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2章 多島海~11 妖精、ゲットだぜー!

11 妖精、ゲットだぜー!


「ねー!クロちゃーん!」

 上から沙那が手をぶんぶん振っている。

 あんなに動くともう色々はみ出たりみえたりしかねない勢いだ。

 体はともかく精神的にはまだまだ子供の部分が残っているのだろう。

「妖精さん、連れてって良いー?」

「連れて行くって……すっぽんぽんなんスよね?」

 クローリーが上を向いて答えた。

 微妙に首を動かしてみたが、見たい部分は見えなかった。

「それ、オレが変態趣味で女の子を裸にして連れ歩いてるように見えないっスかねえ?」

「んー?何か着せてみるとかー?」

「着せたら見たいところが見られな……じゃない。そんなんで良いんスかねえ。どのくらいのサイズか分かるっスか?さにゃと同じくらい?」

 もちろんクローリーには判らない。

 妖精は千差万別で大きさも何もかもバラバラだ。

 彼自身妖精召喚を行ったことはあるので余計に判断に困る。

「大丈夫かもねぇ。あたしにも見えないから。さにゃちゃんには見えるみたいだけどぉ」

 マリエッラも首から上を出す。

「お。お。マリねーさん!もうちょっと立ってくれないっスか?できたら膝から上が見えるくらいに……って、痛ぇっス」

 後頭部をシュラハトに引っ叩かれたのだ。

「ん。んー?妖精さんって姿消したり、小さくなったりとかできないのー?」

 沙那は首を傾げた。

「よくそーいうご都合主義なのってあるでしょー?」

「……小さくはなれる」

 温泉の妖精が静かに答えた。

「できるの!?」

「……はい」

 そう言うとみるみる小さくなる。

「これくらい?」

 妖精は沙那の掌ほどの大きさになる。

「お。おおー!?すごい!」

「……いつもは遊ぶお友達に近い大きさにしてたから」 

「へー!へー!便利だねーっ!」

 沙那は妖精を摘まんで自分の頭の上に乗せる。

「これだとクロちゃんが覗こうとしてもボクの髪の毛の中に隠れられるね」

「……別に隠れるつもりは」

「だめっ。クロちゃんはあれでかなりえっちだから」

「ちょ!?なんか風評被害っス」

 下からクローリーが抗議した。

「あたしには、そもそも最初から見えないけどねえ」

 マリエッタには沙那が独り言を呟きながらパントマイムをしてるようにしか見えない。

「そーいえば、妖精さんは何ができるのー?」

 沙那は当然なにも考えていなかった。

 なんか可愛いペットができたくらいの感覚だ。

「……泉を作れる。水が出せる。おわり」

「おー!?水ー!?……温泉なのに水だけー?」

「……お湯も出せる」

「どのくらい?」

「……この辺りにあるくらいなら」

「よしっ!」

 沙那はぐっと握り拳を作った。

「無限お風呂ゲット!」

「……いえ。あの。勝手に連れて行かないで欲しいんですが」

「ここにいても見えたり見えなかったりするよりはー、見えてお話しできるボクと一緒の方が楽しいよ?きっと」

 沙那はにんまりとほほ笑んだ。

 



