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2章 多島海~20 異世界召喚者Ⅱ

20 異世界召喚者Ⅱ

 

 アダマストール号が出港準備を終えようとしていた。

 甲板に立ったリンザットの指揮で船員たちが忙しく作業をしている。

 無事に船ごと解放されたのだ。

 そして予定通りに船を出そうとしていたのだが、少しばかり問題が起きていた。


「おい。お前。イズミを連れ行くつもりか!」

 テリラが必死の形相で叫んだ。

 相手はもちろん肩の上にイズミを載せた沙那である。

「ん?んー?」

「それはテリリンカの大事な精霊の長だ。持っていかれては困る」

「ボクもお風呂の元を手放す気はないよー?」

 沙那が強く拒否した。

 いつでもどこでも温泉発生妖精は彼女にとってものすごく大事だった。

 船旅を続けるとなったら尚更お湯には無縁になってしまう。

「イズミちゃんはボクと一緒に行く?」

「……うん」

 イズミが頷いた。

 沙那に興味を持ったからだ。

 人が多く集まるところに行くと言っていたのも大きかった。

「だってさー?」

「ふざけるな!いわば土地の守り神だぞ」

「そーなの?だいじょうぶじゃないかなー?」

 沙那が指先でイズミを突いた。

 擽ったそうにそれを払いながら、イズミは沙那の髪の毛の中に隠れた。

「行かせてやりなよ」

 テリューが笑った。

「あんたに足りないのはそこだよ、テリラ」

「……足りない、もの?」

「受け継ぐというのは古いものを変えないこと、じゃあないんだよ」

 テリューは困ったような顔をした。

 自分は教育係には向いてないことを実感していた。

 テリラは思ったようには育っていない。

「古いものを礎にして新しいものを作ることさ」

 人を育てるのはなんと難しいことなのだろう。

 テイルが反乱を起こしたのも上手く育てきれなかったからなのだ。

「だから、イズミの後は別の精霊が後を継ぐのさ。その後を継いだものと上手く付き合うのがあんたの仕事さね」

「……御婆様」

「イズミを開放してやりな。なあに、そのうちまた戻ってくるかもしれないさ」



「あんた、面白そうな仲間を持ったね」 

 テリューが船の登り板を歩くシュラハトを捕まえた。

「そうだろ?」

 シュラハトが振り返る。

「でも、一番面白ぇのは、あいつさ」

 親指でクローリーを指す。

「俺も、さにゃも、マリも……あいつが見つけてきたようなもんさ」

「へえ」

「あいつは珍しいもの変わったもの……色んな人間を集めて何かしたいみたいなんだよな」

「ほおー」

 視線の先にあるクローリーはとぼけた姿勢で船の縁に背中を預けている。

 まあまあ二枚目と言えないこともない顔立ちなのだが、嫌味な印象を与える垂れ目が減点だ。

 傍から見てると斜に構えた捻た青年に見えなくもない。


「チョコだよ!チョコーっ!」

 沙那が右手を高く上げて宣言した。

「ジャガイモがあってー、トマトがあってー、トウガラシ(チリペッパー)があるってことはー……同じ地方にカカオがあって良いと思うのー」

「何スか?それ」

「チョコの原料ー」

「チョコが判んねーっス」

 クローリーが困った顔をした。

 名前からして想像がつかない。

「チョコレートだよー。お菓子で、苦ーくて、甘ーいのー!」

「苦いか甘いかどっちなんスか」

「両方ー!」

「訳わからねえっス……」

 そういいつつもクローリーの興味は尽きない。

 それがどんなものなのかは判らないが、エルフが欲しがるようなものなのだ。

「きっとー、マリちゃんもイズミちゃんも……クロちゃんだって好きになると思うよー」

「まー、ちょっとは期待しても良いっスが」

「あ。キャッサバも南米原産だったはずだから……タピオカもいけるかも」

 沙那は知識を総動員しようとしてみるがお菓子や自分お好きな食べ物ばかりが浮かぶ。

「イモ類は色々あると便利だしー」

 問題は沙那がこの世界の地理を理解していないことだ。

 クローリーたちと旅した地域しか知らないのだ。

 なのでジャガイモでもなんでも、それがあるなら原産地が近いものは存在するだろうと推測しているに過ぎない。

 それでも可能性があるなら十分だとクローリーは思っていた。

 沙那が言いだしているモノは実用的なものも嗜好品なども混じっている。

 それでも領地が豊かになるなら手に入れたいものだった。

 問題は他の地域から持ち込んだ植物がアレクサンダー領の土地で育てられるかどうかだ。

 やってみなければわからない。

 沙那がどのくらい園芸知識を持っているかは不明だったが。

「カカオってのがチョコレートの材料になるんスな?」

「そー!ココアの材料ー!」

「カカオ……でチョコレー……ココア……訳わかんねーっス!」

 材料名と料理名の違いなのだろうか。クローリーは頭を抱える。

 もはや実物を見ないと判らない。

「もちょっとエルフが仲間になってくれると良いかもしれないっスね」

 彼は助け船が欲しいと心底思った。


 

