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第8章 人族の中の竜 10~Funny Face

第8章 人族の中の竜 10~Funny Face


●S-1:帝国領

 

 1週間が過ぎた。

 ヴァースはミュアを観察し続けた。

 行く先々でも彼の行動は変わらなかった。

 弱者への慈悲深い優しさと、非道な人間には苛烈な反応をするほどの強さと激しさ。

 世界の変革を望んでいるのは見て取れた。


 なるほど。

 確かにミュア・レールという人物は頭脳明晰で剣の腕も立つ。

 どこかそれは、1000年前のヴァースの友人ルキウスに似ていた。

 彼もまた理想に燃え、優しさと強さを持ち合わせていた人物だった。

 クローリーにも少し感じてはいたが、ミュアアはさらによく似ている気がした。


 だからこそ、革命云々の話には返答していない。


 かつて、その理想に燃える姿に共感してルキウスに帯同、協力した。

 しかし、その途上で袂を分かった。

 その理由はただ一つ。

 正義と思ったもののためには平気で何かを切り捨てる姿だった。

 必要とあれば味方や部下でも見捨ててしまう。

 底辺の弱者救済のためには致し方ないのだろうが、そこに共感はできなかった。


 ヴァースはある意味、最も夢想家なのかもしれない。

 誰も見捨てない救済を求める気持ちが強かった。

 だから、別れた。

 ルキウスを嫌いになったわけではない。

 大のために小が犠牲になることも止むを得ないという態度に賛成できなかったのだ。


 竜族自体がそうだった。

 今のような体制になるまでに人族と同様の争いもあった。

 だが、結果的には不便はあるが理想に近づいた世界を形成していた。

 誰も見捨てない。

 穏やかな生活を。


 敵となれば容赦なくその剣で切り捨てるミュアには、そのヴァースの気持ちはわからない。

 人族だからだろうか。

 やはり下等な生物でしかないのか。

 そう思いかけたところで、ヴァースはクローリーを思い出した。


 クローリーは確かに彼が理想とする社会を領地に顕現させるために努力している。

 彼自身の力は判らないが、強力な仲間や力となる武器も有している。

 もしも彼がルキウスやミュアのように自分の理想のために力を振るい始めたら……。

 その姿が想像できなかった。

 クローリーはまあまあの魔術師だが優秀とはとても言えない。


 空島エルフの飛行船技術を手にしてもそれを郵便飛行船に使おうとする。

 バカなのか?と見えなくもない。

 いや。違う。

 征服欲がないのだ。

 なぜだろう。

 今彼の持てる力を結集すれば帝国を征服することすら可能かも知れないのだ。

 ミュアのいうような革命もできるだろう。


 それでもクローリーなら、やらない。

 そう思えた。

 理由は判らない。

 ミュアを見ていると、次第にクローリーの顔を見たくなった。

 彼ならばどうするのだろう。

 もしかしたら、ミュアやルキウスと同じ道を歩みだすかもしれない。



 悶々としたヴァースは、ふらりとミュアの前から姿を消した。




●S-2:アレキサンダー男爵邸


「クロちゃーん!」

 勢いよく扉を開けて、沙那が執務室に飛び込んできた。

 あまりに元気が良すぎたので扉が壊れそうなほどだ。

 クローリーの執務室は豪華さとは無縁だった。

 安普請とまで言わないが必要以上の装飾がされていない。


 古く深い色のマホガニー製のドアの中は、さながら理科準備室のようだなと沙那は思ったほどだ。

 執務用のというだけではなく、様々な器具や実験材料が散らばっており、男爵様の仕事部屋には到底見えない。

 整理整頓の下手な理科教師がこもっていそうな部屋だった。


「今日も元気っスなー」

 クローリーは足を組んで椅子に腰かけながら手にした本を閉じた。


「すごいんだよー!すごいこと起きたんだよー!」

 沙那はぐいぐい来る。

 この娘には距離感がない。

 なさすぎる。

 クローリーの胸倉を掴みかねないほどの勢いだ。


「あのねーあのねー。イズミちゃんがねー」

 沙那が名前を呼ぶと髪の毛の間から妖精のイズミが顔を出す。

「なんとー!氷が作れたんだよー!」

 そう畳みかけるとクローリーの前にグラスを差し出す。

 そこに入っていたのは、かすかにオレンジの色がついた透明感のある水だ。

 沙那が好んで作るオレンジ水だった。

 ただ、いつもと少し違うのは、そこに氷が浮いていたのだ。


「あー。イズミちゃんは水の精霊っスからねー。水を暖かくも冷たくもできたりするもんなんスよ」

「……知ってたのー!?」

「いや。知ってたっていうかー。普通はそういうものなんスよ。ただ、イズミちゃんはお湯ばかり出してたから、そういう特殊な個体なのかもしれないなって思ってただけっス」

「ぶーぶー!」

 沙那が膨れた。

 こういうところは子供っぽい。

「とりあえず、飲んでみてー」

 沙那はクローリーにぐいぐいとグラスを押し付ける。


「ま、いただくっスが……」

 クローリーは笑い気味に一口飲んでみる。

 冷たい。

「お。こりゃ……美味いっスな。飲み物って冷やすと美味しいものなんスな」

「そー!」

 沙那がぐっとガッツポーズ。

「だからずっと冷蔵庫欲しかったんだけど!これなら機械なしでも行けそうだよー!」

 

