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第8章 人族の中の竜 8~SCHEMER

第8章 人族の中の竜 8~SCHEMER


●S-1:帝国帝都スフィエラ


 ドラゴンの翼ならば大陸を渡ることすら困難ではない。

 人族の世界を垣間見たヴァースは帝都へと飛んだ。

 理由はとるに足らないものだった。

 かつて友と呼んだ青年と過ごした、そして1000年前の町の姿を知る彼だからこそ見てみたかったのだ。

 どれだけ変化したのだろうかと。


 スフィエラは帝都というだけあってアレキサンダー男爵領の城下町など及びもつかない大都市である。

 ヴァースが知る時代でも十分に大きな町であったが、もはや比較にならない。

 古い城塞都市であったためにぐるりと周囲を城壁が取り囲む構造なのは同じだが、かつては一層だったものが五層に及ぶ広大なものに変化していた。

 人の流入によって人口が爆発的に増えるごとに外殻を増やしていった結果だった。

 高さ15mにもなる外殻城壁が幾重にも連なるために巨大な迷宮にすら見えるほどだ。


 ヴァースはその中心の天を突くように聳え立つ尖塔の前にいた。

 天辺に立てば帝都全体を見渡すことができそうだ。

 ただ、白亜の大きな石材建築で彼の知る時代のものとは少し様式が違っていた。

 神話の内容を思わせる華麗で複雑な装飾で彩られ、虹色に輝くステンドグラスが陽の光を浴びて辺りを照らしている。

 とても豪華な造りだ。

 かなりの費用と時間をかけられたものなのだろう。


「これは皇宮か……」

 そうとしか思えなかった。


「いや。違うよ。教会だね。帝国教会の総本山がここさー」


 背後から誰かが訂正してきた。

 振り向くと若い男がいた……といっても30歳前後くらいだろうか。

 クローリー達よりは少し上だろう。

 ライトブラウンの髪を短くまとめた男だった。

 背は普通だが、体つきが少し特徴的だった。


 かなり細い。だが、ガリガリには見えない。

 肩幅が広いのに腰が細いために極端な逆三角形をしているのだ。

 しかし、胸板は薄い。

 細マッチョともガリガリとも違う妙な体型だった。

 それでいて、ひ弱な印象は微塵もない。

 極端に体脂肪率が低い細マッチョが正しいのだろうか。

 顔つきは柔和にも見えるが時折鋭い目つきをする。


「金あるんだろうねー。下手な王侯貴族よりも……皇帝よりも金持ってそうなくらいさー」

 どこかへらへらした雰囲気は少しクローリーに似ているかも知れない。

「君も庶民には見えないけど、観光か何かかい?」


「まあ。そんなところだ」

 ヴァースは適当に答えた。

 もちろん観光というのはさほど間違ってはいないが。

 知らない人族に関わりあう気はあまりなかった。


「中が見たいなら簡単に入れるよー。教会は誰でも受け入れるという建前があるから昼間なら大扉も開けっ放しさ―」

 男が顎で入り口を示す。

 なるほど。確かに巨大な両開きの扉は大きく開かれ、誰でも入れそうだ。

 それでも庶民が出入りする様子はあまりない。

 法衣を纏った教会関係者らしい人が行き来するほかは、鎧を身に纏った教会騎士が立つぐらいである。


「興味はないな」

「教会の前に立ってるのになー。んじゃ、あっちはー?」

 男が反対側を指さす。

「初代皇帝ルキウス一世とその愛妾だったっていう竜の美姫の像があるよー?」

 そこには大きな泉と噴水があり、中心にそれらしい像が建てられていた。

 石像ではなく金属製の彫像だった。

 ご丁寧に着色までされており、肌色成分の異常に多い少女が青年の傍に寄り添っている形だった。


「……いや。あれは、もっといらん」

 ヴァースは首を振った。

 女性化された自分の像など見たくもない。

 不快を通り越して力が抜ける。


「皇宮がもっと奥にあるんだけど中には入れないよ。堀の外から眺めるだけかなー」

「興味ない」

「おやおや。観光っていうのに名所巡りしないのかねー」

 男は目を開いておどけたポーズをとった。

 身振りがいちいち大げさだ。

「じゃ、あれだ。美味いもの巡りかなー?」


 男はへらへら笑う。

