだ。 

「ま、もうちょっと休んでいた方が良い気もするっス」


「いや。いい。医者よりも……何か食べ物があれば」

 男は空腹だったのだ。

 ここ3日ほど何も食べていない。


「ほーん?じゃあ、その辺の食堂にでも入るっスか。立てるならっスけど」

 男は力なく笑った。

 糖分を含んだ水で気力は少し取り戻したものの体に力が入らない。


「ん。んー?手持ちはこれくらいだけどー」

 沙那が腰に付けたポーチから小さな丸いものを取り出した。

 ぺんぎんのおやつパート2こと、小さな小魚入り団子だった。

 

「これはこれは。きびだんご、ならずチビ団子というところデスね」

 男は下らない駄洒落を言った。

「ワタシは犬でもキジでも猿でもないんデスが」

 そう言いつつ受け取って口に入れた。


 ほんのりと甘い。 

 砂糖の甘さではなく、穀物特有のあっさりとした甘さ。

 ただ、ぺんぎん向けに小魚が混じっているので。もしゃもしゃしていて少々食べ辛い。

 それでも男には久しぶりに口にする食物だったので充分に有り難がったのだろう。

 ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。


「お腹が空くと何でもおいしいものデスね」

「へへへー。もうちょっとまともなものがあれば良かったんだけどー」

「いえいえ。ご馳走さまデス」

 男は両手を合わせた。

 そのジェスチャーはクローリーには判らないものだったが、沙那の生まれた国では良く見るものだった。


「きゅー?」

「きゅっきゅ」

 ぺんぎんたちが人には判らない謎のぺんぎん語で会議をしていた。

「きゅー」

 

 そしてぺんぎん隊の1匹?1羽?が一歩前に出る。

 ペンギンたちの代表であるテンだった。

 テンはお腹のポケットのような袋から小魚ビスケットを取り出す。

 そして、ぱきっと2つに割った……が左右で大きさが違っていた。


「きゅ?」

 テンはじぃーっとビスケットを見つめ、そして、大きい方を男に差し出した。

「それで良い」

 沙那は笑顔でテンの頭を撫でた。

「きゅー」


 なぜペんぎんに手があったり。袋があるのかは謎である。

 沙那の説明が悪かったのか、描いた絵が悪かったのか、あるいはクローリーが睡眠不足だったのか。

 ぺんぎんのような姿でありつつも、ぺんぎんとは異なるものなのである。



「な……何者デスか、こやつら」

 男はぺんぎんたちをまじまじと見詰めた。

「クロちゃんが作ってくれたー動く魔法のお人形だよー。かわいいでしょー」

「人……形……?」

「あー。泥人形(ゴーレム)ってやつっスよ」


「ほう」

 男は小さく感嘆の声を漏らした。

泥人形(ゴーレム)というより自動人形(オートマトン)という感じデスね」

 ゴーレムに軽い自我を与える魔術があるのは知っていた。

 それにしても目の前のぺんぎんたちはとても人間臭い動きをしている。



「しかし。この地で魔法を使うというと……よもやエドアール・アレキサンダー男爵様ではありますまいか?」

「お?」

「ん?」

 クローリーと沙那は顔を見合わせた。

「ワタシ、エドアール卿にお仕えすべく、この地に参ったのデス」



    *    *    *



 クローリーと沙那は男を近くの食堂に連れて行った。

 食堂といっても立派なものではなく、屋台に毛が生えたようなものだ。

 移動可能なように古い荷馬車を手製で改造したらしい粗末な作りだが、最近になって男爵領に移住した人らしく新しいメニューが並ぶ変わった店だった。

 沙那的な印象を言えば、赤ちょうちんかラーメンの屋台である。

 この屋台の売りは、この半年ほどの間に流入してきた新しい調味料や変わった食材の料理だった。


「こ、これは……世が世ならジャガイモ警察がSNSで大炎上させそうな案件デスナ」

 男は皿に盛られた料理を見てそんなことを呟いた。

 そこにあるのはビーフシチュー……というよりもポトフのような料理だった。

「ビートじゃなくてジャガイモというとがまた……」

 男は一匙掬って口に入れた。

「あ。ワタシ、新奇物忌避(ネオフォビア)は御座いませんので何でも有り難く頂く主義でアリマスヨ」


 この辺りではアレキサンダー男爵領以外では高価すぎてまず口にはできない香辛料が使われていた。

 とはいえ辛くはなく、強い刺激もない。

 むしろどこか懐かしい感じがした。

 男の記憶の中で最も近いもので例えるとしたら『おでん』だった。

 

