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2章 多島海~13 蠢くオタク

13 蠢くオタク



「どーしたんスかー?」

 あまり関わり合にはなりたくない予感がしつつも、こればっかりは仕方がない。

 リンザットはクローリーたちを運んでくれている船の船長なのだ。

 万が一何かあったら身動きできなくなる。この島に足止めになるだろう。

「ああ。こいつらがよ。港湾使用料がドカル金貨100枚って言いだすのさ!」

「おや。そりゃまた……」

 本来のテリリンカの最大の利点は通行料が安価で定額であるところだ。

 港湾使用料として船の大小に関係なくドカル金貨1枚。それがここ数十年の決まりだった。

 洋上通行料としては破格の安さである。

 陸上でも海上でも多くの領主や海賊は相手の船を見て大きく貰えそうな相手からは高額な料金をせしめるのが通例だ。

 価格は厳密に決められておらずに、その場の言い値を吹っ掛けられることも少なくはない。

 それが、このテリリンカ周辺に限っては安価な上に分かりやすい定額で治安を守ってくれているのだ。

 これによって安心して交易船が行き交い、周辺の交易が活発化。

 結果的に通行料が増えて、手間を増やさずに収益が増えているのだ。

 何より商業の活性化でその他の税収も増え、何よりこの地に落ちるお金が増えていたのだった。

 情けは人の為ならず、というようなテリューの教えは地域を豊かにしていた。

 ……はずだった。

「なあるほどな。それで船がやけに少ねえんだな?」

 シュラハトも眉を顰めた。

「港に着いた時から感じてた違和感は……それか」

 かつてシュラハトが過ごしたこともあるテリューの村は、ここの離れだったがそれでも今のテリリンカよりは船が行き来していた方だ。

「ドックで整備中の船も見ねえし。おかしいと思ったぜ」

 数年前に迫りくる帝国軍を迎え撃ったテリリンカの艦隊の姿も見えないのだ。

 常識的に考えれば現役の戦闘用の船はローテーションで交互に整備に入るので、大きな港湾なら必ずといって良いほど停泊するなりドック入りするなりしてるはずなのだ。

 それがいないというのは戦時の全力出撃くらいのものだ。

 港湾役人は筋骨逞しい大男の姿に一瞬たじろいだものの、次第に集まる兵士の数を見て心を落ち着ける。

「これはテリリンカの公式決定ですので。規則通りに支払っていただきます」

 胸を逸らして虚勢を張ってみせる。

「なお、支払えない場合は船を積荷ごと没収。拒否した場合……船を焼却撃沈します」

「なんだって!?」

「規則ですから」

「んだとお!?」

 リンザットの声に兵士たちが色めいた、

 短めのハルバードを音を立てて前に出す。

 その鈍色の刃先をそっと指先で払ったシュラハトが前に出る。

「おいおい。穏やかじゃねえな?いったい誰の命令だ」

 シュラハトは体も大きいが鈍重な印象はない。

 鍛え抜かれた鋭さとしなやかさを持った動きが表情以上に辺りを威圧する。

「このあたりは長閑さだけが取り柄みたいなところだぜ?」

「代官のテイル様の命令だ。すべての船から徴収するように指示を受けている」

 港湾役人も引かない。

 元々荒事の多いこの町の役人なのだ。下手な兵士などとは違う。

「……聞いたことねえな?テリューの婆さんがいないのはともかく、今はテリラじゃねえのか?まだ死ぬには若いはずだぜ」

 シュラハトは気色ばむ。

 帝国の一介の冒険者が知る機会のなさそうな個人名が飛び出したことに、リンザットは少なからず驚いた。

 彼がそれまで抱いていた、ちょっとはやる戦士という程度でしかなかったシュラハトへのイメージが変わる。

 リンザットは思わずシュラハトの顔をまじまじと見詰めてしまった。

「テリラ様は遠征中の間をテイル様が代官をされている」

「……誰だよ。テイル?聞いたことねえな」

 シュラハトは特別事情に詳しいわけではないが、あの戦いの時に海の民を率いていたのは確かテリラという名の女性だった。

 特別に親しくしたわけではないが、テリューの婆さんを数十歳若くして美人にして巨乳にすれば似てなくもない。という朧げな記憶だけはあった。

 褐色の肌の堂々たる女丈夫で、シュラハトでさえも気圧されそうなほどだった。

「遠征中……?海賊狩りか?……」

 シュラハトは首を捻る。

 以前に帝国軍が蹴散らされたように、近隣の海賊でこの辺りを荒らしに来るような勇者はそうそういないはずだ。

 首領自ら親征するような大事が起きてるのだろうか。

「なら、その代官って奴で良い。会わせて話をさせてくれねえか?」

 シュラハトがこういう時に強く自己主張するのは珍しい。

 付き合いの長いクローリーですら、こんなシュラハトを見たことがない。 

「む?無礼な」

「無礼も何も話がしたいってだけだぜ?」

 真剣な表情の時のシュラハトは修羅場を潜り抜けてきた者でもゾっとする。

 背中にそれまで倒してきた血が見えるような迫力がある。

 言葉は落ち着いていても空気を圧するのだ。

 クローリーですら、そんなシュラハトを見るのは死地に追い込まれた時くらいのものだ。

「シュラさん……?」

「下っ端役人じゃ話にならねえ。もっと偉いやつを出せって言ってるだけさ」

 ただし口調はあくまでお道化ていて、冷静さを失っているようには見えない。

「そこまでにしてもらいましょう!」

