4章 富国弱兵~5 男爵様のお見合い大作戦!(中編)
5 男爵様のお見合い大作戦!(中編)
アリシア姫一行を受け入れたクローリーたちは晩餐会を開くことになった。
とはいってもアレキサンダー男爵家はこじんまりとしたものなので規模的には大したことはできない。
人数も身内を総動員して何とか体裁を整えた程度である。
ただ、一つ。他を圧倒する長所があるとすれば料理だろう。
香辛料をはじめとして使える調味料や食材が豊富なために、カストリア子爵家の人々をたいそう驚かせた。
沙那の肝いりで作られたカレーの強烈な匂いとかを別にすれば。
「おい。執事」
などと威張り散らす大馬鹿野郎は帝国貴族にはまずいない。
帝国だけに限らず、執事、特に筆頭執事とか家令などと呼ばれる人物はその家の重要人物である。
最も多いのは次期当主として勉強中の長男や、それに限りなく近い立場の者。
当然だがぞんざいな扱いをしようものならば、その家とは以降長く絶縁状態になってもおかしくない。
ましてやその執事が大貴族の執事だった場合はもっと大変で、中小貴族ならば政治的にも簡単に潰されてしまうだろう。
当主よりも怒らせてはいけない相手なのだ。
その程度のことは少々馬鹿でも帝国貴族ならば嫌というほど理解している。
だから、来客がアレキサンダー男爵領の家令であるリシャルに丁寧に応対するのは当然と言えた。
何より当主であるクローリーの弟なのだ。
未婚のクローリーに何かあれば彼が後継者となる。
アレキサンダー男爵家と敵対したいわけでなければ当たり前なのだが、アリシアの態度はちょっと違っていた。
ちょっとしたことでもリシャルを呼び、相談する。
笑顔アピールも忘れない。
洗練された立ち振る舞いはリシャルをして感心させた。
間違っても沙那のようにぱんつをチラ見せしたり、乳袋を揺らしたりはしない。
ただ……なんとなく戸惑っているのはクローリーだった。
アリシア姫は彼とお見合いしに来たはずである。
それが余所余所しい形ばかりの面会の後は話しかけてくることもない。
もちろん立場的にはクローリーの方が実質的に下なのだから、彼の方から積極的にご機嫌伺するのが道理ではある。
それにしても雰囲気がおかしい、気がした。
静かに観察をしていると理由はなんとなくわかった。
アリシア姫はリシャルにご執心なのだった。
「なるほどっス」
彼から見ても弟のリシャルは美形だった。
20歳前ということもあるが、美青年というよりも美少年風なのだ。
物腰優雅で頭脳明晰。
何もクローリーと結婚しなくとも、リシャルを養子に迎える方が良いと思われたのだろう。
それはそれで良いことであるようにも思えた。
現状よりはるかに良い立場を手に入れられるなら、弟の才能からしても好都合な気はした。
何もクローリーは兄貴風を吹かせるつもりは全くない。
小さな領主の弟として飼い殺しで終わらせるには惜しいと思っていた。
これはリシャルにとって千載一遇のチャンスではないのか。
そう考えると、クローリーは楽しくなってきた。
有能な家令を失うのは惜しいが、出世のチャンスは悪いことではない。
ここは何としても応援して成功させたいとも思った。
ただ、問題があるとすれば……。
あいつだった。
クローリーは不安そうに沙那を見た。
ただの直感だったが、彼女は何かをやらかす。
間違いなくやらかす。
そういう気がしてならなかった。
きゅっきゅっきゅーとペンギン人形たちを引き連れたその姿は、学校制服のせいもあったが異世界感満載だ。
カストリア子爵側の随員たちはその様子に興味と警戒の目を向けていた。
噂の異世界召喚者。
まさにエルフとしか表現しようのない金属光沢のピンクブロンド。
しかも何?あの胸。
子供に近い外見と雰囲気に似合わない大きな胸だった。
異質感が凄い。と随員たちは思った。
育った世界の栄養状態の差は大きいのだ。
それに、間違いなく何か勘違いしてそうな雰囲気満々に、クローリーには見えた。
クローリーの不安は99%正しかった。
沙那は彼の縁談を何とかして成功させようと燃え上っていたのだから。
何よりも彼の不安が的中している部分は、沙那がそれとなく良い雰囲気を作ろうなどという、スマートで大人なことを考えるはずもないところだった。
彼女が思いつくものは漫画やドラマでお馴染みの『ハプニング』であったり『サプライズ』ばかりなのである。
そして今、彼女の手元には都合の良い親衛ぺんぎん隊がいる。
何が起きても不思議じゃない状況の言い訳が揃っていた。
リシャルは彼自身の身の振り方に自由を持たせたいために当事者になることを望んでいなかった。
アレキサンダー領の安定のためにもクローリーと結びつける方が都合が良かったのだ。
彼自身が美醜にさほど興味がない。
相手に望むものというと自分に並び立つような有能で頼もしい相棒だった。
内実が分かり難い深窓の令嬢風なアリシアは眼中になかった。
むしろ彼直属の忍びのようなメイドのリエラの方が良いとさえ考えていたくらいだった。