「ふん……」

 テリリンカの代官テイルは小さな紙きれを握り潰した。

 帝国内では貴重品な紙であったが、絹の国(シリカ)との交易のあるこの地ではわりと一般的だ。

 簡単な手紙にも気楽に使うことができる環境にある。

「そこそこ高く売れた、らしいですね」

 テイルが握りつぶした紙には短いが取引の売り上げのことも書いてあった。です

「帝国の御仁は未だに香辛料が元手の安いものだとはご存じないようで。そもそも産地がどこかすら分かっていないようだが」

 テイルはくるりと振り向いた。

 痩せ型で背は高い。二枚目だが、どこか昆虫を思わせるような雰囲気を持つ。

 鋭く蛇にも似た眼差しで、足元に転がった人物を見下ろす。

 鉄枷を付けられ床に這いつくばるような姿勢をとっていたのは若い女性だ。

 肩ほどまで伸びたショートボブの銀髪の少し逞しい体躯で、鉄枷の鎖の音を鳴らしてテイルを睨み上げた。

「テイル……何を企んでいる?」

「企む?まさか。私は潮目を見るのと同じで、時流を見ているに過ぎない」

 テイルの目は蔑みの色である。

「テリラ、あなたやテリューは十分に強力な力を持ちながら、海路の安定で僅かばかりの報酬を得ることで満足している。愚かだと思いませんか?」

「どこがだ!?」

「3つの大国の間を繋ぐ海路を実質的に支配している状態で、更なる高みを目指さないところがですよ」

 テイルはテリラの足を先の尖った靴の爪先で突いた。

「私なら海の王を目指しますね。陸地の覇者たちも手を出すのが難しいこの地で、第4の大国として海洋帝国を作るのですよ」

「……ばかばかしい」

 テリラがテイルの靴に唾を吐いた。

「産地では大した価値もない香辛料を、それまでの半値で譲ると言っただけで……このように帝国の貴族どもが靡いてくるのですよ」

 先ほど握り潰した紙を蝋燭の火にかける。

「彼の貴族は帝国内で香辛料を売り捌き暴利を得て、こちらも利益を得つつ大陸への足掛かりを得る。もっとも今までやっていたこととそう変わりはありませんが」

 テイルはテリラの腹を蹴った。

 鈍い音がして、テリラが体を折る。

「陸の覇権国家では海を越えての侵略は難しい。ですが、海洋覇権国家が足場を得たらどうなるでしょうか?」

 実のところ、交易は陸上よりも海上の方が遥かに利益は大きい。

 馬車と船では労力に対して輸送力が桁違いのだ。

 多くの歴史で海上覇権国家がもっと裕福で最も強力であることが多いのはその為だった。

「エムレイン伯爵イストですか。なかなかの策略家のようですが所詮は陸を這いずるだけの存在。こちらに便宜を図ることで共存共栄と……そう巧言令色ぶりを発揮していますが、得られる富はこちらの方が多いのですよ。あちらは知らないようですが」

 蝋燭の炎に焼かれるエムレイン伯爵の蝋印を見つめながら、テイルは笑った。

「戦争も覇権も、力とは金と情報。その両方を握るテリリンカが世界を制して何が悪いのでしょう」

「大層な演説だ……」

「内部分裂で纏まりのない帝国と、豊かさに溺れて拡大する意志の少ない絹の国(シリカ)。両方に挟まれて海に全力を注げない砂の国(アルサ)。そこに付け入る隙があるとは思いませんか?第4の勢力です」

