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3章 世界へようこそ~7 決意

7 決意


 クローリーたちは教会本部を抜け、広場に飛び出した。

 もうあと僅か。いや、ほとんど逃げ切ったようなものだった。

「行きあたりばったりだったわりには上手くいったっスなー」

「……そうでもねえぞ?」

「何スか?」

「ほれ」

 シュラハトが顎で示した先には、通りの角から心配そうにこちらを見つめるマリエッラの姿があったのだ。

「……宿でまってろって言ったスのに」

 クローリーは困惑気味だった。

 それでもマリエッラの気持ちが判らないわけではない。

 ルチアのことも、クローリーたちのことも心配で耐えきれなかったのだろう。

「シュラさん。ありゃ、引っ掴んでいくっスよ」 

 シュラハトが小さく頷く。

 2人は走った。

 マリエッラまで一直線だ。

 今は時間が惜しい。速さこそすべてだ。

「……お姉ちゃん!」

 マリエッラは目に涙を浮かべていた。

「感動の再会は後っスよ。さっさと逃げるっスー」

「マリ……」

 ルチアも涙目だ。

 めちゃくちゃな状況であるはずだが、10年ぶりに妹と会えたのだ。

「クロっ!」

「ん」

 クローリーはシュラハトの叫びにすぐ反応した。 

 追いかけてきた騎士たちが弩弓(クロスボウ)を構えているのが見えた

「ヤバっ」

「騎士のくせして遠隔武器使うかよ!?」

 シュラハトが毒づく間にクローリーが呪文を詠唱する。

 帝国の騎士は遠隔武器を使うのは不名誉というのが常識だ。

 卑怯な武器なので兵士が使うモノとされているからだった。

 矢弾防御壁ミサイル・プロテクション。飛来する矢や礫などから守る魔法だ。

 ほとんどの場合は弾き返す。

 魔法で強化されたものでもなければ。

 3本ほど突き抜けた。

 放たれたのは魔法の武器だったのだ。

「さすが精鋭っス!卑怯っス!」

 卑怯も何も高度な装備を持つ騎士の中には魔法の武器や鎧を所持していることは不思議ではない。

 抜けた太矢(クォレル)の1本はクローリーの外套のマントに穴を穿ち、1本はシュラハトの大剣(グレートソード)の刀身をへし折った。

 しかし、最後の一本がマリエッラの胸の真ん中を貫いていた。

「わっ!?」

「マジか!」

「マリ!」

「大丈夫だ、すぐに死にやしねえ。とにかく逃げるぞ!」

 シュラハトがマリエッラを小脇に抱いて、クローリーがルチアの手を引いて走った。

 鈑金鎧(プレートメイル)の重い騎士たちの足では、あえて軽装にしたクローリーたちに追いつくことはできなかった。


     *    *    *


 逃げ伸びて宿屋に駆け込んだまでは良かった。

 問題はパニックになりかけてるルチアだった。

「マリ!マリ!」

 ルチアがぐったりしたマリエッラを抱き寄せる。

「死にやしねえ。ちっと傷が残るだろうがな」

 ルチアを落ち着かせようとシュラハトは言ったが、自信はなかった。

 かなりの深手なのは違いない。

 矢弾防御壁ミサイル・プロテクションが無ければ即死だった。

 魔法の障壁がかなりの威力を減衰させていたのだ。

 それでも鎧を着ていない少女を撃ち抜くのには充分だった。

 マリエッラが大きく咳をした。

 血の塊を吐き出す。

 危険だ。

 ルチアはマリエッラが肺を大きく損傷していることに気付いた。

 一瞬目を閉じ、そしてクローリーとシュラハトを見る。

「ご迷惑ついでに、もう一つお願いします」

 ルチアの顔は何かを決意した微笑みだった。

「この子を……マリエッラをお願いします」

 その瞬間、シュラハトは気づいた。

 以前に同じような笑顔を見たことがある。

 アユの最後の姿だ。

「ま、待てっ……」

 止まらなかった。

 ルチアの掌から光の球体が発生したかと思うと、マリエッラの胸に伸びる。

「そ、そいつは……」

 少し遅れてクローリーも理解した。

「最後に会えただけで十分です。ありがとうございました……」

 それがルチアの最後の言葉だった。

 かつてアユがそうであったように、シュラハトの前でルチアは息を引き取ったのだ。

「く、くそっ!またかよ!またなのかよ!」 

 シュラハトの叫びと引き換えに、傷の癒えたマリエッラは起き上がった。

