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1章 エルフ?な不思議少女~11 石鹸

11 石鹸


 1ヵ月ほどして石鹸の実験制作の第一弾が完成した。

 お風呂程度の温度でという沙那の意見に合わせて、オリーブ油と水を2:1でゆったりとかき混ぜ続けた。

 なぜ2:1かというと正確に測る方法がないために、木製カップでオリーブ油2杯に水1杯という単純な方法を選んだからだった。

 比率的にはそう間違ってもいない。

 が、オリーブ油は石鹸を作る場合とても固まりにくいという性質のために、途中で沙那は失敗かも?と何度も悩んだものだった。

 現在の彼女たちに手に入る材料では仕方ないとはいえ、鍋の中がどろどろの液体になり始めたときは沙那は歓喜した。

 メレンゲくらいにという授業の朧げな記憶をもとにクリーム状になった上澄みを取り、型というのも烏滸がましい適当な入れ物に小分けしてみた。

 薔薇の花びらから抽出した液体で香りづけをする。

 そこから熟成させるのだが、なかなか固まらないので沙那はかなり迷ったりもした。

 実は鍋の底の方に溜まった部分はグリセリンなので調味料にも化粧品にも使えるのだが、この時点では気が付いておらずに廃棄したりもしている。

 とはいえ何とか完成し、結果的にはまあまあ成功したといってよかった。

 見た目は少し良くないが何とか形にはなり、まあまあの泡立ちの石鹸ができた。

 成功例をもとに量産化と、効率の良い制作方法を試していく道筋にはなったであろう。

 後に製作時間も半分程度になるのだが、今の時点では制作できたこと自体を喜ぶべきだった。

 あとは売れるかどうかなのだが。

「クロちゃーん。商人は見つかったー?」

 沙那はすぐにクローリーの居室に突撃したほどだった。

「まー、なんとか。貴族相手のルートをもつ商人スからねえ。石鹸の話しても半信半疑な相手ばかりスなー」

「そっかー……」

「最初は仕方ねーんだろうっスけど。商売って難しいんスよなあ」

「こういうの詳しい人っていないのかなー?」

 沙那は腕を組んだ。

 仲間の顔を思い浮かべる。戦士、魔術師、神官、そして遊び人……とオタク。

 太った商人のオジサンとかいればなあ……と、ぼんやり考える。

 何も思いつかない。


「それはクイズです!ブホゥ!」

 そこに賢者(セージ)が入ってきた。

 擦り切れかけたオーガ娘の絵柄のTシャツを弛んだお腹でぶよんぶよん揺らす。

「商売のプレゼンは素人が頑張っても、何とかの考え休むに似たりでござるよ。グフゥ」

 引き籠り気味だったわりには最近はちょいちょい外に顔を出すようになった彼であった。

「まずは従来のものより格安で……半額とかでバラ撒いてシェアを増やすでござるよ」

 賢者(セージ)はブヒブヒと語った。

「広まって信用を得てから高価なブランド品も併売して売り上げを伸ばすのが我が国が誇るKAIZEN方式でござる。ブフゥ」

「ほう……?」

「それにはクローリー殿を印象づける必要があるでござるな。そう、石鹸なら特徴的な形や印をつけて、良い石鹸はクローリー印というようなイメージを刷り込ませるでござるよ。ブヒャホ」

 クローリーと沙那は驚いて賢者(セージ)を見る。

賢者(セージ)殿は商売に詳しいんスか?」

「そういうわけではない。が、そうして我が国は大発展したのでござるよ。ブフフフゥッ」

 これは間違とは言えなかった。

 彼が生きていたであろう80年代から90年代のバブル期の日本はまさにそうだったのである。

 安価でまあまあの品質から始まり、安価で高品質、そして値段に見合う高品質を売りにして電化製品や自動車があっという間に世界を席巻した時期であった。

 イノベーションよりなにより信用と品質で大発展したのだ。

 実は次第に金融経済に移行していくのだが、賢者(セージ)はそこまで理解してはいない。

 不動産ヒャッホー!株ヒャッホー!くらいまでである。

「数が流通すればこちらから働きかけずとも噂になり信用は高まるでござるよ。そうなればよりこちらに有利な取引相手が向こうから近寄ってくるでござる。あとはウッハウッハでござるよ。ブホイホホホッ」

