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2章 多島海~16 モゾモゾするっス

16 モゾモゾするっス


 事務所の中に泥人形として潜り込んだクローリーだったが、中の構造は判らない。

 初めて訪れた町で、初めて入った役所なのだ。

 部屋に何がるか札でも下がっていれば良いのだろうが、一般の識字率がとても低いこの世界では札が下げられても文字は読めないので最初から用意されていない。

 沙那の世界でも賢者(セージ)くらいの時代までは識字率があまり高くない国の軍隊では、字の読めない兵士にも分かるように絵やピクトグラムが使われていたが、この世界ではそういう配慮もない。

『つまり……行きあたりばったりってことっスな』 

 それはそれで楽しい気分になってしまうところがクローリーという人物の短所であり長所だった。

 廊下に転がったゴミの振りをしながら、誰かが入って行こうと扉が開いた瞬間に滑り込むタイミングを計っていた。

 その時、匂いを感じることはできない泥人形ではあるが、パンと何かの料理を載せたプレート運ぶ女性を見つけた。

 特別な作業をするような者ではないようで、屋敷ならさしずめメイドさんというところか。

 掃除や雑務を行う人のようで役人ではないようだった。

 わざわざ食事を運ばせるというなら相応の地位の人間にだろうと踏んで、クローリーは泥人形を進ませた。

 女性が部屋に入り、プレートを置いて出てくる帰り際の扉が開いた隙間に滑り込んだ。

 自分でも絶妙なタイミングだったと思った。

 中は華美ではないがよく整頓された部屋だった。

 あまり高さのない書棚が2つと黒檀の重さがありそうな執務机が1つ。そして金庫だ。

 金庫はクローリー自身も使うようなタイプで南京錠がぶら下がっている。

『……おや』

 それよりもクローリーの目を惹いたのは、鉄枷を付けられて床に座り込んだ女性の姿だった。

 年のころは40よりは前というところだろうか。

 褐色に焼けた肌の健康的で均整の取れた体つきで、だいぶ若々しく見える。

 シュラハトがいればそれが誰なのか分かったのだが、クローリーには分からなかった。

 何より拘束されている理由がわからない。

 犯罪者なら金庫があるような部屋ではなく、牢屋だろう。

 女性は食事に手を付けずに蹲ったままである。

『こりゃ何なんスかねえ』

 クローリーは僅かな間、逡巡したがすぐに決断した。

 状況的には十分に重要人物に違いない。

 騒がれて摘まみ出される可能性は……その時はまたやり直せばよい。

「きゅー」

 泥人形が鳴いた。

 もっとも喋ることはできず、何パターンか動物の振りをする鳴き声が出せるだけだったが。

「きゅー」

 女性に反応はない。

「きゅっきゅっきゅー♪」

 怪しい踊りを踊ってみた。

 が、無反応だった。

 クローリーは意を決して突撃した。

 泥人形は全力疾走してジャンプ!