こうして、各自各様の思惑を抱えながら、決戦である晩餐会に突入しつつあった。
* * *
「いーい?もっとも劇的なシーンを演出するんだよー?」
部屋の隅でしゃがんで、ぺんぎんと視線の高さを合わせた沙那が人差し指を振りながら言った。
「きゅー?」
「ベストはハプニングキスだよー」
沙那は握った拳をぎゅっとした。
「出会い頭にぶつかってー、あらいやーん!ぶっちゅー!なんていう偶然ー!?」
「きゅ?」
「もう結婚するしかないですわー。ぱんぱかぱーん!って感じにー」
「きゅきゅー?」
「転校初日に街角でぶつかってー……っていう古典的な手法だよー」
「きゅう?」
「2人が近づいた時を狙ってー……クロちゃんを押し倒すのー!」
「きゅ!?」
「ばっちりだと思わないー?」
「きゅー……」
「あとはー……お風呂でばったり作戦ー!」
「きゅ?」
「姫のドレスを飲み物か何かで汚してー……いけない!着替えを用意する間にお風呂へどーぞ!ってやってー」
「きゅうううー!」
「そこに同じ目に遭わせたクロちゃんが偶然入ってきてー……あらいやーん!もう責任取るしかー!……作戦」
「きゅぅぅ」
「それには偶然を装って男湯と女湯の札を入れ替えておくかなー」
「きゅー」
「でー、偶然にもお互いが素っ裸で出会ったところに―……みんなで乱入して目撃者になるー!証拠確保―って」
「きゅうきゅうううううきゅう?」
「そして、ゴールイン!」
「きゅぅぅぅぅぅ……」
ペンギンたちは少し不満そうな表情を浮かべた。
「いーい?ボクからの命令だよー?」
「きゅ、きゅー!」
ペンギンたちは一斉に敬礼した。
沙那様の命令は絶対だ。
神の言葉に等しい。
「ということでー……作戦開始ー!」
* * *
「あいつら……何始める気なんだか」
「さあ」
正装したシュラハトとマリエッラは沙那の行動を訝しんだ。
「あれは……ろくでもないことを考えている顔だ」
「ん。でもちょっと、期待しちゃうかなあ」
「なぜだ?」
「それは……勘かなあ」
「無責任な」
「でもなんていうか、さにゃちゃんは幸運を呼び込んでくる、そんな気がするのお」
「むしろ、トラブルを呼び込んできそうだがな」
散らばっていくぺんぎんたちを眺めながら、シュラハトはグラスを呷った。
* * *
沙那はクローリーに近づいた。
まずは手を取り、さりげなく……いや、強引に手を引いていった。
リシャルと談笑するアリシア姫の近くへと。
そして、沙那はこちらを見ているぺんぎんのリーダーであるテンに瞬きした。
GO!のサインだ。
「きゅ?」
通じていない。
沙那はイラっとして声に出した。
「突撃」
囁くような声であったが、テンには充分だった。
鰭をぱたぱたさせて命令を出す。
ぺんぎんのジョーは颯爽とペンギンサーベル(という名のただの細い鉄棒)を抜いた。
八双の構えだ。
そのまま滑るように突進する。
なぜに剣を抜いたのかは判らない。
次いで、ヨウがジョーの背中に隠れるように続く。
ペンギンサーベルを上段から突きの構えだ。
普通の剣術ならあり得ない。
最後にカイが中段に構えてヨウに続く。
3匹が縦に並ぶフォーメーションだった。
正面から見える面積を減らすためのものなのかもしれない。
ただ一人、賢者だけが小さく感嘆の声をあげた。
「ジェットストリームアタックでござるよ。ブホゥ」
むしろ後に、エッチ、ストリップ、アタックと呼ばれるようになるとは思いもしなかったろう。
彼の年代の少年たちの心を踊らせたアニメのシーンに似ていた。
テンの裂帛の気合の一撃が!……勢いが良すぎた。
こてんと転んで、お腹で氷上を滑るようにクローリーの足元に突っ込んだ。
慌てて振り払ったぺんぎんサーベルがクローリーの踵を払う。
たたらを踏んだクローリーの膝の裏に。今度は突きの体勢だったヨウのぺんぎんサーベルが当たった。
当たり所が良すぎた。
綺麗に膝カックンになった。
クロ―リーはさすがに耐え切れずに転びかけた。
そこにカイが突っ込んだ。
無難な方向へ倒れるつもりだったクローリーの方向を変えるほどの衝撃だった。
危険を察知したクローリーが体を捻って向きを変えようとする。
しかし、そこにジョーの転んだ体が邪魔になった。
クローリーの靴がジョーの頭に乗ってしまったのだ
「おお。踏み台にした!?でゴザるな!!」
クローリーの体が宙に舞った。
賢者は成功するジェットストリームアタックを見て、感動した。
涙を流したかもしれない。
しかし、結果は惨憺たるものだった。
回転しながら明後日の方向に倒れたクローリーは何かを下敷きにしていたのだ。
ぼよん。と柔らかい感触。
いや。なにより。
押し倒した形でキスをしていたのだった。
計画通り!………ではなかった。
クローリーが押し倒してキスしてしまったのはアリシア姫ではなく、沙那だったからだ。
唇と唇が重なっていた。
「きゅー?」
親衛ぺんぎん隊は全員が首を傾げていた。
失敗?成功?
ぶっちゅー!といってるから成功なのだろうか。
辺りが騒然とする中で、ぺんぎんたちはガッツポーズしていた。