 沙那は当初から冷蔵庫を欲しがっていた。

 氷自体もそうだが、真冬でもないのに冷たい飲み物を飲むという習慣がこの世界にはなかった。

 現代文明に慣れ切った沙那にはそれが耐えられない。

 暑い夏には冷たいジュースとアイスが正義。

 

「……冷蔵庫も試作中だったんですがネエ」

 部屋の奥で丸まって作業をしていたマーチスが起き上がった。

「理屈は難しくないですから。冷媒を冷却パイプの中を循環させればよいだけですカラ。ただ、細いパイプの量産が困難でしてネエ」

「む?でも、電気は発電できてもまだ使えないって言ってなかったー?」

 沙那が眉を顰める。

「そうですネエ。だからアンモニアの気化によるガス冷蔵庫の施策もしてるのデス。すると今度はアンモニアの量産がなかなか大変でして……」

 これも同じだった。

 

 理屈も原理もわかっているが、いつもその材料の何かが足りないのだ。

 アンモニアを量産するために高圧釜が欲しいのだが、その作成に手間取っていた。

 理論が先行しすぎていて、冶金技術や金属加工技術がさっぱり追いついていないのだ。

 唯一の解決法がミスリルなのではあるが、これは量に限りがある。

 理屈さえ判れば何でもできる……わけではないのだ。


「んー。なら、当分はイズミちゃん大活躍だねー!」

「……それは妖精をこき使い過ぎじゃないでスカ?」

「だいじょーぶ。だよね?イズミちゃん?」

 イズミはこくんと頷く。

 沙那にはすっかり懐いているようだった。


「あー。イズミちゃんといえば、良いものができたんスよ」


 クローリーがのんびりと口を挟む。

 執務机の引き出しを開けて、何かを取り出す。

 ごとりと少し重量感のある音がして、机の上に置く。

 沙那はそれを見詰めて言った。


「おもちゃのピストル」


 確かにそこにあったのは少々装飾が入ってはいるものの、金属製の……ミスリル鉱で作られた銃のようだった。

 現在、男爵領の軍隊の標準装備になりつつあるマスケット銃とも違う。

 かといって現代的なものとも違う。

 沙那には何やら微妙にパチもんくさいデザインに見えた。

 小さいな子供が手にして引き金を引くと、じーかちかちかちーと安っぽい電子音が出るだけのおもちゃの銃っぽかった。


「なにこれー?」

「オレのまあまあな自信作っスよ。何のテストもしてないっスが。多分使えるはず」

「ふぅぅぅぅん?」

 女子である沙那には銃の良し悪しどころか想像もつかない。

「さにゃ専用というか……さにゃにしか使えないんスがね」

 クローリーが笑った。

「むー?」


「これはそのイズミちゃんが放出する膨大な魔素(マナ)を利用して、魔力を撃ち出す銃なんスな」

「へ?」

 クローリーは沙那に手渡す。

 ミスリル製なためもあって金属という割にかなり軽量だった。

「もともと、魔法で魔力を撃ち出すことはできるんス。ただ、武器にできるほどの魔力量は膨大なんスな」

「んー?クロちゃんもドカーンってなんか爆発する魔法とか使ってたよねー?」


「あれもかなりの魔力が必要なんスな。だからメタクソ高価な素材を一瞬で使い潰すことになるんス」

「あー。宝石がたくさんとか言ってたやつー?」

「そそ」

 クローリーは頷いた。

「でも逆に言えば膨大な魔力を確保できればいつでも使えるってことなんスな」

「へー」


「つまり……イズミちゃんのような妖精女王級の巨大な魔力を確保できれば話は別っス」

「えーと……?」

「常にイズミちゃんと一緒にいるさにゃなら、使い放題になるってことっス」


「むむ……?」

 沙那は首を傾げる。

「ここまで言ってもわからねーんスか」

 クローリーは少し肩を落とした。


「他の……それが魔術師でもできないことなんスが、さにゃならその魔力を撃ち出すことができるんス」

 マーチスがぽむっと手と拳を合わせる。

「ハハァ。……火薬ではなく魔力を使って弾丸を撃ち出せるのでスナ?」

「まー、そういうことっス」

 クローリーが頷く。

「ただ、こいつの場合は弾丸を使わずに魔力をそのままエネルギーとして叩きつけること前提なんス」

「あー」

 マーチスは合点がいった。

「光線銃みたいになるってことでスナ」


「えーと……どゆことー?」

 首かっくん。

 沙那にはまだわかっていない。

「弾薬や弾丸の心配なく撃ち放題になるってことっスな」

「それは便利なものですナア」

「へー?」