 女性の胸の谷間に飛び込んだ。

 そして、ジタバタと暴れる。

 といっても実際にはモゾモゾ動いてるだけでしかなかったが。

 さすがに女性が驚いて跳ね起きる。

 弾みで床にころんと泥人形が転がった。

 女性の鋭い視線が突き刺さる。

 驚いただけなのか、えっちな人形と思われたのかは分かりかねた。

『さあて。これからなんスが……』

 泥人形は喋ることができない。

 物を見て、音を聞くことはできるが発信はできない。

「きゅっきゅっきゅーきゅっきゅー」  

 泥人形は身振り手振りで何かを訴えようとする。

 女性は訝しげに泥人形を眺めていたが、少し考えて口を開いた。

 最初は精霊か精霊の悪戯かと思った。

 しかし、精霊のそれとはかなり違って感じた。

 何故なら彼女も精霊が見える人間だったからである。

「もし言葉がわかるのなら、尖った細い棒のようなものを持ってきてはくれないか?」

 泥人形はすぐさま水兵さんのように敬礼した。

 部屋の中をばたばた走り回ると筆立てをひっくり返し、その中から一本の棒を見つけ出した。

 金属でできた箸のようなものだ。

 細目の編み棒よりもさらに少し細い。

 泥人形はそれを拾い抱きかかえ、女性の元に走った。

「ちゃんと分かるんだ。凄いね」

 女性は鉄枷で不自由ながらも受けとった棒で器用に鉄枷の鍵穴を突きまわした。

 鍵といっても金属のばねを利用した単純な造りなので、理屈がわかっていれば抉じ開けるのはそう難しくはない。

 一般人には無理だが女性は海の民の首魁として冒険を潜り抜けてきたテリラだから、手慣れたものである。

 一歩間違えば泥棒の才能があるのかもしれない。

 かちり。と、音がして鉄枷が外れる。

「あたしが誰か分かって助けてくれたのかな?精霊って感じにも見えないけど」

 泥人形が小首を傾げてみせた。

 間違いない。精霊ではない。

 そう判断したテリラは泥人形を拾い上げ、執務机の上に置いた。

 そこには蝋板と尖筆がある。

「字は書ける?」

 泥人形はこくりと頷き、尖筆を抱きかかえるようにして文字を書いた。

『なんとか。理解が早くて助かる』

「あたし自身の状況はだいたいわかってるんだけど、あんたみたいなのが潜り込んできてるっていうのは、いったい外はどうなっているんだい?」

『こっちは旅行者。商人。船、抑えられた。港が封鎖されてる』

「そうかい」

 テリラは泥人形をまじまじと見詰めた。

「最初は精霊の誰かかと思ったけど。こいつは魔法ってやつ?初めて見るけど」

『そう。こちらも状況がわからない。なので調査に来た』

「帝国あたりの密偵ってわけでもなさそうだけど。密偵だったら、あたしを助けたりはしないだろうしね」 

『何で?そう思う?』

 カリカリカリと蝋板に書きつけては消す。

「あたしはテリラ。この町というかこの辺りの頭をやってる。帝国の密偵なら真っ先にあたしを殺すだろうさ」

『オレたち。絹の国(シリカ)に商売しに行きたいだけ。そっちは何で捕まってる?』

「簡単に言えば反乱を起こされたのさ。まさか親族に乗っ取られるとは思わなかったけど」

「きゅー」

 泥人形が鳴いた。

 返答に困ったのだ。

「せっかくだし、このまま逃げ出しても良いんだけど。誰が敵で誰が味方になるか自信なくってね」

『どうする?どうしたい?』

「そうだね。裏切ってない連中を集めて色々取り返したいところだけど。ああ、そうだ。魔法使いくん」

「きゅ?」

「少し、いや、いっぱい手伝ってくれないかな?」

『なにすればいい?』

「騒動を起こしたいんだ」

 テリラは小さくウインクした。

「間違いなく敵側のやつと、味方になりそうなやつを識別するのにさ」

『どうする?』

「小火でも起こしてもらえれば。一番良いのは泉の精霊の長に話ができれば早いんだけど」

『泉の精霊?』

「ああ。見えたり話せたりする人はかなり稀らしいんだけど、魔法使いくんは精霊とお話はできるのかい?」

『長は判らない。泉の妖精なら仲間と一緒にいる』

「へ?精霊と?じゃなくて妖精か。どう違うかわからないけど」

『何の話をすれば良い?』

「火は後始末が大変だからね。泉の精霊は水を出すことができるから、小さな洪水(フラッシュフラッド)でこの事務所に叩きつけてくれれば良いのさ」

『それで何が起きる?』

「海の民は泉の精霊を強く信仰してるからね。それ見て、こっちにつかないようなら間違いなく敵ってことがわかるのさ」

『それ、溺れて人死んだりしない?』

「海の民に泳げないやつはいないよ。なにより、精霊の一体くらいじゃ大した量の水は出せないしね。大丈夫だろうさ」

