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4章 富国弱兵~4 男爵様のお見合い大作戦!(前編)

4 男爵様のお見合い大作戦!(前編)


 アレキサンダー男爵からの製作依頼が殺到したためにドワーフ村にも変化が起きていた。

 とにかく人手が足りない。

 それまでは駅馬車業の馬車の制作や修理、日用品の鍋や鍬などを作るだけだったのだが……。

 ガス灯の金属の筒やガラスの覆い。

 水車や水車利用の発電機……そこにヒンカが提案した紡績機は混乱に拍車をかけた。


「資材も足りなければ、それを購入する金も伝も足りない」

 ドワーフの鍛冶職人の長、ガイウスはそうクローリーに言った。


 彼らドワーフ族は小柄でがっしりした体格の種族である。

 種族による独自の国家を持たずに世界中に点在している。

 それが彼らの習性というわけではないが、元々は地下に住む種族であったために鉱石などに明るい。

 それ故か金属の精錬や加工に優れているために鍛冶職人として身を建てる者も少なくない。


 国家を持たないために帝国内では下等な種族として扱われることも多い。

 鍛冶職人村を作って引き籠っているのもそのせいだ。

 ごく一部の野心的な者は冒険者になったりもするが、多くはない。

 考え方も保守的で人間との関わりをあまり好まない。

 そのドワーフ職人の長がアレキサンダー男爵邸に赴いたこと自体が驚きであった。



 ガイウスも本来はそういう典型的なドワーフだった。

 少しだけ違ったのはアレキサンダー領に長いというところだったかもしれない。

 クローリーもだったが父親の代から支払いを滞らせたことはない。

 いつもニコニコ現金払いだった。

 ツケにすることはない。

 