 マリエッラの目に最初に映ったものは、物言わぬルチアの姿だった。



「泣くのはもちょと先っスよ」

 クローリーはルチアの亡骸に抱き着いて泣きじゃくるマリエッラを引きはがす。 

「辛いのは判るっスが、ことは時間との競争っス」

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

「ルチアさんをこうしておくわけにはいかないし。何より連中はルチアさんが死んだことを気づいてないはずっス」

「死んでないっ!死んでないよっ!」

 マリエッラはルチアに手を翳す。

 決死の覚悟で淡い光の玉……命の灯を放ち始める。

「無駄っス……」

「死んだ人はもう還らないんだ……」

「できる!できるはず!」

「落ち着くっス」

 クローリーがマリエッラの頬を平手打ちした。

「連中は両親を人質にしようとするかもしれないっス。両親とマリエッラちゃんを人質にしてたんスから」

 マリエッラは叩かれた頬を抑え、呆然としている。

「先回りして両親も逃がさなくちゃいけないっス。そのくらいは判るはずっスな」

「……そんなこと、どうするんだ?」

 シュラハトが眉を顰める。

「糸目つけなきゃ飛行魔法があるっス。馬より速く、一直線に向かえるっス。そのあとは歩きになるっスがね」

「飛行……?」

「そうっス。馬を飛ばしても所詮は道なりっスが、空を飛べば直線距離で行けるっス」

「……で、何処に逃げるつもりなんだ?」

「オレの実家っス」

 クローリーは事も無げに言った。

「めっさ田舎っスが家族1つくらい匿ってみせるっスよ」

「宛があるなら良いんだ」

 クローリーは仁王立ちでシュラハトとマリエッラに向き直る。

「泣いたりなんなりは後っス。すっごい忙しくなるんスから」

 マリエッラは訳が分からない。

「さあ。見て驚き!クロお兄さんのマジックイリュージョンの時間ス」

 クローリーは集団飛行術(コミュナル・フライト)の呪文を唱えた。

 これでクローリーの所持金はほとんど消え去った。


     *    *    *


 クローリーたちがマリエッラとその両親を連れてアレクサンダー領に逃げ込むまでに2ヵ月かかった。

 旅費を稼ぎつつ、回り道しつつ、追手をやり過ごしつつ……は冒険者をしているクローリーとシュラハトにも大変なことだった。

 ルチアの体を腐敗させないための魔法に使う構成要素マテリアルコンポーネントも驚くほどの出費だった。

 車輪屋ことクローリーの駅馬車に乗り込んだときは、思わず安堵の溜息が出たほどだ。

 なにより一般人であるマリエッラと両親は長距離を歩くというだけでも厳しい。

 途中途中に数日宿泊したり、こまめに休憩を必要とした。


 何とか無事にアレクサンダー領に辿り着くと、アレクサンダー男爵屋敷の裏にある小さな丘にルチアの墓を作った。

 小さく、目立たないものだ。

 腐敗防止(ブリザベーション)の魔法をかけて一時的に保存したルチアの亡骸をはるばるここまで運んできたのだった。

 本来なら故郷の方が良かったのかもしれないが、悪用を恐れたのだ。

 それに墓は一家の隠れ家の近くにあったほうが良いだろう。

 両親とマリエッラが何時でも墓参りできるように。

 マリエッラが落ち着くまでは1週間以上かかった。

 墓前に花を飾る余裕ができるまではさらに数日必要だった。


 膝をついてマリエッラは野薔薇の花をルチアの墓の前にそっと置いた。

 少しの間、黙祷し、そして、傍で彼女を見守っていたクローリーとシュラハトに顔を向けた。

「クローリーさん。貴族だったんだね……」

「見損なったスか?」

 王侯貴族はルチアの命を縮めたのだ。

 憎むべき敵だろう。

「……クローリーさんたちはお姉ちゃんを助けてくれようとした。……そういう貴族もいるんだなって」

「いや。誰かを踏みつけにして生きてるっていう意味では一緒っスよ」

 クローリーは心底そう思っていた。

 貧乏な弱小貴族でも庶民い比べれば遥かに恵まれた環境にいるのだ。

 彼の父も、彼自身も領民の生活向上を目指してはいるが、所詮は上から目線と言われても仕方がない。

「クローリーさんは、あたしたちを見て……どうするの?どうしたいの?」

 マリエッラはクローリーのことを不思議に思っていた。

 クローリーにはマリエッラをたちを助ける理由がないのだ。


「どうも?ふつーに生きてそこそこ安心できる生活を送ってくれれば良いっスよ」

