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第8章 人族の中の竜 5~NOW IS YOUR TIME

サブタイトルの「NOW IS YOUR TIME」は映画にも使われる有名なセリフです。

詳しい方は御存知でしょう。

より正確には「MAITLAND!NOW IS YOUR TIME」というウェリントン公のです。

本作では近衛旅団の一斉射撃ではありませんが。

第8章 人族の中の竜 5~NOW IS YOUR TIME


●S-1:男爵邸


 少年は泣いた。

 目の前で母を殺されたのだ。

 肉親を失った深い悲しみ、次は自分かもしれないという恐怖。

 掌がぶるぶると震えた。

 膝にも力が入らない。

 全身が震えた。

 嗚咽から続く咳き込みと、そして吐き気。

 涙と涎と吐瀉物が自分を包み込む何かを汚した。

 ひたすら襲う未来への恐怖。

 保護者を失った子供が容易く生きていけるほど甘い世界ではないのだ。



 暖かく柔らかく大きな……胸。

 沙那は泣きじゃくる少年をずっと優しく抱いていた。

 子供を持つような年齢ではないが、大きな安心感と母性を感じさせるものだった。

 子供に暖かみを与えていた。


 男性から嫌らしい目で見られたり邪魔だわ重いわ揺れるわと不便なことこの上ないものだったが、こういう時には役に立つのだなと思わずにはいられない。

 頼るべきもののなくなった子供には支える何かが必要であった。

 迷子になって道が判らない子供が、通りがかりの学生に助けらるようなものに似ているかもしれない。

 まだまだ不完全な存在でしかない子供にとっては頼れるものがそこにあるというだけで、僅かとはいえ安心感を与えるのだ。

 不安をぶつけ、包み込むもの。その象徴的なものだった。

 さすがの沙那も少しコンプレックスだった自分の胸に長所を見た気がした。


「騎士が農民を殺すなんて……」

 沙那の声は怒りで震えていた。


「……この世界ではそーゆーもんス」

 クローリーもどんな声を掛けて良いか迷い気味だった。

 この世界に沙那が現れてからすでにかなりの月日が経ってはいたが、残酷な現実を直視する機会はほとんどなかった。

 クローリーたちが護ってあげていたからだった。

 現代人の常識や倫理や道徳などは全く通じない。

 弱肉強食を超えて、優しさのない世界。

「人間の命はとても軽いんス。庶民となればなおさら」


「そんなのおかしいよー!?」

「うん。おかしいっスな」

 クローリーは頷いた。

「人間の価値はみんな同じとまでは言わないっスが、多いほど良いはずなんス」

 少ししゃがんで沙那に並ぶ。


「人手は多いほど作物も多く……じゃねえスな。ええっと……たくさん人が集まれば良い知恵も出てきやすくなるっていうか……」

 良い言葉が思いつかない。

 クローリーが目指してきたことは飢える人のない便利な世界だった。

 多くの人が笑って過ごせるようなものを夢想して生きてきた。

 彼の魔術の研究もそうだった。

 生活に役立ちそうな便利で気軽に使える魔法の探求。

 そして、それは別の形で花開きつつあった。

 異世界召喚者(ワタリ)たちの知識という形で。


「人が多ければ……さにゃだって、おっぱいが大きいだけの女……って叩くなっス。そーじゃねースよな?」

 クローリーは沙那のグーパンを片手で止めた。

「さにゃたちは剣も魔法も使えねえっスが、異世界の知識で色々役に立ったスよな?」

 沙那がジト目でこくりと頷く。

「それと同じで、色んな人がいっぱい集まればまた別の知恵が出てくるかも知れねえってオレは思うんス」

 