 これはかなり変わったことで、多くの領主はともすると料金を踏み倒すのは普通だった。

 だからこそクローリーに直接交渉に来たのだろう。

 注文には必ず応えるようにしていたのだが、何分、ガイウスの鍛冶工房は4人しかいない。

 仕事を回すもの大変だが、それよりも資材の手配が困難になってきた。

 資金の用意もだが、運搬することもままならない。


「何とかして貰いたい」


 クローリーは途方に暮れかけた。

 工房の資材は全く頭になかったのだ。

 頼めば何とかしてくれると思いこんでいた。

 交易で手に入れるにも、工房の用の資材は重く嵩張り運賃を考えると見合わない。

 現在のところ自由に動かせる船がルシエのスカーレット号だけなので。鉱石運搬はかなり困難だ。


 かといってアレキサンダー領には鉱物資源はとても少ない。

 最も欲しい鉄や銅はほとんど採れない。

 帝国内のそれもアレキサンダー領にほど近い交易先が必要だった。

 近隣に取引依頼したいのだが、なにぶん伝が無い。


 お金があれば良いというものではない。

 外交にほとんど目を向けなかったクローリーの責任である。


「何とかしてみるっス……」


 そう答えるのが精一杯だった。

 宛はない。



    *    *    *



 クローリーはリシャルを呼んだ。

 領地経営をほとんど任せっきりにしてきた以上、最も状況に明るいのは彼だった。 


「鉱石ですか。……なるほど。宛はありますが」

 リシャルはほとんど迷わなかった。

 まだ20歳になるかならないかという若さに見合わない落ち着いた青年である。

 見ただけなら10代後半の美少年で、線が細そうにすら見える。

 しかし、アレキサンダー男爵家の事実上の領主として辣腕を振るってきた。


「隣国のカストリア子爵領には有望な鉱山が幾つかあります」

 リシャルはちらりとクローリーを見た。

「誼を通じれば交易も早いかと思います。山越えの街道しかないのが玉に瑕ですが」

「ほー。誼って何かプレゼントでも送れば良いっスかね」

「いえ。もっと簡単な手段があります」

「それはどーいう?」


 リシャルは小さく息を吸った。

「子爵には子女が数人いますが、その長女がまだ未婚です」

「……む?……まさか?」

「婚姻すればことはとても単純かと思います」

「ま、待つっス……」

「アリシア姫は当年とって16才。なかなか釣り合いも良いかと思われます」



    *    *    *



 降ってわいた結婚話はクローリーだけではなく、相手側もそうだった。

「アレキサンダー男爵?エドアード?」

 アリシアは小首を傾げた。

 緩やかなウェーブのかかった腰ほどまで届く豊かな金髪と青い瞳を持つ美少女だった。

 仕草の一つ一つが優雅で美しい。

 およそ沙那やマリエッラにはない気品がある。


「どのような方でしょうか?」

 面識は全くない。

 クローリーが家を空けがちなこともあり、隣国と言えど行き来はほとんどないのだ。

「肖像画はこちらに」

 侍女がそっと額縁を差し出す。


 そこには豪奢な衣装に包まれた気品のある黒髪の美青年の姿があった。

 シュラハトなどに言わせるならば『かぼちゃぱんつの男』といった風情だ。

 下に小さく『アレキサンダー男爵エドアード』と書かれている。

 キリっとした眼差しは、垂れ目ではなかった。

 はっきり言ってほとんど別人。

 美化しすぎである。

 沙那が見たらお腹を抱えて笑い転げるだろう。


「まあ……。素敵な方ですわね」

 アリシアは溜息を吐いた。

 これほどの美形ならばどこの姫君でも恋に落ちるだろう。

 しかし、アリシアはお嬢様であっても、愚かではなかった。

 肖像画が実物と一致した試しはない。


「お目にかかりたいものですわ」

 彼女は瞳に挑戦的な色を浮かべた。



    *    *    *



「クロちゃんが結婚ーっ!?」

 沙那が素っ頓狂な声をあげた。

「きゅっきゅっきゅっきゅー」

 釣られてペンギンたちも騒ぎだす。


「結婚じゃねーっス。お見合いっスなー」

 クローリーがぶんぶんと首を振った。

 そもそも会うことすら本意ではないらしい。


「さにゃちゃんも気になるのお?」

 マリエッラが後ろから沙那を抱きしめるような格好で微笑んだ。

「気になるよー!」

「……ちょっと焼きもち?」


「んーん」

 沙那は首を横に振る。

「人の恋バナはわくわくするー!」

「……そうよねえ」

 若い女子……とりわけ沙那くらいの年代の女の子なら、漫画やドラマの恋愛にもドキドキするもの。

 他人の葛藤は蜜の味というよりも、まだ見ぬものへの興味と関心が高いのだ。

 恋愛ものの主人公に共感してしまうのと同様だ。


「どんな人かなー?ボクも付いて行って会ってみたいなー」

 可愛い感じだろうか。超美人だろうか。それともセクシィダイナマイツなのか。

 沙那の中で妄想が溢れ出す。

 何故か、そこに非美人という発想は起きない。

 恋愛は美しいものという思い込みがあるからだ。

 

