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第8章 人族の中の竜 6~THE HUMAN BELOW

第8章 人族の中の竜 6~THE HUMAN BELOW


●S-1:男爵邸


 なんと愚かしい。

 戦いの一部始終を見ていたヴァースは呆れていた。


 男爵邸の増設された見張り台の上から眺めていたのだった。

 以前は石造りの小さな塔くらいしかなかったのだが、木材で急遽増設されたものだ。

 ヒンカ考案の2x4規格工法で建てられたものなので整然とした構造ではあったが、石造建築に木造建造物を増設したために聊か違和感のある趣かもしれない。

 木材自体は農場開拓のために切り開いた森の木々である。

 大量にできた木材は多くが労働者向け長屋や学校などに用いられ、それでも残った余剰分は薪などの燃料になった。


 見張り台は高さ15mほど。

 本来はもっと高いものにしたかったのだが突貫工事だったのでこの高さに甘んじている。

 それでも見通し距離は約15kmくらいで、空気の屈折率を考えれば20km先が見通せるのだから充分と言えなくもない。

 戦闘のあった農場付近まで見えるうえに、魔法で視力強化できる彼には手に取るように見えていた。


 1000年前にも人族の世界にいたことのあるヴァースにはだいたい状況が把握できている。

 略奪をしに侵入してきた勢力だろう。

 かつても度々目にしていた。

 不足気味の食糧調達のため、あるいは領主の欲望を満たすため、人族は紛争や戦争繰り返す。

 自国を成長させるための労力や膨大な費用を使いたくないために奪うのだ。

 奪う方が作るよりも遥かに簡単だからである。

 難しいことを考えなくても良いのだ。

 

 それを繰り返す度に土地は痩せ、人々は疲労し、公共投資をサボったツケがインフラの未発達として返ってきた。

 結果、貧しいままなのであるから、やはり略奪を繰り返すのだ。

 将来性のない悲しい自転車操業である。

 為政者が楽に手を抜こうとするからだ。

 かつて、その状況を変革しようとした人間もいたが……。



 金髪の青年。

 熱血漢というわけではない。

 かといって思慮深い知的な人物というのも違う。

 感覚は割と小市民。

 ただ、彼には他よりも色々な力があった。

 