「まー、大したものはないけどねー」

「そうなのか?」

 ヴァースは思わず訊き返してしまった。

 国の都なのだから各種の産物が集まるはずだろうに。


「お貴族様や金持ち向けのは色々あるんだけどねー。庶民向けのB級グルメがちょっと乏しいのが帝都の難点なのさー」

「……どういうことだ?ここは帝都だろう?」

「もちろん各地の名物とかがいーっぱい集まるんだけどさー。庶民の口に入るほど安くはないのさー」

 ヴァースが眉を寄せた。

「物価が高いのか」


「そりゃそーさー。通行税がねー。地元でソルリン銀貨1枚だった果物が帝都の中に入るころにはドカル金貨一枚以上になってるからねー」

 男は気楽そうだった。

「……20倍になるのか」

「そー。とにかく何でもかんでも税金取られるからねー。その半分は教会に入るんだから、こんな立派な教会だって建つさー」


 ヴァースは目の前の教会の尖塔を見上げた。

「皇帝がそんなに税をかけるのか」 

 現在の帝国では城壁を一つ越えるごとに税金がかかる。

 街道を歩いても宿場一つごとに通行税が取られる。

 そのための関所があちこちに作られているために遠くから運び込まれるものほど高価になりやすい。

「そりゃそーさ。これだけでっかい国を維持するには金がいるしねー。数年ごとに増税増税って……もーなんていうか庶民は稼ぎの半分以上を国に持っていかれるのさー」

 そう言いつつ男は懐からビスケットを取り出して齧った。

 ディップもトッピングも何もない。

 二度焼きした硬いパンである。

 スープや飲み物がないとかなり食べにくいものだったが、男は少しづつカリカリと音を立てた。


「いるならあげるけどー。ま、おやつ兼昼飯なんだなー」

 男は笑った。

 ヴァースも良く知っているビスケットだ。

 航海や旅行あるいは戦争時に所持する携帯保存食である。

 何もつけなければ味はない。

 雑穀の苦みと甘みがあるだけだ。

 あくまで緊急用であり常食にする類のものではない。


「いらん。芋餅でも買った方がマシだ」

「なんなん?芋餅って?」

 男は不思議そうに訊いた。

 (ポテト)という言葉自体が判らないのだ。

「芋は芋だ。南の植物で見た目は悪いがなかなか美味い。クローリーの領地では砂糖や塩で味付けしてあったな」

 この時点でまだアレキサンダー男爵領にも味噌や醤油はない。

 日本人が基本的に紗那だけだったからだ。

 流石に普通の女子中学生が製造できるものではないところが残念だった。


「……砂糖って砂糖(スルクラ)のことですかー?そんな高価な薬をー!?」

「確かに安くはないが普通の領民の屋台でも使ってたぞ」

 これには男の方が驚いた。

「屋台で?庶民が?」

「ああ。多島海(サウザンアイランズ)との交易が本格化してきたからだろうな。安定して入るようになってる」

「海路?そりゃまた税金も高そうだなー」


「どうだったかな。通行税はほとんどないはずだし、領主が専売で管理してるから価格は抑えめらしいぞ」

「え」

 男はますます怪訝そうな顔をした。

「そんな儲けの元になるようなものに税金をかけない領主なんているはずがないなー」

「そうでもない。庶民が豊かになれば結果的に税収も増えるし、そもそも財源を税金に頼ってないらしいんだ」

「んな。バカな」

 

 男爵債、先物取引、為替による信用。

 アレキサンダー男爵領は根本的に経済の形が違うのだ。

 中世日本ですら15世紀には米の先物取引市場があり、17世紀には為替を持って旅ができる時代だった。

 少し目端の利くものがいれば起こるべくして起こる経済革命だ。

 ただ、クローリーの周囲には異世界から来た未来人のような紗那をはじめ、マーチスやヒンカなどがいたので遥かに進んだシステムを短時間で構築したに過ぎない。

 結果的に技術がどうこうよりも先に経済発展が著しかった。

 5年もすれば全く違う世界になるかもしれない。


「それはどこの話なん?」

「アレキサンダー男爵領だ。だいぶ辺境にあるが港があるのが大きいのだろうな」

「……聞いたこともないねー。田舎でそんな領主が……って、ふむん」

 男が首を傾げた。

 辺境で、かつ資金を稼げそうな地域?