「エルフの知り合いが欲しいのかい?」

 勝手に上がり込んでいたテリューが口を挟んだ。

「あたしもエルフと呼ばれる身だけど難しいことはあんまりわからないからね」

 ちらりとクローリーを見た。

「でも、色々調べたり変なことを知ってるエルフの知り合いが一人いるよ」

「お?」

「あたしよりも婆さんだけどね。偏屈だけど、あんたらみたいな面白グループにならそこそこ心開きそうだよ」

 シュラハトが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「妖怪婆さんより長生きって……バケモノ通り越してるな」

「聞こえてるよ」

 はっきり音がするほどに鞘に入ったテリューの細剣(ワオドゥ)がシュラハトの脇腹に刺さった。

「……婆ぁ……」

 脇腹を抑えてしゃがみ込んだシュラハトが涙目でテリューを睨む。

「ヒンカっていうのが絹の国(シリカ)の入り口の港ハイナードにいる」

「ハイナードは次の寄港地っスな」

 クローリーの記憶ではそうだったはずだ。

「あたしやそこの嬢ちゃんと同じでエルフだからすぐに分かる……はずだけど。問題は……」

「何スか?」

「……何かやらかして死んでたりしても恨まないでおくれよ」

「何スかそりゃ」

「とにかくトラブルを引き寄せやすいやつなのさ」


    *    *    *


 クローリーたちがテリリンカを出発して1週間も経った頃、リシャルの元に報告が入っていた。

 20歳に届くかどうかの黒髪の美少年である。

 クローリーの弟ではあるが似ているのは髪の色だけじゃないかと言われるほど。

 若くして頭脳明晰で魔術師としての教育を十分に受けた上に、群を抜く剣士としての腕前。

 クローリーが絶大の信頼を寄せる執事でもある。

 通常は貴族の執事になるのは息子や弟などの次期後継者であることが多いので常識的な人事であった。

 非常識なのは当主であるクローリーがふらふらと旅に出たりして不在が多いことだ。

 それ故にリシャルを当主に擁立した方が良いという意見も少なくはない。

 リシャルはいつもそれを鼻で笑い飛ばしていたが、その心中は計り知れない。

 一つ言えるとすれば、すでにこの時点でアレクサンダー男爵家の実質的な権限はほぼ全てリシャルの手にあったことだろう。

「やっぱりあの程度では何も起こりませんでしたね」

 リシャルが小さく笑った。 

 テリリンカが危険と知って送り出したのも彼であった。

 船旅というだけでも十分過ぎるほど危険なのだが、それが帝国国外となるとさらに危険度は上がる。

「イストさん。あなたは人を甘く見過ぎですよ」

 書面以外でも何度か舞踏会などで合わせたことのあるイストの顔を思い浮かべる。

多島海(サウザンアイランズ)から届く砂糖じゃないのですから」

 小さくくすくす笑う。

 その姿でさえ芸術彫刻のようだった。

 陰謀を巡らすことに血道をあげる者もいれば、それを利用しようと画策する者もいる。

 リシャルは後者であった。

車輪屋(ホイーラーディーラー)(やり手、大博打うち)の綽名は伊達ではないと思うよ」




「おぅおーぅ!」

 『秘密要塞戦略研究所』の看板が下がった東屋の中で賢者(セージ)が唸っていた。

 目の前には馬車に使う大きな車輪が一組置いてある。

 特別変わったところはない……と普通なら思っただろう。

 賢者(セージ)はぶよぶよした指で車輪を掴んで回してみる。

 からからからと音がして車輪が回った。

「ドワーフと言えどもこの程度が限界で御座るかなあ」

 技術者なら気が付いたかもしれないが、この世界では全く見向きもされない部分だけが違っていたのだ。

 軸受けである。

 通常は穴に車輪の軸を通すだけだったり、U字型の金属の軸受けを打ち付けて台車に固定するだけのものなのだが、目の前の物は少しだけ違った。

 円形の板を張り合わせて、中に球状の金属球を幾つも入れてあるのだ。

 ベアリングである。

 摩擦を低下させると同時に支える強度も段違いに向上する。

 ベアリングの考え方自体はこの世界にも無くはない。

 とはいえボールベアリングはなかった。

 賢者(セージ)の世界でもボールベアリングの構造はレオナルド・ダ・ヴィンチの登場を待たなければならない。

