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2章 多島海~7 アユ

7 アユ


 アユは明るい娘だった。

 口数は少ないが常に笑顔を絶やさない。

 天気が良ければ庭を走り回り、飼っている鶏を追いかけたりしている

 その姿は残り寿命が少ないようにはとても思えなかった。

 全くの虚言だったのか、それとも残り寿命が多く残っているのか。

 その証左になるものを見たわけでも感じたわけでもないゲイザーには判断が付き兼ねていた。

 そして、結果的に置いてけぼりになったゲイザーはテリューの家に居候していた。

 閉じ込めておく場所もなく、武器を取り上げたうえで自由にさせてはいるが、何かあったときにはすぐに対処できるテリューの目の届く範囲に置いておこうというものだった。

 ゲイザーの視界で走り回るアユの姿からは、寿命が縮んだという雰囲気は微塵も感じられない。

 テリューたちの言葉には納得しかねた。

 しかし……太矢(クォレル)が突き立ったはずの胸に全く傷が残っていなことだけは事実だった。

「おい。帝国の犬」

 草地に寝転ぶゲイザーの傍に、少し腰が曲がった老婆、テリューが立っていた。

 つま先でゲイザーの腕を蹴る。

「適当な商船が来たら、送り返してやる」

「身代金は?」

「あんた一人の身代金なんていらないさ。強いて言えば……もう二度とこういう真似をしないように偉い人に忠言してやってくれればいいさ。まあ、できれば殺しまくった分の補償も帝国の名で行って欲しいがね」

「何を言ってるんだか」

 庶民に国が補償をするなどあり得ない。

 それは常識だ。

「あんたらはそうなのかもしれない。でもね、支配と搾取だけでは国は成り立たないよ」

「余計なお世話だ」

「あの子、あんたを助けたアユの家族がどうなったかわかるかい?」

 テリューの視線は鋭い。

「あんたらの仲間に殺されたのさ。両親と姉もね……みんな」

 アユは笑顔で蝶々を追いかけていた。

 そこに陰りは見えない。

「それでもあの子は、敵であるはずのあんたを助けた。わかるかい?」

「わからないな」

 テリューは強く溜息を吐いた。

 呆れたというような表情だ。

「……無償の愛(アガペー)ってやつさ。たしか、元々はあんたらの言葉のはずだよ?」

「それは……神が人間に与えるものだ」

 テリューはその言葉に首を振る。

「あんたたちは……本当に可哀相な人間だね」

 彼女のアユを追う視線はとても優しい。

「目の前で死にかけた人間を助けたいって気持ち。それが判らないっていうのは悲しいことだよ」

 テリューは鞘に入ったままの細剣で地面をつついた。

「帝国が無事なのは、絹の国(シリカ)砂の国(アルサ)も面倒くさいから攻めてこないからさ。世界から見たら帝国なんて遅れた未開な国なんだよ」

「なんだと?……愚弄するのか?」

絹の国(シリカ)なんて豊かすぎるから海を渡ってまで戦争しないだけさ。あの連中が本気で戦争おっ始めたら世界征服もできちゃうんじゃないかねえ?」

 テリューはかつて訪れた大都市シュジョウを思い返した。

 数百もの大型船が行き交い、目も眩むような大量の貿易品が積み上がる。

 数十万もの人間が暮らす巨大都市だ。

 人口も財力も、当然軍事力も絶大だ。

「一度でいい。……そう、無事に生きて帰れたら、海を渡って世界を見てみな。自分たちがいかに小さいかって分かるってものさ」

 そこにはかつて海を渡りぬいた人間が持つ思いがあった。

「そうだね。じゃあ……」

 手に持った細剣をゲイザーに投げてよこす。

「それをようく見てみな。海の彼方、遥か東の小さな島で作られる逸品さ。あんたらの鎧も盾も簡単に貫いてたろう?そういったものが世界にはたくさんあるんだよ」

 ゲイザーは細剣を少し抜く。

 細く、そして厚みのある、何処までも剃刀のような煌めきを見せる剣。

 華奢ですぐにでも折れそうに見えるが、騎士の鈑金鎧(プレートメイル)を苦も無く貫いていた武器だ。

 革鎧ごと人間を真っ二つにする切れ味も見せたものだ。

「あんたら帝国人は、目の前の小さなものしか見えていない。国に帰るまで良く考えるんだね」



 船はなかなか来なかった。

 この町は本来なら航路から少し外れているのだ。

 用がなければ滅多に交易船は通らない。

 ゲイザーが留め置かれてから3ヵ月が過ぎようとしていた。

 その間、特に仕事もなった彼は毎日ぼんやりと人々を眺めていた。

 邪悪な海賊という話からは程遠い。

 天気が良ければ小舟で漁に出、斜面や山では段々畑を耕し、家畜を放牧し……牧歌的な生活がそこにあった。

 長閑でのんびりした生活。

 襲撃者の一人であった彼を睨む者もいたが、復讐しようと襲ってくるようなものはいない。

 ともすると、ミルクや酒を差し出してくれたり。

 豊かというのとは少し違う。

 富裕層が少なく、貧困がないのだ。みんなそこそこの豊かさを享受している。

 海の民の逞しさと、広い心に少しづつだが、解されていくようだった。

 懐柔しようとしているのだろうか?

 それも違った。

 特別扱いもせず、雑な扱いもせず、同じ島に住むものとして扱われていた。

 それがゲイザーには不思議だった。

 捕虜である彼に平気で剣を握らせるテリューにも驚いた。

 しかし…アユの様子はさらに不思議だった。

 家族が殺されたことを悲しむ様子はあまり見せず、唯一残った肉親であるテリューの家で元気に過ごしている。

 ただ……時折、独り言を言うのは気になった。

 花であったり岩であったり、あるいは何もないところに話しかけるのだ。

 ある時、ついに好奇心に堪え切れずに訊いてみると……

「精霊さんとお話してるの」

 と笑顔で答えた。

 何のことだろうか。

 もちろんゲイザーには何も見えない。

「あちこちに精霊さんはいるのよ。お花の精……風の精……最近仲良しなのは泉の精なの」

「どこにでもいるっていうのか?」

「そう。泉の精はね、みんなと仲良くしたいんだって。温かい水を出してると人が集まるかなって言ってる」

「温泉か……」

 なるほど島には火山があり、温泉も出やすいだろう。

 火山は水をためやすい性質を持っており、そこに熱が加われば温泉として噴き出すことがある。

「なるべく山の下へ降りてきたいけど、難しいみたい。でも、たくさんの人と仲良くしたいみたい」

 子供の戯言だろう。

 お人形遊びと変わらない。

「アユはイズミちゃんって呼んでる」

 アユは何かに触れているようなしぐさを見せる。

 先日血なまぐさい戦闘があったというのに、この娘はよくぞ平気でいられるものだ。

 ゲイザーはもう一つ、気になっていた疑問をぶつけた。

「……なんで私を助けた?」

「んー……?」

 アユは人差し指を唇にあてて首を傾げた。

「いいひとになりそうな気がしたから」

 にっこり微笑む。

「良い人?」

「うん。ばあばみたいに、みんなを助けるいいひと。……ひとになりそうな気がしたから」



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