 沙那は無造作に銃を手に取り、銃口を覗き込んだりしてみる。

 普通ならやってはいけない行為だが、この銃に限っては安全なのだ。


「なんて言ったって反動がないのが利点っスな」

「ナルホド」

「撃つたびに腕が跳ね上がるさにゃには向いているっス」

「……ホウ。他の人間が悪用することはないんですカナ?」

 クローリーは笑って首を横に振った。

「妖精女王級の魔力を持てる人間がいたら可能っスが。オレの知る限りさにゃくらいしかいねーんス」


 この銃を発射するだけの膨大な魔力を供給するのは難しい。

 クローリーですら構成要素マテリアル・コンポーネントをフルに使っても一回撃てるかどうかだった。

 しかし、四六時中イズミちゃんと一緒にいる沙那なら魔力の供給は無限に近い。

 まさに沙那専用の武器といえた。


「オレやぺんぎん親衛隊とかがいつも一緒にいられるわけじゃないスからな。護身用に持っておくと良いっス」

「なるほどー!良くわからないけどありがとー!」

 沙那からすればプラスティック製のおもちゃのような軽さのものだった。

 手元でくるくる回して、ミニスカの中、右太腿に縛り付けたホルスターに差し込んだ。

 今までのデリンジャー銃に比べても、ずっと軽い。


「気に入ってくれると嬉しいっスな。それこそオレのなかなかの大発明!名付けてエレメンタル……」

「イズミガン!だね!」

 沙那がクローリーの言葉を遮った。

「いや。そのネーミングはちょっと。もっとカッコよさげな名前にして欲しいっス」

「イズミガンで良いじゃない」

「むむ……」

 女子のネーミングセンスはたまにぶっ壊れているものだ。



「ほう。妖精武器か。ドラゴンのブレスにも匹敵するな」

 ふらりと部屋に入ってきたヴァースがぽつりと呟いた。

「お。おかえりっス」

 クローリーは片手でひらひらと手を振った。

 しばらく行方不明になっていたヴァースを気楽に迎える。

 心配もしていなければ気にもしてない。

 普通に考えれば怪しいものなのだが。


「あれは使い方次第で恐ろしい武器になるぞ。クローリー、お前は世界征服でも目指すつもりか?」

「やや?」

「そのあたりを確認したいところだ」

 クローリーは一瞬ぽかんとして、すぐに笑い出した。

「使い手のさにゃをよく見るっスよ」


「あの娘がそんなこと企むように見えるっスか?」

 げらげらと笑う。

「あんな強力な妖精と一緒にいられる人間はそうはいないっス」

「……」

 ヴァースがクローリーを睨む。

「自分と、その周りの人間にためくらいにしか役立てないと思うっスな」

「判らないぞ。人は変わりやすいものだ」


「そん時はそん時っスな。そもそもそんなヤバい奴なら、イズミちゃんの方から逃げていくっスな」

「そうか?」

「女王級の妖精はそんなものっス。それだけで十分に安全装置だと思うんスがね」

 

 今までクローリーが見てきた沙那という少女はそうだった。

 自分の利益のために動くことは少ない。

 せいぜいが生活水準向上にくらいしか我儘は言わない。

 おそらく人を支配するとかに興味がないのだ。

 良い意味で子供っぽいと言えなくもないが。


「剣も使えない。魔法も使えないさにゃには丁度良い護身武器だと思うっス」

「ふむ」

「だいたい、あの娘の顔をよく見るっス」

 言われてヴァースは沙那を凝視する。

「む?」


「あのアホそうな娘がやたらめったら悪用するようには……こら!こっちに銃口向けるなっス!」


「十分に危なそうだが?」

「あいつオレには容赦ないんス!」

 クローリーは慌ててデスクの下に隠れる。


「お前いつか撃たれるな」

 ヴァースは溜息を吐いた。

 このコントのような連中は何だろうか。

 いや。それこそ自分が人族に期待したいことなのかもしれない。



「空島のエルフの船が到着しましたー」

 大きなサイレンが鳴り響いた。

 飛行船発着場といえば聞こえは良いが、固定用ポールと木造の監視塔があるだけの広場だ。

 周囲に音で知らせるためのハンドシレンが設置してある。


 サイレンの構造はとても単純だ。

 飛行船の推進機として魔素タービンを手で回して空気を振動させるだけなのだ。

 違うのは少々雑なつくりでも作動することだろうか。

 

 執務室にいた全員が立ち上がって部屋を出た。

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