「……なんで?」

「オレは……っていうか親父の受け売りなんすが、みんながもうちょっと良い生活できるようにしたいんスよ」

 マリエッラは不思議そうにクローリーを見た。

「んとスな。オレが魔法を学んでるのは、もっと手軽に誰でも魔法が使えるようになって便利な生活をみんなで送ることなんス」

 クローリーは滅多に心の内を話すことはない。

 おそらく宣言したのは初めてのはずだ。

「もーちょっと楽になって、もーちょっといっぱい食べることができて、それでもーちょっと長生きできれば良いなって思ってるだけっス」

「……そんなことして、何になるの?」

「んー。何でなんスかねえ」

 クローリーは頭を掻いた。

「魔法も食いモンも一部で独占するよりもみんなで分け合いたいんスよ。それには今より少しづつ豊かにならないと何ともなんねーんス」

「そいつはだいぶ難しい野望だぜ」

 シュラハトが呆れた。

 彼こそ帝国の実情をよく知っているからだ。


「奪い合い合っていうのが嫌なんスよ」

 おそらくはクローリーの基本的な感情なのだ。

「んで、ルチアさんみたいな人の駆け込む場所になれればもっと良いと思うんス」

「そいつは……バレたら教会を敵に回す危険な行為だぜ?」、

「一緒に殴り込みに行った人が言うなし」

 クローリーはシュラハトに意地悪な微笑みを返した。

「みんなが少しづつ豊かになれば奪い合いも減って、もちょっと平和になると思うんス」

「クローリーさん……」

「まあ、今のところは程遠いっスがね。何とかする方法を探していくのがオレの生き方っス」

「おめでてぇな」

 シュラハトが鼻を鳴らす。

「……でも、嫌いじゃないぜ。そういうの」

「クローリーさん……」

「って、ことでー。マリエッラは両親と一緒にここで静かに生きるっスよ。仕事はうちの周りの作業とかになるっスが」



「クローリーさん」

「なんスか?」

「あたし、神官になる」

 マリエッラが決意の表情で見る。

「ほんとはお姉ちゃんの敵討ちがしたかった。けど……今のクローリーさんの話を聞いて思った」

「それが神官とどう繋がるんスか?」 

「教会の中に入って、お姉ちゃんと同じような境遇の人を逃がす!……ここに」

「うおぅい!?」

「あたしも色んな人を助ける。そんな人になる!」

「やべぇな。クロのお人好しが染ったんだぜ」

 お人好しでは似たようなシュラハトが言った。

 さっきまで子供にしか見えなかったマリエッラが少し大人になったように見えた。

「ま。良いっスが。一生かかっても辿り着けないようなものかもしれないっスよ?」

「お姉ちゃんの命をあたしが貰ったから。だから、あたしは……」

「ふん……」

 シュラハトがマリエッラの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「じゃあ、クロよ。仕事がいっぱいだぜ?」

「そうっスな。教会に潜り込むなら新しい身元を作らなきゃいけねえっスな」

 そういった仕事なら楽しくなるのがクローリーなのだ。

「マリエッラなんて良くある名前っスから、そっちはどうとでも。さあって何処出身に偽装するっスかねー」



     *    *    *



「あのころは小さい女の子って感じだったんスがねー」

 クローリーはマリエッラを見やった。

「今じゃすっかり、ぼいんぼいんのばいんばいーん!っスからねえ」

「んー?またマリちゃんをイヤらしい目で見てるのー?」

 後ろから沙那がクローリーを膝カックンした。

「っぶねっ!?何するっス!?」

「それよりも商売が先だよ!ショーバイ!忘れてるでしょー?」

「忘れてねえっスよ。大事なことなんスから」

 ぐいっと立ち上がったクローリーは沙那の頭を撫でる。

「じゃ、行くっスよ。さにゃも来るっス」

「こらー!子供扱いするなー!」

 沙那が今度はクローリーの脛を蹴っ飛ばした。

「女の子の頭に気軽に触らないの!髪がくしゃくしゃになるでしょー!?」 

「痛ぇっ。さにゃもいずれは、ぼいんぼいー……はすでになってるスな。色気が出てきたりするんスかね」

 クローリーは数年前のマリエッラと沙那の姿を重ねた。

 沙那は無言で拳を振るった。

 固く握りしめたグーだった。


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