 特別な魔法が使えるわけではない。

 剣の腕もまあまあ。並みの騎士よりは少し強い。

 大きなことを言うが言いっぱなしではなく、本気で実行しようとする意志。

 取り立てて美形ではなかったが人好きのする顔。

 何よりも仲間を大事にした。

 周囲の人々を助けるためには命を惜しまなかった。


「これがお前の作りたかった世界の姿なのか……」


 みんなで笑って過ごせる世界を作りたい。

 彼はそう言っていた。

 人族の世界に物見遊山で訪れていた若き日のヴァースは、気が付いたら傍に立ち一緒に戦っていた。

 見てみたかったのだ。

 彼が望む世界を。



 それが、1000年経っても未だに変わってない。

 やはり人族は下等なのだ。

 そう思わずにはいられない。

 それでも……。

 子供を助けようとした人族の少女の姿には何かを思い出しそうだった。



 見張り台を降りたヴァースは邸内の広間に出た。

 広間といっても男爵邸に大きな部屋は食堂だけだった。

 いや。本来は食堂でしかなかったはずの場所だったが、今では沙那たち異世界召喚者(ワタリ)たちをはじめとするクローリーの仲間たちの会議室兼居間になっていた。

 緊急時のためかお馴染みの面々が揃っている。

 ややざわついているのは救出した子供がいたためだった。


 人間の幼体。

 ドラゴンと同様にとても脆弱な存在。

 あの年齢で親を失ったのなら生きてはいけないだろう。

 社会全体で幼体の育成を行うドラゴンと異なり、人族は家庭ごとに責任を押し付ける。

 面倒なことを放置する社会。

 他人の子供に手を差し伸べることなどはない。

 その余裕がないのだ。



「この子はボクが引き取るよ!」


 沙那がぎゅっと少年を抱きしめていた。

 少女の瞳に浮かぶものは怒りと決意の色だった。


「な、何言いだすんスか!?」

「ちょ……沙那ちゃん!?」


 クローリーとマリエッラが慌てるが、沙那は少年を守るような姿勢を見せた。


「意味わかってるんスか?」

「こういうの許せないもん!」


「……たー……それはそうっスがね……」

 クローリーは天を仰いだ。

 この感情に任せて暴走する娘には困ってしまう。

 言いたいことは判るし、理解もできる。

 それでも簡単にはいかないのだ。


「子供が子供を育てるとか無茶っスよ」

「子供じゃないっ!」

 がるるる。


 子犬を守る母犬のように唸りながら沙那はクローリーを睨む。 

「だいたいクロちゃんも魔法使いなら、あんな連中を得意のなんとか魔法でどかんどかんと吹き飛ばしてきてよ!」

「……そんな無茶な」

 魔法は便利なものだが都合良くはない。

 構成要素マテリアル・コンポーネントという代価を必要とする。

「肝心な時に領民を守れないで領主なんて言えないよー!」


「……それはそうっスな」

 期せずしてクローリーの心に刺さる。

「オレが甘かったっスな。豊かになれば戦いがなくなるって思っていたんス」

 それは彼の本心でもあった。

 奪い合う必要がなくなれば戦争は無くなる。はずだった。

 衣食足りて礼節を知るというのがクローリーの求めるものだった。


「そう責めるなよ。そういうお人好しのバカの補完をするために俺みたいなのがいるのさ」

 シュラハトが口の端を吊り上げた。

「ま。上手くはいかなかったし、時間がちと足りなかったがな。……まさか大魔法を使う異世界召喚者(ワタリ)がいたのは想定外だった」

「オレが軍備にあまり資金を割かなかったこともあるっス……」

「いや?」

 シュラハトが頭を振った。

「軍隊なんてそこそこでいいのさ。大きくなりすぎると碌なことをしやしねえ。自分ちを守れるだけあれば良いんだ」

 強大な力は野心を生む。

 ここにいる誰よりも実感しているのがシュラハトなのだ。


「しかし……厄介っスな。大規模な精霊魔法の使い手ってのは」

「精霊魔法……?」

 沙那が眉を顰めた。

「そーっス。さにゃのイズミちゃん見てぇなもんス。精霊っつーか妖精の助け受けて使うんス」

「へー」

「さっき、大地の精霊(ノーム)の声を聞いたっス。おそらくそれっスな」

 魔導師であり妖精魔法にも通じているクローリーには妖精の声が聞こえる。

 膨大な力を開放する時の気のようなものだ。

「ただ気になるのは……さにゃと違って、協力というよりも強制されてるような感じだったとこっスが」


「それはともかく、何か対処法あるのか?」

 シュラハトが訊いた。

 こちらは切実だ。

 噂に違わない異世界召喚者(ワタリ)の大魔法の威力をまざまざと見せつけられたのだ。

 皇帝魔法砲兵でもあれほどの規模の魔法は使えない。

 せいぜいがクローリーも使う火炎爆発球(ファイヤーボール)くらいなのだった。

 さすが専門家なためにクローリーよりはずっと威力が大きかったが。

「地震はどうしようもねえぞ。立ってることさえままならないとどんな兵士でも満足に戦えねえ」


「……ふーむ」

 クローリーは腕を組んだ。

「精霊魔法は相対する系統の精霊を使役できれば相克するか中和も可能かも知れないっスが……大地の精霊(ノーム)に対抗するっていうと風の精霊(シルフ)っスが……」

「クロちゃん、妖精呼び出せるって言ってなかったー?」

「できねーことはねーっスが。ほんの数秒間だけなら。で、おそらく力の規模は対抗どころか……そよ風が発生するくらいっスなー」

「そよ風……」

「精霊の好きな宝石をたんまり使ってやっとそれだけっス」

 クローリー程度の精霊魔法ではそんなものだ。

 幅広い意識はあっても魔導士としては落ちこぼれに近いのだ。

 ザ・器用貧乏。


「うーん……」

 沙那も考え込んだ。

 そういえばイズミちゃんを見たクローリーが驚いていたんだった。

 水の上位精霊……しかも最上級の精霊女王といって良い存在。

 何故、沙那に懐いたのか良く分からない。

 ただ、思い当たることはそれと同様の精霊を使役できる存在が相手なのかもしれないのだ。  

「地震にお湯や水じゃ対抗できないのかなあ……」


 ヴァースは黙って眺めていた。

 自分ならできる。

 それでも介入する気はなかった。

 彼はあくまで人族の様子を観察に来ただけなのだ。

 