「変わった料理ですが、旨いデスナ」

 大根とは違うが似た食感のカブも入っていた。

「牛スジ肉ではなく、ガチ牛肉なのが贅沢過ぎて残念でデスガ……」

 男はごくんと飲み込んだ。 

 汁物なので喉に詰まらないのは助かる。

 少々熱すぎることを除けば。


「食べながらで失礼いたしマスが、まずは感謝を。そして自己紹介をさせていただきマス」

 男はこほんと咳払いした。

「ワタシの名は……まー……あー……パーチスといいマス。パーチス・ウラルートとお呼びクダサイ」

「パー?」

「んー。じゃあー、パーちんだねー!」

 パーチスが眉毛を『し』の字にした。

「なんか、その呼び方だとお猿のパーちん2号とか出てきそうでアブナイのデスナ」

「……なにそれ―?」

 沙那には通じなかったが、賢者(セージ)がこの場にいれば違ったかもしれない。


「ともあれ。見ての通り、この世界ではエルフと呼ばれる身ではありますが。残念無念。剣も魔法も使えない能なしだったのデス」

「まー、よくあることっス」

「えー?ボクには美少女っていう最強能力があるけどー?」

「塔の上から投げ捨てられる程度の希少価値みたいだったっスがねー」

「うるさーい!」

 沙那の拳がクローリーのこめかみに炸裂した。

 捻りの入ったコークスクリューブローだった。

 パーチスは見てないふりをした。


「それでも働ける場所をと思いマシテー……」

「あ。分かったっス。採用するっス」

「そこを何とか……能力を持たないエルフでも広い心で雇い入れて下るという噂の男爵様に……」

「だから、採用するって言ってるっスよ」

「ナントー!?ナントの南東!」

 パーチスはおやじギャグで誤魔化そうとしたが、心中かなり驚いていた。

「スゴイ能力とか持ってないのデスヨー?それもでも?」


「あー。そういうのはどうでも良いんス」

 クローリーはにたりと笑った。

 彼は元々戦力としてのエルフ……異世界召喚者(ワタリ)には興味を持っていなかった。

 生活水準向上のための話を聞くための雑談仲間が欲しい程度だった。

 そしてなにより……。


「今はちょうど人手が欲しかったところなんスよ。エルフならそれだけで欲しい人材である可能性が高いんス」

「ほほう?それはどういった意味でショウ?」

「パっつぁん。字の読み書きはできるっスな?」

「そりゃできマスが」

「それが今一番欲しい人材なんス」

 

 クローリーのアレキサンダー男爵領維新……というか、生活向上改革には人がたくさん必要である。

 その最大の問題が、帝国内での識字率の低さだった。

 何をするにも、役人として人を増やしたくても、文字の読み書きや四則演算ができないようではとても困る。

 それを解決するために学校を作り義務教育化を推し進めているのだ。

 そして、その上で一番の懸案事項は……教員不足だった。

 

 クローリーが今まで見てきたエルフは文字の読み書きは全員できた。

 それだけでも教員として喉から手が出るほど欲しいのだ。

 学校を卒業した子供たちを今度は補助教員として採用するにしても、軌道に乗るまでには数年はかかる。

 実際には10年20年という長いスパンで考えなくてはならない。

 その中で教員として即戦力になる人材はいくらいても多すぎることはなかった。


「……と、まあ、こういう感じで学校の先生ができるなら大歓迎なんス」

 クローリーは手短に説明した。

 衣食住は規定通りに支給、給与は月給制だった。

 福利厚生は帝国世界では最も充実しているだろう。


「お世話にナリマス!」



    *    *    *



 教員用の宿舎は新しく建てられた集合住宅だった。

 この時代の帝国の庶民では望むべくもないほどしっかりした住宅である。

 2x4(ツ-バイフォー)のような共通規格で、プレハブ工法のように組上げられるため、早く正確に建てられており見栄えも良い。

 食事も学校の給食システムの延長上にあり、取り立てて豪華ではないが貧相でもない。

 

 何よりパーチスを一番驚かせたのは原始的とはいえ上下水道が完備されていたことと、共同ではあるが浴室まであることだった。

 どう考えても経営に収支のバランスがとれているようには思えないが、これもクローリーの便利社会構想の過程にあるので初期費用の回収などは考慮されていない赤字覚悟の投資なのである。

