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2章 多島海~9 無償の愛

9 無償の愛


 帝国艦隊はいきなりの強襲上陸は行わなかった。

 前回のことを警戒してのことだったのだが、実は今回こそ奇襲上陸が正解であったことを後に知ることになる。

 損害を恐れて、大軍で包囲して降伏を迫るつもりなのだ。

 最先頭の船の船首楼に一人の男が立って口上を述べた。

 大変にまどろっこしい言い方であったが、内容は簡単だ。

「倉庫の中身と金の全てを差し出せば命だけは取らないので降伏せよ。……てことらしいですじゃ」

 テリューの傍に立つドワーフの老人が翻訳した。 

「まさに山賊か海賊だねえ」

「よくもまあ、手薄な村を見つけるものですな」 

 弩を巻きあげた男が薄ら笑う。

「ま、隠そうとしても完全に隠せないのは世の常さね。それに……」

 テリューが小さく溜息を吐いた。

「欲の皮が突っ張らせすぎて周囲への警戒がお留守だねえ。欲かき過ぎなんだよ」

彼女の視線の先……港で恰幅の良い男が堂々と大声で答えた。

「お断りする!再び死体の山を作りたくなければさっさと引き返すがよろしかろう!」

 彼もまたかつてはテリューたちと海を駆け巡った者らしく、物々しい帝国軍の陣容を見ても狼狽えたりはしていなかった。

「ならば……実力を持って執り行う!」

 帝国兵が叫ぶと、帝国艦隊の半数が港へ向かって前進を始めた。

 気勢を上げ、バラバラと弓を放つ。

 そして、時折、不自然な爆発が桟橋に落ちる。

「……戦闘魔術師付きかい。贅沢なもんだねえ」

 テリューの言葉にはいまだ焦りはない。

 確信があったのである。 

 そう、友軍の。

 帝国艦隊の半数が前進を始めると同時に、周囲の島影から20隻を超える小型の船が姿を見せる。

 小舟と侮るなかれ。

 それらは舳先に突き出た金属の杭と、積み上がった藁の山を備えていた。

 すなわち、焼き討ち用の火船であった。

 潮の流れと風向きを正確に読んだ動きで流れるように進み、油をかけた藁に火をつけた。

 帝国の攻撃を予想して伏せていたのだ。

 数人の船員がぎりぎりまで操作する必要があるが、激突して着火すれば当てられた船はほぼ助からない。

 大規模な海戦での常套手段である。

 海の民は戦闘に関して狡猾であった。

「……とはいえ、あれじゃせいぜい半分、まあ三分の一くらいしか燃やせなさそうだね」

 テリューが愛用の柄付き細剣(リュエダオ)を掲げて、斜面を駆け出した。

 この村に戦闘要員はとても少ないのだ。

 待ち伏せしてくれた援軍がいるとはいえ、上陸された時に迎え撃つ手数は多いほど良い。

 再び先日のように大暴れするのだろう。

 と想像したところでゲイザーは何かに気が付いた。

「ほう。おぬしも気づいたか。連中は真っすぐ倉庫へ向かっておる」

 ドワーフの老人が苦々しく呟いた。

「……海賊の殲滅ではなく、香辛料などの宝物が目的……というのか?」

 さすがのゲイザーも鼻白む。

 つまり、前回も今回も海賊討伐を建前にした香辛料の略奪が目的であることに気が付いたのだ。 

「まもなくテイロたちも斬りこんでくると思うが……さすがに数でギリギリ勝負になるかどうかってとこだな」

 ドワーフの老人はゲイザーの腰を叩く。

「殺されんように上手く仲間に紛れ込んで逃げるんじゃぞ。せっかうアユに貰った命じゃ。せいぜい次はこんな下らん戦には巻き込まれんようにな」

 そう言うと、老いてやや不自由になった体ながらも細剣(ウォタオ)を抜いて、どたどたと斜面を駆け下りていった。

 ゲイザーはただそのまま立ち尽くしていた。

 この村の連中の考えがわからない。

 老人と子供ばかり、そしてゲイザーのような本来は敵である人間に復讐心を見せない。