 ドラゴンなら上位精霊魔法を行使可能なものも少なくない。

 彼自身も炎の精霊を使役することが可能だった。

 なにより大地の精霊魔法を完全に封じることもできるのだ。

 ヴァースが本気を出せばあの程度の人族の軍勢など鎧袖一触である。

 今なら1000年前よりも遥かに力がある。


 この事態をどうするのか。

 そこに彼の興味はあった。

 降伏して蹂躙されるという手段もある。

 その時にどれだけ凄惨なことになるかは想像もつかない。

 侵略者に服従するということはどれほど恐ろしいことになるか。

 自分だけ助かると思っているのはよほどの愚か者だった。

 征服される恐怖はされたものにしかわからない。





「すみまセン。ちょっとお尋ねしたいのでスガ」

 それまで沈黙していたマーチスが口を挟んだ。

「伺った内容からすると、精霊とやらは相反する系統なら対処できると聞こえましタガ。すると……なんでスナ。逆系統の精霊とは相性が悪いと取れたのでスガ、違いまスカ?」

「あー……」

 クローリーは頷く。

「そうっスよ。精霊魔法使いは力が強ければ強いほど、得意の系統と対抗する系統は苦手になりやすいっス」


「ほー。するとですねネエ。我々には大地に対抗する風の力がありまスヨ」

「は?」

「風というならば、空。違いまスか?」

「……飛行船か!」

 シュラハトが叫んだ。

「なるほど。空からなら地震の影響も受けない。一方的に攻撃すら可能だな」


「はは。問題はそれに対処する手段が相手側になければ、ですがネエ」

「それに1隻しかない上に、武装らしい武装があんまりないでござる」

 賢者(セージ)が言った。

 マーチスと一緒に面白半分で取り付けた大砲があるが、そもそも飛行魔獣と遭遇した時の自衛用でしかない。

 工夫を凝らしてあるとはいえたった2門である。


「ただ……これまで存在していなかった武器を見てすぐに対処できるかというと不可能でござる」

 賢者(セージ)がブホっと息を吐く。

「歴史を紐解けばかつては……史上初の実戦でのライフル銃一斉射撃で敵が大混乱になったことで戦況が逆転した戦場、初めて登場した戦車や飛行機、そして史上初の大陸間弾道ミサイル攻撃……相手の士気を大きく挫くことはできそうでござるよ。ぶふぅ」

「……ワーテルローにソンムにヴェルダン。そしてV2ロケットじゃな」

 学芸員でもあったヒンカがしかめっ面で呟く。

「そうでござるが、少なくとも……」

 賢者(セージ)息を呑む。

「今回は相手を撤退させれば良いのでござるから、驚かせれば十分でござるよ」



  

●S-2:大工房/造船所


「おいおい。いきなり処女飛行が実戦だってか?」

 工房を率いるドワーフのガイウスが首筋をハンマーで叩いた。

「無茶振り極まれりだ」


「そー臍曲げないで欲しいっスな。ことは一刻を争うんス」

 クローリーが頭を下げる。 

「本格的な略奪や殺戮が始まる前になんとかしたいんス」

「だいたい戦闘艦じゃないんだがなあ……」

「そこをなんとか!」

 

 ヴァースにとって飛行船は空島エルフの邪悪な兵器でしかない。

 あまり好ましいものには見えない。

 しかもその技術が応用されているとなると心穏やかにはなれないのだ。


「こいつは郵便を運ぶためのものだし、今後のそのつもりなのは変わらないっス」

「……郵便?」

 ヴァースの疑問が口を出てしまった。

「そーっス」

 クローリーが胸を張る。

「手紙とかちょっとした小荷物とかを遠くへ確実に運ぶんスよ。飛行船なら山も海も関係なく真っすぐ向かっていけるっス」


「ほう……」

 意外だった。

 空を支配できれば大きな力であるのだ。

「車輪屋って馬鹿にしてくれる連中も少ないないっスが……手紙がきちんと届くことのありがたさをそのうち理解してもらえれば判るっスよ」

 クローリーはかつて、父親の死を知らせる手紙が届かなかったことがあった。

 人伝の手紙は届くかどうか半々なのだ。

 王侯貴族が使用人を使っても確実ではない。

 

