2章 多島海~15 情報収集開始
15 情報収集開始
カレー屋の2階に宿をとったクローリーたちは現状を把握すべく情報収集に入った。
リンザットは商人組合や港湾労働者たちへの聞き込み、沙那とマリエッラの女性陣は商店街で話を聞くのだ。
じゃあ、クローリーはというと椅子に腰かけ何やら懸命に……粘土細工を始めていた。
身長20センチほどの鳥にも狸にも見える良く判らない生物……と思われる形をしていた。
「何やってんだ?クロ」
シュラハトが頭のの上から覗き込む。
「猫か?」
「鼬のつもりだったんスけど……イマイチ似てないっスな」
「いや。だから、それ何だよ?」
「これスか?」
クローリーは首を捩じってシュラハトを見上げた。
「偵察用の目と耳になる人形っス。本物の動物の使い魔でも良いんスけど、何かあった時でも泥人形なら壊れるだけで済むッス」
「魔法で動く人形展……ゴーレムってわけか」
「ちっちゃいヤツっスけどな」
シュラハトはなるほどと頷いた。
クローリーの魔法の専門はもともと操霊術なのだ。
奇術師じみた技しか見たことがないが召喚術も同系統であり、沙那を異世界召喚したような魔術にもある程度通じているのだ。
召喚儀式に参加志願をしないのはクローリーの感情ゆえである。
召喚はできても召還が不可能な現在の異世界召喚システムに反対なのである。
軍事利用ができれば良いという気楽で浅ましい召喚よりも、異世界を行き来する手段による交流を望んでいたからである。
一方通行は反対。双方向でならOKと考えているのだ。
「まー……例によってクッソ高い白金塊を少々とダイヤ、ルビー、エメラルド……」
「あー。わかったわかった。とにかく金食い虫なんだな?」
「そーっス。魔法の宿命っスなー。さにゃの言ってた鉄の船なんていったらどれだけ宝石食らうんスかねえ」
「さあな」
シュラハトは気の無い返事をして、そして少し逡巡してから尋ねてみることにした。
「……な。クロ。妖精が見える条件ってなんだ?」
「ほ?」
予想外の言葉にクロ-リーはシュラハトのかをまじまじと見た。
真剣な表情だ。冗談を期待してる様子ではない。
「一番は魔法の訓練スな」
「いや。そうじゃなく。さにゃ嬢ちゃんには見えるっていうのがな」
「あ、あー……」
クローリーは苦笑い。
「良く言われるのは子供には見えやすいってやつっスな。さにゃは結構子供だからともいえるっスが」
「肉体的には子供じゃねえな。精神的なものなのか?」
「ま、それはあるっスな」
クローリーは笑う。
沙那の行動や言動はどこか子供っぽい。
それは彼女のいた世界での14歳というのはそういうものであり、この世界の14歳からすれば色々と幼く感じる部分はある。
「まー、それともう一つ。……オレは同意しかねるんスが、『優しさ』っていうのもよく言われるっスな」
「優しさだぁ?」
「随分とアバウトっしょ?それだけだったらマリねえさんやシュラさんに見えても不思議じゃないはずなんスよ」
クローリーは泥人形をテーブルに立たせた。
「だから、ちょっ違うものだと考えてるんスよね」
「エルフだからとかじゃないのか?」
「それもあるかもしれないっスが。なんというか、こう、相性とか何か、妖精に通じる感覚があるんじゃないかって思ってるっス」
「……ちょっと意味わかんねえな」
シュラハトは眉を顰めた。
「そりゃオレも同じっスよ。妖精は気に入った相手には姿を見せるってくらいに考えてるっスよ」
「なんだそりゃ」
「だから、さにゃには妖精を惹き付ける何かがあったんだな。というくらいに考えると良いっスよ……っとできた」
泥人形がぴょこっと動いた。
「オレはこれ動かしてる間は身動きできねーっスから、何かあったらよろしく頼むッス」
「おい?」
「とりあえず、状況が何もわからねーっスからな。今の状況だと船は出せなさそーだし」
「ま、そりゃそーだが……」
「いざとなったらシュラさん頼みっスからなー。あとは宜しくっス」