 テイルは野心家だった。

 海の民の首領であるテリューの一族に生まれ相応の地位を得た。

 後継者にテリラが選ばれても当初はあるがままに受け入れた。

 海路の安定を目指す海の民としての能力も十分にあった。

 それが変貌したのは、帝国貴族エムレイン伯爵家のイストから使いが来た時からだった。

 帝国内部にいる野心家、しかも自家の支配を見据えての行動。

 多方面に働きかけていることはすぐに判明した。

 テイルはそれに乗る振りをしながら、自分の野望を育ててきた。

 戦乱が来ると睨んだのだ。

 この機に海の民の勢力を拡大して、国際的なキャスティングボードを握るチャンスなのだった。

 しかし、テリラはそれを望まずにテリュー以来の共存共栄の姿勢を崩さなかった。

 だからこそ口惜しく、そして反乱を起こした。

 テリラを軟禁して実権を握ったのだ。

 テイルはテリリンカの事実上の支配者になると、まずは交易路の封鎖にかかった。

 将来的にはともかくも、ここで短期的に財力を掻き集め戦乱に備えるのだ。

 テリリンカを封鎖することによって帝国領内への交易を制限して富を独占し、交易路をテリリンカとエムレイン伯爵領に絞る。

 イストにはエムレイン家に交易を優先するように見せながらも、その実は上前の多くをテリリンカに吸収する。

 香辛料という金のなる木があるからこその方法だった。

 テリリンカを利用しようと暗躍するイストを逆手にとって主導権を奪うのがテイルの目的だったのだ。

「さあて。どのように乱れますかね。策士策に溺れると言いますから」

 テイルは顔も知らないイストのことを思い浮かべた。

 ただ、彼は気が付いていなかったのだが、実は彼のやり方は帝国などと同じ収奪と搾取の延長線上にしかなかった。



「ぷっはーっ!」

 温泉から出て着替えた沙那は腰に手を当てたジャパニーズスタイルで冷水を一気に飲み干した。

「ほんとはフルーツ牛乳かコーヒー牛乳が欲しいところだけどー。でも、このお水冷たくて美味しいね」

 全員温泉から上がって元の服に着替えていた。

 何枚も着替えを用意するほどの余裕はないのだ。

 沙那にはそれが気に入らないのだが、そろそろこの生活にも慣れ始めている。

「そりゃ、山から引いてる湧き水だからさ。山水は夏は冷たく、冬は暖かい」

 椅子に座ったシュラハトが答える。

「ふうん」

「それで、妖精を連れて来たって……ホントみたいっスな」

 タオルを頭に被ったクローリーが訊いた。

 妖精召喚魔法も学んだ彼には妖精の姿が見える。

「でも……小さすぎて肝心なところが見えないっス……」

「しょんぼりしない」

 マリエッラが微笑んだ。

「温泉の妖精か。この辺りはどこにでもいるのか」

 シュラハトは見えないながらも沙那の頭のあたりに視線を向ける。

「さー?でも、さっきいろいろお話してみたら、あちこちの島を回ってるんだってー」

「ほう……」

「人が多く集まるところが好きなんだってー」

「……なんだそりゃ」

 シュラハトは肩を竦めた。 

「ま、妖精ってのは気まぐれっスからなー」

「気まぐれっていうよりー変っていうかなんていうかー」

 沙那が指先で妖精を突く。

「なんだっけ。イズミちゃんだっけ」

「なんスかそれは?」

「名前―。なんかお友達がそう呼んでたんだってー」

「お友達っスか」

 シュラハトは懐かしいものを見る目で沙那を見た。

 何年か前……彼には遥か昔にも感じられたが、命を分けてくれた少女アユも同じ名で精霊を呼んでたことを思い出したのだ。

「いっぱい人がいるところが好きらしいんだけどー、なんか最近人が少なくなってるんだってー。なら、クロちゃんちに連れてくればお風呂問題解決で!人もいっぱい集まりそうでしょー?」

 それはどうだろうか?とシュラハトは思ったが口にはしなかった。

 異世界召喚者(ワタリ)である沙那だからこそ、見て感じることができるのか。

 アユも異世界召喚者(ワタリ)であるテリューの因子を持っていたからか。

 シュラハトには判断できなかったが、彼がアユから受けたのと同様にマリエッラから命を分けてもらった沙那に僅かながらシンパシーを感じた。

「それ、ようせ……イズミさんは了承したんスか?」

 クローリーが不思議そうに首を回した。

 彼の知る妖精というものは気まぐれで不可思議だ。

「え?もちろん!無!理!矢!理!」

 沙那が満面の笑みで胸を張った。

「だいじょーぶ!いけるって!お風呂とシャワーのためにっ!」

「無茶苦茶っスな……妖精より酷いっスなあ」

 クローリーは呆れ切った目で沙那を見る。

「なあ?俺にも妖精は見えねえんだが……」

 冷水の入ったカップ片手にリンザットが口を挟む。

「人が多く集まるところが好きであちこちを飛びまわってるっていうんなら、ここから離れたりするかな?」

「んー?なんか、ここのところ温泉に来る人が少ないんだってー」

「少ない?……そういや客がいつもほど多くねえな。というか俺たちしかいないな?」

 リンザットが周りを見回した。

 そういえば入港してる船も少なかった。

 全体的に町が閑散としていた。

「ということでー妖精さんゲットー!」

 沙那がガッツポーズした。

 まるでカミナリネズミを捕まえたような感じだ。

「……ゲット違う」

 温泉の妖精イズミが沙那にしか聞こえない声で抗議した。


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