「それが……向こうから来るって言ってきたっス」

「向こうから?……来るのー!?」

「……なんでかしらあ?」

 マリエッラが小首を傾げた。

 貴族としての格もクローリーの方が下なのだ。

 そもそも帝国では、求婚は男の方からするものというイメージがあった。

 女性から乗り込んでくるというのは不思議な印象を与えた。


「他にも目的とかがあるんスかねえ」

「クロちゃんの評判とかを調べるとかー?」

「そんなことは家来が調べることっスなー」

「分かった!クロちゃんの女性関係を確認しにー!?」

「浮いた噂の一つでもあればとっくに身を固めてるわよお」

「そっかー。……クロちゃんは残念な人なんだー」

「残念って何スか!?」

「顔とか?性格とか?財産がとかー?」

「なんかオレ……残念どころか、可哀相な人に思えてきたっスな……」


「ね?ね?で、いつ来るのー?その人ー?」

 それでも沙那は食い気味だ。

 これが年頃というものなのだろうか。


「今日、明日には。らしいっス」

 クローリーは投げやり気味に答えた。

 この雑さがイマイチ女性にモテきれないところなのかもしれない。



    *    *    *



 アリシアを乗せた豪奢な馬車が、日が暮れかけた土を踏み固めただけの街道をゆったりと走る。

 一目でやんごとない身分の人物が乗ると分かる。

 その前後左右を固めるのはカストリアに古くから仕える騎士家の4騎の騎士たち。

 騎士に従う従者(スクワイア)が20騎。

 さらに徒歩で続く兵士が200人。

 アリシアの侍女たちや召使いたちを乗せた馬車が6両も続くのだからなかなかの大所帯だ。


 カストリア子爵は爵位こそ子爵だが、帝国での地位は低くない。

 帝国の爵位は複雑怪奇である。

 原型が帝国成立前や創成期の職位だったり、後に与えられた爵位だったりで、同じ呼び名でも時代背景や状況により中身がだいぶ違っていたりする。

 例えば『伯爵』と一口に言っても、中央の宮廷貴族の伯爵と、地方有力貴族の伯爵と、辺境の最前線にいる伯爵は名前こそ同じでも意味合いがだいぶ違う。

 

 よく知られる『辺境伯爵』という爵位も、帝国成立前の対蛮族・魔族の地方軍管区司令官である意味の『辺境伯爵』と、宮廷貴族の中での上級地位としての『辺境伯爵』が並立するのも同じである。

 前者は戦うための特権的な権限を持った戦闘貴族であり地方国家の王にも近いものだが、後者は名前のみで実質的な権限は何もない。

 当然だが名前は同じでも、公的な立場も扱いも全く異なる。

 カストリア子爵家も前者に入る。


 ハーバル辺境伯爵麾下の列強貴族の一つカストリア子爵は辺境伯領の重要な戦略拠点の1つを守る重要な一族として成立した家であり、『たかだか子爵風情』と扱われるような軽い存在ではない。

 地位的にには子爵でも、実質的な勢力で言うならば並みの伯爵を軽く凌駕している。

 子女の護衛に200を超える兵士を派遣できるのも当然だった。



 だからこそ、リシャルは誼を通じることには積極的だった。

 将来を見渡せば有力な貴族のとの婚姻は、ちっぽけなアレキサンダー男爵家にはたいへんな名誉だ。

 何よりもカストリア子爵には後継となる男子がいなかった。

 これは大きい。


 その長女を娶れば済し崩し的に入り婿として潜り込める。

 クローリーのようにふらふらした当主にはうってつけだ。

 何もアレキサンダー男爵エドアードで終わらずとも、エドアード・アレキサンダー=ワインベルデとしてカストリア子爵兼アレキサンダー男爵になっても良いのだ。

 リシャルが権限を掌握するのはその後でも何ら問題はない。

 カストリア子爵ワインベルデ家を乗っ取るチャンスには良いタイミングだと言えた。



 もし、リシャルの企みに計算違いがあったとすれば、それはアリシアだった。

 彼女は単なる深窓の令嬢ではなかった。

 ある意味、リシャルと並ぶほどの遠謀を持った人物だったのだ。

 後世に、もし彼女が男子であったなら……と言われるほどに。


 帝国の制度上、アリシアは子爵家を継ぐ権限を持つとともに、配偶者に子爵家を継がせることもできる立場にいた。

 そこで考えることは普通ならば、如何にして家柄を高く売りつけて良き伴侶を望むというものだが、彼女は少し違った。

 帝国の治世が軋み緩み始めているからこそ、世に勇躍する絶好の機会と捉えていた。

 自分の代か、あるいは子供の代かには何か大きな動きが起きると思案していた。

 