そういい捨てるとクローリーは背中を完全のい椅子に預ける。
脱力したような格好で力を抜く。
すると泥人形がたたたっと走り出す。
「やっぱり魔法ってすげえなって思う時あるな」
泥人形はテーブルを一気に駆け下りると、部屋の扉の前まで走った。
そして……首を傾げてシュラハトを見上げる。
「きゅー」
扉をぺしぺしと叩いて、シュラハトを見る。
「……まさか……ドアが開けられねえのか」
「きゅー」
シュラハトはこめかみを抑えて、扉を少しだけ開けてやった。
「きゅー」
泥人形は驚くような速度で廊下へと飛び出していく。
「大丈夫なのか。あれ?」
シュラハトは疲れた顔で泥人形の揺れる尻尾を見送った。
リンザットの方は空振りだった。
とにかく判ることは港は事実上封鎖され、寄港する船は多くが徴発、あるいは大枚を払って出港したものが数えるほどということだけだった。
知り合いを幾つも巡ってみたが同情する言葉と諦め顔ばかりであった。
無理矢理強行突破を図った船は全て焼き沈められたという。
「こりゃあ……マジでやばいな」
交易港を封鎖して船や私財の徴発は戦時の常套手段である。
手っ取り早く資金を回収するために行うのだ。
問題は、後日に回復させようとも一度失った信用は早々は取り戻せないところだ。
後先考えないような追い詰められた行動を行う意味がイマイチ分からない。
今まさに目の前に大規模な戦争が行われようかとしているかのようだ。
否。海の民の首魁が遠征中というならば、すでに戦争の真っただ中なのかも知れない。
しかし、そんな噂はここに到着するまで聞いたことはなかった。
どこかで情報を止められていたのだろうか。
その時、リンザットは彼を呼び寄せて出航させた依頼主であるリシャルの顔が浮かんだ。
「まさか……な」
混乱が予想される地にクローリーともども関係者を送り込んで自分の手を汚さずに始末できれば、何の苦労もなく次期当主の座が手に入る。
問題は辺境の小領主の座をそこまでして奪うことにどれほど価値があるものなのかだが。
こればかりは当人にしか理解できない。
それとも、ただの偶然が重なっただけなのか。
リンザットは判断が付かなかった。
取りあえずは船を守るために金貨を払うべきか。
積荷には高価な石鹸がそこそこ積まれているので、すべて上手く売却できればトントンどころかプラスになるかもしれない。
クローリーたちを売ればだが。
「だが、それじゃ儲けが少なすぎるな」
リンザットは心の天秤を測る。
自由交易商人である彼は窮地の中でも儲けの大きな方を選びたいのだ。
「ほんとに困ったものよね」
沙那が林檎を買った市場のおばさんが溢していた。
「キナ臭くって仕方ないわ」
沙那は林檎を丸かじりしようとして、手を止め、小さなナイフを借りて林檎を切った。
この世界のナイフは切れ味は良くない。
沙那の世界にあったようなカミソリのような切れ味はない。
手入れが行き届いていない使い古した包丁のようなものだ。
それでも手際よく皮を剥くと、小さい欠片に切って自分の肩口辺りに持っていった。
イズミが林檎の匂いに釣られて顔を出し、林檎の欠片を受け取り、パクついた。
沙那にとってイズミは小さなペットのような感覚なのだろう。
妖精の姿は見えないものの、林檎の欠片が消えていく様子を見てマリエッラは小さく微笑んだ。
「船がどんどん減っていくと食べ物や調味料にも困りそうねぇ」
「まったくだよ。今までこんなこと一度もなかったのに」
おばさんは西瓜を並べつつ沙那を見た。
「エルフさんはどう思うんだい?」
「むー?」
ここでもエルフ扱いだ。
主に金属光沢の髪の色のせいだった。
「違わないわよね。その綺麗な髪。そういや今は亡きテリュー様もとっても綺麗な銀髪でね」
おばさんの昔話は長いぞ。沙那は心の中で身構えた。
「もの凄い剣の達人でね。さすがはエルフって言われたものさ」
「……異世界召喚者」