 クローリーが少年の頭を優しく撫でる。

「だから、庶民だろーがなんだろーが人は大切なんス。住む家があって、困らない程度には飯が食えれば人は落ち着くっス」

「……」

「おやつまで食えるようになれば心に余裕が出て色々考えることもできるようになる。そーすると……」

「するとー?」

「色んな知恵でいろんな進化をすればみんながより幸せになって、巡り巡って自分にも返ってくるんス」

 クローリーが人差し指で沙那の額を突いた。

「情けは人の為ならずって言って、何時かは自分に返ってくるって意味っス」

 言葉の意味は日本と同じだった。


「だからオレはさにゃたちの助けを借りて、ちょっと変わった領主ごっこを始めたんス」

「ううんー?」

「んー。だから……なんていうか。ああいう連中は許せねえって気になるんスよ」

 クローリーが腰を伸ばして立ち上がる。

 いつもの皮肉屋じみた垂れ目には静かな怒りの炎があった。


「……騎士なのに」

「騎士っていうのは、略奪の優先権を持っているからさ」

 金属鎧をかちゃかちゃ音を立ててシュラハトが入ってきた。

「嬢ちゃんの世界じゃあどうかは知らねえが。領主に忠誠と戦力を捧げることで支配と略奪の権限を与えられてるのが騎士なのさ」

 それは一定の事実だった。

 美化された騎士物語でさえ助けるのは高貴な美女だけだ。

「庶民や雑兵は人間じゃねえのが貴族や騎士の世界だ。どれだけ殺しても畑から生えてくるのが庶民ってくらいの感覚でな」

 シュラハトは元帝国騎士だから良く理解している。

 そして、それを捨て去ったからこそ、その醜悪さも良く知っていた。


「面白半分に殺しても法で処罰されることもねえ。むしろ法が護ってくれる。クソみたいな世界さ」

 シュラハトの鎧のあちこちには返り血が付いていた。

 戦いの中にいたのだろうか。

「俺からすりゃ死んでも良いクソ野郎はごまんといるし、生きてて欲しいやつもたくさんいるけどな」

「……シュラさん、その姿は……?」

 クローリーが訝しそうに訊いた。


「ああ。合図見て慌てて迎撃したんだが……ちとヤバいことになってな」

 シュラハトが困惑した表情をみせた。

 彼には珍しい。

「敵にも異世界召喚者(ワタリ)、しかも大魔法を使う奴がいる」


 それは彼らが初めて向かい合った、この世界の権力者たちが求めて止まない本来の意味での異世界召喚者(ワタリ)だった。

 異世界の超魔法を使う恐怖の存在。

 圧倒的な軍事力。

 場合によっては世界を制する力だった。




●S-2:男爵領/大農場


 時間は少し遡る。


 シュラハトの率いる男爵軍が駆け付けたのはクローリーたちが脱出した1時間と少し後だった。

 思ったよりも早く到着できたのは調練中だったからである。

 花火による合図と確認作業してすぐに動き出し、大農場に辿り着いたのだった。

 到着してすぐに軍勢は横隊戦列を組んで対峙する。

 男爵軍の戦列歩兵は全てがマスケット銃で武装された銃兵である。

 その火力を最大限に発揮できるように配置されており、圧倒的に有利……とは言い切れなかった。


 実はシュラハトには不安があった。

 銃を装備していることは大きな強みではあったのだが、そもそもシュラハトを筆頭に兵士の誰もが銃による本格的な戦闘の経験がないことだった。

 もちろん銃の効果を想像することはできる。

 しかし、予想や予定が現実になるとは限らないのが戦闘だった。

 シュラハトは誰よりもそれを良く知っている。


 銃による戦闘の経験を持ったいたのはラベル唯一人だったのだが、この時点でのラベルは機械技術者としか思われていなかった。

 まさか戦場に生きてきた人物とは誰も考えてもいなかったのだ。

 なのでこの戦場にいない。

 もしも、ラベルが少し前から軍の調練に参加したいたら……あるいはシュラハトの副官として同行していたら展開は少し違ったかもしれない。

 マスケット銃といわずとも初期の火器には欠点が少なくない。

 銃が戦場の花形になるのは現実世界でも第一次世界大戦前後からだった。

 