「そのなんたら男爵ってのは戦争でもする気なのかーい?それこそ革命とか独立戦争とかさー」

 男が思いつくのはそれだった。

 大きな経済力はそのまま軍事力にもなる。

 金さえあれば傭兵を大量に雇い入れての大規模戦争だって可能だろう。

 もしも、男がその立場だったら間違いなくやる。

 贅沢を凝らす訳でなければ何か企んでいそうだと考えるのは当然だった。


「戦の野望はなさそうだったがな。領民の生活向上を第一とかって話だ」

「……そりゃおかしい」

 男から笑みが消えた。

 狼のような眼付だった。

「何の欲望もなく税金を低めにする領主がいるわけがない。何を企んでる人なのかなー」


「何も考えてなさそうだったがな」

 これは少しばかり嘘だ。

 ヴァースは知っている。

 1000年前にも庶民が食べるに困らない世界を作りたいと言って剣をふるった青年ルキウスがいたからだ。

 クローリーはどこか似たところがある気がしていた。

 みんなで働き、みんなで腹いっぱい食べて、そして平和に暮らす。

 そんなことを目指していた青年。


 お人好しと言えばそうだし、馬鹿と言えばそうだった。

 他人に優しくありたいという不可思議な存在。

 しかし、それこそが竜族も望んだものであったのだ。

 ドラゴンは巨大で強い力を持つ蜥蜴……ではない。

 高度に発展した社会を持ち、自然に立ち返った助け合いの理想郷を作るために『大山脈』の奥地に移り住んだ存在だった。

 他の種族との戦いを避けるために隔絶した世界を作り引き篭もった。

 よほど特殊な個体でもなければ竜の里から出ることはない。


 もちろん。ヴァースはかなり変わった個体なのは確かだった。

、だからこそ人族の世界に入り込んだ。

 良い経験もすれば、酷い目にも遭った。

 それでも人族が、それがごく一握りの存在であっても、竜族同様に理想の社会を作るべく進もうと藻掻いていることも知った。

 ルキウスという青年を通じて。

 だからこそ手助けをした。

 そして、深く介入しすぎないうちに離れた……つもりだった。

 彼ならもう一人でも立って歩けると感じたからであった。


 遥かな未来、いつかはドラゴンと同じ高みに達するであろう人間を信じて。

 そのはずだった。

 それなのに、最も精神的に竜族に近いと思われていた空島エルフたちが戦いを仕掛けてきた。

 人族の地には串刺しで磔にされた幼竜(インファント)の姿があった。

 怒り、悲しみ、そして僅かな疑問を感じて彼は大地に降り立った。

 そこでクローリーというどこか懐かしささえ感じる青年に出会ったのだった。


 微かに友であったルキウスに似た青年。

 もっとも。顔立ちはルキウスの方がずっと優れていたが。


「変わったものを見たければ面白いかもしれないな」

「そーかー」

 男は頷いた。

 興味が湧いたのだろう。

「行ってみたいなー。どっちの方角にあるんだ?」

「……東だな。蛮族領に近いらしい。……あ、隣国の領主と教会の騎士団が先日、侵略してきたな」

「え」

 男が眉を八の字にする。

「おいおい。滅びたり荒廃してないだろーねー?」

「追い払っていたな。相手には大魔法使いのエルフがいたようだったが」


「あら?エルフ?大魔法?どんな?」

 男が食いついてきた。

「良くは判らん。地の精霊(ノーム)を使役していたことだけな」

「それが隣国の領主ってやつー?」

「いや。教会騎士団だったらしいぞ。俺は詳しく知らん」

「なるほどなるほどー」

 男は目を光らせた。


「教会騎士の地の大魔法の使い手っていうと……チェアルか。良く追い返せたものだなー」 

「俺は良く判らん」

 ヴァースは嘯いた。

 空島の技術の飛行船の話などとても話せない。

 そもそも彼らがどうやって飛行船を手にできたかすら解らないのだ。

「ふっふーん」

 