 沙那もまじまじと見つめてしまった。

 彼女はどちらかというと理系寄りの中学生で、しかも不景気な時代しか知らない現代っ子である。

 薔薇色拡大志向のバブルスタイルは想像の外なのだ。

「常識でござるよ。あとは石鹸の次の手も考えておくと良ろしかろうっでござるよ。ブフッ」

 相変わらず早口でブヒブヒ言いつつ賢者(セージ)は胸を……もとい腹を揺すった。




「本当に作れるものなんだなあ……」

 新しく作られた石鹸が詰められた木箱を運びつつシュラハトが言った。

 彼は半信半疑だったが目の前に完成品を見せられては何も言えない。

「そうねぇ。花の香りも上品でいいわぁ。安い石鹸は臭いもの」

 型から取りだした石鹸を詰めるのはマリエッラだった。

 事実、油に獣脂を使った石鹸は独特の臭みが残るのだ。

 周囲には数人の屋敷のメイドたちと雇われた住民たちが、忙しそうに働いている。

「1個金貨一枚としても……どのくらいの儲けがこっちに入るのかしら?冒険者が馬鹿らしくなるくらいかもしれないわねぇ」

 と笑った。

 成功したレシピを基に作られた数百の石鹸……小割にすれば千個は下らないだろう。

 暫定的なものとはいえちょっとした財産だ。

 さらに大規模化したら賃金を払ってもかなりの収益が見込めるだろう。

「こりゃあ、新しい香料を探すっていう話もまじめに考える時が来るかもな」

「なぁに?剣を振り回わす仕事が減るのが気になるのぉ?」

「まさか……」

 シュラハトが箱を荷馬車に載せた。

「チャンバラなんて無ければない方がいいのさ。……それでも無くならねえもんだけどな」

 そう言ってシュラハトはメイドたちを見た。

 彼女たちは手空のものというだけではない。

 生産が本格化したときのリーダーになるためにクローリーが駆り出してきたのだ。

 こういう作業をどう考えているのか気にならないではない。

 アレキサンダー男爵家のメイドたちは最低限の読み書きができるように教育されているが故のものだが、逆に言えばそれを武器に大都市で仕事を求めることもできるはずだ。

 クローリーは吝嗇ではないはずだが彼女たちが満足できる報酬なのだろうか。

 シュラハトはクローリーが行おうとしていることが良いことずくめで順調にいくか不安があった。

 新しいことは常に障害や妨害があるものなのだ。

 彼自身が冒険者の剣士になった過程を考えれば致し方のないことだった。



「石鹸ですか……」

 黒檀の机の上に載せられた手のひら大の石鹸をリシャルは指先で弾いた。

「意外と言ってはなんですが。エルフが実績を出しつつありますね」

 彼はクローリーが最初に賢者(セージ)を連れて来た時もあまり歓迎していなかったが、新たに沙那が来たことで何かが動き出したことに驚きを隠せなかった。

 異世界召喚者(ワタリ)といえば強大な戦闘力を期待するもの、という常識が破れつつあるのを感じる。

 以前に異世界召喚者(ワタリ)の圧倒的な大魔法の力を目にしたことのある彼には尚更だった。

「帝国内にいきなりこんなものをばら撒いたら敵が増えるだけでしょうに」

 くすくすと笑う。

 既得権益を犯されれば反発は必至なのが世の常だ。

 御用商人よりも収益の低下が予想される帝国直轄領とその管理者、さらには帝国本体からの恨みも買いかねない。

「広く薄く、許される程度に食い込むのが新参の商いでしょう」

 リシャルは指先でとんとんと机を叩く。

「そうですね。……例えば海外。……兄上には少し外へ出てもらいましょうか?睨まれすぎてこちらに注意が集まるのも避けたいですし……」

 机の引き出しから紙の地図を取り出す。

 この世界では紙自体も貴重だが、それ以上に地図自体が珍しい。

 地図は正確であれば正確であるほど戦略的な価値は高い。

 大規模な兵力が移動したり展開できる地形がわかる地図はそれ自体が国家機密レベルの資料なのだ。

 彼がどのようにして、その地図を手に入れたかは今はまだ不明である。

 なによりその地図の恐ろしいところは、海外の、それも交易路まで描かれた逸品であることだった。

 ありとあらゆる手段で情報を集めることに注力した成果であり、彼直属のメイドたちはその先兵であった。

「売り先に……香料の入手先。兄上を動かすには好都合でしょうね……そう絹の国(シリカ)とかね」

 リシャルは指先をすっすっと地図の東へ動かす。

「……リンザット。そう、彼が適任でしょうか。……兄上たちには少し遠い旅行に行ってもらいましょうか」

「…………」

 存在感のないメイドが小さく頷いた。

 リシャルは僅かに癖のある栗色の髪の毛の先を指で丸めた。

 痩身痩躯。豪奢にならないように気を付けた服装。執事服とでもいえば良いのだろうか。

 目立ちすぎないよう嫌味にならないよう、地味ともいえる服装は彼自身が疑われぬように気を遣ったものだ。

 あくまでアレキサンダー男爵の執事にして代理人。当主不在の時にも忠実に領地管理をする弟を演じるために。

「リエラ。すぐに手配を」

 わかっているな?という体でちらりとメイドを見やる。

 リエラと呼ばれた存在感のないメイドが一礼する。

 リシャルの忠実なメイドにして、様々な工作を行う実行部隊の指揮官が彼女だった。

「承りました。今頃は王都の港にいるはずです」

「……情報が早いな?予想していたね?」

「いえ。……そろそろ西風の時期ですので」

「……東方に向かうには最適な時期だね」

 リエラは少し黙って、一瞬考えながら答える。

「あの船ですと北か南の風の方が好都合かもしれません」

 リシャルは笑う。

「交易だけならそうだけどね。でも……西風のうちは西には船を向けづらいんじゃないかな?」

「……ご明察で」

 帆船は斜め後ろあるいは後ろから吹く風には速度が乗るが、逆風には弱い。

 西からの風の時は逆風になるので西向きには速度が出ないのだ。

 一度西へ向かえば戻るのは難しくなる。

「色々準備をしなくちゃね」

「エムレイン卿には何かお伝えしましょうか?」

 リシャルは片眉だけを小さく上げて、そして悪戯っぽく微笑んだ。

「不要じゃないかな?あちらも密偵くらいいるだろうしね。それに……」

 紙製の地図をそっと畳んで仕舞う。

「まだまだ何か勝手に動かれても困りますしね。慌てん坊の策謀家では困るんですよ」

 若さに似合わない冷徹な光が瞳を陰った。


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