 街道とは名ばかりの荒れた道を進むと、地域によって治安が悪かったり。

 使者ごと行方不明になってしまうことだってある。

 優れた将軍は戦場の連絡にすら1ダース以上の使いを出すという。

 クローリーが望みはそれに比べればとても小さい。

 庶民が手紙を書いて遠くの親戚に連絡が取れるような社会を作りたいという細やかなものだ。

 それには文字の読み書きもだが、何より安定した生活を送れる社会を作ることが必要だった。

 およそ帝国の貴族らしくないインフラ整備や農場開発に力を入れていたのはそのための前提条件だったのだ。


「とりあえずは。敵を追い払うことが先なんスがね」


「しゃあねえな」

 ガイウスがハンマーを腰のベルトに差して背を伸ばす。

「おーい。おまえら、ご領主様の命令なんで船を出すぞー」

「へいっ」

 ドワーフをはじめとする職人たちが一斉に返事をした。

 彼らも飛行船が飛び立つ姿を見たいのは同じなのだ。


「ま。ルシエ嬢ちゃんが浮揚実験は何度もしてくれたから、まっすぐは飛ぶとは思うぞい」

「嬢ちゃんではない」

 ルシエが冷たく否定した。

「急ぐなら、手の空いてる者でなんとか飛ばすしかない」

 彼女が周囲をざっと見渡すと、子飼いの船員たちが半分以上はいる。

 飛ばすだけならいけそうだった。

 あとの足りない分は作業員でも何でも補うしかない。

「郵便船ディルクロ、出すぞ」




●S-3:男爵領大農場付近



「…… なんだ……あれは……」


 バラント男爵ルネ・ディ・リューは言葉を失った。

 

 それはあまりにも巨大なものだった。

 空に浮かぶ船という概念を超えていた。

 気嚢の全長は300m近い。

 実験機だったために補修と増設を繰り返したので初期設計案とはかなり異なる形状になっていた。

 なによりもその形。


 沙那が見たら黄色い声をあげて喜んだろう。

 それは一言で表すのなら……ペンギン。

 気嚢の上部3分の1ほどが艶消しの黒色だった。

 太陽の光が当たると反射して眩しいために施した塗装である。

 厳密には黒というよりも暗い藍色だ。

 まだ黒色の塗装は作れないからだった。


 そして下3分の2ほどが白い。

 白く塗っているわけではない。

 まともな塗料が足りないためにミスリル鉱の薄板が地金のままなのだった。

 それが埃や汚れでくすんでしまって白色に見えるのである。


 エルフの飛行船と大きく違うのはその気嚢から張り出した水平翼かもしれない。

 これはマーチスやヒンカの考案で、船体を安定させるためのものだった。

 翼断面形状の大型の翼を設置すると飛行機のように揚力が発生……が目的ではなかった。

 もちろん揚力も利用はするのではあるが、空気の流れを整流することで安定させ、直進性を向上させることが目的だった。

 そのために主となる水平翼は大きく後退角のついた三角翼に近いもので、これがなんともペンギンのフリッパーに見えるのだ。


 さらにペンギン度を高めてしまうものが、気嚢の先端下部に吊り下げられたゴンドラ船体にあった。

 それ単体ならコバンザメのように張り付いた木造船の様なものでしかないのだが、そこに設置された自衛用の砲台だった。

 凝りに凝って作られたのもあるが、重量とスペース節約のために旋回砲座にすることで大砲の数を最小限に抑えてある。

 150度を超える広い射界を確保してあり、真後ろ以外には概ね対応可能だった。

 この砲座が仰俯角を取るために船体から飛び出しているのが災いした。

 