 男はヴァースを観察するように見回す。

「君は面白そうだなー。僕がしばらく観光案内してあげるよー。んで、その、ヘンテコ男爵領ってのにも行ってみたいねー」

 ふひひと笑う。

 どこか人を惹き付けるつけるような笑顔だ。

 余人にはない魅力(カリスマ)があった。

「僕はミュア。可愛い名前だろー?皇帝の竜みたいな美少女っぽい響きじゃないかなー」

「おい。それはヤメロ」

「さ。行こうぜ行こうぜ。金がかからないところならどこでも案内してあげるからねー」


「やれやれ」

 ヴァースは溜息を吐いた。

 どうにも押しの強い相手には弱いらしい。


 ただ、もし、ここに、イストやリシャルがいたら警戒しただろう。

 男……ミュアの目が鋭く光っていたからだった。

 それは野心家の目であり、どこか自信にあふれたものだったのだ。

 乱世の梟雄の目だった。




●S-2:帝国帝都スフィエラ/郊外


 それから数日掛けてヴァースはミュアと共に帝都を歩いた。

 幾つも建てられた絢爛豪華な宮殿があった。

 皇帝が代替わりするごとに建設され、目的もなく放置されているものすらあった。

 維持するだけでもかなりの費用が嵩むであろう。

 一部は大貴族に下賜されているとはいえ財政の無駄である。


 反面、庶民が暮らす地区はどこもかしこも建物が老朽化していた。

 古いというだけなら問題はない。

 ただ、あちこちに見える補修の跡が痛々しい。

 きっちり補修補強したのであれば良いのだが、多くは間に合わせの雑な作業によるものだった。

 なので古そうというだけではなく、ボロいのだ。


 そして、街名に漂う悪臭。

 気が付きにくいが、数日をアレキサンダー男爵領で過ごしたヴァースは再確認してしまった。

 排泄物と腐敗の匂いなのだ。

 街路のあちこちに汚らしい放置物やゴミが散乱している。

 それらが臭いを発生させているのだ。

 下水の整備がされている男爵領ではありえなかった。


「臭いな……」

「そーかなー?どこでも同じだと思うけどねー。人が集まれば臭くなるものさー」

「そうか……」


 道路も酷い。

 石畳が敷かれてはいたが、舗装が古すぎて凸凹である。

 凹みに足を取られれば転ぶことも多いだろう。

 補修の面影すらない。

 場所によっては汚水を湛えた水たまりが見える。


 もちろん普通と言えば普通なのだが。

 男爵領は少し違っていた。

 石畳こそないが道路の中心部を少し山なりにして僅かな斜面を形成し、道路の左右に排水されるように作られていた。

 道路の補修も豆に行われ、道路整備をしている作業者も良く見た。

 インフラ整備の一環でもあったが、同時に公共事業による雇用を作り出していた。

 収入があれば治安は良くなる。

 

