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2章 多島海~3 温泉へ

3 温泉へ


 テリリンカは火山島である。

 冠氷した白い頂上部を持つ大きな火山で、沙那からは写真でよく見る富士山のように見えた。

 違うのは頂上の火口から揺らめきたなびく白い噴火煙だ。

 うっすらと流れるそれはやがて雲と合流して消えていくようだった。

 その裾野にある港町が目指すテリリンカの港である。

 大型の船が荷揚げしやすいように整備された石で舗装された岸壁と、大きな荷のための木製の骨と歯車で作られたクレーンが何基か見える。

 乗降しやすいように木製の桟橋も何本か伸びており、十分に整った港という印象であった。

 しかし、停泊する船はとても少なかった。

 小型の船が数えるほどしかいないように見える。

 沖合に浮かぶ小島を利用した泊地の係留索にも繋がれるような大型船はいない。

 規模や施設の割に寂しい印象を与えた。

 そこにアダマストール号がゆっくりと近づいていく。

 まだ天頂へと昇りかけの太陽の強めの日差しが肌を焼く。

「他にあんまりいないねー」

 学校指定セーラー服姿の沙那が船縁に手をついて眺めていた。

 温かい、というよりも少し暑いくらいの天気には丁度いいのかもしれない。

 西からそよそよと吹いてくる風が肌に心地よい。

「そおねぇ」

 マリエッラも同意した。

 こちらは普段着にしているスモックだ。

 生足見せ見せな沙那と違って、足首まで伸びるスカートとセットである。

 暑くない?という沙那の疑問にも微笑みで返す。

 この世界ではごく一般的な格好なのだ。

 違うとすれば、かなり立派に成長した胸が形がわかるほどに大きく盛り上がっていることくらいか。

「確かに珍しいな」

 シュラハトが小首を傾げた。

 半袖のシャツから伸びる筋肉質の腕が少し陽に焼けて褐色気味である。

 いつも着ている革の鎧は外してある。

 山賊に襲われる心配がないので普段着なのだ。

 海賊は……?というなら、接敵するまでの時間で鎧を身に着けるには充分だろう。

「普通は船が集まるはずなんだが……」

「ふぅーん。ここには詳しいのー?」

 沙那がシュラハトに振り向く。

 予備知識がないので何でも興味津々だ。

「詳しいってほどじゃないが、交易の分岐点だからな。なにより……」

 シュラハトが片手で黒髪を掻き上げる。

「ここは安全な場所なんだ」

「へー?」

「ああ。このあたりじゃ名高い英雄テリューが開いた島ってことでテリューの島(テリリンカ)っていうのさ」 

 上甲板へ上がってきたリンザットが口を挟んだ。

「英雄ー?そんな人いるんだー?」

 沙那はリンザットを見た。

 長身のシュラハトやリンザットの傍にいると小柄な沙那はまるで子供だ。

「100年くらい前だけどな。辺りの海賊を退治して、交易しやすいように今でもその末裔たちがこの辺りの治安を維持してる」

「おー。かっこいー」

「ま。テリューも海賊の親玉みたいなやつだけどな。通行料も安いし、ちゃんと水路の警備をしてくれてるのは確かさ」

 リンザットは小さくウインクした。

 彼ら船乗りたちにとってテリューは伝説の英雄だ。

 そしてその伝説を今に伝えるように守り続けるテリリンカの町も安心できる港である。

 安全安心と低価格。交易商人が集まる由縁だ。

「もう間もなく着く。3日くらい停泊するから、温泉委案内してやるよ」

「…………一刻も早く着いてほしいッス……」

 沙那たちの足元、甲板にへたり込んだクローリーが呻いた。

 馬車の揺れには慣れているが、どうやら波の揺れには耐えられないようだった。

「……吐くなよ?」

 シュラハトは眉を顰める。

「……だいじょーぶ?」

 沙那はしゃがんでクローリーの背中を擦った。

「エチケット袋、要るー?」

「……なんとか袋はわからねーっスが……大丈夫っス」

 クローリーは若干グロッキーだ。

「じゃ。これでも飲め。酔い止めになるぞ」

 リンザットがクローリーに1パイントほどの緑の瓶を投げ渡す。

「なんスか?これ?」

命の水(アクアビット)さ」

 クローリーが両眉を寄せる。

「……酒じゃないっスか」

「そいつを飲めば、酒で酔ってるか船で酔ってるか分からなくなるから丁度良いぞ」

 リンザットが笑う。

 本気とも冗談ともとれる。

「まじ勘弁ス……」

 クローリーがさらにぐんにゃりとした。

 ミニスカでしゃがんだ沙那のスカートの中身が見えないかな?と視線を向けるが何も見えないことにもっとがっかりする。

「あ。そーいえば」

 沙那がリンザットをじいいーと見上げる。

「妖精さんはー?」

「は?」

「言ってたじゃない。妖精さん」

 沙那が頬を膨らませる。

「ああ。だって嵐もなく順調だったろ?風の妖精の加護ってもんさ」

 リンザットは7割がた畳んでる帆を指さした。

 港が近いので速度を落としているのだ。