 その理由の一つは射程である。

 マスケット銃は有効射程が約100m程しかない。

 そこまで近づかなくてはならない。

 ある意味で弓よりも射程は短いと言える。


 2つ目に装填速度の遅さ。

 一度射撃を行ってから次の弾丸を装填するまでに手慣れた兵士でも20秒はかかる。

 有効射程で向かい合って射撃して……装弾作業を行っている間に相手は100mの距離を一気に詰めることが可能だ。

 健康な成人男性なら100mを走り切るのに20秒はかからない。

 つまり、2発目を撃つ前に斬り込まれてしまう。


 それを補うために織田信長の三段撃ちを真似て、三列の陣形を組んでいた。

 これは賢者(セージ)やマーチスの提案からだった。

 さらに新型ライフル銃を装備した狙撃兵(マークスマン)が列から離れて位置するスカーミッシュ隊形を取っている。

 現代知識を活用した無敵の布陣に見えたことだろう。

 理論的には正しいはずだった。

 

 対して向かい合ったバラント男爵ルネ・ディ・リューとクライスキー枢機卿の率いる連合軍は典型的な帝国軍編成の戦力だった。

 少年鼓笛隊を先頭に進む歩兵は長槍(パイク)を掲げた方陣。

 これは基本的な配置だった。

 野戦主体の帝国軍の基本戦術は歩兵の集団が激突して押し合いへし合いしている状況に応じて、必要に応じて予備選力を投入したり、あるいは勝敗を決定付ける騎兵戦力による突撃、そして追撃というものである。

 この形式には特に問題はない。

 火器の爆発的な進化が起きるまでは現代世界でも長らくそういうものなのだった。


 一見すると、近代的な装備を持ち近代的な戦術を取る男爵軍の方が圧倒的に有利に見える。

 それが、そうではないことはすぐに分かることになった。


 両軍が激突した。

 想定通りに100m前後で男爵軍が一斉射撃を行った。

 マスケット銃はその特性上、正確に狙いをつけることはほとんど不可能だ。 

 『だいたいあのあたりに』と弾幕を張るのである。

 命中精度は低くても、例え練度がそれほど高くなくても、弾幕射撃は常に有効なのだ。

 ばたばたっと連合軍の歩兵たちが倒れる。

 ささやかな革の鎧など簡単に撃ち抜いてしまう。


 連合軍の歩兵陣は一瞬、怯んだ。

 見たこともない武器だった。

 離れた位置から放ち、しかも矢と違ってどこに飛んでくるのかほとんど見えない。

 徴兵制ができる理由はそれだった。

 簡単な銃の操作さえできればあとは戦力を磨り潰しあうだけだから、とにかく未熟でも何でも数だけ揃えれば良いという理屈だ。

 基本的には徴兵制度は中世的な考え方の延長でしかない。


 鈍い轟音ともうもうと上がる白煙。 

 まさに魔女の魔法にしか見えない。

 帝国兵たちには未知の魔法なのだ。


「怯むな!進め進め!敵は目の前なのだ!」


 ルネの怒号が走る。

 戦場経験から敵は目の前で接敵すれば飛び道具は役に立たないことは判っている。

 斬りかかれるところまでもう少しなのだ。 


 男爵軍の兵士たちは射撃後にすぐに後列に移動する。

 そこで再装填……ではない。

 マスケット銃の銃身に銃剣(バヨネット)を差し込んで固定し始めたのだ。

 三段撃ちと違う部分はそこだった。

 稼ぐ時間は装填時間ではなく、接近戦用の準備の時間なのだ。

 