 もっとも破損が酷いのは街道だった。

 帝国創成期に整備され始めたものだったが、満足な補修が行われないままに1000年近く経過した今ではもはや本来の役目を果たしていない。

 中央に5m幅くらいの馬車用の車道と両側に3m幅の歩道があるのが標準的な帝国の街道なのだが、その区別がつかないほど擦り切れている。

 轍が深すぎて……では済まない。


「これは酷いな……」

 ヴァースがつま先で路面を叩く。

 街道を整備し始めるころまで彼はいたので少しは知っていた。

 地道で辛く長い作業に汗する人々のこともよく覚えている。

 しかし、まさかこれほど荒れているとは。


「金がないですからねー」

 ミュアは他人事のように答えた。

「……宮殿や教会を作る金はあるのにか?」

「そりゃ。自分さえよければどうでも良いでしょうしねー」

「ふむ……」

 彼の視線の先にガタゴトと激しく揺れながら進む荷馬車が見えた。


「荷物や人の行き来が不便な気がするが……」

「陸運はどーでも良いんですよー」

「そうなのか?」

 ヴァースが訝し気な顔をする。

「陸路で運べる量はたかが知れてますからねー。基本は水運ですよー」

「船か」

 確かに男爵領でも運河や水路を利用していた。

 陸運と海運ではコストが100倍違うという。

 船の方が圧倒的に低コストなのだ。


「なんで……海沿いの町は発展して、山がちの地域は貧しいままなんですよー」

 ミュアからすればそれは常識だった。

 だからこそ他領へ襲撃略奪が常道になっているのだ。

「そうか……」

 ヴァースは眉を顰める。


 男爵領は少し違っていた。

 水運の町でありながら道路の整備も始めていた。

 元々はクローリーの最初の希望であった通信馬車の連絡路の確保のための街道整備であった。

 帝国の主街道へ連絡するまでの道を整備し、馬車駅を整備した。

 それも紗那たち異世界召喚者(ワタリ)が現れたことで変わった。

 土を固めただけの道路がコンクリートになった。

 

「男爵領では砂利や瓦礫と火山灰とかで白い道路を作っていたな」

「砂利?火山灰?」

 これにはミュアが驚いた。

 建築には石材を使うのが常識で、そんな脆弱な素材は想像の外なのだった。

 実は帝国創成期より前にも存在押した技術だったが、帝国ではすでに失われていた。

 ヒンカたちが始めたコンクリートはいわばローマンコンクリートだった。

 現代のコンクリートほど作業性は良くなく、乾燥も遅いがかなりの長寿命である。

 

「山の方へも伸ばしていたな」

「へえ。それは奇特な領主ですねー」

 山へ伸ばしているのは同盟国ともいえるカストリア子爵領への連絡路でもある。

 もうひとつ、カストリア子爵領の豊富な鉱物資源を運びこむためでもあった。 

 そのために鉄道を前提とした造りであった。


 男爵領の道路は少し特殊である。

 高低差を少なくすることに苦心していた。

 蒸気機関車が登場しても鉄道は坂に弱い。

 急な坂は登れないのだ。

 出力の問題もあるが、鉄道はレールの摩擦係数的にも斜面に弱い。

 どうしても丘陵地はジグザグな道路になりがちだった。


 それでも平地の道路は一般的な帝国の街道のように地形に合わせて舗装ただけのものとは違っていた。

 可能な限り小さな丘は削り、小さな谷は埋め立てて、可能な限り平坦にしようと努力していた。

 荷車も馬車も平坦路の方がはるかに楽だからだ。

 その水平を取るためにラベルが作成した簡易水準器があった。

 気泡で水平を見る簡単な造りである。

 それとロープで計測していた。


 もしももう少し数学ができる人材が増えれば測量と計算で工事が可能になるのだが、学校が機能し始めたばかりの現在ではまだ無理であった。

 10年は先になることだろう。

 それでも教育がなくても理解しやすい方法で工事は行われた。

 インフラの整備が最優先というクローリーの判断からだった。


「その……なんとか男爵領って行って見てみたいですねー」

 ミュアが感心したように口走った。

「案内しても良いが遠いぞ?」

「いやあ。大丈夫ですよー」

 ミュアが服の下から何かを取り出す。

 金属の擦れあうような音とともに顔を出したのは、聖印だった。


「これでも少々のコネはありまして。途中の宿や食事は教会で何とかできますよー」

 ミュアが微笑んだ。

「ミュア・導くもの(レール)。司祭ですからー」

 ヴァースがぎょっとして相手を見つめる。

 教会関係者とは思わなかったのだ。


「あ。硬パン(ビスケット)食べますかー?」


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