『なら安心。妖精は小さいやつだったし』

「やってくれるなら問題はタイミングなんだけど。その人形で連絡は取れるかい?」

『戻って、仲間と合流して、またここに戻るのは、時間いっぱいかかる。魔法の持続時間、持たないかも』

「上手くいかないもんだね。今日中にはできる?できるなら様子見てこっちで合わせるけど」

大雑把(アバウト)すぎる。笑い。でも、細かいよりは楽。と思う』

「じゃ。やってほしいね。暗くならないうちが良いね」

『じゃ、ちょっとお願い』

「何?」

『外に出たい。だから扉開けて。この人形じゃ開けられない』

「……意外と不便だね」

 テリラはちょっとだけ、泥人形が通れる程度に扉を開けてあげた。



 沙那は港湾管理事務所に泥人形が入っていたところまでは見ていたが、見失ってしまったので散歩の振りをしながらうろうろしていた。

 だいぶ待ったのだが出てくる気配はない。

 屋台の団子を食べたりイズミを指先で揶揄ったりしていたが、やがて飽きてきた。

「出てこないねー。あそこに住んでるものなのかなー?」

 低い石塀に座って足をぶらつかせながら沙那がぼやいた。

「どうかしらあ?自然の生き物には見えなかったけど」

「じゃ。超自然的な謎生物!?」

「……なにそれ」

 沙那がぴょんと飛び降りて、歩き出そうとした時。まさにその時。

 その謎生物が駆け出してくるのが見えた。

 それも真っすぐ沙那たちの方に向かってくる。

「あ。きたー!」

 喜ぶ沙那と対極にマリエッラはその不自然な動きに警戒した。

「ちょっと。迂闊に近づいちゃダ……」

 泥人形は一直線に走って大ジャンプ。

 咄嗟に沙那を庇おうとしたマリエッラをすり抜けて沙那に飛びついた。

 正確には沙那の大きな胸の谷間にである。

「む?」

 小動物が胸に飛び込んできたくらいでは驚かない程度に沙那は子供だった。

 モゾモゾ動く泥人形をしばらく眺めてから手に取った。

 やはり、どう見ても泥人形である。

 生物ではない。

 その沙那の目の前で泥人形は怪しい踊りを始めた。

 正確には踊りではない。身振り手振りで何かを伝えようとしているのだ。

 クローリーは急ごうと思うあまり慌て過ぎていた。

 沙那が付いてきてたことは知っていた。まだ近くにいるかは自信はなかった。

 ただ、特徴的な髪の色とこの世界ではちょっと見ない服装だから見つける自信はあった。 

 そこに姿がすぐに見えたので大慌てで走り寄ったのだった。

 もしも周囲に人が多かったならば、その異常な状況は衆人の目に入ったろう。

 港が閉鎖状態になっていて人通りが少ないことが幸いした。

 そこで慌てて飛びついたのだったが、連絡手段がないことにそこで気づいた。

 テリラの時のように近くに筆記具があれば良かったのだがそんなものはない。

 やむなく身振り手振りで伝えようとしたのだ。

「ねえ。さなちゃん。それって……」

 マリエッラが泥人形を指さした。

「クロじゃない?」

「クロちゃん?なんでー?」

「だって。クロに似てスケベそうな顔してるもの。その人形」

「え?そーお?」

 沙那は泥人形を見つめた。

 似てなくは……いや、似ても似つかない。

「いきなりさにゃちゃんの胸に抱きつくあたりクロっぽい、変態さんだからあ」

「きゅー!」

 泥人形は激しく抗議した。

 怒っているのかもしれない。

「ほら。反応した。やっぱりクロねえ」

 マリエッラが笑う。

 知っていたわけではないがカマをかけてみたのだ。

「見たのは初めてだけどお。魔術師のゴーレムってこういうものなのねえ」

 マリエッラは使い魔のように動くゴーレムは見たことがなかったが、王都の協会本部などに防衛用の人間大のゴーレムが設置されているのは知っていた。

 そのためゴーレムというと戦闘用とばかり思いこんでいたのだが、こういう使い方もあるのかと感心した。

 同時に異世界召喚者(ワタリ)を軍事用と決めつけずに色んなことができる者がいることをクローリーは気づいていたのかも知れないとも思った。

 沙那の横顔を見るとクロ-リーがそう考えているとしか思えなかった。

 泥人形はジタバタとパントマイムを繰り返し、そしてすぐに、コトリと動かなくなった。

「あ。電池切れかな-?」

 沙那が指で突いてみても泥人形はピクリともしない。

「困ったわねえ。何がしたかったのかしらあ」

「あ。それは判った……気がする―」

「……え?」

「しばらく待ってて、って」

 沙那は自信満々の笑みで答えた。 

 

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