 マスケット銃は射程が短く装填速度が遅いために野戦向きではない。

 本来は砦や城に篭っての防御戦で強みを発揮する武器だった。

 一気に走り込まれて接近戦になったら長い銃ではむしろ不利になる。

 ならば接近戦用の刃物を装備する方が良い。

 そして、短い剣を使うよりも銃剣を取り付けたマスケット銃は短い槍になり、剣よりも数段優れているはずだった。


 男爵軍は次いで二列目も一斉射撃を行い、すぐに最後列に回って銃剣を準備した。

 そして三列目も。

 連合軍は男爵軍に辿り着く前に100名以上の被害を被っていた。

 撃たれる前に斬り込むしかない。

 連合軍兵士たちは全力で走った。

 そして、目の前に槍と化したマスケット銃の林立する様子を見て愕然とした。


「予定通りでござるな。ブホゥゥ」

 小高い丘の上、離れた位置で観戦していた賢者(セージ)が笑いで頬を歪める。

 信長の三段撃ちにナポレオン時代のような銃剣による肉弾戦。

 絵に描いたような展開だった。

「勝ったでござるな」

 賢者(セージ)は紙で作った白羽扇をぱたぱたと扇いだ。


 しかし、それはフラグでしかなかった。



「……む」

 戦場に馴れたシュラハトだけは空気を感じた。

 危険だ。

 とはいえそれが何かは判らなかった。

 それこそ、3つ目の欠点。

 『士気』だった。


 刃物を煌めかせて突撃してくる連合軍兵士を目の前にして、男爵軍兵士の多くは完全に怯んでしまったのだ。

 これは調練したとはいえ付け焼刃の男爵兵は、そのほとんどが流民だったからだ。

 元をただせば農民出身者ばかり。

 義務意識よりも報酬や食事に釣られて入隊していた。

 つまり、戦うことが職業の者があまりいないということだった。


 対して、連合軍の歩兵は基本的に食い詰めたチンピラや傭兵たちだった。

 文字の読み書きもできず知能も低いが、逆に荒事の中を生きてきたものばかりだった。

 刃物を見て怯んだりはしない。

 むしろ熱狂して先に相手を斬ることが生きる道だったのだ。

 躊躇なく男爵兵士に襲い掛かった。


 この状況を判りやすく例えるなら、いじめっ子といじめられっ子が向かい合っているようなものだ。

 いじめる側には躊躇も容赦もない。

 農民出身者は社会的にはいじめられっ子である。

 優れた武器で一方的に攻撃できる状況ならいざ知らず、刃物で向かい合ったら心が折れる。

 先に士気が崩壊するのだ。

 

 こういったことは火器の黎明期から機関銃が登場するまではしばしばあったことだった。

 戊辰戦争や西南戦争で農民出身の新政府軍兵士たちが、元武士階級の相手に刀で斬り込まれると度々崩壊したことに似ている。

 歌にもある『抜刀隊』(警視庁抜刀隊)は、それに対する武士出身者で編成された白兵部隊で、田原坂の戦いを決したほどだ。

 マスケット銃の火力ではまだまだ戦場を支配するほどになれない。

 これがせめて男爵軍が数で圧倒していたのならともかく。

 数でもだいぶ劣っていたのだ。

 そこに……。


「魔法には魔法で応えますかのお……」

 クライスキー枢機卿が不敵に笑った。

 自信に溢れていた。

 魔女の話を聞いて何も準備していなかったわけではないのだ。

異世界転生者(ワタリ)には異世界転生者(ワタリ)じゃ。……出ませい!チェアル!」


 クライスキーの後ろに控えていたローブ姿がフードを取った。

 背中の中ほどまで真っすぐ伸びた白銀色の長い髪の毛。

 金属光沢だった。

 鋭く流れるような細い瞳をした青年である。

 チェアルはローブも脱ぎ捨てると、ゆっくりと右手を挙げた。


「ツィジーニ」


 ぼそりと呟く。

 それが妖精語であることは誰も気が付かない。

 激しい衝撃が男爵軍を襲った。

 地面が揺れたのだった。

 


「クソッ!?地震だと!?」

 シュラハトはわりと落ち着いていた。

 多島海(サウザンアイランズ)では火山が多く小さな地震は頻繁に起きた。

 建物が崩壊するほどの揺れでなければ慌てずに落ち着いて行動すればよいことを知っていた。

 だが……。

 兵士たちはそうではなかった。

 男爵領はもとより帝国領内で地震は滅多に起きないのだ。

 僅かな揺れでもパニックになる。


「落ち着けっ!この程度の揺れなら何も……」

 シュラハトの言葉が終わらないうちに地震は更に激しくなった。

「……何……だと?」

 揺れは縦に横に激しくなり、数秒後には立っていることも難しいほどの激震になった。

「こ、こいつは……」

 