 それが視界確保のために魔化ガラス……といっても軽量化と高空での強度確保のためで防弾性はほとんどない……で覆われており、これが魔法の影響で限りなく黄色だったのだ。

 もはやこれは立派な……コウテイペンギンです。

 ありがとうございました。

 としか言い表せないようなモノだったのだ。


 ぺんぎん好きの沙那なら大歓喜。

 だったが、残念なことに彼女は同乗してしまっているので見ることができなかった。


「なんという怪物……」

 クライスキーも開いた口が塞がらなかった。


 蛮族との戦いがなくなって数百年。

 帝国で飛行魔獣と戦う危機は失われて久しく、伝説に存在するドラゴンくらいしか空を飛ぶ強大なものは想像ができないのだ。

 そもそもドラゴンの彫像は帝国の大都市ならあちこちに存在するが、そのどれとも似ても似つかない。

 まさに異形の存在だった。


「……あの怪物を大魔法で消し去ってしまえ!」

 クライスキーが叫んだ。

 彼の傍には戦略級の大魔法を使う異世界召喚者(ワタリ)がいるのだ。

 恐れるものではない。

「チュアルよ。その力を今一度、存分に見せつけるのじゃ」


「チィジーニ」

 チュアルは自慢の大魔法を唱えた。

 大地がうねり、激しい振動が農場を襲った。

 ……だが、空中の飛行船には何の影響もなかった。


「……激震魔法では空へは届きませぬ……」

 鋭い一重瞼の瞳が悔しそうに歪む。 

 次いで精霊に命令した。

 岩をを礫として叩きつけるものだ。


岩石爆発(ストーンブラスト)


 大地に転がる岩や石が礫の雨となって打ち上げられる。

 直撃すればただでは済まないだろう。

 鉄の鎧も容易く打ち砕く。

 だが……。


 届かなかった。

 射距離30mはあるので地上でなら恐るべきものなのだが、高度100mを飛ぶ飛行船には届かないのだ。


「卑怯な……空とは」

 悔しそうに呟くが、そもそも空島エルフの飛行船は更に遥か上の高度を飛行することが可能なのだ。

 理論上なら1万mでも2万mでも平気なのだった。



「うおあ!?なんスか。あれ。びっくりしたっス」

 眼下で弾ける岩石の乱舞にクローリーは心底驚いた。

 あんなもの戦場に撃ち込まれたら、どんな軍隊もひとたまりもない。

 聞きしに勝る異世界魔法だった。


「一番砲塔、二番砲塔、射撃準備でござる―!」

 賢者(セージ)は鼻息荒く命令した。

「弾種、三式弾装填でござるぞ!」

「いあ。元々それ一種類しかないでスナ」

 マーチスがツッコむ。


 そもそも自衛用にばら撒くための散弾しか製造されていない。

 亜鉛が手に入らないために薬莢の生産もままならないことから、弾数も少ない。

 総生産数自体が今回積載された30発ほどだけだった。

 しかも、この散弾は着発式とかドップラー効果で炸裂するなどというものではなく、薬莢の中にたくさんの鉄球や鉄片が入っただけのいわばキャニスター弾だった。

 発射と同時に方向から飛び出した時点で円錐状に散乱するものでしかない。


「……と、とにかく。撃ち方始め(レッゴー)!」

 賢者(セージ)は古風な英国式に命令を出した。

 近世の帆船砲艦時代は甲板の前から後ろへ士官が走って大声で「いけー!」と命令していた時代の名残である。

 海洋冒険小説にはまった80年代オタクらしい行動だった。


 飛行船ディルクロの砲が地面に向けて火を噴いた。

 地表に火花が散る。

 鉄球や鉄片が彼方此方に弾け飛んだのだ。

 岩石爆発(ストーンブラスト)と違うところはただ一つ。

 それが連合軍の陣列の中で起きたことだった。


 阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。

 制圧して後は略奪が始まるかという矢先で油断していたこともあった。

 ばたばたと兵士が倒れる。

 その上空をディルクロがゆっくりと通過した。

 通過すると同時にばらばらと何かが落下してくる。


 鉄炮だった。

 元々は弩砲(バリスタ)で撃ち出す散弾だったが、そのまま落とせば充分に爆弾である。

 手当たり次第に落としてみたものだから、絨毯爆撃のようになった。

 隊形を取っていたところに爆撃では堪らない。

 兵士たちがパニックになり潰走を始めた。

 否。散り散りバラバラという方が正しいかもしれない。


「ええい!落ち着くのだぁ!」

 クライスキーが珍しく大声を上げて制止しようとした。

 そこに、鈍い音がした。

 何かがクライスキーの法衣を引き裂いていた。

 それが散弾の鉄球だと気付いた時には、鮮血を噴き上げて地面に転げ落ちていた。




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