 ところが賢者(セージ)がいた昭和の時代の日本は世界にその名を轟かせるほどのベアリングの精度と製造の大国で、ボールペンやおもちゃに至るまで安価に使用されていた。

 彼もミニ四駆でお世話になったクチである。

「車輪は大きい方が効率が良いはずだから、オイルに浮かべるというのはあまり……ぐふぅぐふふ」

 一見すると車輪の改良を進めてるだけなので、誰にも怪しまれない。

 彼はこれをより大きく、より軽く回す方法を考えていた。

 その容貌から忌み嫌われたり卑下されることの多い彼だったが故に、温かく迎えてくれたクローリーのために韜晦しつつも何か役に立とうと努力していた。

 下水道もそうだった。

 理科の知識は少ないが将来的に火薬の原料になる硝石の入手の下準備でもあった。

 下水というだけなら火薬の知識があっても疑われにくい。

 惜しむらくは彼はガチ文系だったので、それを歴史の知識から取った。

 根来衆や雑賀衆の火薬の製法……の都市伝説が元なのである。

 実はこの方法では気が遠くなるような時間が掛かる上に量もさほど手に入らないのだが、そこが文系の限界。 

 『そういうものらしい。実は原理は判ってないけど』なのだが、それでも理系の知識があるところを見せたがる悲しき性なのだ。

 間違ってはいないが正しくもない。

 普段は研究所に篭ってだらだらと過ごしながらも、たまに汚水溜め池の様子を見に行ったりもした。

 もし、この方法に最大の欠点を挙げるとすれば、彼は名前だけは知識で知っていても実物の硝石を見たことがなかった。

 そういう意味では彼の行為は無謀にして無駄であった。

 

 しかし。一見無駄な行動の一つ一つが後に必要な下地として様々に利用されることになる。

 この時点での彼は知るべくもなかったが、

「車輪じゃなくても風車でもなんでも……今は水車くらいが限界で御座るかなあ。ぐほぅ」

 彼が今考えているのは粉挽きのための水車だった。

 クローリーたちが石鹸を使って上手く大金を稼いでくれば、次は上水道を作る予定だった。

 そこに水車を建てて効率よく粉挽きをしてもらいたかった。 

 アレクサンダー領には水車や風車があまりないので、裕福な者はパンを口にできたが、多くの庶民は麦を粥にして食べる有様だったのだ。

 彼が話によく聞く『黒くて硬いパンと白くてふかふかのパン』どころか、パン自体が贅沢品なのだ。

 食事にあまり頓着しない賢者(セージ)ですら閉口するものだった。

 縮緬問屋に身を窶した天下の副将軍が貧しい農村で食べる粥みたいなものを想像した。

 現代日本から来た沙那がいれば意味不明なものに見える現代技術も理解してくれるはずという思いもあった。

 それまでだと決して裕福ではないアレクサンダー領では気軽に行えない事業も、理解者が一人増えれば通りやすくなるだろう。

 賢者(セージ)はそこで生活環境改善への行動を起こし始めたのだ。

 ただ、計算違いがあったとすれば……時代の差である。

 昭和の豊かな時代を生きて来た彼は文系ながらも理科の基礎知識を学ぶ知育玩具全盛の時代を過ごしてきた。

 理科知識が少ないためにテストになれば散々なのだが、体験として知っていることは少なくない。

 先述のベアリングもそうだ。

 対して沙那は女子中学生でしかないとはいえ理系寄りの女の子なのだが、逆に不景気極まりない平成末期や令和の子供だったから学校教育以外での体験学習に乏しい世代である。

 受験などに直結しない知育玩具の多くが滅んだ時代から来たのだ。

 女の子だからミニ四駆で遊んだりもしていない。

 賢者(セージ)のように昭和の男の子らしく電気モーターの分解なんてしたこともない。

 2人の行き違いがあるとすればそこだった。

 クローリーが2人の話を聞いても辻褄が合わなかったり、整合性が取れないと感じるのはそのためだった。

 だからこそクローリーは賢者(セージ)と沙那が名称の良く似た別の世界から来たと判断したのだ。


「車輪屋で車輪を作るのは不思議ではない。ぐふっ。戻ってくるまでに形にしておきたいで御座るな」 



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