 ならば当たり障りのない平凡な男性を選ぶことはない。

 生き馬の目を抜くような時代に対応できそうな相手を選ぶべきだった。

 舞い込む縁談を次々にのらりくらりと躱してきたのは、お眼鏡に適う相手がいなかったからだ。

 その中で浮上してきた伴侶候補が、アレキサンダー男爵家だった。


 地位は低くマウントを取りやすい相手。

 なおかつ眉目秀麗で頭脳明晰にして剣術の才能も謳われる相手は申し分ない。

 年齢も釣り合いが取れている。

 そう。彼女の狙いは……。




 隣国というのにほとんど交流のなかったアレキサンダー領。

 とはいえ、何の下調べもなく来るほどにアリシアは愚鈍ではなかった。

 むしろ、かなり徹底的に調べてあった。

 それであるのに、実際に自分の目で見た領内は不思議な光景だった。


 アリシアを乗せた馬車がアレキサンダー領の街中へと入るころにはすでに陽が暮れようとしていた。

 田舎の小さな町には良くある光景……とはだいぶ違っていたのだ。

 通りにぽつりぽつりと立つ不思議な柱。

 夕方になると少年のような小柄な男の子たちが柱にしがみ付くように登り、ガラスの覆いを軽く清掃した後に……火を付けた。


 ぼやっとした明かりが点く。

 完全に陽が暮れてしまえば頼もしい灯りになるだろう。

 魔法のものではない。

 そもそも見たこともない。

 何が起きているのかが全く分からなかった。


 アリシアを乗せた豪奢な馬車が土を踏み固めただけの街道をゆったりと走る。

 彼女の疑問は確信に変わる。

 これは並の人物ではない何かの発芽だろう。

 アリシアの頬が笑みで緩んだ。


    *    *    *


「ようこそ御出でいただきまして感謝の念に堪えません」

 若い、少年のような男性が深々と頭を下げた。

 アレキサンダー男爵家の執事、といっても執事(バトラー)ではない。

 家令(ハウス・スチュワード)のリシャルである。


 帝国の貴族には良くあることだが、執事は『爺やさん』ではない。

 事実上の領地支配者にして、場合によっては次期当主。

 長男や次期当主が家令として執事の地位にあることが少なくないのは、領地経営を学ぶためでもある。

 リシャルの場合は、独身であるクローリーに何かあった時のために、後継者として弟のリシャルを指名しているためだった。



 アリシアは溢れる笑みを羽扇で口元を隠した。

 そう。彼女が狙っていたのはクローリーではなかった。

 知性溢れ魔術にも政治にも通じ、この地方で名の通った剣の達人にして、そして類稀なる美青……少年。

 まさにアリシアが熱望していた理想の伴侶候補こそリシャルだった。


 立ち振る舞いは噂に違わない。

 調査結果の通りだった。

 そして実物を見て確信した。

 彼しかいない。



    *    *    *



「ぺんぎん人形たちはさにゃと一緒にお風呂っスかー。いいっスなあ」

 クローリーは執務室で本を放り投げ気味に机に置いた。

「マリ姉さんも、とまでは言わないっスがー。……オレも間違った振りして覗きに行くっスかねー」

 愚にもつかないことを呟く姿は貴族の当主には見えなかった。

 立ち上がって窓の外、ガス灯の灯りを見る。

 見て分かりやすい環境の変化だった。

 彼が夢に見ていた豊かな領地改革が始まった気がした。


「きゅっきゅー!」

 泥人形語と後々に沙那が名付けた謎言語を発したぺんぎん人形が手に持った金属棒……音楽の指揮棒のような形状のものを鋭く振るった。

 ジョーと沙那に名付けられた、ペンギン人形が裂帛の突きを放ったのだった。

 翻訳すれば『天誅!』と叫んで、自慢のぺんぎん剣で突いたのだった。

 さにゃ様をお守りする親衛ぺんぎん隊の義務だ。


 その様子をシュラハトが見ていたら、「あれは見事なカンチョーだった」と言ったかもしれない。

 悶絶したクローリーが床に転がる姿を見て、ぺんぎん人形のジョーは満足気に頷いた。

 そして勝利の雄たけびを「きゅきゅっ」と上げると、さにゃ様の待つ風呂場へとダッシュしていった。

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