 見えないものを妖精と呼ぶのはこの世界の人々では普通のことだ。

「……むー。妖精さん、見てみたかったー」

 そのむくれる様子を見て笑いながら、リンザットは片手を上げて挨拶しながらその場を離れていく。

 接岸まで舵を取るためだ。

 これから船員たちは少し忙しくなるのだ。



「じょーりーくっ!」

 渡り板を元気よく跳ねながら沙那が桟橋に降りる。

 久しぶりの陸地である。

 とはいえ何でも面白体験な沙那にとっては、渡り板も遊び場みたいなものだ。

「……人少ねぇな」

 沙那に続いてシュラハトが降りてくる。

 鎧は身に着けてないが、護身用として予備武器の長剣(ロングソード)を腰に付けていた。

 大きな都市部なら憚られる武装だが、こういった辺境の町ならぎりぎり許される。

 都市部で冒険者があまり良い目で見られない理由でもある。

「ほんとねぇ……」

 マリエッラも首を傾げる。

 こういった港町は大きな船が着くと荷物の上げ下ろしで日銭を稼ぐ港湾労働者が集まったり、春を売る商売女たちが客引きをするものだ。

 もちろん珍しい商品を見に集まる商人たちもいておかしくはない。

「……やっと着いたっス~~」

 よろよろとクローリーが続く。

 魔術師だがさすがにローブは着ていない。

 みんなと同じ半袖のスモックの上に日除けの……色々隠し持てるようにクロ―クを羽織っている。

「さにゃは元気っスなあ……」

「クロちゃんはぼろぼろだねー。レモンとかオレンジとかさっぱりするようなもの買おうよー?」

「そうっスなあ……」

 辺りを見回しても露店や屋台が見当たらない。

 普通なら幾らでもいそうなのだが。

「じゃ、温泉行くか!」

 リンザットがクローリーの背中をバンバン叩いて降りてくる。

「叩くなっス……」

「汗を流せばさっぱりするって!」

「……逆に湯あたりするかもっス……」

「バーッカ!!」

 リンザットがクローリーの肩を組む。

「……隣は女風呂だぜ?」

 耳元に囁いた。

「お。……おー!?」

「壁一つ越えれば……な!?」

「おーっ!!」

 クローリーが背筋を伸ばした。

「さ。行くっスよー!」

 途端に元気になった。



「……騙されたッス……」

 クローリーが鼻までお湯に沈む。

 ぶくぶくぶく……と不満を訴えるように泡を立てる。

 危険のないように角を丸められた岩々で囲まれた露天風呂だった。

 大量に噴出する天然温泉が掛け流しになっている贅沢なものだ。

 前は港が見える海、後ろはテリリンカを象徴する火山という絶景である。

 そして、クローリーの見上げる先は壁……というよりは崖だ。

 同じ高さではなく、女湯は男湯よりも高い位置にあって覗けないようになっているのだ。

 逆に女湯からは男湯が覗き放題なのだが、わざわざ覗く女性はそうはいない。

「これって罰ゲームっすよな……」

 となりのシュラハトを見る。

 クローリーも魔術師とは思えないほど均整の取れた筋肉質の体なのだが、シュラハトに比べるとだいぶ細く見える。

「隣には筋肉達磨……正面には」

 視線を移す。

「……裸のおっさん」

 リンザットもシュラハトに負けない鍛え抜かれた筋肉を見せている。

「立ち上がるなっス。……ヤなもん見せつけられるのはさらに気分が沈むッス」

「そういうな。お前こそ、魔法でびゅーんとか飛んだり出来ないのか?」

 リンザットが不思議そうにクローリーを見る。

「……めちゃくちゃ金かかるっス。サファイアと……蝙蝠の翅と……」

「ああ……わかったわかった。便利そうで不便だよな。魔法」

 強力な魔法はそれに見合うコストが掛かる。

 気軽に飛行出来たら戦争自体も大きく形態が変わってしまうだろう。

 だからこそ強力な力を持つ異世界召喚者(ワタリ)を求める国や組織が後を絶たないのだ。

「クロよ……」

 それまでじっと黙ってお湯に漬かっていたシュラハトが口を開く。

「お前の筋肉は何のためにある?」

「へ?」

「たかだか数メートルの岩壁。しかも凹凸があって足場も十分そうじゃないか?」

「お?」

「冒険者として鍛えられたオレたちなら登れる気がしねえか?」

「う……む……」

「あの壁こそが、お前が越えなくてはならない……そう、超えるべき心の壁だ」

「なるほど!そうっスな」

 クローリーは水飛沫を立てて立ち上がった。

 何かを決意したような表情だった。

 シュラハトが頷いて応えると、クローリーが岩壁に手をかける。

 体重のわりに筋力が勝る彼はぐいぐいと壁を登り始める

「結構やるな」

 リンザットが感心して眺めている。

 と、上からお湯が降ってきた。

 頭からお湯を被ったクローリーは、濡れた岩壁に滑って落下した。

「ま。そうなるよな」

 シュラハトが呆れた。

 更に止めのように、クローリーの頭に木桶が叩きつけられた。




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