 町に出ればあちこちにガス灯の街灯が立ち、夜でもぼんやりと明るく辺りを照らして治安維持にも役立っていた。


「これは……明治御一新直後の江戸って感じなんデスかねえ」


 パーチスが感じたのはそういうイメージだった。

 中世然とした世界に新しい技術が一気に流入して大きく変化した時代、という空気を感じる。


「それに、こんなにあっさり潜り込めちゃって良いものなんデスかねえ」


 パーチスが拍子抜けするほど、クローリーは不用心だった。

 あまりにも簡単すぎる。

 自分が潜入任務に向いているとはとても思えないパーチスが同情したくなるほどだった。


「さあて。雇い主には如何連絡とりましょうかネエ」


 パーチスは大きく伸びをして笑った。



    *    *    *



「クロちゃん」

「なんスか?」

「あのー、パーちんだけど。たぶん、ボクや賢者(セージ)と同じ世界の人じゃないかなー?」

「ほー?それはどうしてわかるっスか?」

「それはねー……」

 沙那はパーチスに会った時の不思議な既視感を説明した。

「ボクの国の人はだいたい、この、帝国語?の発音が下手なんだー」

「ほー?」

「ジャパニーズイングリッシュとか、カタカナ英語とか言われててねー。うーん。微妙な発音ができないというかー……単語を一つ一つキチンと切って発音するところとか―」


 それ故に日本人は英語が下手と言われ、沙那の世代になると小学校から英会話を義務教育に盛り込まれていた。

 はっきり言って全くの無駄だと沙那は思わなくもない。

 かつてヨーロッパの共通語として高等教育に使われたラテン語は、むしろ発音に関してはローマ字読みであり、だからこそ相手も聞き取りやすかった。

 相手に悪意でもない限りは少々の発音の差異は気にしないものである。


 逆に変な抑揚をつけようとすると全く通じない言葉に聞こえたりするものだ。

 沙那はこの世界に飛ばされる1年前の家族旅行で訪米したときに、英語風のイントネーションにしようと変に巻き舌発音にした日本人観光客がハンバーガーショップで「ツィキンナグェットゥウ」という感じで注文をしていたら、全く通じずに普通のハンバーガーを出された光景を目にしたことがある。

 パーチスの帝国語はそういったことを一切しないカタカナ英語風だったので、沙那にはとても聞き取りやすかったのだ。


「まー……どういう思惑があるにしても。うちみたいな辺境の田舎領地に潜り込んでも金目の物があるわけでもなしー」

 クローリーは面白そうに沙那の顔を覗き込んだ。

「手の込んだことをする必要も意味もないっスよ」

 沙那が首を傾げた。

「……それもそーだねー」

 アレキサンダー男爵領は何かのターゲットにされるような重要な何かがあるわけでもなんでもないのだ。

 まさにザ・田舎な立地と、どちらかというと貧しい地域、注目されるものは無いもない。

 そんなものを狙う人間がいるわけがない。と、クローリーは思っていた。




    *    *    *



「上手く潜り込んだのは、腐ってもエルフということか」  

 エムレイン伯爵家のイストは報告を受けて鼻白んだ。

 彼は無能なエルフには一切の興味がない。

 半年前にパーチスを拾ったときからも、それは変わっていない。


 ただ、車輪屋とバカにされるクローリーが飄々としながら無能なエルフを拾い、さっらにピンクブロンドのエルフを新しく受け入れていたことに興味を惹かれたのだった。

「あいつは何かを企んでいる。あるいは何かを知っているに違いない」

 それはただの勘だった。 

 否。

 むしろ同年代の魔術学院のライバルに対する嫉妬と疑惑からだった。


 魔術師は倫理的であり、また、そうであるべきだった。 

 そう魔術教育を受けてきたイストにとって、クローリーはあまりにも想定外の行動をとる存在に見えていた。

 成績も良くはないクローリーだったが、導師たちや他の魔術学生たちからも一目置かれていた。

 納得がいかない。

 自分の方が才能も家柄も上のはずだった。

 

 癇に障る。

 とでも言うべきなのだろうか。

 気が付くとクローリーを凹まそうとばかりしていた。

 自分より才能の劣る人間が、評価されるのが面白くなかった。

 才能の差を見せつけよう。

 それが彼のモチベーションになりつつあった。



 反面、全く意に介してなかったのがクローリーである。

 そもそもクローリーは自分の能力を誇示する自己顕示欲がほとんどなかったのだ。

 野望といえば、楽で便利な生活を魔法を使ってお手軽に実現できないか?というわりとしょうもないものだった。

 そのために色んな分野に顔を出し、成績自体には全く興味なし。

 代返やノートの貸し借りも気楽にするので知り合いからの評判は良かった。

 

 しかし、夢見ていることが魔術師の考える類のものではないので、ある意味浮いていたし、変人とレッテルを貼られてもいた。

 そのような状況だから、クローリーの自己評価はとても低い。

 だからこそ、他人から注視されている意識は全くなかった。

 嫉妬や疑念が人を動かす最強の糧になるなんて思いもしなかった。

 ある意味、クローリーは見た目以上にお人好しで能天気な人物だったのだ。




    *    *    *



「そういえば……この間、偶然チューしちゃったわけだったっスけど」

「思い出させるなあああああああ」

「いやー。気持ち良かったとか、興奮しちゃったとか、なんかあったっスか?」

 くわっ。

 その瞬間、沙那には青白い光のオーラに包まれた……ようにクローリーには見えた。

 繰り出すパンチはマグナム弾のようだった。

 クローリーは文字通り、数メートル吹っ飛ばされた。


 このデリカシーの無さや空気の読めなさが、イストのような潜在的な敵を作る原因なのかもしれなかった。







  

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