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3章 世界へようこそ~5 マリエッラ 2

5 マリエッラ 2


 クローリーたちは宿をとった。

 いつもよりはちょっと高級な宿だ。

 状況が状況だけに落ち着けるところにしたのだ。

「色々あって頭が混乱してるっス」

 クローリーは相変わらずとぼけた顔をしている。

 マリエッラを不安にさせないようにお道化ているのだ。

「でも、なんかすっごいヤバヤバでアンタッチャブルなものに当たったみたいッスな」

 どうにも判らない。

 『ルチア様』にも驚いたが、教会騎士(ホーリーガード)が出てきたことも意味不明だ。

「こりゃ、少しづつ探りを入れるしかないっスなー」

 取りあえずあちらからの追求はないだろう。

 名前も分からない謎の二人組と少女なんて、目立つように見えてもこの広大な帝都で探し出すことはかなり難しい。

 指名手配したくとも識字率の恐ろしく低い、この帝国で似顔絵の立て札を立ても意味はあまりない。

 この世界で逃げた犯罪者を追うのはなかなか困難なのだ。

「あれはニ度と使うな」

 シュラハトは低い声でマリエッラを叱った。

「……でも、今回ばかりは助かった。ありがとう」

 ただ1人シュラハトだけは神聖魔法の発動を過去に見たことがあるのだ。

 そしてその代償が何かも知っていた。

 多島海で出会った少女アユを忘れることはないだろう。

「ま。長期戦で行くしかないっスな。マリエッラ、お姉ちゃんに会うのはもちょっと待ってくれっス」

「とりあえず情報が足りねえからな」


     *    *    *


 翌日、クローリーたちが朝起きたとき。

 マリエッラの姿は影も形もなくなっていた。

 広げられたクローリーの呪文書に不器用な文字でこう書かれていた。


『おにいさんたちありがとう。迷惑かけれらないからあとはひとりでいってきます』 


「うおぉうぃっ!?」

「あのガキ……」

 クローリーとシュラハトは頭を抱えた。

 これだから子供は!ではない。

 真っすぐな正義感は必ずしも良い方に働かないことを彼らはよくよく知っていたからだ。


     *    *    *


 マリエッラは石畳を走った。

 教会本部の場所はもう分かっている。

 あとは中には入るだけだった。

 ずっとマリエッラを大事に帝都まで連れてきてくれたクローリーたちに迷惑はかけられない。

 クローリーはマリエッラを庇って死にかけたのだ。

 あの優しい人たちを怪我させたくなかった。

 大きく開いた教会の飾扉を潜る。

 不審な行動をとっていなければ呼び止められることもない。

 教会は通常誰にでも門戸を開いていることを示すために扉は開け放たれている。

 あの若い神官の様子からすると、ルチアはここにいるが会わせられないという印象を受けた。

 ならば、奥の方にいるはずだ。

 マリエッラは不案内な教会の中を彷徨った。

 村や町の教会とは違う。

 巨大な迷路のようだった。

 汚い少女がうろうろしていても見とがめれることがないのは不思議だった。

 堂々としていたからかもしれない。

 やがて……マリエッラは完全に迷子になった。

 

 不安と恐怖に押し潰されそうになりながらも、ルチアに会えば何とかなる。

 そんな気持ちだった。

 怖い。

 誰か助けてと叫びたかった。

 そんなとき、声が聞こえた。

「ルチア様、休憩の時間で御座います」

 扉が開き若い女性が出てきた。

 それは微かな記憶にあった女性とよく似ていた。

 10年の月日が経っているとは思えない。

 20代半ばくらいのはずなのに、10代後半といった若々しさだった。

 自然と足が出た。

 女性がこちらに気付いて振り向く。

 小さく瞬きをしてマリエッラを凝視してきた。

「まさか……ね。マリ……」

「ルチアお姉ちゃん!」

 マリエッラは叫んで駆け出した。

「本当に、マリエッラ?」

「ルチアお姉ちゃーん!」

 マリエッラはルチアに抱きついた。

 ぼろぼろ泣きながら顔を埋める。

 ルチアはゆっくりとしゃがんで、マリエッラを胸に抱きしめた。

「うわあああああああああーーん!」

 マリエッラは大声で泣き出した。

 大きく柔らかい胸。

 それだけは記憶とは違っていたが、懐かしい匂いがした。 

 日向の匂いだった。

 