 農場の隅っこに立てられたぺんぎん型の案山子が倒れた。

 ところどころに建てられた木製の鐘楼も崩れ落ちる。

 およそ建物と呼べるものはことごとく崩れ去ろうとしていた。

 そして、地面が……裂けた。


「うわあああああああああっっ!!」

 ただでさえ刃物に怯えていた兵士たちが完全に恐慌状態になった。

 もはや隊列も何もない。

 恐怖で逃げ惑い、そして斬り倒されていった。

 混乱状態の軍隊は脆い。


 パニックになって逃げ出した兵士たちの背中に矢が突き立つ。

 弓兵隊の攻撃だった。

 飛び道具は接敵前の準備射撃に行う……とは限らない。

 砲撃ならいざ知らず、弓矢は大楯を構えた戦列にはほとんど効果がない。

 しかし背中には守るべきものがないのだ。

 男爵軍は盾をほとんど持ってはいなかったが、帝国の軍制では常識だった。


 ならばどうするか。

 弓は状況に応じて使い分けるべきだった。

 その一つに追撃があった。

 逃げる敵兵は盾を構える余裕はない。

 無防備な背中や頭上に矢を放てば効果は絶大だった。

 これも帝国軍の常識だった。

 ルネもクライスキーも戦場慣れしている。



「わわわっ!なんということでござるか」

 高台で観戦していた賢者(セージ)が腰を抜かしかけた。

 優れた軍師が指揮する兵士は手足のように動いて戦場を支配する……はずだった。

 戦記物やアニメや小説ではそうなのだ。

 どんな戦術も理論も士気が崩壊すれば瓦解することはどこにも描かれていなかった。


「優れた戦略は戦術に勝るのでござる!……のに……」

 それは優秀な前線指揮官と高度に訓練された兵士が初めて可能にするものである。

 歴史上、小さな戦術的勝利が高度な戦略を粉砕した事例は枚挙に暇がない。

 想定外の頑強な抵抗や奇跡のような攻撃が状況をひっくり返すのは不思議なことではない。

 戦争は簡単な算数ではない。

 ウォーシミュレーションゲームのようにはいかないことを賢者(セージ)も気づきつつはあった。

 流れとタイミング。そして士気。


 人間は駒ではないことをまざまざと見せつけられつつあった。

 歴史上の名将と呼ばれる人物の多くは、戦況の流れを読み、高い決断力で絶妙のタイミングで行動し、そして幸運を持っていなければならない。

 どんなに優れた理論も計画通りには滅多にいかない。

「無計画な……臨機応変な戦いは認めないでござる」

 賢者(セージ)の知識が瓦解しつつあった。

 もしも賢者(セージ)が第一次世界大戦を良く知っていれば理解できただろう。

 それまでの常識が一変される新兵器によって、開戦早々にシュリーフェン計画が破綻したことを。

 この場合の新兵器は機関銃ではなく、異世界召喚者(ワタリ)の大魔法であったが。

  

 

「背を向けるな!慎重に後退しろ!」

 シュラハトが叫ぶ。

 戦争は逃げる時が最も危険なのだ。

 制御不能になった敗軍を追撃することはとても簡単だった。

 戦いで最も被害を多く受けるのは戦闘自体ではなく、撤退時の追撃である。


 シュラハトは大声を上げて敵の注意を引き付けて、殿を務めようとした。

 未熟な兵士たちは逃げることで手一杯なのだ。

 あとは散開した狙撃兵たちが撤退の援護をしてくれることを期待するだけだった。

 散発的にでも離れた位置からの銃撃は敵にとって脅威であるはずだ。

 そして、程よく逃げてくれることも願っていた。

 単独行動を可能にするほどの兵士は替えが利かない。

 頑強に抵抗しすぎて失うわけにはいかなかった。


 シュラハトがここでやるべきことは一人でも多くの兵士を生きて連れ還ることだけだった。 

 後はクローリーや沙那たちの知恵に期待しよう。

 そんなことを思う自分に、剣を風車のように振り回しつつシュラハトは苦笑した。

 他力本願とは自分らしくない。

 それでも未知の敵には未知の知恵に頼るしかない。

 何かを信じなければ彼自身の心もおれそうだったのだ。

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