マリエッラはテリューなる人物が何者かは判らなかったが、話の内容からすぐに見当が付いた。
どうみても胸の大きな年頃の少女でしかない沙那を傍に見ていたせいで忘れそうになるのだが、本来の異世界召喚者はまさに軍事的な能力を期待されるものだった。
他を圧倒する剣の達人などというのは、まさにソレだったろう。
「せっかく大陸の帝国への航路が安定してきて、自由貿易商人や冒険的な商会が集まってきて……これからここは黄金航路になるっていわれていたのにね」
おばさんが西瓜を指先でポンポンと叩く。
「これは結構実が詰まってそうだよ?」
おばさんが沙那に勧める。
沙那はその西瓜をじっと眺めてちょっとだけ考えた。
「おばさん。それ、冷やして売るともっと売れるかもー」
「ん?井戸に沈めて冷やすと少しは冷たくなるね」
「うん。もっと良い方法あるよー」
沙那がにぱっと笑った。
「長めの布を巻いて水をかけておくの。そうすると気化熱で結構冷えるよー?人間の汗に風が当たるのと同じだねー」
「き……か…ねつ?」
「そそ。今度やってみてー。何より、暖かい場所でも冷やせるよー」
沙那お得意の小学校知識だった。
実はキャンプやサヴァイバルの小ネタでもある。
果物の他に飲み物を冷やすのにも使える。
「まー。キンキンにはならないけどねー」
冷蔵庫のないこの世界では仕方がない。
「それ、船の上でもできる?」
マリエッラが不思議そうに訊いた。
「うん。できるよー」
林檎を食べ終わったイズミがまた沙那の髪の毛の中に潜り込む。
「冷蔵庫があれば一番なんだけど。作り方もなにもわからないしー」
実はちょっとしたことで解決する方法はあるのだが、沙那は小中学校の知識しかないのだ。
「色々不便……ん?……」
沙那の視界の隅、通路をネズミみたいなものが走っていた。
いや、ネズミではないことはすぐにわかった。
一言でいうと、小さな子供が作った不格好な粘土細工。
クローリーが作った泥人形であった。
沙那はそれとは知らずに泥人形の後を追い始めた。
温泉の妖精に続いて更なる妙なもの。
動くものを見つけると追ってしまう猫のように。
「あ……ちょっと。さにゃちゃん?」
マリエッラも慌てて後を追い始めた。
『こりゃあ、覗き趣味の変態さん向きの魔法っスなあ』
泥人形と視界と意識をリンクさせたクローリーは思った。
埋め込んだ宝石を使った目は自分の目のようによく見えた。
小さな泥人形の位置から見上げると女性のスカートの中も見放題だった。
そこに、この世界の基準からすれば異様に短いスカートと白い足が目に入った。
布面積のやたらと少ない下着。
すぐに分かった。沙那だ。
露出狂じゃないだろうか?と思わないでもないのだが、沙那の世界の基準だと割と普通だ。
勝負ぱんつに比べれば十分に健康的な部類なのだ。
沙那が手を伸ばそうとするのを、慌てて走って逃れる。
こんなところで捕まるわけにはいかなかった。
捕まったら最後おもちゃにされるだろう。
クローリーには目的があった。
外部からの聞き込みには限界があると踏んで、管理事務所の中に潜り込んで視覚や音声で情報を集めるつもりだった。
じっとしていれば動物ですらない泥人形は怪しまれることは少ないだろう。
操霊術魔法を知る者でなければ想像もつくまい。
クローリーは泥人形を懸命に走らせた。
思っていたよりも遠く、精神集中だけでも大変だ。
『こんなことならワケを説明して近くまで連れてきてもらった方が良かったっスなー』
追いかけてくる沙那とマリエッラを見ながらそう思った。
本来は部屋の中に置いて内部を監視するための魔法なのだ。
時折、度々、捕まりそうになりながらも何とか目的地である港湾管理事務所に到達する。
さすがの沙那でも中にまで付いてこられないだろう。
クローリーの泥人形は出入り口の扉が開け閉めされる隙を狙って、中に飛び込んだ。
『さあて。何かわかると良いんスがねー』