 ルチアは自分の部屋にマリエッラを連れて行った。

 無駄な豪華さはないが良く整頓され清潔そうな部屋だった。

「大きくなったわねえ」

 小さなティーポッドで紅茶を淹れるとマリエッラの前にカップを置いた。

「良くここに来られたわねえ。お父さんお母さんも一緒なの?」

 マリエッラは首を横に振った。

「すっごく親切なお兄さんたちに連れてきてもらったの」

「……親切な、お兄さん……?」

 心当たりがない上に年頃の少女を、と考えたら怪しい人しか想像ができない。

 事実クローリーとシュラハトのようなお人好しは存在自体が奇跡なのだ。

「なにもされてない?えっちなことされてない?」

「ううん。服や靴を買ってくれたり、ご飯食べさせてくれたり」

 ルチアの顔が曇る。

 どう考えても怪しい変質者にしか聞こえない。

「ずっと会いたかった。全然家に帰って来ないんだもん」 

「あ。……それはごめんねえ。いろいろ忙しくて……」

「それとね!きいてきいて」

 マリエッラは身を乗り出すように胸を張った。

「あたしもお姉ちゃんと同じ神の奇跡が使えたの!」

 満面の笑みのマリエッラを見て、ルチアは顔面蒼白になった。


     *    *    *


「陛下が少し弱られたご様子。そろそろアレが必要かと思われます」

「そうですか。ならいつものようにシスター・ボニーを……」

「いえ。あれはもう死にましてな」

「意外と短命でしたな」

「代わりの者でも良いのですが」

「ではシスター・ルチアを」

「大丈夫ですかな?前回の時にだいぶ弱ってましたが」

「いやいや。問題ありませんよ。それにあれらは消耗品ですからな」

「ほっほっほっ。怖い怖い」

「ですが、そろそろ新しい贄を用意しておかないと」

「どうしても数は減っていきますからな」

「なあに。民など放っておけば勝手に増えます。その中に新しいのがいればよいのです」

「もう算段は付いているのですかな?」

「それはまだですが。なに、見つかり次第に刈り取りますよ」

「ほっほっほっ」

「陛下ももう130年ですからな。なかなか回復が鈍いようで」

「いえいえ。あと100年くらいは頑張りたいようですぞ」

「贄がかなり必要になりますな」


 複数の男たちが密談していた。

 皆老いているはずだが、見た目はなぜか若い。

 

     *    *    *


「いい?マリエッラ。それは絶対に人に見せてはダメ」

「なんで?凄いことなんでしょ?」

「凄いこと、ではあるけど。……知られたら、あなたもここに閉じ込められるわ」

「閉じ……?」

 マリエッラは判らないという顔をした。

「じゃあ……もう子供じゃないはずだし教えておくわ」

 ルチアの目は真剣だった。

「神の奇跡は使うたびにその人の寿命を奪うの」

「……え?」

「命を分け与えることで傷を治したりするのよ」

「え?え?」

「本来ならそれは尊い行為だと思うわ。でも……」

 ルチアは決意した。

 大事な妹を逃がすためにも残酷なことを教えなくてはならない。

「この帝都ではそれを偉い人たち……皇帝や皇族、上級貴族たちの若さや寿命を延ばすために使うのよ」

「……どういうこと?」

「怪我や病気を治すのと同じように寿命を延ばす。そういう使い方をしてるの」

「そ、それで……?」

「奇跡の術で寿命を使い果たして死ぬまで……。先月も一人亡くなったわ」

「お、おかしいよ!それ、やらなければ良いじゃない」

 ルチアはマリエッラの若さに苦笑いした。

「あたしが嫌だっていうと、お父さんやお母さん、それとあなたを殺すって脅されてるの」

 考えるだけで涙が出た。

 家族を守るためにも自分が犠牲にならなくてはならない。

 なんと非情な世の中なのだろう。

 これが今の帝国の姿なのだ。

 奴隷や下層民と市民は別などと身分制度がありつつも、結局はごく一握りの頂点の者たちが一方的に搾取する体制なことには変わりはない。

 この帝国ではクローリーのような地方の小領主など奴隷とさほど大差ないのだ。

「それにマリエッラまで神の奇跡が使えるって知れたら……あなたもあたしと同じでここで飼い殺しにされる」 

「……お、お姉ちゃん……?」

「だから逃げて。もうここに来ちゃダメ。力に気が付かれないように幸せに生きるのよ」

 ルチアはぎゅっとマリエッラを抱きしめた。

「お姉ちゃんのことはもう忘れなさい。良いわね?」

「やだ。やだやだやだやだ!」

「我儘言わないの。もう結婚しても良いくらいの年でしょう?」 

「……そんなの全然神の力じゃないじゃない!本当に困ってる人を助けるなら判るけど……」

「あたしたち庶民は……人間じゃないのよ」

 この世界に限らなくても多くの場合、地位が下の人間を道具程度にも思わないのが人間なのだ。

 ルチアも涙を流す。

 大事な大事な妹。何とかして助けたいと強く思った。

「あたしについてきて。逃げ道を案内するわ」


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