 横から冷たい声が掛かる。

 他人を上から見ている者にある色の声だ。

「私がテイルです。ここの代官をして……もっとももうすぐ代理では無くなりますが」

 目つきは鋭いとか冷たいを通り越して不遜極まる印象だった。

 その痩身痩躯の目つきの悪い男を見た沙那の第一印象は『カマキリみたいな男』だった。

 複眼でもついていた方が似合いそうだった。

「話すことは何一つありませんよ。ドカル金貨100枚を支払うか、船を明け渡すか。それとも捕縛されてすべてを失うかです」

 テイルは手にした乗馬鞭をぱちぱち鳴らしながら見下すように立っていた。

 その船乗りには見えない乗馬鞭自体もシュラハトは気に入らないと思った。

「猶予は3日。それまで船は差し押さえますよ。返答はイエスのみ。それ以外は却下しますよ」

 乗馬鞭を振るうと空気が鳴った。

 松明や火矢を用意した兵士たちが前に出る。

 いつでも火をかける準備ができているというポーズだ。

「鉄の船だったらそのくらいじゃ燃えないだろうけどねー」

 沙那がその兵士たちの貧弱な着火装備を見て思ったことを口にした。

 もちろん鉄の船が火事にならないわけではない。可燃物は燃えるのだ。

 その何気ない言葉に辺りが凍りかけた。

「鉄の船とかバカじゃねーの?」

「水に浮くわけないだろう。この娘は乳に栄養とられ過ぎて頭が空っぽなんじゃないのか?」

「あの胸なら浮くかもしれないな?」

 散々である。

 ただ一人、クローリーを除いては。

 クローリーだけは沙那を馬鹿にする気はなかった。

 エルフの技術……エルフの魔法……もしかしたらあり得るのだろうか。

 彼らの知らない何かを知っているエルフなら、いや、それ自体が何かこの状況の突破口になるのかも知れない。

 クローリーは顎に手を当ててて考えた。もちろん何も思い浮かばなかったが。

「おい。さにゃ……?」

 そう声をかけかけた時、当の沙那は人間を警戒する野良猫のように髪を逆立てていた。

「バーカバーカ!バカはどっちー!?鉄は水に浮くんだよー!バーカバーカ!」

 小柄な巨乳の美少女が指を突きたてて喚く姿は、ある種可愛らしいと言えなくもなかったが……この場合は滑稽なだけだった。

「可哀相に……」

「頭のおかしい子なんだな……」

「もう何年かすると良い女になりそうに見えたのに……残念な娘だ」

 何か憐れむような視線が集まっていた。

 しかも身内であるリンザットなども同情の目でクローリーを見てくる。

「なんで、オレまで憐れまれるんスか!」

 みんなの視線は可哀相なおかしい娘の飼い主という目でクローリーを見ていたのだ。

「なんなんスか!これ!?」

 何故か憐憫の視線が集中したクローリーは、捨てられた猫状態の沙那を回収してその場を去るのが精一杯だった。



「クローリー殿はどうして御座ろうかのう」

 賢者(セージ)はブヒィと椅子の上で伸びをした。

 太った体がぎしっと背もたれを軋ませる。

「拙者、歩くのは嫌で御座るからな」

 ただそれだけのために外出することは少ない。

 足腰も少し弱ってるのかも知れないが、運動そのものが苦手なのである。

 イベントに並ぶときには異常な体力を見せるのだが、それ以外ではからっきしである。

 もしも彼が、もう少し……2~30年後の人物だったら、異世界生活で自分の力を発揮しようとしただろう。 

 未だに夢にいるんだと思い込んでる沙那と違い、賢者(セージ)は自分が異世界にいることは気が付いていた。

 ただ、昭和な時代の彼は異世界転生モノが未発達な時代のオタクで、その知識を生かそうという意欲に乏しかったのだ。

 昭和故に中途半端に原始的な生活にも対応できてしまっているのせいもある。

 その雑学知識は偏りもあるが、科学の知育玩具全盛だった昭和期に無意識のうちに蓄えられたものは沙那よりもはるかに多いはずだった。

 上手く使えばクローリーが望むエルフの知識の一端を開くには絶好の人物なのである。

 それが、そうでないのはオタク特有の捻くれた性格故のものだった。

 とはいえ、知能が低いわけではない。

 毎日ぼんやりと眺めている外の景色に、いつも特定のメイドが案内する客がいることに気づいていた。

 商人とかそういった類の人種ではない。

 そして時折見せるリシャルの姿。

 何とも言えない違和感、というよりもいじめられっ子特有の危険を感じる感覚が働いていた。

「なにか……動きが見えるでござるな」

 賢者(セージ)は落書き帳にしている蝋板に、その様子を日付や時間付きでメモするようになった。

 日付はともかく時間は時計がないので大雑把だ。

「使者が多いのは陰謀の匂いを感じるでござるよ」

 歴史戦記物全盛期時代を過ごしていた賢者(セージ)はそう考えた。

 彼らにとっては諸葛亮孔明などは神にも等しい。

 『軍師』という言葉に憧れる人種だ。

 千里離れた帳の中で策を巡らすのがカッコいいと思っている連中だ。

 自分が頭が良いと思い込みたい類の……だが、そこに知性が合致すると侮れない力を発揮するものである。

 もし、ここで彼にとって最も残念なことがあるとすれば、カレーを食せないことだったろう。

 カレーの存在を知っていれば何とかして旅についていったことだろう。

 『カレーは飲み物』。

 彼の大好物でもあったのだ。


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