 そのうえ、上手く逃げろとまで言った。

 どういうつもりなのだろう。

 海に生きる民の感覚は異常だ。

 やがて火船の突撃の後ろから、二層甲板の帆船が数隻突撃してきた。

 甲板の上にはかなりの数の戦闘員が武器を手にずらりと並んでいる。

 上陸して、帝国軍を挟み込むように斬りこむつもりなのだ。

 単純な数なら帝国軍にも引けは取らないだろう。

 問題は陸戦用重装備の帝国兵士と違って、船上で戦うことを意識した軽装のものばかりだというところだ。

 船の上ならいざ知らず、本格的な陸戦では鎧の差は少なくないのだ。

 帝国軍の二段櫂船(ドロモン)から一斉に矢が放たれる。

 前回の反省から飛び道具を十分に用意してきていた。

 各船に10人づつは配置されているだろう。

 それがよたよたと駆けていたドワーフの老人の周囲に矢が突き立った。

 不思議なことに、ゲイザーは駆け出していた。

 老人の元へ。

「おい。大丈夫か?」

 ドワーフの老人は振り返って、ゲイザーの顔を見て驚いた。

 だがすぐに、前を向きなおした。

「なあに。やつらの矢なんぞ当たらんわ。下手糞め」

 老人は戦いに慣れていたが、それは海の上の話だった。

 通常の陸戦での弓は個別の目標を狙うものではない。

 敵の頭を下げさせる、あるいは足を止めるのが最初の斉射の意味であり、殺傷を狙ったものではないことを知らなかった。

 逆に言うと、次はダメージを狙った斉射になるのだ。

 次の弓の斉射は確実に老人を狙っていた。

 2人の周囲の地面に矢が突き刺さる。

「老よ。こんな開けた場所を走るのは自殺行為だ。もう少し慎重に」

「は。だからあんなもの当たらん……と!?」

 ドワーフの老人は血を流すゲイザーの顔を見た。

 大柄な体で老人を庇っていたのだった。

 背中や肩に何本もの矢が突き刺さっている。

「お……おぬし……?」

 ゲイザーも自分自身で理解出来なかった。

 ただの野党の集団にしか見えない帝国軍への絶望もある。

 それと……アユが口にした「いいひと」になってみたかったのかもしれない。

 この時点でゲイザーはもう帝国騎士ではなくなっていたといえる。

 海の民の影響受けたからだろうか。

「老が行かなくてもテリューが何とかするだろう」

 瀕死の状態でも容易く意識を失わないのは騎士の矜持か。

 そして精一杯の力で笑ってみせた。

 彼がこの村に来て初めて見せた笑顔かも知れなかった。

「もし次があるなら……」

 ゲイザーが喀血した。

 その時だった。

「まだ!」

 いつの間にかアユが傍にいた。

 小さな手でゲイザーの手を握りしめる。

 ゲイザーはその目で見た。

 少女の全身が輝き始め、光の粒子が舞い散る様子を。

「そ……それ……が?」

 何か良く判らない温かいものがゲイザーの体内に流れ込んでくる。

「……神の奇跡か」

 刺さっていた矢がぽとぽとと地面に落ちる。

 自分でも感覚で分かるほどに傷が回復していく。

「……これが、そうなのか」

 見るのは初めてであった。

「……ほら。いいひとになったでしょ?こんどはもっといろんな人を助けるもっといいひとになってね」

 アユが天使のように微笑んだ。

 そして、ゆっくりとスローモーションのように崩れ落ちる。

 小さな体が草の葉を折る音がした。

 ゲイザーとドワーフの老人が見つめる中で、アユは全く動かなくなった。

 疲労とかではない。

 ……息を引き取ったのだ。

 寿命を削って相手に与えるのが治癒の秘術……そういう言葉を思い出した。

 神の奇跡とも呼ばれるこの力は、自分を癒すことはできない。

 その冷酷な事実をまさに目にした瞬間だった。



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